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第7戦 その3

「時間です。集合してください」

 ああ、フットサルの試合開始前みたいだ。南監督の表情には力がみなぎっている。ぼくらはマイクで音を拾われてしまわないよう、5人で肩を組んで小さな円陣を作った。

「みなさん、少しはリフレッシュできたようですね。それでは後半戦の戦術を説明します。『しりとり』に参加する順番は先ほどと同じ。修二君、慶次君、亜紀ちゃん、哲也君、わたしで行きましょう。修二君は先ほど話したとおり『芸術』を潰してください」

「おう。任せとけよ」

「じゃあ、ぼくは『国語』を潰せばいいんだね?」

「いえ、わたしもうっかりしていました。慶次君は『体育・部活動』を潰してください」

 体育・部活動?たしかに走り幅跳びとか三段跳びとか「び」で終わる言葉もやばそうだけど……

「みなさんは部活動と言えば、何を思い浮かべますか?」

「そりゃあサッカーとか野球だろ?」

「わたしは空手、柔道、剣道とかかな」

「あとはバスケットボール、バレーボール、テニスとか……」

「そうですよね。みなさんだったら、まずは運動系の部活動を思い浮かべてしまうでしょうね」

 運動部っていうこと?あ、そうか。

「部活動には運動系だけでなく、文化系もあります。多くの学校には吹奏楽部や合唱部が……」

「そうか、音楽系の部活動だったら全部、音符と関係あるから……」

「そういうことです。次に亜紀ちゃんが『国語』を潰してください。あとは修二君と慶次君が音符や五十歩百歩などにつなげられないように気をつければ、防御面はなんとかなると思います」

「二分音符とか八分音符に気をつけろってことだな。わかった」

「次は攻撃面です。この作戦は成功率は高いとは言えませんが……みなさん、ここからはトップシークレットですので、もっと近くによってください」

 南監督はみんなの耳元でさらに声を潜めた。

「はあっ?監督、それまじで言ってんの?」

「すみません。正直これしか思いつきませんでした。ただ、彼らからはどうもわたしと同じ匂いがするんですよ」

「監督と同じ匂い?ひょっとしてギャンブラーってこと?」

 慶次君はどうもぴんとこないらしい。ぼくとしても不安な部分はたくさんあるが、さっきも南監督のマジックに助けられたことだし……

「うん、わかった。せっかく監督が立ててくれた作戦だよ。みんな、試してみよう」

「そうだな。お父さんがいつも言ってたじゃねえか。『負けても失うものは何もねえ』って」


「ほれみろ、やっぱりまた来おったぞ」

「は、支配人の慧眼には恐れ入りました。それでは勝負は支配人の勝ちということで、明日の会議はわたくしが代理で出席いたします」

「ふん、すまんのう。わしはゆっくりと温泉にでも浸かってくることとしよう」

「何ごちゃごちゃ言ってやがるんだ?さっさと勝負しやがれ!今度こそ吠え面かかせてやっからな」

 修はさっき笑いものにされたことが腹に据えかねているのか、のっけからケンカ腰だ。対して南監督は、なんだか浮かぬ顔をして、そそくさと最後尾にいる支配人の前に腰を下ろした。

「よく戻ってきたな、17S。ルールもお題もさっきとおんなじだから、説明は省略するぜ」

 トリがさっきまでと変わらず、なんだか軽い口調でそう言った。

「おう、とっとと始めやがれ。こっちは対戦の順番もさっきと同じだ。そっちは?」

「はい。わたくしどもも先ほどと同じ順番で結構でございます。それでは早速、じゃんけん、ぽん」

 修はまたじゃんけんに負けて、17Sは後攻となった。ちょっと意外だが、どうも修は勝負ごとに向いていないらしい。次から試合開始前のコイントスは亜紀ちゃんにやってもらおう。

