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第19話 盛大な勘違い

 勉強会当日。翼と莉緒が来るのは昼過ぎなので、乃愛ちゃんと昼飯を摂る事になった。

 いつもであれば俺が杠家へ向かうのだが、今日は逆の立場になっている。


「お、お邪魔します」

「どうぞ」


 体を固くさせ、おっかなびっくりという風に乃愛ちゃんが俺の家へ入ってきた。

 いくら普段から一緒に過ごしているとはいえ、女性が男性の家に上がるのだ。俺の時よりも緊張するのは当たり前だ。


「本当に俺の家で昼飯を作るの? キッチンの使い勝手が違うと思うけど」

「構いません。瀬凪さんこそ、私にキッチンを使わせて良いんですか?」

「俺以外の人にキッチンを触らせたくないとか、そんな拘りはないよ。乃愛ちゃんの家のキッチンを使わせてもらった事があるし、お互い様って事で」

「了解です。じゃあ遠慮なく使わせてもらいますね」


 柔らかく笑む乃愛ちゃんと共に、リビングに辿り着いた。

 家具の種類や配置は違うが、杠家と同じ間取りだ。

 しかし、彼女はきょろきょろと家の中を見渡している。


「ここが瀬凪さんの家なんですね……」

「乃愛ちゃんの家とあんまり変わんないと思うけど」

「そうですか? 結構違いますよ。というか、綺麗にしてるんですね」

「物が無いってハッキリ言ってもいいよ」


 一般的な家具はあれど、趣味に使うような物は置いていない。

 ここに引っ越してきてからバイトに明け暮れていたので、それで困る事が無かったのだ。

 肩を竦めると、乃愛ちゃんが苦い笑みを浮かべた。


「ま、まあ、このご時世、スマホがあれば大抵の事は何とかなりますからね!」

「フォローが心に沁みるなぁ……」


 乃愛ちゃんから放たれた言葉は俺の意見と同一のものだ。

 けれど中学生に慰められる大学生というのはどうなんだろうか。

 ぼそりと呟くと、流石に何も言えなくなったのか「あはは……」と乾いた笑い声が返ってきた。

 その後、何かに気付いたように乃愛ちゃんが鼻を軽く鳴らした。


「でも、物が無くても瀬凪さんの匂いがしますね」

「最近は乃愛ちゃんの家に行ってるけど、それでも俺が生活してるからね。嫌な匂いじゃない?」


 部屋の匂いを嗅がれるのは、二回目の経験であっても恥ずかしい。

 頬の僅かな熱を自覚しつつ問い掛けると、嫌悪感など欠片もない笑みを向けられた。


「嫌じゃありませんよ。いつもの瀬凪さんの匂いで、凄く落ち着きます」

「そっか。実は嫌な匂いとか言われてたら流石にショックだったから、安心したよ。……うん? いつも?」


 乃愛ちゃんの言葉から察するに、普段から匂いを嗅がれているらしい。

 思わず突っ込むと、雪のように白い頬がほんのりと朱で彩られた。


「その、いつも膝枕して貰ってる時に、瀬凪さんの匂いを嗅いでいたので」

「そういう事か。まあ、乃愛ちゃんが嫌じゃなければ、俺は嗅がれても良いけど」

「ありがとぅござぃます……」


 へにゃりと嬉しそうに口元を緩ませ、お礼を口にした乃愛ちゃん。

 先程とは違い、頬は真っ赤に染まっていた。

 匂いを嗅いでもいい――正確には好きにすればいい――という許可だが、ここまで喜ばれるとは思わなかった。

 胸がむず痒くて何も言えずにいると、乃愛ちゃんがはっとした風に蒼と黄金の瞳を見開く。


「もしかして、ですけど。私の家って私の匂いがしてるんでしょうか?」

「…………まあ、乃愛ちゃんが住んでるからね」


 俺から乃愛ちゃんに近付いて匂いを嗅いだ事はない。

 けれど乃愛ちゃんの自室に入った時や、別れ際のご褒美の際に、蜂蜜を溶かしたような甘い匂いがするのは確かだ。

 曖昧な言い方をすれば、乃愛ちゃんが黒髪から僅かに見える耳すらも真っ赤に染める。


「そうです、よね。因みに、ですけど、嫌じゃ、なかったです、か?」

「……………………嫌だったら乃愛ちゃんの家に行ってない、とだけ言っておくよ」


 女子中学生の匂いが好きだと声に出すのは、変態過ぎるので不可能だった。

 頬が自覚出来る程に熱いので、俺も乃愛ちゃんと同じくらい真っ赤になっているのだろう。

 

