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第2戦 その2

「ふうん、なるほどね」

 亜紀ちゃんが目を輝かせながら言った。やっぱりそっち界隈の人ですか。

「合気道か、それに近い古武術の達人みたいね。てっちゃん、ちょっと耳貸して」

 亜紀ちゃんがすばやく耳元でささやいた

「次はてっちゃんが対戦して。相手がどんな技を使っているのか、もう少し見たいからできるだけ勝負を長引かせて」

「うん、わかった」

 ぼくはゆっくりと台に手をつき、男と手を組み合わせた。男の手のひらは柔らかく、手首もほっそりとしている。巨漢の慶次君を投げ飛ばすほどの力があるようにはとても見えない。

「それでは発気よい!」

 亜紀ちゃんの指示どおりカウンターに細心の注意をはらって、こちらから無闇には攻め込まない。相手の目をじっと見て出方をうかがう。

 うーん、なんだろう。特に変わった所はないなあ。あっちから攻めてくる気もないみたいだし、よし、ちょっとだけ。

 魚が浮きをつつくところを想像しながら、反撃を受けないようにつんつんと小刻みに力を入れてみた。

「あれ、ふにゃふにゃしてるぞ。手ごたえがない」

 よーし、じゃあ次は。ゆっくりとほんの少しずつ相手の手を押し込んでみる。

 10度、20度、30度。う!!

 30度を超えたあたりで、急に手首に鋭い痛みを感じて、慌てて手を戻した。

「おお、危ない、なんかいきなり手首のあたりがぴきってなったよ」

「うん。てっちゃんありがと、なんとなくわかった。次は負けちゃっていいから、思いきりやってみて」

 ぼくの勝負を間近で見ていた亜紀ちゃんが満足げにうなづいた。

「わかった。じゃあ、いくよ」

 シュートを撃つときのイメージで全身の力を使って、男の手を座布団に叩きつけた、と思った瞬間、手首に鋭い痛みを感じた。思わず全身の力が抜けてしまい、気がついたらぼくも慶次君と同じように地面に転がされていた。

「てっちゃん、大丈夫?」

 急いで抱き起してくれた亜紀ちゃんに

「大丈夫だ。あの人、強いっていうか……急に手首に痛みが走って」

 と伝えると亜紀ちゃんはにっこり笑って

「うん、大丈夫、わたしでも勝てるかどうかわからないけど、とにかく思い切ってやってみるわ」

「ほう、次の相手はお嬢さんですか?わたしは女性が相手だからって手加減はいたしませんよ」

 ぼくと慶次君を瞬殺した男は疲れた様子も見せず、余裕の表情を浮かべている。

「のぞむところよ」

「それでは発気よい!」

 今回も静かな立ち上がりだ。亜紀ちゃんもぼくと同じように最初は相手の様子をじっくりみていく作戦か、いや、よく見ると亜紀ちゃんは少しずつ体の向きや手の位置を調節している。何かを探すように……

「よしここだ、いくよ」

 短い気合を発すると、亜紀ちゃんは相手の手に全体重をかけ、座布団目がけて思いきり叩きつけた

「ダメだ、亜紀ちゃん危ない!」

「きゃ」

 亜紀ちゃんは左手でミニのスカートがまくれ上がらないようにしっかりとガードしたまま、すとんとしりもちをついた。みると亜紀ちゃんの右手にも真っ黒いインクがついている。が、今度は男の様子がおかしい。

