第23話 年下だからこその悩み
「お邪魔しまーす」
莉緒さんが私の後に続いて家に入ってくる。
変な事をしない人と思える程度には信頼出来るようになったが、それでも不安だ。
唐突に私の家に来たいと言い出し、それを瀬凪さんや成瀬さんが止めなかった事も気になる。
とはいえ、瀬凪さんは今からでも助けを請えば全力で味方になってくれるだろうが。
「おぉー、ここが杠さんの家かぁー」
「変、でしょうか?」
「全然。凄く綺麗にしてるし、良い所だねぇ」
莉緒さんがリビングを見渡し、へらりと笑った。
次は私の部屋を見せるのだろうか。漫画が沢山あるので、リビングよりも見せたくない。
どうにかして見ないで貰えないかと思考を巡らせていると、莉緒さんが突然頭を下げた。
「いきなり来てごめんね」
「え、と……」
「これ以上部屋は見ないから安心して欲しいな」
「そう、ですか。なら、何で……?」
リビングを見るのなら、別の日でも構わないはずだ。
しかし、そうなると莉緒さんの目的が見えない。
目を白黒させ戸惑っていると、莉緒さんがソファへと視線を向けた。
「ちょっとお話したいなって思ったの。座っていい?」
「ど、どうぞ」
「ありがと。杠さんも座って座って」
「それじゃあ、失礼します」
自分の家なのに「失礼します」はどうかと思うが、今日会った人の隣に座るのだ。図々しくなんて出来ない。
莉緒さんの様子を窺いながら座れば、隣から「うーん」と悩むような声が聞こえた。
「どこから話そうかなぁ……。私と翼って幼馴染なんだよね。これは話したから今更かな?」
「自己紹介の時に聞きました。凄く仲が良いですよね」
「うん。それは胸を張って自慢出来るんだけど、最初からずっと何もかも上手く行ったりはしてなくてさ。……具体的には、年齢だね」
「っ」
今の私の悩みの根幹を見透かされたような気がして、びくりと肩が跳ねる。
莉緒さんと成瀬さんは二歳差と聞いた。
私からすればたった二歳差。けれど、それが二人にとって壁となっていたらしい。
「同じ場所に一年しか居られない。小学校は別として、私が中学校に、高校に入学しても翼はすぐに卒業しちゃう」
ほんの僅かしか学校での時間を共有出来ない。
しみじみと呟いた莉緒さんの顔は、絶対的な年齢という力によって深い悲しみに彩られていた。
その顔を見て一瞬だけ胸に炎が宿ったが、感情をぶつけるのは筋違いだと必死に自分を律する。
「そのたった二歳の違いで、翼は色々と言われてきたよ。勿論、私も」
「……だと思います」
二人がいつから付き合ったのか、私は知らない。
けれど、付き合う前から仲が良かったのは容易に想像出来た。
そんな仲の良さは、中学生や高校生――下手したら小学生高学年かもしれないが――にとっては絶好の冷やかし対象だろう。
小学生と仲が良い中学生。中学生と仲が良い高校生。そして、高校生と仲が良い大学生。
たった二歳差しか違わないのにそんな二人が付き合っているとなれば、相当な悪意に晒されたはずだ。
遠い目をしながら放たれた言葉に、相槌を打つ事しか出来なかった。
「まあ、その結果『周囲に負けるか!』って二人共舐められないように見た目を変えたんだけど、そこはどうでもいいの。話の本題じゃないし」
「そ、そうなんですか?」
「そうなの。で、ここからが本題。……水樹さんを、何の悩みも無い完璧な人だと思ってないかな?」
「思ってません。誰だって、大人だって、いつも完璧じゃないですから」
莉緒さんの問いには、迷いなく答えられた。
いつも忙しくてほぼ家に帰ってきていないが、それでも私を心配してくれるお母さん。
おそらく仕事中は立派なのだろうが、そんなお母さんだって家では気を抜いてだらしのない姿をしているのだ。
