-7- 勝利
「ご苦労様です。」
そう言って、目の前の青年はこちらに笑いかけながら近づいてくる。
右手に握られた大降りのナイフを勢い良く振り下ろすと、肉と体液がビチャッと地面に落とされると同時に、太陽光が刀身に当りヌラリと光る。
歩み寄る青年の足元には、先ほどまで生きていたモノがただの肉塊となって横たわっていた。
「…デックさんこそ。お疲れ様です。」
そのやや凄惨な光景にこみ上げるものを感じつつも、ルルは青年の名前を呼びつつ答える。
(アンドロイドのルルには、嘔吐する機能はないのだが)
土煙の所為で汚れた衣服をパタパタと叩きつつ、ルルもデックの方へと歩み寄る。
デックの方を見ると、アレだけ動いたにもかかわらず息も乱さず服のいずれにも汚れはない。
パリッとした折り目正しい執事服が、無駄に光沢を放つのみであった。
「ルル君こそ、お疲れ様です。大丈夫でしたか?」
「ハイ。…最初は緊張しましたけど、途中からはもう無我夢中でした。」
にこやかに訪ねてくるデックに対し、ややはにかみながらルルが答える。
「コレだけ出来れば上等ですよ。この程度の相手であれば問題なさそうですね。」
「えへへ。」
あまり褒められ慣れていないのだろう彼は、デックの言葉にまんざらでもなさそうに頭をかく。
「しかし、珍しいですね。」
「え?」
顎に手を当てたポーズで思案顔のままつぶやく彼を、呆けた返事を返しつつルルが首をかしげる。
「いえ、先ほどの魔獣ですが、本来であればもっと辺境地域に生息している類のモノです。
この辺りで見かける事はまずないのですが…。」
「そうなんですか?」
「ええ。この辺りは魔素、空気中の魔力分布が比較的少ないですから、
あのような完全魔獣型のモノは住めないはずです。」
空気中の魔素の量。それはこの時代に生きる人間とって重要な意味を持つ。
なぜなら、人間を含む動植物、果ては鉱石に至るまで、高密度の魔素に長時間あてられると、
先ほどの魔獣の様な、人に害なすモノになってしまう。
現在ある街のほぼ全ては、外壁に一定量の魔素を退ける効果を持つ装置をつけて、周辺の魔素を調整している。
そのため、比較的街の近くは安全であるといえるのである。
街から離れれば離れるほど、辺境と呼ばれる地域に行けば行くほど空気中の魔素が濃くなり、
自然、人が足を踏み入れられなくなってくる。
「そういう意味では、先ほどの魔獣の強さは恐らく通常の半分以下、といった所でしょうか。」
「…どうして、こんな所に居たんでしょう?」
「まあ、考えていても始まりません。とりあえず、早めに目的の場所に向かったほうがよさそうですね。」
そういって、デックは地面に置いてある荷物を拾い肩にかける。
日は既に頂点を過ぎており、こちらに向かってから3時間ほどは経ってしまっている。
日が落ちてしまっては色々と面倒になることが予想されるので、ルルも荷物を持ち直し、デックのそばに駆け寄る。
「デックさん、急ぎましょう。」
少しだけ、焦ったような声を上げるルルに、穏やかに声をかける。
「ルル君、あまり焦ると結果はついてきません。『急がば回れ』ですよ。」
「『急がば回れ』?」
知らない言葉が出てきて首をかしげる。
「ええ。コレも私の出身にある諺ですが、急いでいる時ほど、安全で確実な道を行け。という意味です。
焦っても結果はついてきませんよ。」
にこり、と笑いながらそう諭す。
言われたルルは、そういうものかと関心する。
「まあ、ゆっくりとまではいきませんが確実に行きましょうか。」
「ハイ!」
では、行きましょうと声をかけつつ歩き出す青年の後を、慌てて追いかけるルルであった。
□
「どうかね?」
西日が差す部屋に、若い男の声が響く。
「まあ、いいんじゃない?」
答える声は、ころころと転がるような可愛らしい少女の様な声。
「まだ、吟味する必要はある。」
頷きながら答えるのは、低くしゃがれた男のもの。
「そうだね。まだ、様子を見ようか。」
飄々とした態度で、微笑みながら別の青年が答える。
「うむ。では引き続き精査していくか。」
はじめに聞いた男が纏めると、部屋にいた4人は各々退出していく。
残ったのは、机に残された端末と、紫煙と、男だけであった。
□
「あった!ありましたよ!デックさん!!」
そろそろ日も沈もうかという所で、山肌にしがみつくルルの目の前に大きな巣が姿を現していた。
『リュウノス』
だいぶ昔に珍味とされた『燕の巣』というものと酷似しているとされている。
姿かたちはほぼ同じだが、大きさはそれのほぼ5倍程度。
ルルが持つと、一抱えほどになる大きさだ。
この辺りに生息する「オオツバメ」の巣であるそれは、見つけにくさに加えて、
「オオツバメ」自体の生息数の少なさから、中々の稀少品となっている。
現在、「オオツバメ」自体を捕獲するのは禁止されているが、
既に雛が巣立った巣のみ採取を許されている状態である。
「いやぁ、中々の大きさですよ、ルル君。
コレだけのものであれば、お嬢様にも喜んで頂けるでしょう。」
そういいながら、今日一番の笑顔を携えてデックは笑いかけた。
「そういえば、デックさんのお嬢様が依頼してたんでしたね。」
「ええ。毎年オオツバメの雛が巣立つこの時期に、コレを食すのがお嬢様の楽しみでして。
今年は普段仕入れている所で手に入らず、ご依頼になったというわけです。」
なるほど、と頷くルルを尻目に、デックは素早く巣を取りに掛かる。
巣自体を傷つけないよう注意しつつも、無駄のない動きで岩肌と切り離す。
やがて、完全に取れた巣を抱えたデックは、ルルに通信機を渡す。
「これでアイファさんに連絡を取って下さい。座標が自動で送られますので、
こちらにヘリでつけてもらいましょう。」
渡された通信機は、幸いルルも触った事のある種類のものだったので何事もなく操作が出来た。
3コール目の途中で取られた通信機から、はきはきとした女性の声が聞こえてくる。
<はいはいー!こちらアイファ!『リュウノス』取れたのかな?オーバー。>
数時間ぶりとはいえ、久しぶりに聞いたアイファの声にほっとしつつ、ルルが通信機に話しかける。
「こちらルル。無事に『リュウノス』を採取できました。デックさんも問題ありません。オーバー。」
<りょーかい!んじゃあ、こっち経由でヘリを飛ばすから、その辺りの開けた場所で待ってて!オーバー。>
安心した様子で返事をするアイファの声を聞きつつデックに目配せすると、彼が少し先を指差していた。
その方向に目を向けると、おあつらえ向きな広さの開けた場所が目に入る。
「はい。こちらで着陸場所は確保できそうなので、そこについたら改めます。オーバー。」
<あいあい。んじゃ、また後でね!通信終わり!>
ぷつん
小さな電子音と共に通信機から音が消える。
それを確認してルルは自分のもつもののスイッチを切った。
「さて、では行きましょうか。ルル君。」
「はい!」
笑いながら歩く二人を、西日が優しく包もうとしていた。