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花火

作者: とある1192

 手持ち花火からバチバチと放たれる色彩豊かな閃光が地面を明るく照らしている。垂れる火柱は雨上がりの地面に吸い込まれ儚くも消えていく。

 夜になっても止まぬ蝉の大合唱など気にすることもなく、少年少女たちは花火の輝きに夢中だった。

 私塾の夏合宿。集まった塾生たちの一日の努力と苦労を労おうと、塾講師は峠を一つ越えた先にあるスーパーまでわざわざ手持ち花火を買い出しに行ったのだ。結果は御覧の通りの大好評。塾講師はほっと一息つくとともに、火傷には気をつけろと再三の注意を促している。

 喧騒にまみれた都会の中にいては集中も思うようにはできまいと、こうやって田舎に連れてきて勉強させてみたが、都会ではまず見ることのない手持ち花火に塾生たちは大興奮。いい思い出作りになったのではと塾講師自身もとても満足しているのだった。




 ――――きれいだね~

 少女の独り言に周りの少女たちもすぐさま同意する。

 そんな風にしばらくすると塾生たちも何人かのグループに別れて、花火を見るようになった。

 しかしながら、そんな空気の中でとある少年はどこかのグループに入れることも出来ずにあぶれてしまった。

 塾講師も心配して、独りになった少年に話しかけた。しかし、彼は尚更みじめになると思い適当な返事をして誤魔化した。

 彼には夢がある。

 義務教育の過程から優秀な成績を残し、名門の高校から有名大学へ進学。そして超大手企業に就職して順調に出世し生活には困ることのない大金を手にするのだ。

 その夢を達成するためには、友達も恩師もいらない。むしろ邪魔だとすら考えていた。

 今こそこうやって一人で花火をして、何故だか惨めな気持ちになってしまっているが、所詮周りの塾生は親に言われて嫌々通っている程度のものだ。簡単に突き放せる。社会人にさえなってしまえば自分の正しさが必ず証明されると信じて疑わなかった。

 後々にして思えば、使い方も分からないのに大金を望んだり、自分の幼少期の頃からの成績を過信しすぎてしまったりと、往々にして子供らしいのだが、彼の中では自分はもう十二分に大人だという自意識があったのだ。

 そんな考えさえ払拭してしまえば、彼もこの夏合宿を大変楽しめたのだろうが、理由なく高い自意識がそれを大いに邪魔した。

 ――――大人にさえなれれば……大人にさえなれれば……

 こうして少年は社会に出てからの逆転を心に誓うこととなった。

 独り虚ろな目で眩しく煌めく花火を眺める少年。そのうちに花火の火柱の勢いも先細り、やがて火も消えていった。

 悔しさの象徴として少年の心に思い出として残る形となったこの夏合宿だが、塾講師はそんなこともつゆ知らず。もうそろそろ頃合いだろうと片付けの準備を告げた。

 塾生たちはそれぞれで水バケツを持ち出して、名残惜しそうに延長を求める。だが、少年だけはそんなこともなく早々に自分の分だけを片付けて帰ってしまった。




 ――――十数年後

 夜になり人出もどんどん増してきた。今日はこの地域の夏の名物の花火大会が行われる日だ。街行く人の多くが今日という日を楽しみにしている。

 そんな雑踏の中にかつての少年、もとい中年も混ざっていた。

 結論から言ってしまうと少年には才能がなかった。義務教育課程まではまだ良かったのだが、高校受験が近づくにつれて成績が伸び悩み名門校の受験に失敗。大学受験にも同じく失敗し、今では駅の清掃のアルバイトで食い繫いでいる。

 彼は後悔している。しかし、それは失われた青春を謳歌できなかったことに対しての後悔などではない。もっと頑張れたはずの過去の自分に対しての後悔だ。もっとあそこで勉強に打ち込めていたのなら……あの時あの問題の見落としさえなければ……

 かつての塾の夏合宿の花火だってそうだ。あんな催しに参加せずに、家で引きこもって勉強していた方が将来に繋がるものもあったのではないか?そんな小さな疑問ばかりが中年の頭の中を占拠しては渦巻いていた。

 だから今日の花火大会にも参加するつもりも毛頭ない。ただ仕事帰りに通りかかっただけで、花火など見ても嫌な思い出を思い出すだけだと思っていた。


 ――――ヒュルルルルル~ ド~ン!!!


 わぁっと周りから大きな歓声が沸く。その瞬間、真っ暗だった空に花が咲いた。

 周りにつられて中年も思わず空を見上げる。

 中年の眼前に広がる色鮮やかな閃光たち。赤、緑、青、紫、黄。何種類にも及ぶ色彩が重なり合い真っ暗だったはずのキャンパスを明るく照らした。絵画のような美しさに中年は一瞬で目を奪われた。

 これを見たのは初めてじゃない。中年はそう思った。かつての夏合宿で見た手持ち花火の煌めきと、全く同じ美しさを空の花火は持っていた。

 柳のように空に垂れる花火たち、余韻を感じさせる暇などなく次々と花火が打ち上げられては消えていく。空に花火が咲く度に中年はかつての塾の夏合宿を思い出していった。

 本当は好きだった眼鏡の女の子のこと。実は勝手にライバルだと思っていた隣の席の男の子。心の底では慕っていた塾講師。

 そうなんだ。あの手持ち花火だって、本当はすごいきれいだなと思っていた。もっと周りのみんなと見たかった。すぐに帰りたいわけ無かった。独りで強がっているのが自分でも気持ち悪かった。

 今、目の前で咲く大輪の花火と、昔の手持ち花火の質素な煌めきが重なり合い、中年の隠していた気持ちを照らし出す。

 中年の目から涙が零れた。過ぎ去った過去を想っての涙だ。

 そんな時、特段大きな花火が空に一発打ち上げられた。群衆の盛り上がりも最高潮に達する。

 白煙立ち込める空を染め上げて大輪の花が煌めき、そして徐々に消えていく。

 中年は後悔していた。しかしそれは大切な青春を棒に振った過去の自分に対してではない。美しいものを素直に美しいといえなかった素直でいられなかった自分に対してだ。失ったものは確かに大きすぎたかもしれない。だが失った分だけ身軽になった。何の重荷もないこの状態から、もう一度逆転を目指そう。過去の後悔を数えるよりもこれからの後悔を無くすような生き方をしようと心に誓った。


 花火大会が終わって、群衆も帰路につき始めた。だが、そんな中でもただ独り中年だけは目に焼き付けた大輪の花火の煌めきの残滓を目で追っていた。

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