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第7戦 その2

「ねえ、課長さん、ちょっと笑いすぎじゃない?修を本気で怒らせたらとんでもないことになるよ」

 現に慶次君が後ろから修の肩を抑え込んでいなければ、販売課長にとびかかってしまいそうだ。

「うふふふ、いやいやこれは失礼をいたしました。ただ、われわれもあなた方がここまで無敗で進んでこられて、しかもそちらはIDBA会長の御子息でいらっしゃる。いい勝負ができるのではないかと期待していたのですが……」

「ああ?どういうことだよ?」

「まだわからないようですね。いいでしょう、制限時間もございますから。支配人、わたしがとどめを刺してしまってもよろしいでしょうか?」

 はあ?とどめを刺すって?まだ勝負ははじまったばかりなのに、どうやって……

「うむ。いいだろう。会長の御子息に手加減するなど、失礼なことはできんし。下手にチャンスを与えると何をされるかわからんからな」

 支配人が鷹揚に頷いた。

「承知いたしました。それでは失礼して『三連(さんれん)()』芸術です」

トリの「O.K.」の宣言のあと「芸術」が消灯した。

「よし、次は中堅、慶次君の番だ。慶次君『ぷ』から始まる言葉だよ。焦らないでいいから、ゆっくり考えて」

「うん。『ぷ』だね……」

 慶次君は少しひげが目立ってきたあごをさすりながら、言葉を探しはじめた。

「ねえ、亜紀ちゃん、三連符って何?」

「う、うん、わたしもよくは知らないけど、確か一拍の間にタタタンって()くやつじゃなかったっけ?あれ、てっちゃん、慶次君が……」

「じゃあ、プレゼント交換とか?」

「ダーメ。英語とかカタカナ使っちゃダメって最初に言っただろ?」

「ぷ、ぷりんは給食に出るよね?」

「ひらがなっぽく言ってもダーメ。そもそも『ん』で終わったらダメだろ」

「プロ野球とか、プロ棋士とか、プルコギとか?」

「ダメ。全部カタカナ入ってんじゃん。学校とも関係ねえし」

 う、ま、まさか……?慶次君は顔面のいたるところから冷や汗をだらだらと垂れ流している。制服の脇と背中もあっという間に黒ずんできた。

「わしらも『ぷ』で始まる日本語は、1つも知らん」

「てことは、ま、まさか?」

「うむ、お前らの負けじゃ」

 残り10秒を切ったところで数字の色が赤に変わり、耳障りな警告音が鳴りだした。

「あ、ああ……」

 慶次君は最後まであきらめずに思いつく限りの「ぷ」からはじまる言葉を羅列したが、それらにはもちろん純粋な日本語は1つも含まれていなかった。

 数字が0になるのと同時に学校のチャイムのような音が響き渡って

「はい。終了でーす。勝者 ラビリンスチーム!」とトリが宣言した。

 くっ負けた。あ、でも?

「確か負けても、10万アン没収されるだけで即失格じゃないんだよな?じゃあ、もう1回勝負だ!」

「修二君、ダメです!」

 南監督が珍しく厳しい表情で修を睨みつけている。

「修二君、ちょっと頭を冷やしてください。気持ちはわかりますが、この人たちは強敵です。このまま対戦を続けてもわたしたちが勝つことは難しいでしょう」

「で、でも監督……」

「ダメだよ。修、監督の指示には絶対従わないと……」

 亜紀ちゃんが両手で修の右手を握りしめ、必死で修をなだめた。いや、どちらかというと、修の右手をガッチリとつかんで、ツボを押さえているみたいだ。

「くっわかったよ。亜紀ちゃん、ちょっと痛いから、頼む、離して……」

 修はへなへなと膝から崩れ落ちてしまった。

「ふう。いったん退散して、小休止のあとミーティングです」

 南監督は悔しさを押し殺すように、落ち着いた口調でそう告げた。

「はい。わかりました。監督」

「お、お前ら、すぐ戻ってくるからな!覚えてろよ」

「はい。またのお越しをお待ちしております」

 境田さんがにこやかに言って、深々とお辞儀をし、ぼくらを見送ってくれた。

 

 ラビリンスチームの前から立ち去った途端、みんなの携帯電話が一斉に振動した。南監督が代表してメッセージを確認すると、内容は予想どおり

『2万アンが没収されました。内訳:対戦敗北によるペナルティー』だった。

「ほかにメッセージはありませんから、ペナルティーは純粋にアンの没収だけのようですね」

 ぼくらは重い足を引きずって、フードコートに向かった。どうしよう、ラビリンスチーム思っていた以上に強敵だ。でもあいつらを倒さないことには、2階に上がるエレベーターに乗ることができない。


