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再戦

 右アラから縦に出されたパスをうまく収めた敵のフィクソが、ペナルティーエリアの外から右サイドを狙って、思いきりシュートを撃ってきた。

「届け!」左のゴールポスト付近に構えていたおれは、右腕を目いっぱい伸ばす。

 右中指の第二関節のあたりで辛うじてボールを弾く。

「くそ、弱いか」

 ボールは逆サイドで張っていたピヴォの目の前にぽとりと落ちる。おれはボールに飛びついた勢いを利用して、ピヴォとゴールの間に割り込み、全身を使って壁を作った。ピヴォの力任せのシュートは、おれの腹のど真ん中に突き刺さった後、足元に転がった。体を投げ出してボールを確保しようとした瞬間、前半終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。

「ふう、やばかった」

 おれはボールをコートに残したまま、ゆっくりとベンチに向かって歩き出した。

「いててて」

 今日の対戦相手「アレグリアス」のメンバーは、全員大学生のはずだ。若さにまかせてガンガン攻めてきやがったから、ゴレイロの出番も多かった。倒れこみ、立ち上がり、中腰の姿勢で駆けずりまわった結果、おれの膝や腰は、ずいぶん前から悲鳴をあげている。

「もっと年寄りをいたわってほしいな」

「パパ、ナイスセーブ」息子のてつがタオルを持って迎えてくれる。

「お父さん最後のシュート、お腹大丈夫ですか?」

 南監督が心配そうな顔で聞いてきた。おれは腹のあたりをさすりながら

「全然、大丈夫っす」と答える。

 おれたちDBは、お腹周りを分厚い脂肪と腹筋の二重隔壁で厳重に防御している。フットサルを始めて8年ほどになるが、腹にボールが当たっても、痛いと思ったことは、まだない。

「お父さん、お疲れ様です」

 身長185cm、体重135kgと巨漢の慶次君がドリンクを持ってきてくれた。

「おう、サンキュー」

 てつの同級生、慶次君はもともとおれと同じDBだったが、フットサルを始めると同時に、トレーニングにも目覚め、この2年間で肉体の大改造に成功していた。盛り上がった三角筋や大胸筋がユニフォームを突き破りそうだ。いつものとおり後半のゴレイロは、慶次君でスタートするだろう。


 おれたちフットサルチーム「17S」は、昨年に引き続き、県の2部リーグに参戦している。4チームで構成される2部リーグは、5月から12月の間にホームアンドアウェイで各チームと2回ずつ、計6回対戦して順位を決定する。17Sは、ここまで5試合を戦い、4勝1引き分けの成績。今日の最終戦でアレグリアスに勝利すれば、2部リーグで優勝。1部リーグへの昇格が決定する。

 ただし、17Sは得失点差でアレグリアスに劣っているため、今日の試合で引き分けた場合は2位となり、1部リーグ7位のチームとの入れ替え戦に勝利することが、昇格の条件となる。

 アレグリアスは、昨年2位の成績でリーグ戦を終了したが、入れ替え戦に敗北したため、今年も2部リーグに参戦している。ただし、大学のサークルであるため、主力メンバーのほとんどは入れ替わっている。

 おれは相手の猛攻撃をなんとかしのぎきり、前半は双方無得点で終了した。後半は慶次君にまかせ、おれはベンチで見守っているしかない。後半に向けた監督の指示を聞きながら、ベンチのすみっこに座り込み、ストレッチを開始した。