「ふうー」

 南監督はシルクハットを床において、ため息をついた。頭の上には紙コップが乗っている。「なんじゃい監督。盛大なため息をつきおって」

「いやいや支配人さん、お忙しいところを何度もつまらないことに付き合わせてしまって」

「ふん、だらしないのう。若いもんを抑えきれなんだか?」

「ええ、わたしは何度やっても勝てるわけがないって、止めたんですけどねえ」

 南監督はつまらなさそうに、ポケットからサイコロを2つ取り出し、紙コップに入れてカラカラとゆすり始めた。


「それでは、最初の言葉は『り』から始まる『臨海工業地域』地理です」

「O.K.」

「ふうん、さっきは臨海工業地帯だったのに、今度は臨海工業地域なんだ?」

 亜紀ちゃんが不思議そうにつぶやいた。

「『い』で始まる言葉に『(いと)割符(わっぷ)』って言葉があるんだ。昔の貿易制度なんだけど……くそ、おれもさっき思い出してれば、速攻で勝ってたんだぜ」

「そっか。『歴史』が残っている状況で『い』が最後につく言葉を言っちゃいけなかったんだね」

「おう、さっきはおれたちが舐められてたってことだよ」

「ほほう、気づいていましたか。少しは復習してきたようですね。今度はこちらも少し気を引き締めていった方がよさそうですね」

「けっ、余裕かましやがって。見ていやがれ。『切符』だ!」

 修が気合を込めて発言した。さっき散々検証してみたが、「ぷ」で始まる日本語はみつからなかった。まさかこれで勝ってしまうのか?

「ええ、『きっぷー?』うーーん、気持ちはわかるけどなあ。確かに電車通学とか、バス通学してる子もいるからなあ。でも、ちょっと『学校』からは遠いかな?ダメ、無効」

 ああ、ダメか、修の奇襲攻撃はトリに認められなかった。じゃあ、どうする?修。

「へへ、大丈夫。今のはダメ元ってやつだ。それより『切符』は無効ってことを確認しときたかったんだ。じゃあ、次の言葉は『金管楽器』芸術だ」

「はいはーい。『金管楽器』O.K.でーす」

 ちょっとあせったけど、修は予定どおりに自分の役割を果たして、ぷらぷらと南監督の方へと向かっていった。


「あれ、監督何やってんの?」

「ああ、どうせわたしの番まで廻ってこないでしょうから……ツボ振りの練習です」

「へ、ツボ振りって?」

「修二君も昔の映画で観たことあるんじゃないですか?こうやって湯呑み茶碗なんかにサイコロを入れて……」

 南監督はサイコロを2つ入れた紙コップを高く持ち上げると、トンとテーブルの上に伏せた。

「紙コップの中のサイコロの目の合計が、偶数なら『丁』奇数なら『半』といいます。さあ、修二君、丁・半どっちですか?」

「ああ、丁半博打ってやつだな。うーん、じゃあ、半!」

 南監督が紙コップを持ち上げると、サイコロの目は3と4だった。「半」だ。

「おお、修二君、お見事です。ええっと、じゃあ……」

 南監督はポケットからドラッグストアで買った大豆の袋を取り出した。

「これをチップの代わりにしましょう。わたしと修二君、20粒ずつ配りますから。わたしがツボを振って、修二君は賭ける大豆の数を決めて、丁か半かを宣言する。当たっていたら大豆は2倍になり、外れていたら賭けた大豆は没収です。いいですか?」

