第3戦
「ゆび、1、2、3、4?」
男たちの制服には文字と数字が書かれたオレンジ色のゼッケンが縫い付けられている。「それって、ユニフォームなんですか?数字はわかるけど、ゆびって何なの?」
亜紀ちゃんの問いかけに、ゆびの男が答えた。
「お嬢さん、これはゆびではなくて、指揮者の略で『し』って読むんだよ。そしてこちらの4名は、1番員から4番員という。消防操法を行う時の、まあユニフォームというか、活動服ってやつだ」
ゆびの男は、威厳を保ちながらも穏やかに続けた。よかった。怪しいやつらではなさそうだ。見た感じでは大体40代の後半くらいか。ひょろっと背が高くて、腕も足も長い。
1番員と2番員はぼくらと同じくらいの年頃だ。1番員は小柄ですばしっこそう。2番員は修より背は低いが、よく鍛えられた頑丈そうな体つきをしている。
ん、この3人はどこかで見たことがあるような気がするけど……ぼくは、観察のスキルを発動して、5人の男たちを隅から隅まで観察したが、思い出せそうで思い出せない。
「君たち、ラビリンスに来るのは初めてかな?」
「はい。はじめてです」
修が答えた。ん、修が敬語を使うなんて珍しいな。
「修、ひょっとしてこの人たち知り合い?」
「いや、知り合いっていうか、この間の救命講習で一緒だったんだ」
「救命講習?」
「そう、おれはライフセイバーの資格にも挑戦してるから。定期的に救命講習も受けないといけないんだ。その時の講師がこちらの指揮者、階級は部長だよ」
「そう。わたしたちはこの地域を管轄する消防団員だ」
「へえ、消防団員っていう職業もあったんだ」
「いや、残念ながら消防団員は職業ではない。活動をしたときは手当を少しもらえるが、まあボランティアみたいなものだよ」
「え、じゃあその制服は?」
「ははは、この活動服とキャップ、半長靴は消防署に勤める消防士のものだよ。消防団員の活動服と大体同じだから、こうやってゼッケンをつけてしまえば、よほど詳しい人じゃないと、見わけはつかないんだ」
うーん、消防士と消防団員。いまいち違いはわからないけど……
「それで、先ほどののんびりしていてはだめだっていうのは……」
今度はチーム17Sの指揮者、南監督がおずおずとたずねた。
「ああ、そうだった。君たちはまだラビリンスに到着したばかりだよね?」
「ええ、そうですけど」
「だったらまずは避難経路を確認しないと」
「え、避難経路?」
「そう、火災や地震はいつ発生するかわからないだろう?」
「ええ、まあそうですね」
「避難経路の確認と同じくらい重要なのが、消火器や消火栓、AEDの所在確認だ」
「はい、そうでした。申し訳ありません」
相変わらず緊張した面持ちの修が答えた。
「そこでだ、修二君。君たちがわたしたちに勝負で勝つことができたら、このラビリンス1階の地図を進呈しよう」
「地図?なんでそんなもの持ってるんですか?」
「何度もラビリンス内を探索して、自分たちで一から作り上げたんだ」
「何度も探索って?」
「今度で5回目かな?わたしたちは失って困るようなアカウントは持っていないから、失敗のリスクはあまりないんだ。だから健康診断さえクリアすれば、何度でも挑戦できる。ラビリンスに何度も挑戦することで、動画で消防団員の活躍がアピールできる。得られた利益を消防団活動に生かすこともできる」
「でも失敗したら、稼いだアンは全部没収されるって……」
「ああ、アンは全て没収される。アンはね」
「え、どういうこと?」
「うん、あまり褒められた方法じゃないから、あとは君たちで考えてくれ。で、どうする?勝負を受けるか?」
南監督の方を振り返ると
「わたしは勝負を受けるべきだと思います。アンには余裕がありますから負けても即退場にはなりませんし。地図があればこの先の展開がずいぶん楽になるでしょう」
ほかのメンバーもみんなうなずいている。
「わかりました。勝負しましょう。でも、どうやって」
ゆびの男はにっこりとほほ笑んで
「そうか、まだ来たばかりで勝負のやり方もわからないんだな。じゃあ、アプリを開いて、対戦をタップ。そうすると対戦可能なチームの一覧が出る。この近くにはわたしたちしかいないから、チーム消防団をタップ。対戦方法はどうする?わたしたちはいつも『クイズ』で『全員参加』『一本勝負』で対戦している。それでいいか?」
「はい。長々とやっても時間の無駄です。みんなもそれでいいな?」
修が答え、みんな一斉にうなずいた。
「よし、問題はアプリが読み上げる。早押し問題だから問題の途中でも答えがわかったら、このボタンを押して回答していい。ただし不正解になると、そのチームは回答権を失ってしまう。ハイリスクハイリターンってやつだ。じゃあ、ここで向かい合って5人ずつ整列して、用意はいいか?それでは、放水はじめ!」
「放水はじめ!」
ぼくらもつられて、その場にいる全員で復唱してしまった。放水ってなんだっけ?