            *


「てつ、頼んだぞ」

 パパとグータッチを交わして、コートに入った。17Sは、試合時間が残り5分となったところで、慶次君以外の4人のメンバーを総入れ替えした。

 ぼくはフィクソ。左アラは幼馴染の「亜紀ちゃん」身長は150cmを少し超えるくらいとちょっと小柄で、髪はショートカットにしている。実は空手の有段者でもある。

 ピヴォの「修二」、右アラの「松山さん」とともに平峰大学のサークル「7S」の創設メンバーだ。

 ぼくが中学1年生の時に、パパと一緒に入会した「ワンズ」に、平峰大学のフットサルサークル「7S」が合流して「17S」を結成。昨年から県の2部リーグに参戦している。 

 ゴレイロの慶次君は、後半開始直後から、アレグリアスの猛攻撃を何度も跳ね返して、ここまで無失点で頑張っているが、すでに息が上がり、大量の汗をかいている。

 猛トレーニングで筋肉を増やしたのはいいのだが、DBだった頃よりむしろ消耗が激しくなり、稼働時間が極端に短くなってしまった。

 もう一人のゴレイロであるパパは、南監督に交代を申し出たが、御年57歳で、膝の軟骨がすり減り始めたパパを無理させるわけにもいかない。南監督は慶次君の続投を選択した。


松山さんのキックインをツータッチで亜紀ちゃんに流し、ぼくは縦にあがった。

 亜紀ちゃんからの縦パスをワントラップ。よし、ゴレイロと1対1だ。右に切り込むと見せかけて、縦に突破を狙う。

「くっ」

 ゴレイロはフェイントには引っかからず、縦にドリブルしようとしたぼくの足元に体を投げ出して、両手でボールを抑え込んだ。

「カウンター」

 ゴレイロから左アラに矢のようなボールが投げこまれる。

「松山さん、慶次君!」

 左アラのドリブルは松山さんがなんとか抑え込んだが、フリーで走り込んだ右アラへのパスを防ぐことはできなかった。慶次君と1対1だ。

「やばい、そろそろ限界だ」

 慶次君の目はうつろになり、今にも膝をついてしまいそうだ。

「慶次君あと少しだ、頑張れ。試合が終わったらみんなで焼き肉だ!」

「やき、に、く……」

 よし、慶次君の目に力が戻った。

「パスコード………認証。アドレナリン、過剰分泌」

「あ、熱い」慶次君の体が発する熱気が、ここまで伝わってくるようだ。

「モード、開放。脂肪・燃焼!」

 慶次君のスタミナが尽きた時、さらに食欲を刺激することによって、アドレナリンの過剰分泌を促し、脂肪燃焼モードを発動させることができる。

 慶次君はシュート体勢に入った右アラの目の前に飛び込むと、巨大な肉の壁を形成した。

「お腹、パンチ!」

 右アラの放った渾身のシュートは、慶次君のお腹にあえなく弾き返された。ボールは大きな放物線を描き、敵フィクソの頭を超え、修の足元に吸い込まれた。

「ニワトリィィィィ、シュートォォォォ!」

 上空から落ちてきたボールは、修の体にすっぽりと収まり、敵ゴレイロの視界から完全に消えてしまっている。

 修は、足裏で抑え込んだボールを後ろ向きのまま、ゴレイロの股の間に転がした。

「ゴール!」

「よし!」 修が南監督から伝授された秘密兵器がここで炸裂した。

「慶次君は?」

「まだ、もう少し、大丈夫」

 慶次君はなんとかそう答えたが、両足が小刻みに震えている。脂肪燃焼モードは、通常モードの約20%増しのパワーとスピードを生み出すが、稼働時間は約3分しかない。

「もうほとんど時間は残ってないぞ。みんな、当たれ!」

 ピヴォがフィクソにボールを下げたところに、修が突っ込み、プレッシャーをかける。両アラは亜紀ちゃんと松山さんがぴったりとマークしている。ぼくは、パスを受けようと動き回るピヴォに、死ぬ気でついていった。

「ピッ、ピッ、ピィー。タイムアップ!」

 主審のホイッスルが響き渡ると同時に、ぼくの真後ろから地響きが聞こえた。

「やっ、た。勝った」ぼくも力が抜けて、思わず片膝をついてしまった。

 間髪を入れずに、虎太郎君と太一君が台車の付いた担架を運んできた。ぼくも重い体をひきずって慶次君のもとに急ぐ。パパや南監督も駆け寄ってきた。

 慶次君にはすぐにエネルギーを補給しないと、まずいことになってしまうが、フットサルの会場内は食事厳禁だ。

「うーんと、どうやって担架に乗せようか?」


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