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-5- 散策

 飛び立つヘリを見上げながら、佇むルル。

広大なジャングルの中、不自然に開けた空間に彼らはいた。


辺りは鬱蒼と茂る木々。

遠くで、獣の金切り声が反響している。

聞いたことの無い音に、びくりと震えてしまう。


「さて。無事目的地に着いたことだし、さくっといきましょ。」

そう言って、アイファは自身の荷物を肩にかける。

小ぶりのバックパックで、さほど物が入るようには見えない。

何が入っているのか気になったが、あえて問いただしはしなかった。


「…あの。」

未だ状況のつかめていないルルは、おずおずと尋ねる。

何故、自身がこのような状況になったのか。


「あー、それね。ヘリの中でも軽く言ったけど、購買部に依頼が来たのよ。

 この人達から。」

そう言って、傍らに直立の姿勢で佇んでいたデックを指差す。


「言ったでしょ。依頼人の一人だって。

 この人と、この人のご主人様から依頼を受けて、あたし達がここまで来たの。」

全く、そう呟いて溜息を吐くアイファ。


「毎回毎回、何でこうあんたのとこの依頼は厄介なのが多いのかしら。

 こっちの身にもなってもらえる?」

腰に手をあてながら、大仰な身振りで文句を吐く。


それに対して、黒衣の青年は幾分か申し訳なさそうに頬をかく。

「申し訳ございません、アイファさん。

 主人のたっての希望でして。

 その為、今回は私も同行させて頂くことになったのですから。」

あくまで、直立は崩さずに苦笑いのようなものを浮かべる。


「まぁ、お得意さんだからいいけどね…。

 じゃ、行きましょうか。」

言いながら、先程のバックパックから大き目の地図を取り出す。

広げたそれを地面に置き、こちらに見えるように向きを整え膝をつく。


ルルも、それに習って膝をつき、地図が良く見えるようにする。

デックは変わらず立ったままだが、視線は落とす。


「さて、事前に話は聞いているのだけど、ルル君に説明するがてら確認よ。」


「はい。」

こちらに視線を寄こすアイファに対し、小さく頷き肯定の意を返す。


「よし。まず、私達がいる場所はここ。」

広げた地図の、ちょうど中心付近を指し示して言う。

地図の大きさに対しては小さめではあるが、広範囲であろう区域が記されている。

恐らく、ルル達がいる場所を示しているのだろう。


地図上での上方向、北には山、下方向の南には大きな湖があるのが分かる。

他は全て森。森。森。


「今回、『リュウノス』があるかもしれないと報告があった地点は二箇所。

 山頂付近のこの辺りと、湖畔近辺のここ。」

アイファの指が、地図上の山付近を指し、次いで湖の南側を指す。


「距離的にはどっちもどっち。

 可能性も五分五分って話らしいから、別れて行きましょう。」


「別れて、ですか?」

ただでさえ恐ろしそうなジャングルに、さらに少人数で向かわなければいけないと知り、

不安そうな顔を向けるルル。

その視線に笑顔を返しながらアイファが答える。


「まぁ、大丈夫よ。この辺りはそれほど危険な動物もいないし、

 まだ日が高いから、危険なヤツはおねんねしてるわ。」

まぶしいほどの笑顔を向けるアイファに対し、若干頬が赤くなるのを確認しながら、

なるほど、と小さく返す。


「じゃ、班分けをするわね。

 といっても三人しかいないけど。」

言いながら地図を畳んでしまう。






「ア、アイファ先輩!気を付けて!」

そう言ってルルが手を振る先で、アイファが上半身だけ振り返り手を振り返す。


「はーい!そっちもねーー!

