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第5戦

「た、頼む」

 ぼくと亜紀ちゃん、慶次君はそろって胸の前で手を組み合わせ、神様に祈った。

「正解は、65種類です」

「や、やった」

「ふう~」

 南監督は力が抜けてしまったのか、その場に膝をついてしまった。ぼくと亜紀ちゃんはハイタッチを交わし、修はガッツポーズをきめている。

「さすが監督、勝負強いぜ!」

「すごいですね。お客様、わたしも麻雀のことはよくわからないんですけど、最後の4枚は真っ赤に塗られた5筒が2枚と、真っ赤な5万と5索が1枚ずつのようですね。おめでとうございます」

「ありがとう。これでぼくたち、かばん屋に入れるんですよね?」

「はい、ゆっくりと見ていってください。それと、こちらの碁石、リバーシ、将棋、チェス、麻雀セットはお客様に差し上げますので、よろしければお持ち帰りください」

「う~ん、でもぼくたち遊んでいる暇はないし、荷物になっちゃうよね?」

 みんなもあまり欲しがっている様子はない。

「ではお嬢さん、お言葉に甘えて、このサイコロだけいただいていきますね」

 南監督が麻雀セットのトレーからサイコロを2つ摘まみ上げた。

「それだけでよろしいんですか?わかりました。それでは皆様のご健闘をお祈りしております」

 お姉さんは丁寧に一礼した後、キャスターの付いた長机を押して店の奥に消えていった。アプリケーションを確認すると全員に2万アンが支給されていたが、今回は誰もスキルを修得していない。

「よし、早速バッグを選ぼうぜ!」

 張り切る修を先頭に、ぼくらはかばん屋に突入した。

「いろいろあるねえ。てっちゃんはどれにするの?」

「パパは手がふさがるのは嫌だって言って、いつもリュックサックを使っていたんだ」

「ああ、そうか、ぼくもリュックサックにしようかな」

 そう言って慶次君は、一番奥のリュックサックがぶら下がっているコーナーに歩いて行った。

「みなさん、できるだけ容量が多いものを選んでくださいね」

 南監督からのアドバイスだ。確かに今後のことを考えると、食料や着替えなど大量の物資を持ち運べる方が有利に違いない。

「う、ちょっと待て、これじゃあ……」

 声がする方を見ると、修が必死にリュックサックを背負おうとしているが……

「鎧や兜が邪魔して、背負えねえ。リュックは無理だな」

 結局、ぼくと慶次君は登山用の巨大なバックパック、亜紀ちゃんと南監督は小ぶりなリュックサックを選び、それぞれキャスター付きのキャリーバッグも一つずつ購入した。

 修はスポーツバッグも担ぐことができなかったため、キャリーバッグの二刀流だ。

「階段があった時はたいへんですが、少なくとも2階にはエレベーターで行けるようですから」

 登山用のバックパックとキャリーバッグは7千アン、小ぶりなリュックサックは5千アンだったから、ぼくらは合計6万6千アンを支払って、かばん屋を後にした。

 次の目標は、東側の端にある電器屋だ。



「わたしはドライヤーとできれば電動歯ブラシもほしいなあ。てっちゃん達も電動ヒゲ剃り買っといたら?」

「ヒゲ剃りかあ、確かに洗面台が使えるとは限らないよなあ……ん?」

 電器屋を目指して歩きながら亜紀ちゃんとたわいもない話をしていたら、前を歩いていた慶次君がぴたりと足を止め、不思議そうに周りを見渡している。あ、確かに。これは?

「観察」のスキルを修得したぼくは、みんなより少しだけ五感が鋭くなっているようだ。南監督や修はまだ気づいていない。

「慶次君、これは?」

「てっちゃんも気づいた?やっと、ぼくの出番みたいだ」

「え、だって慶次君の身体はもう……」

「うん。でもラビリンスに来てからここまで、監督や修、亜紀ちゃんがあんなに頑張っているのに、ぼくはまだなんの役にも立っていない」

 いや、それを言えば、ぼくもそうなんだけど……

「おい、どうした?なに2人でコソコソしゃべってんだよ」

「修、みんな、ここから先はぼく1人で行かせて。みんなはそこのベンチで座って待っててよ」

「はあ、何言ってんだ?何があるか知らねえけど、5人で行かねえとあぶねえだろうが」

「いや、これはぼくにしかできない戦いだ。それに、みんなに格好悪いところを見られたくないから……」

 いつも穏やかでのんびりしている慶次君が必死になっている。じゃあ、ぼくは

「よし、わかった慶次君。でもぼくも一緒に行くよ。2人で行こう」

「え、てっちゃん」

「大丈夫。向こうで見たことはみんなには内緒にしとく。もし何かあっても、ぼくが絶対に慶次君をみんなのところに連れて帰るから。いいでしょ、監督?」

「わかりました。2人がそこまで言うなら。わたしたちはここで待っています」

「てっちゃん、慶次君、絶対に無理しないでね」

「うん。わかった。じゃあ、慶次君行こう」


 電器屋に近づくにつれて、匂いはだんだん強くなってきた。そして東の端の角を北側に曲がったとき、浴衣を着た大男の姿が目に飛び込んできた。

「へい、いらっしゃい。食事かい?それともおれと勝負するのかい?」

「ラーメン」と書かれたのれんのかかった屋台の前に、身長2m近い男が立ちはだかっている。体重も150kgほどはありそうだ。

「もちろん勝負です。ぼくが相手をします」

 緊張からか少し声が震えているが、慶次君は大男の目をまっすぐに見つめて堂々と宣言した。

「おじさん、職業は力士なの?」

「おう、十両だけどな。よし、おれは待ちくたびれて腹がぺこぺこなんだ。早速ルールを説明するぜ。まあ、ここに座りな」

 大男は、4人は掛けられそうな木製のベンチを片手で軽々と持ち上げ、座りやすいように位置を調節した。大男と並んで座ると、慶次君が小さく見えてしまう。めずらしい光景だ。

