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第2戦 その1

「正解は『実在しない』です。みなさん、ご老人の左手側の道を進みましょう」

「え、わかった。右サイドね」

「監督、すごいや。ぼく全然わかんなかったのに」

「監督、どうして『実在しない』の?」

 亜紀ちゃんが聞いたが、南監督は

「説明はあとで。時間がありません。まずは右サイドを上がりましょう」

 ぼく、慶次君、亜紀ちゃんの3人は南監督の指示に従って、一斉に右サイドを駆け上がった。修は腕を組んだまま、しばらく黙って考え込んでいたが、やがて意を決したように右サイドの空きスペースに駆け込んだ。その直後に

「1分経過じゃ。そのまま真っすぐ進むがよい。扉の向こうに問題の答えがある」

「よし、行こう」

「じゃあ監督、歩きながらさっきの問題の解説をしてよ」

 ぼくらは南監督を囲むように、薄暗い通路を進みながら、南監督の話に耳を傾けた。

「長谷川氏と聞いてまず思い浮かぶのは長谷川町子先生ですが、彼女はすでにお亡くなりになっています。実在するとは言えません。ですが、町子と言えばマッチです。

 次に思い浮かぶのは長谷川京子さん、京子と言えば、キョンキョンですよね。マッチとキョンキョン、この二人に共通するのは、1980年代に活躍したアイドルだということです。

 みなさんは、藤枝氏と聞いて思い浮かぶアイドルは誰かいますか?」

「いや、ぼくアイドル関係あまり詳しくないし……」

「ぼくも特に思い浮かぶアイドルはいないよ」

「そうですよね。ですから藤枝氏は実在しない。ということは、長谷川氏が実在し、藤枝氏は実在しない世界というのは、1980年代のアイドル業界ということになります」

 うーん、よくわからないけど、南監督が言うことだから、きっと間違いはないんだろう。

「それでは1980年代のアイドル業界に、秋山氏に該当する人物が実在するか?私は脳内のデータベースを隅から隅まで検索しましたが、秋山氏というアイドルは見当たりません。よって正解は実在しない、だと判断するにいたったわけです。

「なんか、わかったような、わからないような」

 慶次君と亜紀ちゃんも首を傾げている。そこへ、最後尾を歩いていた修の笑い声が響いた。

「ははは、監督、そんなんで正解にたどり着いたのか、すげえな!」

「え、修、正解ってわかってたの?」

「ああ、おれはたまたまこの問題の正解を知っていたんだ」

「知ってたって、どういうこと?」

 亜紀ちゃんが空手の試合中に見せる「虎」の目つきで修を問い詰めた。うん、修だけが問題の答えを知っていたってどういうことなんだ。

「ああ。これは考えて解くタイプの問題じゃなくって、知識の有無を問う問題なんだ。

 長谷川氏、藤枝氏、秋山氏ってのは、池波正太郎先生の有名な時代小説の登場人物だ。このうち、長谷川平蔵って人だけは、江戸時代に実在した人物なんだけど、藤枝梅安と秋山小兵衛は池波先生が創作したキャラクターだ。だから、池波先生の小説の世界において、秋山氏は実在しないってのが、問題の答え。おれはたまたま池波先生の小説をいくつか読んでいたからピンときたけど、読んだことない人にはわからなかっただろうな。お、ちょうど扉についたぞ。あそこで答え合わせしようぜ」

