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第21話 アクシデント

「水樹さーん。ここってこの公式使うんじゃないんですかね? 解けないんですけど……」


 四人で勉強を開始して一時間。目の前に座っている莉緒が口を開いた。

 身を乗り出し、莉緒から受け取った教科書を見ながら反対側からプリントを覗き込む。

 二年前にやっている勉強なので、見ただけでとはいかないが教科書があれば何とかなる。


「それは引っ掛けだな。こっちの公式でやってみろ」

「はーい。……お、出来ましたー! ありがとうございます!」


 明るい声を上げ、莉緒が次の問題に取り組み始めた。

 こうしていると真面目なのに、どうして普段からこの調子で出来ないのか。

 喉から出そうになった言葉は、理由が分かっているので飲み込む。

 下手に口にした結果、遠慮無しのいちゃつきをされて集中力を切れさせたくない。


「瀬凪ー。ちょっと手伝ってくれないかー?」

「うん? ……まあ、調べものくらいなら」


 スマホに頑張って働いてもらい、翼に協力する。

 調べた結果を伝えると莉緒と同じく真面目に取り組み始めたので、俺もレポートに戻ろうした。

 すると、今日何回目かの裾を引っ張られる感覚を覚え、乃愛ちゃんの方を向く。


「乃愛ちゃんも分からない所があるの?」

「は、はい。ここなんですけど……」


 俺に見せやすいようにか、乃愛ちゃんが身を寄せる。

 蜂蜜を煮詰めたような甘い匂いが香り、俺の心臓を虐めた。

 必死に心臓の鼓動を鎮めつつ、乃愛ちゃんの指の先に視線を向ける。


「これはこの文を指してるように思えるけど、この単語があるからこっちじゃないかな?」


 流石に中学生の頃に頭に叩き込んだ勉強の詳細は思い出せない。

 けれどそこまで難しくないようで、予想ではあるが教える事が出来た。


「あ、解けました。ありがとうございます、瀬凪さん」


 乃愛ちゃんがすぐ傍で柔らかく笑う。

 勉強の手伝いが出来たのは嬉しいが、こんな風に助けを求められたのは初めてだ。

 しかも普段から勉強している乃愛ちゃんなら、解けそうな問題だった気がする。


(うーん。構って欲しかったのかなぁ)


 正解な気がするが、かといって口に出す事も出来ない。

 乃愛ちゃんが満足するならいいかと判断し、レポートに戻る。

 その後も三人に協力しつつも自分のレポートを進め、夕方になった。


「いやー、はかどった! ありがとな、瀬凪!」

「そう思うなら、二人きりの時にもっと勉強してくれ。勿論、莉緒もな」

「「前向きに検討させていただきます」」

「はぁ……」


 玉虫色の発言に、これからも変わらないだろうなと溜息を落とした。

 とはいえ、二人共レポートの未提出や赤点を取る程に怠けている訳じゃない。

 単に俺に甘えているだけだ。


(それを喜んでる時点で、また勉強会を開くんだろうなぁ)