「勝負は替え玉5回のスピード勝負。麺だけたいらげれば、スープは残しても大丈夫だ。途中で食いきれなくなったら、ギブアップしてもいいぜ」

 替え玉5回か……ぼくは生まれてこの方、替え玉は1食につき1回ずつしかしたことがない。パパは若いころ、最高で5回したことがあるって言ってたな。

 普段の慶次君なら替え玉5回くらいなんてことないだろうが、慶次君はほんの2時間前におにぎり5個と大盛うどん2杯に、フライドポテトを3人前ほど食べたばかりだ。さすがにちょっと厳しいかもしれない。

「麺の硬さはどうする?」

「硬麺でお願いします」

「よし、マスター、硬麺3杯だ!」

「え、3杯って?」

「ついでだから、そっちのちっこい兄ちゃんも食っていきな」

「あ、ありがとうございます。ご馳走になります」

「なに言ってんだい?代金はあとからきっちり払ってもらうから気にすんな!」

 う、この際だから少しでも売り上げを伸ばそうとしているのか?ん、ちょっと待てよ。

「慶次君、はい割りばし。今のうちに割っといた方がいいよ。それでちょっと耳をかして」

「うん」

 観察のスキルでみつけたことを慶次君の耳元で囁いた。よし、この作戦なら勝てるかもしれない。

「へい、硬麺3杯おまちどお!」

「よし、じゃあ麺がのびねえうちに食っちまうぞ。いただきます!」

 大男がスタートを宣言するのに合わせて、慶次君も合掌して頭を下げながら

「マスター、替え玉、硬麺で!」とオーダーした。

「う、なんだと?」

 よし、いいぞ慶次君。このお店で麺を茹でているのはマスター1人だけだ。どれだけ熟練したマスターでも2人前を同時にお湯に入れたり、湯切りしたりはできないはずだ。あとは慶次君が麺が、茹で上がる前に1杯目をたいらげることができれば……

「マスター、こっちも替え玉、硬麺で!」

 大男も一呼吸遅れて替え玉をオーダーしたが、時すでに遅しってやつだ。

「パパが言っていたよ。『ラーメン屋は回転が全てなんだ。替え玉したいのはやまやまなんだが、単価の安い替え玉で長時間席を占用するのは気が引ける』って」

 慶次君は、神速で1杯目をたいらげた。間髪を入れずに丼をカウンターの上に差し上げる。

「はい、硬替えお待ちどお」

 すかさず慶次君は「マスター、替え玉、硬麺で」とオーダーする。

 大男も食べる速さでは負けてはいない。だが、どうしても湯切りにかかる時間だけタイムラグが発生してしまう。

「自分が食べる速さと麺が茹で上がる時間を計算して、最適なタイミングで替え玉を注文するんだ。そうすれば、何杯替え玉をたのんでも、お店にはあんまり迷惑をかけることがねえんだ」

 パパの言葉が頭の中でこだました。


 ぼくも慶次君の方をちらちら見ながら、ラーメンを一口すすってみた。

「う、うまい、けど……」

 濃厚なスープを引き締めるようにピリリとスパイスが効いている。隠し味にほんの少し魚粉も入っているのだろう。間違いなくうまい。だけど、ぼくはもう少しピリ辛が好みだ。テーブルを見ると、紅ショウガとからし高菜が入ったガラス瓶が無造作に置かれている。

「慶次君、ショウガも高菜も入れ放題だ。慶次君もそろそろ味変した方が……」

 う、慶次君はぼくの言葉など耳に入っていない。一心不乱に麺をすすり、1玉たいらげるとすぐに丼をカウンターにさしあげ、替え玉が投入されると同時に、次の替え玉をオーダーする。これはまるで

「わんこ、ラーメン?」

 ごめんよ、慶次君。慶次君が必死で戦っている最中、ぼくだけラーメンを楽しんでいた。こんなことではチームメイト失格だ。よし、ぼくも。

「マスター、ぼくも替え玉、硬麺で」

 慶次君のオーダーにかぶせるようにぼくも替え玉を注文した。これで大男の替え玉ができるまでのタイムラグがほんの少し大きくなるはずだ。

 慶次君は流れる汗や鼻水をぬぐうこともせず、ひたすら麺をすすり続ける。ぼくにも経験があるが、どうしてラーメンを食べると鼻水が出るのだろう?ラーメン屋のテーブルには必ずといっていいほど、ボックス入りのティッシュが備え付けてある。

 替え玉を重ねるにつれて、飛散したスープと汗と鼻水が入り混ざり、慶次君の顔はカオスの度合いを高めていった。確かにこんな顔はチームメイト、特に若い女の子には見られたくなかっただろう。だけど慶次君、残念なことにその姿はすでに世界中に動画で配信されているはずだ。


 

 

「ふう、ご馳走様でした。おいしかったけど、さすがにもうお腹いっぱいだよ」

 慶次君がお腹をさすりながらそう告げたとき、大男の注文した5回目の替え玉が茹で上がった。

「く、くそ、お前さんの勝ち、だ」

「おじさんも早かったねえ。だけど、てっちゃんのお父さんが言っていたよ」

「あ、なんて?」

「ラーメンは、戦いの道具じゃないって。ぼくも今度はゆっくり味わって食べにくるよ」

「へい、またのお越しをお待ちしてます」

 マスターが言った途端、ぼくらの携帯電話が振動した。慶次君が爪楊枝を使いながらアプリケーションをチェックすると

「あ、スキルを修得してる『職務質問』だって」


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