「そう、ですか。良かった、です」

「……」

「あの、私は膝枕してもらってる時に嗅いでますので、瀬凪さんも嗅いでいいですよ?」

「……嗅がないからね?」


 どんな方法で嗅ぐんだ、という言葉は何とか飲み込んだ。

 蒼と黄金の瞳に期待が宿っている気がするが、きっと気のせいだ。


「そうですか……」


 断りを入れると、乃愛ちゃんが残念そうな空気を漂わせてキッチンに向かうのだった。





 俺の家で昼飯を摂って少し経ち、翼と莉緒がやってくる時間になった。

 乃愛ちゃんはというと、普段はヘアピンで抑えている前髪で既に瞳を隠している。


「お、来たか」


 インターホンが鳴ったのでエントランスの鍵を開けた。

 そのまま待っていると、再びインターホンが鳴ったので玄関に行く。

 扉の外には軽薄そうな見た目の男と、金髪をポニーテールにした女が居た。


「よう瀬凪」

「こんにちはー、水樹さん! お久しぶりです!」

「よう二人共。莉緒はホント久しぶりだな」

「ですねぇ。瀬凪さんを放っておく形になってしまって、すみません」


 今時の女子高校生といった軽い見た目だが、真面目な顔で莉緒が頭を下げる。

 変わらない様子の莉緒に笑みを零しつつ首を横に振った。


「理由は分かってるからいいって。それに怒ってくれてありがとな。取り敢えず上がってくれ」

「「お邪魔しまーす!」」


 元気の良い挨拶をした二人と共にリビングへ引き返す。

 乃愛ちゃんに許可を貰った時点で、二人には勉強会の参加者が増える事は伝えていた。

 しかし、二人はリビングでガチガチに体を固まらせている乃愛ちゃんを見て、ぴたりと動きを止めてしまった。


「「……」」

「あの、えっと……」


 年上二人がジッと見つめてくるのだ。人見知りの乃愛ちゃんにとっては辛いだろう。

 何とか助け船を出さないと、と思って口を開こうとする。

 しかし、その寸前で翼に肩を掴まれた。

 間近で見る翼の瞳には、憐憫れんびんが宿っている気がする。


「瀬凪……。お前はここまで……。やっぱり俺がもっと……」

「水樹さん。ちょっとこれは……」

「ん? 待て、変な勘違いしてないか?」


 首を捻るが、翼の表情は変わらない。


「俺達は理解ある側だと思ってる。でも、小学生は考え直した方がいい」

「流石にナイだろうけど、一応聞きますね? 誘拐とか、してませんよね?」

「まさかと思ったけど、やっぱりかよ!」


 確かに乃愛ちゃんは小柄だ。下手をすると、小学生高学年と間違うかもしれない。

 だが、流石に二人の発言は失礼過ぎだ。俺にも乃愛ちゃんにも。

 声を荒げながら乃愛ちゃんの様子を窺うと、しっかり聞こえていたようで露骨に肩を落としている。


「まず説明をするから座れ! そしてちゃんと聞け!」

「お、おう……」

「……」


 瞳に深い悲しみを湛えた二人をソファに座らせ、必死に俺と乃愛ちゃんの事情を説明するのだった。

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― 新着の感想 ―
俺の家で昼飯を作るの? 四人分の晩ご飯を作る前哨戦といったところかな。使い勝手が違うからこそ先に使いたかった可能性。ちゃっちゃと入り込んで部屋に馴染みたかった可能性もある。 綺麗にしてるんですね。ミ…
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