 デックさん、ルル君を宜しくねーー!!」

既に木々の間に入ろうかという所からお互いに声をかける。

班分けの結果、アイファが山岳方向へ。

ルルとデックの二人が湖へと向かう事になった。


移動距離と散策時間を考えると、大体夜前になる計算ということもあり、

足早にジャングルに踏み入る。


想定外の事に頭が回っていなかった為か、先程気がついたが、

ルルは学校にいた時に来ていた制服ではなく、アーミースーツのようなジャングル迷彩が施された装備を着用されていた。

アイファが持っていたバックパックと同様のものも有り、中には地図や水筒、非常食や固形燃料などが入っていた。

使う機会が来ないよう祈りつつも、ルルはバックの中身を確認する。


「…いつの間に着替えさせられたんだろう。

 まあ、いいか。」

ふと視線を前に向けると、大振りのナイフを造作も無く振る同行者の姿が目に入る。

およそ、ジャングルにふさわしくないその格好だが、なぜか違和感無く着こなしている。

熱帯地方特有の、ジメっとした空気が肌にまとわりついているだろうその体には、汗一つない。

まるで、我が庭を突き進むように軽やかに。

おかげで、ルルはテクテク後ろを着いていくだけでいいのだが。


「あの、デックさん?」

ふと気になって、前を行く青年に質問を投げようと声をかける。


「如何しました?」

さらり、といっそ涼しげな空気を纏いながら振り返り尋ねる。

やはり振り返ったその顔にも、汗の類は全く見られない。


「あの、失礼ですが。。デックさんて『アンドロイド』何ですか?」

立ち止まったデックに釣られて止まり、バックパックの位置を直しながら聞く。

体の大部分が機械であるアンドロイドは、生態部品が使われているとしても、発汗による体温調節は必要ない。

体内の冷却装置で、機械内部の熱を常に放射している。

逆に、極寒地域などではフリーズしないように余分に熱を出してそれを防いでいる。

あくまでも基本的な温度差に対する手段だが、現状程度であれば、その許容内に当てはまる。


「いえいえ。私は純粋な人間ですよ。

 私達の地域に昔から伝わる言葉で、『心頭滅却さすれば火もまた涼し』というのがありまして、

 何事も鍛錬次第で、どうとでもなるのですよ。」

にっこり笑い、再び先を行く。


初めて聞く言葉に頭を捻りつつも、そういうものかと納得するルル。

当然、アンドロイドのルルにはその辺りの概念は理解できないのだが。


「それでは、こちらも一つご質問を。」

目の前のツタを払いながら、歩みを変えずに聞いてくる。


「ルルさんはどの程度使えますか?」

一瞬、質問の意味が理解できず思考が止まったが、直ぐに復帰する。


「えっと、お恥ずかしいんですが。

 魔学専攻課程の5級です。中学卒業レベルは何とかクリア出来たんですけど、

 まだまだ高校レベルはちょっと。。」

恥ずかしそうに乾いた笑いを出しつつ頬をかく。

その問いに対して、ふむ、と考える素振りを見せるデックが、更に尋ねる。


「では、戦闘実技は5級試験の時だけですか?

 確か、それ以前の級は筆記試験と、非戦闘実技だけだったかと記憶しておりますが。」


「そうですね。

 あ、でも試験前に何回か非殺傷級の動物相手に練習はしました。

 実技試験の時は怖かったなぁ、食べられちゃうかと思いました。」

あはは、とルルは笑うが、

実際のところ、5級の試験対象は基本的に殺傷級の中で凶暴性が低いモノのみを使用する。

ルルが食べられるサイズのモノなど、出てくるはずも無かった。

…まあ、噛まれるくらいはするだろうが。


「デックさんは何級くらいなんですか?」

当然、人間であるデックは魔学専攻であるとしてルルは尋ねるが、

返答は予想外のものだった。


「いえ、私は特に専攻しているものは無いんですよ。

 したがって級も持っていません。」

この回答にルルは驚愕する。

現在、この世界においては、いかなる職に就く上でも魔学、科学どちらかの専攻は必須である。

それらを少なからず修めていないと、「何も出来ない」者として扱われる。

正規に学ぶにしろ、我流で学ぶにしろ(数は少ないが)ほぼ全てといっていいほどの割合で何らかの専攻を持つ。

加えて、最下級である10級から、中学卒業規定でもある5級までは試験費用も無い。

いわば、誰でも受けられる試験だ。


級によって待遇差があるが、どんな貧乏人でも、努力次第で、最低限とはいえ人並み程度の収入を得られる。

それを、目の前の青年は取得していないという。

恐らく高額であろう今回の依頼主の一人であるというのだから、貧乏人ではないのだろう。

では、何故彼はその資格を持たないのだろうか。


考えに沈んでいるルルに対し、デックが解答を語る。

「私は少々特殊でして、魔法が使えないんですよ。

 というより、魔力が無いと言ったほうが正しいですが。」


そんな馬鹿な。

ルルは頭から否定する。

当然だった、今の今まで、魔力が無い人間なんて確認されていない。

たとえ魔力が極小、アリと同等だったとしても、無い人間はいない。

それこそ、アンドロイドで無い限り。


「デックさんは、計器で計ったんですか?」


「はい。お嬢様から言われましてずいぶん昔に計ったんですが、これがさっぱり。

 お嬢様も不思議がって、だいぶ精度の高いものを取り寄せたりしましたが、無駄でした。」

相変わらず背中越しの会話ではあるが、ルルは今、デックは微笑んでいるんだろうと分かった。


「まあ、魔法や科学が全てではありませんし。

 お嬢様のお役に立てれば、手段は何でも構いません。」


「そう、ですか。」

幾分か複雑な気持ちで答えるが、本人が良いといっているのだ。

これ以上は必要ない。


そうこうしているうちに、前方から水気を含んだ空気が流れ込む。

目を凝らすと、きらきらと水面に反射した光りが木々の隙間から垣間見える。


「さて、到着しましたね。」


「そうですね。後は、このまま反対側に回っていけば…。」

ルルが途中まで呟くが、それは最後まで語られなかった。

彼らがジャングルから抜けた先、湖の中から猛烈な勢いで人型の怪物が飛び出してきたのだから。





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