 扉の先はエレベーターホールだった。真新しいエレベーターが1基だけ設置されている。修がゆっくりと扉を閉めると同時に5人の携帯電話が一斉に振動した。

『2万アンが支給されました。内訳:ミッション2 2択問題正解報酬。

長谷川氏、藤枝氏、秋山氏はいずれも時代小説の登場人物ですが、このうち実在の人物は長谷川氏のみです』

『指令:最寄りの階段又はエレベーターを使用し、ラビリンス1階に至急移動してください』

「すごい、修の言ったとおりだ。でも、じゃあ監督が言ったことって……」

「そうだよ監督、なんかおかしいと思ったら、口から出まかせじゃないか」

「ちょっと待てよ、哲也、慶次、それは違うぞ」

 え、なんで?修の口調がいつになく真剣だ。

「じゃあ、お前らはあの1分間で何をしてたんだよ?」

「え、一生懸命考えて……」

「でも、答えは出なかった。手も足も出せず、降参してしゃがみ込んでただけだろ。

 監督は違った。あそこで立ち止まって何もせずにタイムアップを待つんじゃなくて、決断して、行動したんだ。しかも理論はめちゃくちゃだったけど、正解にたどり着いたんだ。

 フットサルでもそうだけど、この場面で必要なのは、監督みたいな決断力や勝負強さだろ」

 確かにそうだ。あの場面にぼくと慶次君しかいなかったら、結局右か左か決められなくて、失格になっていただろう。

「監督、ごめんなさい」

 ぼくと慶次君が頭を下げると、監督は黙って右こぶしを差し出した。ぼくらがおずおずとグータッチすると、監督はにっこり笑ってぼくらの背中をバシバシたたいた。

「さあ、試合再開です」


 エレベーターには、B1と1の2つの回数表示しかなかった。ぼくは迷わず1と書かれたボタンを押した。エレベーターがゆっくりと上昇する。


「広い、けど……」

「誰もいないね」

 こどものころ、週末によくパパに連れてきてもらった、見慣れたメインエントランスだが、今は駐車場に面した大きな自動ドアはシャッターで塞がれ、外光は一切入ってこない。店内の照明も半分程度に抑えられ、BGMも、お客さんが楽しそうにはしゃぐ声も聞こえない。

「ここからが本番ってことか、まずは……」

 修がゆっくりと周りを見渡し、腰に手をあててじっくりと考える。

「まずはフードコートに行こう!」

 今度は慶次君の決断の方が早かった。

「よかった。フードコートの場所は変わってないみたいだよ。こっちからいい匂いがする」

 今朝は9時に集合して、すでに3時間ほど経過しているから、そろそろ慶次君のエネルギーも枯渇するころだ。やばい、急がないと。

「そうだね。ぼくもトイレに行きたいし、フードコートで休憩して、そこで作戦会議を開こう」

 さいわいフードコートはここから東の方に進めばすぐに見えてくる、が、そこには。

「誰かいるぞ。油断するな」

 身長はぼくと亜紀ちゃんの中間、165cmくらいか。やせ形で、白髪交じりの髪を7:3で分けた男性だ。白い道着と紺色の袴を身につけているが、黒縁の眼鏡をかけている。どこにでもいるサラリーマンのようだ。

「17Sの皆様、ようこそラビリンスへ。お食事をご希望ですか?」

 丁寧な口調だ。やっぱり普通のサラリーマンか?ひょっとしたら廃業する前はここのショッピングモールで働いていたのかもしれない。だが、その男の前には1平方メートルくらいのテーブルが……テーブルからは長さ20cmほどの黒い棒が2本突き出し、それぞれの棒の隣には、小さい座布団のようなものが置かれている。

「たいへん申し訳ないのですが、フードコートに入るためには、腕相撲でわたしに勝利していただく必要がございます」

 男はあいかわらず丁寧な口調で、ゆっくりと話を続ける。

「やっぱり腕相撲か。で、誰が対戦してもいいの?」

 対してこちらはすでに亜紀ちゃんが戦闘モードに突入している。

「いいえ、5人全員がひとりずつ、お好きな順番でわたしと対戦していただいて結構です。一人でも私に勝利することができれば、条件達成となります」

「よし、わたしからいくわ。みんな待っててね。あっと言う間に倒しちゃうから!」

「いや、亜紀ちゃんちょっと待って」

「え、てっちゃん、なんで?わたしのことがそんなに心配なの?」

 亜紀ちゃんが少し頬を赤らめて言ったが、そんなことじゃない。

「慶次君がそろそろ限界だ。万が一を考えて慶次君に最初に対戦してもらわないと、もうすぐ動けなくなっちゃう」

「ちぇ、そっちか。でもわかったわ。慶次君、フードコートにはきっとうどん屋さんとかあるよ。このおじさんに勝ったら、うどんとかおにぎりとかいっぱい食べれるよ」

「おに、ぎ、り……」

 よし、慶次君の脂肪燃焼モードが発動した。ただでさえ力自慢の慶次君のパワーが20%増し。勝ったも同然だ。慶次君は鼻息を荒くして黒い棒を握りしめた。

「ほう、これは強そうですね。いいですか、わたしの「発気よい」の掛け声がスタートの合図です。このクッションに右手が一部でも触れたら、それで勝負ありです。クッションにはインクがしみこませてありますから、手が触れたかどうかは、一目瞭然です」

 男は力む様子もなく、黒い棒に軽く手をそえ、慶次君と手を組み合わせた。

「準備はいいですか?それでは発気よい!」

 慶次君は全身の力を振り絞って、体ごと男の腕をなぎたおそうとした、瞬間

「うえ」

 という気の抜けた悲鳴をあげ、右方向に倒れ込んでしまった。慌てて駆け寄り、抱き起そうとすると、慶次君の右手には黒いインクがべったりとついていた。

「勝負ありですね。インクはこのウエットティッシュでお拭きください。床についてしまうと、掃除がたいへんですから」


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