「くっそー!み、みんな、すまねえ。おれが格好つけて、井伊直政なんて言っちまったから……」

「いや、悪いのは修だけじゃないよ。ぼくだって『ぷ』からはじまる日本語なんて、全然思いつかなかった」

 いやいや、この場合慶次君は全く、これっぽっちも悪くないぞ。うん。完全に不可抗力ってやつだ。

「わたしたち、しりとりなんて子供の遊びだって、ちょっとなめてたのかもね。もっときちんと対策立てないと」

「経験がものを言うって、正さんが言ってたけど、こういうことだったんだね」

 確かに営業課長は「横文字」にはなじみが無いって言ってたけど、しりとり歴が長い分、いろんな言葉を知っているんだ。でも……

「一番の問題は、日本語限定だと、即アウトになる言葉が結構たくさんあるってことだね」

「そう考えると、『芸術』はかなりやばいな」

「え、修、どういうこと?」

「音符だよ」

「音符……そうか。ぼくが知っているだけでも『四分(しぶ)音符(おんぷ)』とか『八分(はちぶ)音符(おんぷ)』ほかにもたくさんあるよ。だから『芸術』の分野が残っている状態で、こっちが『し』とか『は』で終わる言葉を言ったら……」

「さっきみたいに負けが確定しちゃうってことね」

「そう言えば、さっき『まずは地理を潰すのが定石だ』って言ってたけど……」

 慶次君が続けた。言われてみればちょっと不思議だ。芸術より先に地理を潰すのには、どんな意味があるんだろう?

「おそらく『北海道』ですね」

 え?南監督、余計訳がわからないです。

「わたしがまだ若いころ、しばらく北海道の知り合いの農場で、ガラを躱していたことがあるんですが……」

「監督、ガラを躱すって……一体何をやらかしたんですか?」

「あ、いや、それはまた今度ゆっくり話すとして、北海道にはほかの地域にない独特の地名がたくさんあるんですよ。例えば『新冠(にいかっぷ)』とか『占冠(しむかっぷ)』とか……」

「『ぷ』で終わる地名ってこと?でもそれってカタカナじゃないんですか?」

「いいえ、普通に漢字で書くことができます。ああ、ほかにも『興部(おこっぺ)』とか」

「そうか、もし相手に北海道出身者がいたらまずいから……」

「あれ、今監督が言ったみたいに『ぺ』も危ないんじゃない?」

 「ぺ」から始まる日本語?確かにすぐには思いつかない。

「おれ、ぺんぺん草って聞いたことがあるけど……」

「あ、わたしも聞いたことある。学校にも生えてるのかな?」

「まあ、そこは『トリ』の判定によるでしょうね。確かに『ぷ』だけじゃなく、『ぱぴぷぺぽ』で終わる言葉には警戒する必要がありますね」

「あ、ぼく小学校の頃『握りっぺ』とか『すかしっぺ』とか言ってたような気がする」

 いや慶次君、それは「トリ」が認めてくれないんじゃないかな。

 みんなでひとしきり『ぱぴぷぺぽ』で終わる言葉を考えた。

「こんな時、『ギリ』がいたら助かるんだけどなあ」

「あれ、慶次君そういえば、『ギリ』は今何してるの?」

「うん、ラビリンス内に持ち込めないって松山さんに話したら、しばらく貸してほしいって」

「へえ、松山さん、『ギリ』を何に使うんだろう?」

「なんか、実験の手伝いをしてほしいんだって」


「おう、確か芥川龍之介の小説で『河童』ていうのがあるぞ。あと小説家で『国木田独歩』とか、ことわざで『五十歩百歩』とか……国語も結構あぶないかもしれねえ」

「なるほど。ほかにもあるかもしれませんが、とりあえず相手が『地理』を潰してきたら、こちらは『芸術』と『国語』を優先的に潰していきましょう。

 それではみなさんは食事をするなり、休憩するなりしていてください。わたしはちょっと思いついたことがあるので、攻撃面の戦術を考えてみます。じゃあ、いったん解散。30分後に軽くミーティングをしてから出発します」

 南監督はセルフサービスのドリンクコーナーに向かった。お茶でも飲みながら作戦を立てるのかな?

「てっちゃん、晩御飯どうする?わたし、今度はうどん食べてみようかな?」

「あ、亜紀ちゃんちょっと待って」

「ん、どうしたの?」

「これは推測なんだけど、2階に上がれたら、次は亜紀ちゃんの出番かもしれない」

「え、なんで?」

「ええっと、ラビリンスに来て最初の対戦は腕相撲で亜紀ちゃんが活躍しただろ」

「うん、まあ、ね」

 亜紀ちゃんは少し恥ずかしそうに頷いた。

「次は消防団員との対戦でM.O.M.は修だった。で、かばん屋では南監督が大活躍だったし、替え玉勝負は慶次君、2,400m走はぼくの出番だった」

「確かにわたし、最近あんまり活躍してないね」

「うん、だから多分……」

「そうだね。わたし、晩御飯は後回しにして体調を整えとくね。それとお化粧直ししといたほうがいいかもね」

「うん、それと……」

 ぼくはマイクに拾われないように亜紀ちゃんの耳元でそっと囁いた。

「うん。それは大丈夫だよ。職業斡旋所のお姉さんにも言われてたから。視聴者のみんなには内緒だけどね」

 そうだったのか。確かにそんなことがばれたら、みんながっかりするんだろうなあ。


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