 何だかんだで悪くない時間だった。口にすると調子に乗られるので、絶対にしないけど。


「さてと、それじゃあ晩飯の準備だな。乃愛ちゃん。改めてだけど、ホントにいいの?」


 勉強会後の晩飯の件は、既に乃愛ちゃんに伝えている。

 念の為にもう一度尋ねれば、快く頷いてくれた。


「はい。腕にりを掛けて作りますね」

「四人分は大変だろうし、俺も手伝うよ」

「ふふ。それじゃあお願いします」


 流石に今日は手伝わせてくれるらしい。

 嬉しそうに笑う乃愛ちゃんへと、翼と莉緒が頭を下げる。


「杠、ありがとな。お世話になる」

「ありがとね、杠さん」

「いえいえ、お気になさらず」


 四人で同じ空気を共有したからか、乃愛ちゃんは俺を介さず二人と話せるようになったらしい。とはいえ、俺が傍に居ないと心細いようだ。

 その後勉強道具を片付けて四人で買い物に出掛けたが、その間に二人と話しつつも乃愛ちゃんは俺の傍から離れなかった。

 そして今は晩飯の手伝いをしているのだが、乃愛ちゃんがご機嫌な気がする。


「大人数って、楽しいですね」

「そう思ってくれて良かったよ。気まずくない?」

「大丈夫です。成瀬さんも莉緒さんも、すっごく良い人ですから。……見た目はその、あれですけど」


 俺の友人の外見に言及するのはどうかと思ったのだろう。乃愛ちゃんが露骨に言葉を濁した。

 とはいえ、彼女の気持ちは理解出来る。


「俺や乃愛ちゃんが関りそうにない見た目してるからね」

「そうですね。初めて見た時はびっくりしましたよ。瀬凪さん、実は陽の者だったのかって」

「そんな訳ないから。まあ、外見で判断しないでくれると嬉しいかな」

「分かってますよ。外見であれこれ言われるのは、辛いので」


 口元に苦笑を滲ませ、乃愛ちゃんがぽつりと呟いた。

 元気を出して欲しいと思い、手を洗って乃愛ちゃんの頭に触れる。

 すると、彼女は気持ち良さそうな吐息を漏らした。

 そのまま撫で続けていたが、仕上げに入ると一人でも大丈夫だからと言われ、キッチンから退散する。


「いやー、杠さん良い子だねぇ」

「ホントにな。……中学生に晩飯を作ってもらう大学生って、罪悪感が凄いけど」

「俺が忘れようとしている事を口に出すんじゃない」


 乃愛ちゃんが俺に晩飯を作ってくれるのは、そういう決まりだからだ。

 けれど、翼が抱いている気持ちが無い訳じゃない。


「あはは。大学生は大変だねぇ」

「高校三年生の恋人が他人事みたいに言ってるけど、これでいいのか?」

「…………ちょっとは罪悪感を抱こうな、莉緒」

「失礼な! 私だって申し訳ないなって思ってるよ!」

「「……」」


 大学生二人からじっとりとした視線を向けられ、莉緒が立ち上がる。


「うがー! なら手伝ってくる! もうちょっとで出来るみたいだけど、やれる事はあるでしょ!」

「あ、莉緒、ちょっと待て」


 俺の静止も聞かず、莉緒が肩を怒らせてキッチンに向かった。

 すると「ひゃあっ!」と高い悲鳴が上がる。

 何か事故が起きたのかと翼がキッチンへ行こうとするが、それを手で制した。

 ジッと待っていると、小さな声が聞こえてくる。


「ごめんね、杠さん。やっぱり任せていい?」

「は、はい」


 短い会話を終え、莉緒が戻ってきた。

 その顔には、失敗したという後悔がありありと浮かんでいる。


「あー、やっちゃったなぁ。あれで良かったですかね?」


 乃愛ちゃんはキッチンで料理している時、邪魔だという事で前髪をヘアピンで纏めていたのだ。

 そんな状況でいきなり莉緒が来れば、悲鳴を上げるのも当然だろう。

 心配そうに尋ねてきた莉緒へと真剣な顔で頷きを返す。


「多分、最高の対応だったぞ。一応言っとくが、はしゃぐのは辞めてやってくれ」

「りょーかいです。……あんなに綺麗なら、トラブルの種になるよねぇ」


 同じ女性だからだろう。莉緒は乃愛の事情をあっさりと見抜いた。

 渋面を作る莉緒へと、傍観に徹していた翼が問い掛ける。


「何があったんだ?」

「秘密。流石にこれは私が言う事じゃないよ」

「そうか」


 莉緒からすげなく対応されても、翼は取り乱さなかった。

 その態度には恋人へと信頼と、乃愛ちゃんへの思いやりが現れている。

 この二人に乃愛ちゃんを紹介して良かったと、心の底から思うのだった。

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― 新着の感想 ―
こうしていると真面目なのに。だがしかし、突っ込んだら負けだ。下手につつけばバカップルワールドが展開されてしまう罠。皮肉を言えば惚気が返って来るとかやってらんねえな! 今日何回目かの。乃愛がこの場に居…
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