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第7戦 その1

「いや、大丈夫。ぼくたちも今戻ってきたところだよ」

 ぼくは亜紀ちゃんに修の大鎧がロッカーに入らなくて苦労したことを話した。

「そっかあ、確かにロッカーは大きかったけど、さすがにその鎧は無理だったかもね。

さあ、これからどうする?」

「お風呂は終わりましたけど、まだ寝るには早い時間ですね」

 携帯電話で確認すると、まだ午後5時を少し過ぎたばかりだ。ちょっと疲れてはいるが、まだ眠れそうにはない。ラーメンを食べたばかりだから、お腹も空いていない。

「とりあえず、1階で買えそうな物は買っちまったからな。さっさと2階に上がるエレベーターに行っちまおうぜ。スポーツショップにも早く行ってみてえし」

 修の提案にみんなが同意した。パパもラーメンを食べていたくらいだから、そんなにひどい目にはあっていないとは思うけど、本音を言えばやっぱり少し心配だ。少しでも早く、この目で無事を確認したい。


「あれ、亜紀ちゃんシャンプー変えた?」

 エレベーターに乗り込むと、いつものフローラルとは少し違う香りが漂ってきた。

「え、てっちゃん、なんでわかるの?いつものシャンプーがドラッグストアに売ってなかったから、ちょっと違うのにしてみたんだけど……。あ、そうか、観察のスキルでいつもより感覚が鋭くなってるんだったね。やだ、なんか恥ずかしい」

「おいおい、そんなことはどうでもいいから、早くさっきのトレーニングを再開しようぜ」

 そうだった。1階のエレベーターは経験豊富なラビリンスの支配人と幹部が守っているはずだ。油断はできないぞ。

 ぼくらは1階でエレベーターを降りると、トレーニングを続けながら西に向かった。慶次君はお菓子屋さんを見ても何も言わなかったし、亜紀ちゃんも洋服屋さんをスルーした。意外なことに、南監督がブランドショップの前で一瞬立ち止まった。

「監督、そこにはフットサルシューズは売っていませんよ」

 少しからかうような口調でぼくが言うと

「え、ええ、そうですね」

 それだけ言ってまた歩きはじめた。


 正さんの言っていたように、西の端のエレベーターの前には4人のおじさんと1人のおじいちゃんが待ち構えていた。5人とも紺色の和服を着ている。4人はパパや南監督と同じような年ごろで、おじいちゃんは多分70歳くらい。この人が支配人だろうか?

5人の前には長机が3台と椅子が10脚。長机の端には何やら黑い機械が置かれている。コードが2本伸び、大きなスピーカーがついている。コードが2本ということは、ネットにつながっているのか?

「何あれ?ひょっとしてプロジェクター?」

「うん、多分そうだよ。ほら、よく見るとエレベーターの扉のところがぼんやりと光ってる」


「お客様、本日はラビリンスによくいらっしゃいました。わたくし、営業課長をしております境田と申します。そしてここに並んでおります4人が当ラビリンスの販売課長、総務課長、副支配人と支配人でございます。皆様は2階への移動をご希望でいらっしゃいますか?」

「おう、早くてつのお父さんを助けないといけねえんだ。黙ってそこを通してくんねえかな?」

「いえいえ、そうは参りません。こちらのエレベーターを御使用いただくためには、わたくしども5名と対戦して、勝利していただく必要がございます」

 ふう。やっぱりそうだよな。

「やむをえませんね。それではどうやって対戦をするのでしょうか?」

「見てのとおり、わたくしどもはそれぞれもういい年をしております。体力勝負ではあなたたちにとても敵いません。かと言って、しがないサラリーマンの悲しさ。専門的な知識も持ち合わせておりません。ここでは、誰にでもできる『しりとり』で対戦していただきます」

 きた!ぼくがスキルで推測したとおり「しりとり」だ。しかも……

「ただ、いい大人のわたくしたちが普通の『しりとり』で対戦しても、なかなか勝負がつかないでしょう。そこで対戦時間の短縮をはかるため、特殊なルールを2つほど追加させていただいております」

 え、特殊ルールは2つなのか?1つは制限がつくだろうと予想して準備してきたが、もう1つのルールって?

「まず、先ほどから申しておりますように、わたくしどもはみんないい年です。最近はやりの言葉、特にIT関係の用語などには全く馴染みがございません。そこで『外国語』や『カタカナの言葉』は一切使えないというルールを採用しております」

 うん、これはある程度推測していた。横文字禁止の「しりとり」はトレーニング済みだ。次は……

「次に、お題を決めて、分野を制限するというルールでございます」

「分野の制限って、どういうこと?」

「はい。例えば、今日のお題は『学校』となっております。『学校』のお題の中には『国語』『数学』『歴史』『地理』『政治経済』『理科』『芸術』『体育・部活動』『給食』『学校生活』の10の分野がございます。

