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作戦

 南監督邸の大きな倉庫兼車庫に到着すると、すでに大量の肉と野菜が皿に盛りつけられ、バーベキューコンロには火が入れられている。AIを搭載した自動焼きおにぎり製造機「ギリ」も全開でおにぎりを焼き続けている。

 試合中に慶次君と約束したとおり、緊急で祝勝会を開催することになった。

「みなさん、この1年間ほんとうにお疲れさまでした。今日の試合もチーム一丸となって、見事な勝利でした。思えばここまで……ううっ、むむっ」

 南監督は乾杯の音頭の途中で感極まって泣き出してしまった。

「うん、監督もよく頑張った。ま、腹減ったんで、とりあえず飯にしましょう。みんな、お疲れ、乾杯!」

 見かねたパパが後をひきとって、乾杯の音頭をとり、祝勝会をスタートさせた。

「ああ、いい匂い。てっちゃん、お疲れさま、乾杯」

 亜紀ちゃんがビールを満たしたプラスチックのコップをぼくのコップにかつんとぶつけた。ぼくは帰りの運転手をまかされているから麦茶で乾杯だ。


 後半の20分を無失点に抑え、アシストまで記録した慶次君は、全会一致で今日のMOMだ。ご褒美として専用のコンロを与えられ、思う存分カロリーの補給をしている。虎太郎君と太一君はサポート役を命じられ、肉をてんこ盛りにしたお皿を何度も慶次君のもとに運んでいる。もう少し食べたら、交代してあげないと。


 修は、松山さんとなにやら深刻そうな話をしている。あ、ひょっとして進路の相談かな?ぼくらももうすぐ大学4年生、そろそろ就職のことも真剣に考えないといけない。

 ちなみに松山さんは、今年で大学院を修了するが、そのまま大学に残って研究を続けるらしい。


 祝勝会が始まって1時間ほどたったところで、南監督がすっくと立ちあがった。コップは持っていない。真面目な話か……

「みなさん、さっきは見苦しいところを見せてしまいました。盛り上がっているところですが、ここで、ちょっとみなさんにお願いがあります」

「おーい、みんな、監督から大事な話だ。ちゃんと聞けよ」

 パパが手を叩いて、みんなの注意を促した。

「今日の勝利をもって、わたし達17Sは、来年度からの1部リーグ昇格が決まりました」

「よかった、よかった」「やったぜ!」

 拍手とともに、みんなが喜びの声を口にする。グラスをぶつけ合い、乾杯している者もいる。

「しかし、喜んでばかりもいられないのです。実は……1部リーグに昇格すると、登録料やリーグ戦参加料が跳ね上がりますし……」

「要は、また資金が足りないってことね」

 そう、ぼくらにはスポンサーが付いている訳でもない。学校や企業のクラブ活動でもないから、資金が援助される訳でもない。活動資金は、自腹ってやつだ。

「監督、いくらくらい必要なんですか?」

 どんな時でも冷静な松山さんが、落ち着いた口調で質問した。

「リーグ戦参加に必要な費用のほかに、できれば昇格にあたってもっとちゃんとしたユニフォームを作りたいというのもあります。ゴールやボールもそろそろ限界で、新しいのを購入する必要があります。全部あわせると、ざっと百万円くらい……」

「百万か……ま、一人5万くらいなんとかなんだろ。お前ら、年末年始バイト頑張れ!」

「ちょっと、パパ、簡単に言うけど……」

 ぼくや亜紀ちゃんは実家暮らしだから金銭的にはあまり困っていないが、慶次君や修はアパートを借りて一人暮らしをしている。アルバイトは貴重な収入源だ。フットサル用具もその中からまかなっているはずだ。

「ぼくもアルバイトはするつもりだったけど、バイト代でギリのバージョンアップがしたかったんだ」

「わたしも、てっちゃんと旅行に行くつもりで……」

「ちょ、亜紀ちゃん、それは内緒で!」

「うーん、そうだなあ」

 みんな南監督との付き合いは長いから、監督もいろいろ悩んだ末に、結局どうしようもなくてこんな話をしたというのは、十分理解している。

 フットサルが楽しくて、17Sが大好きで、だからみんなここにいる。自分たちのチームの問題は、みんなで協力して解決しなくてはならない。


「ねえ、みんな、最近インターネットで話題になっているんだけど……」

 亜紀ちゃんが意を決したように話し出した。

「ラビリンスって聞いたことある?」

 松山さんがはっとしたように顔を上げた。

「ぼくは、聞いたこと、あるよ」

 虎太郎君と太一君も顔を見合わせて頷いている。

「ちょっと待って、ギリに聞いてみる。ギリ、最近ネットで話題になっているラビリンスについて教えて」

 ギリに搭載されているAIは、普段はおいしい焼きおにぎりを作るために全力を尽くしているが、慶次君の命令があれば、インターネットを介して様々な情報を検索、分析して提供してくれる。