「くっ、ガキが、何しやがった?ゆ、指が……」

 苦悶の表情を浮かべ、左手で右手首を抑えている。

「え、親指が……」

 男の親指の第一関節が、見たこともない角度に曲がっている。

「わたし、何もしてないよ。おじさんが変な角度に腕を捻ってきたから、手がはずれちゃわないように、ぎゅーって親指を握っただけだよ」

 亜紀ちゃんは両手をひろげて必死に頭を振り、ノーファールのジェスチャーをしている。

「親指を握ったって、亜紀ちゃん握力何kgあるの?」

「えー、握力?ふ、二けたよ。人前でそんなこと聞かないでよ」

 パパが体重を聞かれた時と同じ答え方をしている。

「さ、いいから次にいきましょ、修は鎧を着ているから、腕相撲はやりにくいわね。次は監督お願い」

「は、腕相撲はあまり自信ないんですが……ぼくで大丈夫ですか?」

「大丈夫よ、手をぎゅーってしてあげるだけで、絶対勝てるから!」

 う、あの親指をぎゅーってしたら……

「冗談じゃねえ!こんな手で腕相撲なんか、やってられるか!いいよもう、おれの負けで!」

「おじさん、なんか言葉遣いが変わっちゃったね?ひょっとして、猫かぶってた?」

「そうだよ。悪いか?今どき武術家だけで食っていけるわけねえだろ!武術は趣味でやってるだけで、おれの職業は普通のサラリーマンだよ!株式会社ラビリンス総務課の課長代理だ。毎日毎日、上司や客に下げたくもない頭を下げて、その上、こんな痛え思いまでさせられて、やってられっか!」

「ふ、普通のサラリーマン?」

「お前ら覚悟しろ、今から長年のサラリーマン人生でつちかった中間管理職の技を見せてやる!」

「なんかスキルを使う気だ。やばいぞみんな、油断するな!」

 鎧兜を身に着けた修がみんなをかばうように課長代理の前に立ちはだかった。

 が、課長代理はいきなり携帯電話を取り出して、どこかに電話をかけはじめた。

「あ、課長お忙しいところ申し訳ございません。実は先程、業務中に事故が発生して、ケガを、はい、ええ、これから病院に行って診断書をもらってこようと思うんですが……よし、有給休暇の申請完了。あとは診断書をもらって、社長の印鑑を押せば、労働災害保険と傷病休暇の申請ができる」

「う、仕事中に腕相撲やっててケガしただけなのに、治療費と休暇がもらえるなんて。いいなあ、サラリーマンって!」

「そういうことだ。おれはこれから病院に行った後そのまま帰宅する。まあ、お前らもケガしない程度に頑張れよ!じゃあ、お先に失礼します!」

「お、お疲れさまでした」

 課長代理は、左手で右の手首をしっかりと抑えたまま、よろよろとした足取りで去って行った。


 課長代理の背中が見えなくなった瞬間、みんなの携帯が一斉に振動したが、今はそれどころではない。

「慶次、立てるか?」

「うん、痛ててて、手は痛いけど大丈夫、歩けるよ」

「よかった。フードコートはすぐそこだよ。急いで何か食べないと」


 ぼくと亜紀ちゃんが肩を貸して、なんとか慶次君をフードコートに運び込んだ。

「お客さん、誰もいないね」

 入り口をあんな強敵が守っていたんだ。当然、ここに入ることができるのはほんの一握りの参加者だけだっただろう。コート内には4人がけのテーブルと2人がけのテーブルが合わせて50卓くらいと、その2~3倍の椅子が並べられている。

「お店は……よかった、何軒か営業しているみたい、えっと、あった。うどん屋さん、でもあれってふせ字?なんて読むんだろ?」

「〇〇うどん?」

「ええ、おそらくそのまま『まるまるうどん』と読むんでしょう。脚本家が気をつかって、有名なうどん屋、2店舗から公平に一文字ずつ借りたんでしょう」

「ああ、『まる』と『まる』、そういうことね。慶次君、とりあえずうどん屋さんのおにぎりでいいかな?」

「うん、5個くらい。具はなんでもいいけど、鮭、昆布、たらこ優先で」

「はあい、いらっしゃいませ。おにぎり5個で1,000アンよ。アプリのバーコードをここにピッてしてね」

 店員は真っ赤なエプロンをつけた60代くらいの愛想のよいおばちゃんだった。ここでもバトルになるんじゃないかとひやひやしていたが、どうやらアンを支払えば、食事は即座に提供されるらしい。