大人が、年上の人が完璧な人だとは思っていない。勿論、瀬凪さんも。
けれど願いを口にすれば瀬凪さんを傷付けてしまいそうで、困らせてしまいそうで。結局踏み込めなかった。
「ならよし。じゃあ杠さんに、水樹さんは悩みを打ち明けたりしてる?」
満足そうな頷きをした後、莉緒さんはあっさりと私の悩みの一つに触れた。
驚きに目を見開きつつも、首を横に振る。
「…………いえ。打ち明けてくれませんし、私から聞けもしません。それに、本当は言いたい事があるのに言えていません」
現状を変えたい。何とかしたい。その思いを抱く理由の源泉は、私の中に宿る気持ちだ。
何となく自覚したのは体調不良の時。あの時から、兄のような存在とは思わなくなった。そして今日、はっきりと自覚した。
何も行動しなかったのは莉緒さん達が傍に居たからだが、それだけが理由じゃない。
瀬凪さんが私に見せなかった、少し乱暴な姿。それは、対等の相手にしか見せないものだ。
つまり優しい言葉だけを掛けられる私は、守られて支えられるだけの存在でしかない。
それを自覚して、泣きたくなる程の悔しさに何も出来なかった。
本来ならばこの愚痴のような言葉すら誰にも話せないのだが、莉緒さんが似た立場だからなのか話せた。
「じゃあ、杠さんはこのままでいいと思ってる?」
恐ろしい程に真剣な瞳で見つめられた。
この瞳から逃げれば本当に何も出来なくなりそうで、髪越しではあるが真っ直ぐに見つめ返す。
「それは、嫌です」
「うんうん、そうだよね。そんな杠さんにアドバイスだよ」
莉緒さんが大きく息を吸い込んだ。
これから聞く言葉を一字一句聞き逃さないと集中する。
「相手がどうとか考えるのはナシ! 全力でぶつかって、全部話す!」
「えぇ……」
体当たり過ぎる解決策に、相手が年上だという事も忘れて思いきり呆れてしまった。私の集中を返して欲しい。
内心でアテになるのかと失礼な事を考えていると、莉緒さんが腰に手を当てて胸を張る。
「こういう時は年下の私達がぶつかった方がいいの! どうせ水樹さんが打ち明けないのもしょーもない理由だろうし」
「しょーもない理由、なんですかね……」
「うん。杠さんが聞いたら絶対呆れるから。というか怒るかも。……どっちに怒るかは、まあ、杠さん次第だけど」
「怒る相手が変わるんですか?」
私が瀬凪さんに怒る時が来るとは思えないし、自分自身に怒る想像が出来ない。
きょとんと首を傾げると、慈しむような目で見つめられた。
「うん、その時が来たら分かるよ。私と杠さんじゃ状況とか年齢の壁が違い過ぎるし、気持ちを理解出来るなんて言ったら杠さんに失礼だけど、それでも応援してるよ」
「ありがとう、ございます」
さっき莉緒さんに物申しそうになったが、口を噤んで正解だった。大切な相談相手を失うかもしれなかったのだから。
深く頭を下げれば、嬉しそうに目を細められる。
「何かあったら遠慮なく相談してね。という訳で、連絡先交換しよー!」
「は、はい」
一瞬でハイテンションになった莉緒さんに、目をぱちくりとさせつつも連絡先を交換した。
その後ソファから立ち上がって玄関に向かったので、本当に話をしたいだけだったらしい。
慌ててついていきつつ、頼もしい人へと声を掛ける。
「これからよろしくお願いします。それと、これからは名前で呼んでください」
「いいの!? やったぁ! これからよろしくね、乃愛!」
「ひゃあ!? えと、はいぃ……」
感極まったのか、莉緒さんが私の手を掴んで勢い良く振った。
以前までなら、空気が合わなくて私の方から離れていっただろう。
なのに、今は戸惑いつつも離れるつもりはない。
不思議なものだと思いつつ、されるがままになるのだった。