ゆびの男がスタートボタンをタップした。それぞれの携帯電話から一斉に問題が読み上げられる。
「問題 AEDを日本語で言うと……」
AED、確かさっきの会話に出てきたぞ。まずい、相手は答えを知っているんじゃないか?いや、修も会話についていってたから、多分答えはわかっている。頼む、修。
修はやはり答えを知っているらしく、自信満々な表情でボタンを押そうとした、が、チーム消防団の方が一瞬早かったようだ。すばしこそうな1番員に回答権を取られてしまった。
「じ、自動、体外式、除細動器、です」
あまり自信はなさそうだったが、ゆびの男が満足そうにうなずいているところをみると、どうやら正解のようだ、が、携帯電話からは
「ブブブブブ 残念、不正解です」
「え、なんで?」
チーム消防団はそろって不満げな表情をしている。携帯電話から続けて音声が流れてきた。
「チーム消防団の答えは不正解だったため、問題の読み上げを続けます。チーム消防団には回答権がありません。AEDを日本語で言うと、自動体外式除細動器ですが、QEDを日本語で言うと何でしょう?」
ああ、早押し問題によくあるトラップだ。QEDならぼくでも知っている。南監督以外の4人が確認するように顔を見合わせ、キャプテンの亜紀ちゃんが代表して回答ボタンを押した。
「証明完了!」
一瞬の静寂の後、携帯電話からファンファーレとともに
「正解です。これにより、対戦はチーム17Sの勝利となりました」
と音声が流れた。
ふう、よかった。
「でも、チーム消防団は経験豊富なのに、なんでこんな簡単なトラップに引っ掛かったんだろう?」
ぼくがつぶやくと
「いえ、今の勝負の隠れたM.O.M.は修二君です。AEDと聞いて、修二君も答えを知っていると思ったからこそ、チーム消防団は焦って回答ボタンを押したんでしょう」
南監督が説明してくれた。なるほど、そういうことか。修が自信ありげにボタンを押そうとしていたのも、ひょっとしたらフェイントだったのかもしれないな。
修を見ると、ゆびの男からまるで表彰状を受け取るように頭を下げながら、両手で地図を受け取っている。
「すげえ、よくこんなに細かい図面が作れましたね」
「消防士のスキル『消防設備点検』を使ったからね。非常出口は、北側、東側、西側の3か所にある。カタカナで『キ』と書いているのが消火器、『セ』と書いているのが消火栓だ。『A』がAED。あと、わたしたちが入ることができた店舗についてもメモがしてある」
「助かります。でも、地図は1階の分しかないんですか?」
「ああ、わたしたちはまだ2階には進入したことがないからね」
「え、2階に行くのはそんなにたいへんなんですか?」
「ああ、2階にいくことができるのは、西の端のエレベーターだけなんだが、そこを守っているのは……いや、これ以上話すと運営からにらまれてしまう。じゃあ、君たち、健闘を祈るよ。
わたしたちもまだアンは残っているから、またどこかで会うかもしれないな。それでは、右向け、右。駆け足、進め!」
チーム消防団は、ゆびの男を先頭に、一列縦隊でフードコートから去っていった。同時にいつものように携帯電話が振動した。
『2万アンが支給されました。内訳:対戦勝利報酬』
亜紀ちゃんと慶次君はスキルを修得したようだ。