「もうすぐ1時になるし、おれたちもここで昼飯食っとこうぜ」

 修が提案し、みんなが一斉にうなずいた。正直ぼくもおなかはぺこぺこだった。えっと何を食べようかな?店はほかに……

「丼物と定食の『よつきや』と、ハンバーガーショップ『ロリッテマスネバーガー』開いているのはこの3軒だけみたいね」

「『よつきや?』『ロリッテマスネ?』ふうん、脚本家は見かけによらず几帳面なんだな」

「え、修、どういうこと?」

「ほら、どっちも有名な店舗から少しずつ名前を借りてんじゃねえか」

「あ、ほんとだ。言われてみれば……」

 ぼくと亜紀ちゃんは、ハンバーガーセットを、修と南監督はどんぶりものを選択し、それぞれの味や価格などの情報を共有することにした。慶次君は早くもおにぎりを全て食べ終え、海老天うどんの大盛に、牛肉と生卵をトッピングしたものを食べている。価格はうどん、ハンバーガーとドリンクのセット、牛丼がそれぞれ500アンからとまあ許容範囲だった。そのほか生卵やみそ汁は100アン。おにぎりと、海老天などのトッピングやフライドポテトは200アンだ。

「まあ、一人一食当たり700アンから1,000アンくらいかかるってことだな」

 いち早く食事を終えた修が、セルフサービスのお茶をすすりながら言った。

「おお、そういや、通知が届いてたな。チェックしとかねえと」

 修がアプリケーションを開くと、聞き慣れないファンファーレが鳴った。

『4万アンが支給されました。内訳:ミッション3 中ボス撃破報酬』

『温めるのスキルを修得しました』

「おし、初のスキルゲットだ!でも、『温める』ってなんで武士のスキルが……」

 その時、ぼくの後方からキュラキュラとキャタピラが回転する音が聞こえ、頭のとれたダンプカーのようなものがゆっくりと近づいてきた。荷台の上には……

「修、使い捨てカイロ、お徳用60個入りだって」

「そういうことか……確かに『温める』は武士の重要なスキルだ」

 がっくりとうなだれた様子で修がつぶやいた。

「え、修、どういうこと?これなにに使うの?」

 確かにコート内にはほどよく暖房が効いていて、カイロが必要なほど寒くはない。

「むかし、絵本で読んだことがある。豊臣秀吉は若いころ、織田信長の草履とりをしていたんだ」

「草履とりってなに?」

 うどんを2杯完食した慶次君も会話に参加してきた。

「信長が外出する時に草履を持って来る係のことだよ」

「へえ~、武士って草履持って来るだけで給料もらえてたんだ」

「いや今考えてみると、ボディガードとか雑用とかほかにもいろいろやってたんだと思う。ある冬の寒い日に信長が外出しようとして、秀吉が持ってきた草履を履いてみたら」

「履いてみたら?」

 亜紀ちゃんも興味津々のようだ。

「なんだか草履が暖かかったんだ。それで信長は激怒して『こら、サル、おみゃあ、わしの草履の上に座っとったんかい?』だけど秀吉は落ち着いて、着物の前を開いて自分の胸を指し示した。そこにはくっきりと草履の跡が『わしは、殿様の足が冷たくならんようにと、ここでその草履をあたためとりやした』それで面白い奴だってことで、信長は秀吉のことを気に入って、目をかけるようになったんだって」

「ふうん、一休さんのとんち話みたいだねえ」

「ま、そういうことで、武士のスキルの第一歩ってことで『温める』は重要なスキルだ」

「でも、何を温めるんでしょう?」

「い、いや、レトルトカレーとか?」

「お、わたしもスキルを修得したみたいですよ」

 その時どこからか鳥が3羽舞い込んできて、頭上を旋回しはじめた。

「は、はと?」

 みんながぼんやりと頭の上を眺めていると、南監督がかぶっているシルクハットの上に、なにかがぽたりと落ちてきた。

 ちなみにぼくは「観察」のスキルを修得していたが、アイテムは何ももらえなかった。


「君たち、そんなところでのんびりしている暇があるのか?」

 大きな声がした方を振り返ると、青とオレンジの制服を着た5人の男たちがこちらに歩いてくるのが見えた。


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