「おう、ラビリンスのアンと同じだな。おもしれえ」

 修と南監督はしりとりそっちのけで、丁半博打をはじめてしまった。


「『きんぴらごぼう』給食です」

「はい、O.K.でーす」

 次は慶次君の番だ。「う」から始まる言葉。

「ねえ、トリ『うさぎ跳び』はありかな?」

「『うさぎ跳び』かあー。確かに昔は部活動でやってたみたいだねえ」

「えー?空手部でも昔は『うさぎ跳び』やってたけど、膝に負担がかかるから禁止になったって言ってたよ」

「そうなんだよねえ。今は部活動でも『うさぎ跳び』やってないから、残念だけど無効だね」

「そっかあ、じゃあ、ええっと……」


「おい、面白そうなことをやっておるな」

 目の前でくり広げられている大豆のやり取りに、支配人が興味を示したようだ。

「ああ、支配人。手持無沙汰だったもんで。失礼しました。すぐに片づけますよ」

「いやいやそうじゃない。懐かしい遊びをしていると思ってな。どれ、わしにもチップを貸してくれんか」

「ええ、こんな子供の遊びでよろしければ。どうぞ、支配人も張ってください」

 南監督は大豆を20粒取り分けると、ニコニコしながら支配人に渡した。

「何を言っておる。博打は単純なものほど熱くなるってもんじゃよ」


「『腕立て伏せ』体育・部活動」

「うん。『腕立て伏せ』だったら空手部で毎日やってたよ。ね、いいでしょトリ?」

「O.K.」

 よし、いいぞ、慶次君。「体育・部活動」を潰した。次は中堅の総務課長だ。

「今度はなかなか粘りますね。選択肢もだんだん狭まってきましたが……ここはオーソドックスに『世界恐慌』歴史です」

「はい。O.K.」

 また「う」から始まる言葉だ。「う」潰しの作戦かな?次は亜紀ちゃん、大丈夫か?うまく「国語」を潰してくれよ。

「うーん、『う』がついて国語に関係ある……『瓜子姫』は?」

「そりゃあ童話だからね。教科書には載ってないでしょ。ダメ。無効」

「そっかあ、じゃあ『宇治……拾遺……物語』だったよね?国語」

「おお、渋いねえ。うんそれなら大丈夫だよ。O.K.」

 う、なんだそれ?ぼくは聞いたことないけど、とりあえず作戦どおり「国語」を潰してくれたみたいだ。いいぞ亜紀ちゃん。さあもうすぐぼくの番だ……

 

「ねえ、監督、修、何やってんの?」

「おお、亜紀ちゃん、これ、丁半博打ってんだけど、やっぱ支配人すげえな」

「ええ、これってギャンブルなの?」

 どうやら修は負けがこんでいるようで、20粒ずつ配られた大豆が10粒に減っている。ということは、支配人の大豆は30粒ってことか。その差は20……


「ここに来て『り』ですか……『り』がつく日本語で学校に関係ある……『理、科』はまずいですね。『立方体』『立候補』うーん、ここはもう少し選択肢を狭くしたいところですね。じゃあ『理事』政治経済です」

「O.K.」

 き、きた!「じ」だ。


「ふふん、こういう単純な博打にも流れを読む力が必要でな……」

「さっきからずっと『半』が続いててよ。そろそろ『丁』がくるはずだ。今度こそ」

 修がちらちらとこちらを見ている。ここからはタイミングの勝負だ。頼むぞ、修、うまくボールをぼくの前に、せーの!

 修は目の前に残っていた大豆全てを、ガサっと音を立ててテーブルの中央に押し出した。

「『重力波』理科」

「もう時間もあんまり残ってねえし、ここで残り全部賭けるぜ『丁』だ」

「ほう、大勝負に来たな。よし受けてやろう」

 支配人は手元の大豆から10粒を数えて、修が押し出した大豆と混ぜ合わせた。

「おお、相対性理論だね。物理の教科書に載ってるよ。O.K.」

「『はん』!!!」

 堂々とした支配人の声が響き渡った。

「は?」亜紀ちゃんと慶次君が顔を見合わせた。

「ん?」副支配人をはじめとした幹部一同は何が起こったかをすぐには把握できず、キョロキョロと周りを見渡している。

「はーい。支配人『登校班』とか修学旅行の『班別行動』とか学校生活に『班』は欠かせませんよねえ。O.K.でーす。

あれー、でも支配人『ん』で終わっちゃいましたねえ。残念、ゲームセット!!17Sの勝利でーす」


 南監督がゆっくりと紙コップを持ち上げると、サイコロの目は1と6だった。

「ふう、さすがは支配人。やっぱ只もんじゃねえな。仕方ねえ、大豆は全部くれてやるよ」しりとり対決には勝ったのに、なんだか修は悔しそうだった。

「修二君、ナイスアシストでした。でも2階に上がる前にもう1度ドラッグストアに行って、大豆を買って来てくださいね」

 修の背中をバシバシ叩きながら、南監督がそう言った。


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