「了解。ラビリンス、正体不明の動画配信者が主宰する体験型アトラクション。2年前に廃業したショッピングモールを改装して構築された、ダンジョンを模したステージで常時開催されている。

参加者は、5名でチームを結成し、ダンジョン内で様々なミッションに挑戦する。ミッションをクリアすると、ダンジョン内で流通する架空通貨「アン」が支給される。最終ボスを討伐して、全てのミッションをクリアすると、莫大な「アン」を手に入れることができる。なお、「1アン」は日本円の1円と同等の価値を持つ」

「ねえ、ギリ、ミッションがクリアできなかったら、どうなるの?」

「ミッションの達成に失敗した場合、参加者が持つSNSのアカウントが一つ、強制的に抹消される」

「アカウント抹消?意外と大したことねえなあ」

「いや、パパはそうかも知れないけど……」

「ぼくたち、ネットでずっとゲームやってるから、今まで苦労して育てたキャラが使えなくなるのは、ちょっと痛いなあ」

 虎太郎君と太一君が不安そうに顔を見合わせる。

「亜紀ちゃんは?動画配信やってるって言ってたよね?ファンとかがいなくなっちゃうんじゃない?」

「え、わたしは、えっと……ファンなんてそんなにたくさんいないから、大丈夫だよ」

「まあ、待て。ギリ、もしミッションを全て成功したら、アンはいくらくらいもらえるんだ?」

「ミッションを全て成功したという情報は見つからない。ただし、もう少しで億万長者になれたという体験談はある」

「成功者ゼロ?」

「億万長者?」

「ほかには?ギリ、条件とか、注意事項を教えて」

「了解。

 ダンジョンに入るのは5名だが、事前登録では1名の予備登録が認められる。

 参加者は、事前に健康診断を受け、合格することが参加条件となる。

 参加者は、ダンジョンに入ると模擬的に職業を選択することができ、職業に応じたスキルを使用することができる。ミッションをクリアすることにより、職業の熟練度を上げることができ、熟練度が上がると、使用できるスキルが増加する。

 ミッションの大半は、クイズ形式となっており、ボスが出題するクイズに答えることにより、ボスを倒すことができる。

 ダンジョン内では、アンを使用することにより、食料のほか、店舗で販売しているものを購入することができる。

 クリアに期限はなく、ミッション達成に失敗するか、アンが0になるまで、参加者はミッションに挑戦し続けることができる。ミッション達成に失敗した場合は、それまでに獲得したアンは全て没収された上で、ダンジョンから退去させられる」

「なんで、健康診断受けないといけねえんだ?」

「ダンジョンに何日も泊まらないといけないからじゃない?急に体調悪くなると困るから」

「ギリ、参加費は?」

「参加費に関する情報は見つからない。参加費は不要と考えられる」


「ふうん、リスクは人それぞれだけど、リターンは大きいみたいだね。みんな、どうする?」

「おもしれえじゃあねえか、おれは、抹消されて困るアカウントなんてねえからな。もし成功したら、当分、チームの運営資金に困ることもねえ。おれは行くぜ、なあ、てつ」

「うん、パパが行くなら心強いよ」

「わたしも行くわ。言い出しっぺだしね」

「悪いけど、ぼくは参加できない」

「え、松山さん……」

 大学院生で、この中では一番知識がありそうな松山さんが不参加を表明した。

「今ぼくが取り組んでいる論文を完成させるためには、まだいくつか実験を行わないといけない。申し訳ないけど、この時期に何日も研究室を空けるわけにはいかない」

 そうか、クイズが主体のミッションで、松山さんがいないのは痛いけど、そういう事情なら仕方ない。

「わたしは、チームの運営資金のためなら、もちろん参加します」

「ぼくも、てっちゃんや亜紀ちゃんが参加するなら、一緒に行くよ」

 南監督と慶次君が相次いで参加を表明した。あと一人だ。


 下を向いて考えていた修が顔をあげた。

「おれは、フットサルもこのチームも大好きだ。おれが頑張って、みんなで1部リーグでプレイできるんなら……行くよ」


 よし、最強のメンバーが揃った。この6人なら、どんなボスが出てこようとも、絶対に負けるわけはない。


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