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第6戦 その2

 きよせんさんが右手を挙げて合図をすると、ドラッグストアの中から体格のよい女性が2人出てきた。長い棒のようなものを2人がかりで担いでいる。

「よっと」掛け声とともに、ぼくの前に体重計と身長計が一体になった装置を降ろした。目線の高さにデジタル式の表示板がついている。

「それではお客様、靴を脱いでその計りに乗って、柱に背中を密着させてください」

 きよせんさんの指示に従うと、柱の上から頭の真上にするすると定規のようなものが降りてきた。

「ええっと、身長が178cm、体重が72kgですね。そして……」

 A.I.搭載型の判定機は自動でBMIの計算をしてくれるようだ。ぼくは両手を顔の前で組み合わせ、祈りながら計算結果が出るのを待った。

「おお、22.72と出ました。お客様、失礼いたしました。お客様は立派にDBとして通用する素晴らしい肉体をお持ちのようです。ラビリンスを出られた後は正式なDB認定検査を受検いただくことをお勧めいたします。もちろん、これで「クイズDB」への参加も承認されました」

「なんだか、体が重くて、頑丈になったような気がする。それに体の奥からどんどん力が湧いてくるようだ」

「てっちゃん、体が重くなったのは気のせいじゃないよ」

 亜紀ちゃんが人差し指でぼくのほっぺたをつんつんとつついた。う、確かになんだかふんわりとした感触だ。さっき替え玉を2回もしてしまったからかな。

「でも、力が湧いてくるのは多分気のせいだよ」と慶次君。

「よし、そうと決まったらさっさとはじめようぜ。きよせんさん、ルールを説明してくれよ」

「はい。ルールは非常に簡単です。参加者は5枠5名」

 きよせんさんが指差した先をみると、床に黒いテープで5つの枠が描かれている。

「わたしが問題を読み上げた後、正解がわかった方は、ここから西の端まで走り、カラーコーンの外側を通って左折。南側の大通りを東の端まで走り、カラーコーンの外側を通って左折するとこちらにたどり着きます。

お客様がスタートした枠の中に戻ってから回答していただきます。先ほども申しましたが、先にゴールした方から優先的に回答していただくことができます」

「わかったわ。参加者はうちのDB3人と、そちらのお姉さん2人ってことね」

「はい。柔道72kg超級の黒帯『けいこ』と砲丸投げ元学生チャンピオン『みゆき』がお相手をいたします」

 う、2人ともパパに匹敵する完全なDB体型だ。しかも一流のアスリート。気は抜けないぞ。

きよせんさんの「ゲートイン!」の掛け声とともに、5人が枠の中に並んだ。枠順は1枠に南監督、2枠にけいこさん、以下ぼく、みゆきさん、慶次君となっている。

 ん、亜紀ちゃんと修がこそこそとしゃべりながら通路の南側を前方に走っていった。なにか企んでいるな。

「それでは問題です『教授』が『プロフェッサー』、『漫画家』が『エイリアン』のとき『3択』はなんになるでしょう?」

 きよせんさんが問題を読み終えるやいなや、慶次君、けいこさん、みゆきさんが猛然と走り出した。はあ?3人とも答えがわかったのか?ぼくは何がなんだか全くわからないぞ。

「教授」は単純に英訳したら「プロフェッサー」うん、これは間違いない。問題は次だ。どうして「漫画家」が「エイリアン」なんだ?エイリアン。宇宙人とか外国人って意味だよな。でも漫画家との関係がわかんない。

しかも最後の「3択」ってなんだよ。「サンタク?」教授と漫画家は職業で、エイリアンも人のことを言っているからわからなくもない。ひょっとして「サンタクとロースっていう駄洒落か?」くそ、南監督は?答えはわかったのか?

 1枠の方を見ると、南監督は枠の中でしばらくじっと考え込んでいたが、やがてゆっくりと走り出した。そしてぼくの方を見て、なにやら一生懸命手を動かしている。ハンドサイン?

 南監督は右手で自分の胸に触れた後、大きく2回頷いた。

「わたし、わかった」ってこと?

 そしてぼくを指差すと、その指を振り上げ、素早く前方に振り下ろした。

「おまえ、走れ!」っていう意味だ。

 あぶない、あぶない。さっき修に教えてもらったばかりだ。ぼくは答えがわからないといって、そこで立ち止まってしまうところだった。この3人の中で2,400mも走れるのはぼくだけだ。そして多分、運営側の参加者であるけいこさんとみゆきさんは答えを「知っている」

ぼくの役割はあの2人を抜いて1着でゴールインすることだ。答えはきっと南監督がなんらかの方法で教えてくれるはずだ。

 南監督は、ぼくが走り出したのを見るとにっこりと笑ってスピードダウンした。そしてぼくが南監督を追い越す寸前、自分の両目の辺りを指差した。走りながらラビリンスの様子を見てこいってことね。

「了解」ぼくはラーメンのスープがちゃぽちゃぽいっている胃袋をなだめながらスピードを上げた。ぼくのすぐ後ろでリタイアを宣言する南監督の声が聞こえた。


 ぼくの100mほど前方で、慶次君とけいこさん、みゆきさんがデッドヒートを繰り広げている。おそらく慶次君も答えはわかっていないはずだ。いや、ラーメンを6玉食べた直後の慶次君が2,400mを完走することはそもそも不可能だ。慶次君自身もそれをわかっていながら、自分の役割を果たすために精一杯走っている。そう、慶次君の本来の役割……重くて頑丈な「肉の壁」だ。


