表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/64

第18話 友達の友達は

 大学で翼と話した日の夜。バイトを終えて杠家の前に来た。

 昨日鍵をいただいたので、使ってもいいのだろう。

 それでも、他人の――しかも女性の――家の鍵を使うのは緊張する。


「ここでビビるのは情けなさ過ぎるだろ……。よし!」


 気合を入れて鍵を使い、家の中に入った。

 すぐにぱたぱたと軽い足音が聞こえてくる。


「お帰りなさい、瀬凪さん!」

「ただいま、乃愛ちゃん」


 俺がこの家に帰って来ていい存在なのだと実感出来るやりとりに、歓喜に満ちた笑みに、胸がじんわりと温かくなる。


「バイトで晩飯の用意を任せちゃったけど、体調は大丈夫? あれから悪くなってない?」

「全快です! ……とまでは言えませんけど、昨日とは見違えるくらい楽になりましたよ。瀬凪さんのお陰です」

「ホントに?」


 日中の間に晩飯をどうするかというやりとりは既にしていた。その際に、体調は大丈夫だという事も聞いていた。

 しかし、乃愛ちゃんなら俺がバイトだからと無理をする可能性がある。

 心配になって顔を覗き込めば、白磁の頬にさっと朱が灯った。


「ほ、ほんとです。むりなんて、してませんから」

「……ならよし」


 流石に顔を近付けるのはマナー違反だったかと内心で反省し、顔を離す。

 とはいえしっかりと顔色は確認しており、昨日のように悪くはなかった。

 これならば安心だと、乃愛ちゃんの頭を撫でる。

 すると、彼女が一瞬で蕩けた笑みを浮かべた。


「ん……。瀬凪さんは心配症ですね」

鬱陶うっとうしかったら言ってね」

「鬱陶しいとか思いませんよ。凄く、嬉しいです」


 美しい蒼と黄金の瞳に宿った心の底からの信頼に、胸がむず痒くなる。

 変な反応をしてしまう前に、乃愛ちゃんの頭から手を離した。

 名残惜しそうな目をされたものの、玄関にずっと居る訳にもいかず、彼女がくるりと身をひるがえす。


「というか、今日は瀬凪さんが作ってくれた鍋の残りですからね。私の手間なんて全然掛かってないですよ」

「その為に鍋にしたってのもあるからね。乃愛ちゃんが楽になったのなら何よりだよ」

「ふふ、ありがとうございます」


 乃愛ちゃんと会話しつつリビングへ。

 昨日と同じ晩飯だが、二日同じ物を食べた程度では飽きない。

 あっという間に平らげて、乃愛ちゃんは片付けをしだした。


「今日も俺がやるから、乃愛ちゃんは休んでていいよ」

「準備は私がしたんですし、片付けも出来ます。瀬凪さんはお風呂に入ってきてください。バイトで疲れたでしょう?」


 にこりと一見柔らかな微笑みを向けられる。

 そこには、絶対に譲らないという意思が込められていた。


「……分かった。それじゃあよろしくね」

「はい。ゆっくりしてきてくださいね」


 頬を引き攣らせて返答すれば、ご機嫌な声に送り出される。

 素直に脱衣所へ向かい、あっという間に風呂を終えてリビングへ戻ってきた。

 ソファに体重を預けると、ぽすりと軽い音と共に乃愛ちゃんが隣に座る。


「えと、ですね。昨日と同じご褒美、いいですか?」

「勿論。おいで」


 おっかなびっくりという風におねだりしてきた乃愛ちゃんに、笑みを返して膝を軽く叩いた。

 すぐに小さな頭が膝へ乗ったので、艶やかな黒髪をゆっくりと撫でる。


「ん~。最高ですねぇ」


 ご機嫌な声を漏らし、撫でられるがままになる乃愛ちゃん。

 暫く彼女の頭を撫で続け、まったりとした空気の中で話し始める。


「日曜日に俺の家で勉強会をやる事になったんだ。乃愛ちゃんも来ない?」

「勉強会、ですか? ……そんな言い方をするという事は、私達以外にも誰か来るんですよね?」


 耳に届いた透明な声からは、不安や期待などの感情が読み取れなかった。

 いつもであれば輝きを帯びている瞳はというと、ガラス玉のように透き通っている。

 その瞳と声に妙な圧を感じて、勝手に背筋が伸びた。


「そ、そうだよ。乃愛ちゃん以外だと、俺のたった二人の友達だ」

「ふぅん。仲、良いんですね」

「確かに仲は良いよ。あの二人も、そう思ってくれてるかな」

「…………因みにですけど、除外された私の事はどう思ってるんですか?」

「除外したつもりは無いんだけど……」


 俺の膝の上から、じとりとした視線が向けられている。