通常の『しりとり』には『1度使った言葉は2度と使えない』というルールがございますが、こちらでは同時に『1度使った分野も2度と使えない』ルールを適用しております」

「うーん、ややこしいルールだな。でも『言葉』がその分野にあてはまるかどうかは、誰が判定するの?」

「はい。こちらに置いてありますのは高性能A.I.を搭載したしりとりマシーン『トリ』でございます」

「『トリ』?ぼくが持っている『ギリ』みたいなもんかなあ?」

「おう、お前さん『ギリ』を持ってんのか?おいらと『ギリ』はおんなじ会社が作った、まあ兄弟みたいなもんだ」

「わ、しゃべった。まあ『ギリ』の兄弟だったら、当然しゃべれるよね」

「じゃあ、こっから先はおいらが進行と審判を引き受けるからな。まずはゲームの流れに沿ってルールの細かいところを説明していくぞ」

「うん」

「最初に各チームで先鋒・次鋒・中堅・副将・大将と『しりとり』に参加する順番を決めてくれ。で、それぞれの先鋒がじゃんけんで先攻と後攻を決める」

 トリの言葉に対応して、エレベーターの扉に画像が映し出された。上段は赤、下段は緑。それぞれに先鋒から大将の欄があり、ラビリンスチームの欄には営業課長からはじまって、販売課長、総務課長、副支配人、支配人と記載されている。

「うん、わかった」

「先攻チームの先鋒は『り』から始まる『言葉』のうち、お題に該当するものを選んで発言する。1人1人の制限時間は1分間だ。次は後攻チームの先鋒が、前に発言された『言葉』の最後の文字から始まる『言葉』を選んで発言する。このあたりは普通のしりとりと同じだな。

発言された『言葉』がおいらにインストールされている百科事典に登録されていれば『有効』だ。あとはA.I.で分野を判定する。『言葉』が条件を満たしているとおれが合図をしたら、自動的に次の発言者の制限時間がスタートするから注意してくれよな」

画像が切り替わり、上半分にさっきの10分野、下半分に「り」の文字と「60」という数字が表示された。数字は59、58……と徐々に小さくなっていく。『理科』の欄が3度点滅してから消灯した。と同時に再度「60」の文字が現れ、59、58……とカウントダウンをはじめる。

「発言された『言葉』が条件を満たしていない時は、おいらがダメ出しをする。その場合は、制限時間内だったら何度でも『言葉』を選びなおしてO.K.だ。

ただし『言葉』が条件を満たしている場合で、最後に『ん』がつく『言葉』を言っちまったらその時点でアウト。敗北確定だからな。

それと『言葉』の最後に拗音がある場合、例えば『きゃ』だと、最後の文字は『や』になる。濁音と半濁音はそのままだ。だから『たいが』の次は『が』から始まる『言葉』を選ばないといけねえからな。

最後に、当然だけど発言者以外の周りの人間が『言葉』を教えたらダメだぜ。その場合も即アウトになるからな。

 説明は大体こんなもんだけど、何か質問はあるかい?」

「おう。例えば『枕草子』だとか『源氏物語』みてえに日本史でも国語でも習う『言葉』はどうするんだよ?」

「ああ、いい質問だな。そういう時は発言者の自己申告を優先してやるよ。自己申告がない場合はおいらのA.I.が勝手にどっちか判断する。例えば『枕草子』だったら、普通は国語で習う時間の方が長いから『国語に該当する』って感じだ」

 うん。難しいけど大体わかった。まあ制限時間が1分間もあるなら、落ち着いて考えられるだろう。

 ぼくらは5人で話し合って、先鋒が修、次鋒は慶次君、中堅に亜紀ちゃん、副将がぼく、南監督を大将にすえた。残念ながら修はじゃんけんに負けてしまい、ラビリンスチームが先攻を選んだ。『理科』の文字が再び点灯し、数字が「60」に戻った。

「よーーーい、どん」トリが高らかに宣言した。同時にカウントダウンがスタートする。


「まずは小手調べをさせていただきます。『臨海工業地帯』地理です」

 考える間もなく、営業課長の境田さんが発言した。

 はあ?「り」から始まるんだから、普通は「りんご」とかじゃないのか?日本語で間違いないし、給食によく出てくるから……

「ふん。まずは地理を潰しにいったか……まあ、定石どおりではあるが、サービスしすぎではないか?」

 ぼくの左手側、一番端に座っているおじいちゃんがしわがれた声でつぶやいた。

「O.K.」トリの明るい声とともに「地理」が3度点滅して消灯した。カウントダウンもリセットされる。修の番になった。

「い」から始まる言葉、たくさんありそうだけど。修は腕組みをしてじっと考えている。よし。焦る必要はないぞ。慎重に……

「よし、決まった『井伊 直政』歴史だ」

 カウントが30秒を切ったところで、修が発言した。うん、万が一ダメ出しされた場合に備えて、少しは時間を残しておくのも「あり」だな。

「O.K.」

 「歴史」が消灯した。よしクリアーだ。

「へへ『井伊 直政』徳川家康配下の武将で、赤備えで有名だったんだぜ」

 ふうん、さすが歴史好きの修だな。「井伊 直弼」だったら聞いたことあるんだけど、直弼の御先祖ってことかな?


「なるほど『井伊 直政』ですか?ふふん。うふふふふふ、わあっはっはっは!」

な、なんだ?次鋒の販売課長がいきなり高らかに笑い出した。いや、営業課長も総務課長もニヤニヤと薄笑いを浮かべている。『井伊 直政』の何がおかしいんだ?

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