 突然、慶次君が両手で自分の口元を覆い、ふらふらとみゆきさんのコースに侵入した。慶次君がラーメンを6玉食べるところを監視カメラの映像で見ていたのだろう。みゆきさんは身の危険を感じ、慶次君を避けるように大きく左側に進路を変更した。その先に待っていたのは……

 メイドさんのドレスを着た亜紀ちゃんがにこにこと笑いながら、みゆきさんに何かを差し出した。

「ポケットティッシュ!」

 みゆきさんは思わずティッシュを受け取ってしまい、立ち止まって亜紀ちゃんの言葉にうんうんと頷いている。そして亜紀ちゃんの陰から姿を現したのは、大鎧を身にまとった修だ!確かに修はぼくよりも背が高いし、ガッチリとしていて大鎧がよく似合う。みゆきさんはやさしく話かけてくる修に思わず心を奪われてしまったようだ。

亜紀ちゃんと修の2人は、みゆきさんを両側から挟み込むようにしてどこかに連れて行ってしまった。よし、これで相手はあと1人だ。


 ぼくはけいこさんから遅れること約7秒で、ラビリンスの西の端に到達した。「あれだな」

きよせんさんが言っていたように、赤いカラーコーンが設置され、傍には2名の和服を着たおじさんが立っている。ぼくがきちんとカラーコーンの外側を回るのか、チェックしているのだろう。ぼくは少しスピードを落として、カラーコーンの外側を回って左折した。


 南監督の指示に従って、ぼくは走りながらラビリンスの様子を観察していた。ここにくるまでで開いていたお店はお菓子屋さんと、洋服屋さん、それにブランド品が展示してある高級そうなお店だった。

「お菓子屋さんは慶次君が喜びそうだけど、ぼくらは支給された衣装を着替えるわけにはいかないから、洋服屋さんは意味がないな」

そのほか、ドラッグストアと西の端の折り返し地点のちょうど中間くらいにエレベーターがあるのが見えた。あとで行ってみる必要があるな。


 最初に食事をしたフードコートの前に差し掛かった時点で、ぼくとけいこさんの差は約3秒に縮まっていた。重量級の柔道選手だったら、あまり走るのは得意ではないはずだけど、けいこさん、思ったより頑張るな。ゴールまではあと800mくらいか。だんだん横っ腹が痛くなってきたけど、なんとかもう少しスピードを上げないと。

「あ、あれは監督?」

 南監督はリタイアしたあと、コースを逆に辿って先回りしていたのだろう。そうか、ここで……

 ぼくが南監督の目の前に到達すると同時に、南監督の手からなにか白いものが放たれた。

「ト、トランプ?と?」

 トランプは手裏剣のようにくるくると回転しながらぼくの目の前を飛んでいき、大きく弧を描いてけいこさんの頭上に到達した。その後、けいこさんの頭上をふわふわと回転していたが、その中からまた白いものが飛び出した。

「は、はと?」

 3羽のハトがけいこさんの両肩と頭の上にとまって「ふるっふー」と鳴いた。けいこさんは思わず立ち止まってしまい、キョロキョロと辺りを見回している。

「いまだ!」

 ぼくは最後の力を振り絞ってけいこさんの右側を駆け抜けた。ようやく頭の上のハトにきづいたけいこさんは、ハトを自分の腕にとまらせ、やさしく頭をなでている。

「むかしパパが言っていたな。格闘家はハトが好きだって」

 いや、あれはプロボクサーの話だったかな?


「今、見えたものは?」

 ぼくは必死で走りながら、今見たばかりの光景を頭の中で再現した。53枚のカードがぼくの目の前を一瞬で通りすぎた。ほとんどのカードはぼくの方に裏面を向けていた。しかしぼくの記憶の中に4枚のカードの表面の絵柄が、静止画像のようにはっきりと残っている。

「南監督は、4枚のカードだけ向きを変えて投げたのか?Qの文字が4回見えた。クイーン?それとも12っていう意味かな?」

 東の端のカラーコーンが見えてきた。カラーコーンの傍にはラーメン屋のマスターが立っている。ゴールはもうすぐそこだ。ぼくは推測のスキルを全開にして必死で答えを考えた。

「12番と言えば、ゴールキーパーだよな。でもゴールキーパーを和訳するとなんになるんだっけ?三択との関係もわかんないぞ。

クイーンだったら和訳すると女王様とか王妃様とかそんな感じだよな?うう、どっちだ」

 ぼくは答えを決めることができないままゴール地点の枠に到達した。後ろからは3秒ほど遅れてけいこさんが迫ってくる。

「は、早く答えを言わないと……」


「さあ、お客様が1着ですよ。答えをどうぞ」

 きよせんさんに急かされた。うう、Qか、12か?クイーンか、ゴールキーパーか?頭の中で12番のユニフォームを着たパパの幻がだんだん大きくなってくる。

いや、違うぞ。パパは「DBには1桁の番号は似合わない」って言って12番をつけているだけだ。南監督も答えが「ゴールキーパー」だとぼくに伝えたかったら、エース、1が見えるようにカードを投げてくれたはずだ。だから、答えは……

「こ、答えは、クイーンです」


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