 もしかして、乃愛ちゃんは怒っているのだろうか。

 原因として考えられるのは、俺には乃愛ちゃん以外に近い距離の人が居なさそうだったのに、実は居たから。

 若しくは、彼女を友人と言わなかったから。

 そのどちらかだとは思うし、信頼と甘えから出る怒りに頬が緩みそうになる。

 しかしそれを態度で露骨に示すと、乃愛ちゃんは今以上に怒るはずだ。なので柔らかく目を細めるだけに留める。


「乃愛ちゃんは友達以上に親しい人、かな」


 妹のような存在と口にするのは正しいのかどうか分からなかった。

 なので別の言い方をすれば、へらっと乃愛ちゃんの頬が緩む。


「ならよしです。話を戻して、勉強会には参加したいです。でも……」

「不安、かな?」

「はい。瀬凪さんは話を合わせてくれましたけど、私って基本口下手で人見知りでですから。それに、二人って男の人なんでしょう?」

「そっか、乃愛ちゃんって人見知りだったっけ。すっかり忘れてた」


 乃愛ちゃんと親しくなってからは割とスムーズに会話していたので失念していた。

 つい口に出すと呆れるような目が向けられる。


「忘れてたって……」

「それだけ俺にとっての乃愛ちゃんは話しやすいって事だよ」

「……ありがとぅ、ございます」


 別段変な事を言ったつもりはないのだが、乃愛ちゃんが頬を赤らめた。

 そんな姿も可愛らしいなと思いつつ、フォローを入れる。


「因みにだけど、人見知りを発揮しても大丈夫だよ。無理に仲良くなれなんて言わないし、駄目だと思ったらこっちに避難してもいいからね」

「いいん、ですか?」

「勿論。俺と乃愛ちゃんが仲良くなれた。だから乃愛ちゃんと俺の友達が仲良くなれるってのは無理だからね」


 友達の友達は、何も知らない他人なのだ。

 なのに仲良くなるのを強要するのは間違っている。

 乃愛ちゃんの頭を優しく叩くと、大きく見開かれていた蒼と黄金の瞳が柔らかい眼差しへと変わった。

 

「なら、ホントに無理な時は逃げちゃいますね」

「そうして。あ、因みに来るのはカップルだから。男三人のむさ苦しい場所に乃愛ちゃんを招待なんてしないから、安心してね」


 年上の男三人に囲まれる女子中学生など、女子中学生からすれば地獄でしかない。

 翼と莉緒のプロフィールを少しだけ公開すると、再び乃愛ちゃんの顔に驚きが宿った。


「カップルが来るんですか!?」

「そ。バカップルだから、気を付けてね」

「しかもバカップルなんですね……」


 呆れたような、感心したような声を乃愛ちゃんが漏らした。

 とはいえ彼女の中から不安は殆ど消えたようで、表情に陰りはない。


「分かりました。なら行きます」

「了解。多分だけど、勉強会の時に俺達の事情をある程度話す事になる。それは大丈夫?」

「瀬凪さんはその人達に話しても大丈夫だと思っているんでしょう? なら大丈夫ですよ」

「……ありがとね、乃愛ちゃん」


 俺の友人を信用したのではない。俺という信頼出来る人が大丈夫だというのなら、それを信じる。

 そんな大き過ぎる気持ちへのお礼に、頭を撫でる事しか出来なかった。


「あ、でもですね。その、目は……」

「隠していいよ。それも、無理強いしないから」


 俺がどれだけ綺麗だと思っていても、蒼と黄金の瞳は乃愛ちゃんにとって人見知りになった原因なのだ。

 状況が状況だけに俺には見せてくれたものの、本来ならば他人に見せられるはずがない。

 分かっていると短く言葉で示すと、乃愛ちゃんがほうと安堵の息を吐き出した。


「……ありがとうございます。瀬凪さん」

「お礼なんていいよ。乃愛ちゃんがどうしたいかが一番大切なんだからさ」


 決して乃愛ちゃんの意思を蔑ろにはしない。

 それでも綺麗だという俺の気持ちは伝わって欲しくて、蒼と黄金の瞳へと手を伸ばした。

 何をされるのか分かったようで、乃愛ちゃんが瞼を閉じる。

 瞼越しに瞳を撫でると、彼女は嬉しそうに笑うのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
友達の友達は。友達だろ(光の陽キャ)。瀬凪とか乃愛には一生理解できない感覚だろうとは思う。 気合を入れて鍵を使い。一応インターホンで帰って来た合図とかしないのね、そりゃ緊張する。鍵の開いた音で玄関に…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