9、それは一つの終わり
「……そう、覚醒したんだね。黄昏の炎は、どこにも行けない死者を導く優しい灯火。その羽を持つ者は――黄昏の導き手、だったかな?」
ゆっくりと体を動かして、姿を人のものへと戻した。
黄昏の炎によって浄化されたことで、この地に満ちていた呪いも、アンデッドも。還るべき場所へと送られた。
ここにはかつて、美しい街があった。とある少女が愛した、大切な場所だ。けれどその面影は、遠い過去となってしまった。
「見て、サクラ。朝だ」
眩しい陽光に目を細めて、瓦礫と化した地上へと降り立った。変色した石は脆く、腐った木材などが散乱していて。失われたものの大きさを僕へと伝えてきた。
昨日の、賑やかな光景は。二度と帰って来ない。
「――うん?」
静かだった精霊たちが騒ぐ。まだなにか、危険なものがあるのか? シズたちを守るために、その場所へと歩いた僕は。騎士たちを連れた、姉の姿を見つけた。
「……ウィル?」
あっちも僕を見つけて、呆然とする。「人形王子か?」「でもあいつは、黒龍様の贄に……」だから、なんで僕が僕の贄になるんだよ。
「悪魔、なの?」
「なにを言うかと思えば、悪魔か。ならは君は、妖精かな? ルーナ王女」
もしここにシズがいたら、絵本から出てきた女の子みたい、と喜ぶ気がして。姉のことを、妖精だと言ってみた。そしたら、ものすごい顔で睨まれた。
「……なにこれ。ゲームと違うじゃない」
ボソッと呟かれたそれは、僕の耳にしか届かなかったようだ。
侍女を殺して、僕を国から追い出した少女は。この世界のことをゲームだと言った。
ただの偶然にしては、あまりにもおかしい。
「みなさん、惑わされないでください!! 私の弟、ウィル・クロノーズは黒龍様の贄となったのです! 今我らの前にいるのは、弟の姿をした悪魔なのです! この街を、呪いで滅ぼしたのは彼。みなさま、どうか討伐を!!」
うん、なんとなく分かった。どうやら僕は、思い違いをしていたようだ。彼女は――敵だ。
「僕に魔術は通じないよ」
兵士たちが飛ばした魔術が掻き消える。魔力さえも届かない。
だから帝国は、たくさんの毒を用意した。
ホムンクルスを使った。
君たちの先祖は、必死だったんだ。自分たちに紛れ込んだ妖精を、根絶やしにするために。
黒龍という安全装置を排除した。
兵士たちの行動に、精霊たちが怒る。魔術を使えなくなった彼らは、剣を抜いて襲いかかってきた。
誰も僕を、黒龍だと分かってない。人間に生まれ変わったことを知らないから、同じ過ちを繰り返そうとしていた。
もしバレンティアがこのことを知ったら、今度こそ皆殺しにされてしまうよ。僕を守ろうとする精霊たちの突風が、周囲の音を掻き消した。
こちらを見てるシズたちに、逃げろと。頭に直接声を響かせて、空へと飛ぶことにした。
シズのように風を踏んで、遠い場所へと走っていく。
いつか必ず、妖精たちのことを教えるから。どうか君たちも、バレンティアを探してほしい。
黒龍の使徒となった君たちであれば、あいつもそれなりの扱いをするはずだ。
(いつか必ず、また会おう)
そしてみんなで、世界を巡ろう。アーリャの想いは、僕たちのここにある。だからフェアリーは、たくさんの冒険をするんだ。
きっとそれが、彼女の幸せに繋がる。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
これにて妖精の章は終わりになります。
次からはクロノーズ王国の知らせによって、他の国からも命を狙われることになります。
妖精の章は、この世界がどういう状況なのかの説明。プロローグのようなものです。
次の章からようやく、クロとカムラの恋愛になります。番とか伴侶って言ってますけど、無事に再会して一緒にいるようになったら……。
恋を自覚したばかりの乙女になると思うんですよね。
一緒にいたいけど、恥ずかしい。会話がまったくできない。自分を避けるクロに、まさか嫌われた? と青ざめるカムラの勘違いを早く書きたいです!