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8、黄昏の導き手

 クロの話を、信じたわけじゃない。でも、嘘じゃないって分かってしまった。


 だから少女は、全力で戦う。


 仲間の変わり果てた姿に、心が悲鳴を上げている。

 風で吹き飛んだ霧の隙間から、青白い月明かりが差し込んだ。それはアーリャの黒い羽を透かせて。幻想的な美しさを、シズへと見せた。まるで絵本に描かれる、妖精みたいで。胸が、痛かった。


 ――本当は、全部嘘であってほしい。


 こんなの、嫌だよ……。


「シズ!」


 涙で視界を歪めたシズは、自分へと襲いかかるアンデッドに気付けなかった。ルアルが間に入ることで、不浄なるものを斬り殺した。「集中しろ!」と怒られ、アーリャが移動したことに気付いた彼女はルアルへと視線を向けた。


「任せた!」

「うん、ありがとう!」


 ルアルの肩を借りて、空へと舞い上がる。


「ねぇ、ねぇ、愚かなあなた。あなたに羽はあるの?」

「紡ぐは言の葉。願うは空の歌!」

「――そう。そっちか」


 落胆したような声音だった。アーリャがなにを考えているのか、シズには分からない。でも、止まってはいけない。アーリャは、強化魔術が得意だった。短剣を持たせたら無敵で、あのルアルさえも勝てない。それが、彼女の知るアーリャだった。


 私の、大切な仲間。これからもずっと一緒だと思ってた。なのに運命は、それを許さなかった。この狂った出来事に、一体なんの価値があるの? それは、アーリャの命よりも大事なの!?


 飛んで来た黒い光を避ける。己の羽で、自由に飛び回るアーリャに攻撃が当たらない。


「……壊さないで。これ以上、あの子が大切にしていたものを――。壊すな!!」


 闇と呼ばれる、生きた魔術に。シズは腹の底から怒鳴った。アーリャの体で、この街を壊すなと。思い切り、その胴体に蹴りを入れた。空中戦は得意じゃない。魔力量も、自分よりアーリャの方が上だ。

 ただの剣士が、凄腕の魔術師に挑むという愚かさ。もしここに生きてる冒険者がいたら、きっとシズを笑うだろう。

 あのガキはなにをやってるんだと。それでも、シズは戦う。馬鹿にされることなんてどうでもいい。ただ仲間を助けるために、その剣を振るった。


 ホムンクルス。クロノーズ王国がまだ帝国だった時に作られた、人工生命体。今では本に書かれた文字でしか、彼女たちを知る術がない。使い捨ての兵士として、たくさんの戦争に勝ったそれらは。戦乙女とも呼ばれていた。

 四百年も生き残っていたアーリャは、なにを考えてたんだろ。

(どうして、私たちの仲間になってくれたの?)

 依頼先の山で倒れていた少女。自分の名前しか覚えてないアーリャを街へと連れ帰って、一緒に冒険者をするようになった。

(……なんで、殺さないのよ)

 どれだけ一緒にいたと思ってるの?

 もう何度も、シズは致命的な隙をアーリャに見せていた。なのに彼女は、それをわざと見逃していた。


「たった一人でなにができるの? 冒険者だから命をかけるの? あなたはなにも守れない。なにも救えない」


(んなこと、私だって分かってるよ……)


 たくさんの人たちが、呪いによって命を落とした。ギルドにはクロがいるから、まったくの無傷で立ってるけど……。

(きっともう、誰もいない)

 凶暴化した魔獣たちが、呪いに蝕まれて死んでいく。

 その巨体に潰された人たちの命も消えた。


 ここは、冥界なのかな? ふとそう思ってしまうほどに。漆黒の闇と、死者のにおいに満ちていた。


「紡ぐは言の葉――」


 魔術の詠唱。今度はなにが来る? まだ、空は飛べてる。避ける? それとも――うん、突っ込む。

 剣を握りしめて、シズは落ちた。落下していく。

 空高く舞い上がったことで、夜空がとても大きく見えた。









 ✡ ✡ ✡








「こんの、クソがっ!!」


 背中から噛み付いてきたアンデッドを蹴り飛ばした。シズとアーリャが戦い始めて、どれくらい経った? 加護のおかげで体は腐らないが、そろそろ体力が限界だ。


「シズ、アーリャ!」


 空中戦へと移った彼女たちはどこにいるのだろう。不自然なほどに避けていく霧の中を走りながら、ルアルは腐り落ちた建物の残骸を踏んだ。









 ✡ ✡ ✡









 フェアリー。彼女たちがそう名乗ることになったのは、偶然だろうか? 王の怒りに触れ、妖精たちは滅びを迎えることになった。この命で償おうと、多くの者たちが消える中、それは嫌だと狂った妖精たちは、人の体を奪い取った。


「……ムイは、無意味な命なのです。だからすべてを許します」


 呪いが消え去るまでの間、人でいる。だから彼らを人間と呼ぶようになった。黒龍たちは外からやって来た友であるため、数多の世界に存在する人を知っている。

 だから時々、間違える。ここでの人間は妖精であり、人が外での呼び名〝人間〟だということを。


「我らが王よ。どうか、泣かないでください」


 妖精は滅びなくてはいけない。けれど黒龍は彼らさえも赦し、愛してしまう。それを嬉しく、悲しいと思うだろう妖精王に。それは祈りを捧げた。



 ――異変に気付いた白龍は、遠き地で黒龍の様子を見守っている。


 ――力を失った守り人は、泣き疲れて眠っていた。


 ――大罪人は、ゲーム通りだと海を渡っている。



 大いなるものよ。すべてを慈しむ黒龍よ。どうか、どうか我らを許さないで。あなたの死によって、王の呪いは大きく変わってしまった。もう誰にも、これを止めることはできない。


「愛した人と、白龍、青龍を連れて。二度とここに――」


 戻ってきてはいけない。もう、十分すぎるほどに愛されました。生きてきました。これ以上、あなたが犠牲になる必要はない。


「ムイは、ムイは……許すのです」








 残り少ない寿命を削るあなたを、助けたい。

 この気持ちに、嘘はないよ。

 呪いによって狂った魔獣は、二度と元には戻らない。魔術となってしまった少女も、ここで終わってしまう。

 だから、救いといえるものを。


 あなたに与えたかった。


 共に生きた時間は、四百年という長さから見るとほんの瞬きにしかないらないと思う。

 それでも、すっごく楽しかった。

 ねぇ、アーリャ。もっといろんなものを見に行こうよ。私たちなら、どこにでも行ける。なんでもできるって、本気で思うくらいすごいパーティーなんだ。黒龍のクロもいるし、一緒に彼の夫……でいいのかな? そいつを探しながら、世界を巡ろう。


 もっと、もっとたくさんの未来が、あったんだ……。


 きれいな黄昏だった。まるで闇夜を照らす、篝火のような眩しさで。終わってしまった街に、最期の安らぎを与えた。すべての魂を鎮め、輪廻へと還る彼らを送り届ける、その黄昏の羽は――。


 とある特別な妖精たちのものだった。


 ……親が罪を犯せば、それらの子らも罪人となってしまう。永遠と繋がってしまう、始まりの罪は――いつか、終わるのかな? もし、終わるのであれば。きっと、優しい彼女の手で……。


 アーリャの心臓に刃を突き刺して、ようやく生まれた妖精は。己の運命を知り、失った未来に縋り。


 塵となって消えた友に、泣き叫んだ。






 ――夜はまだ、終わらない。たとえ世界に朝が来ても。彼女たちの心は暗く、傷は深い。

 すべてが終わるまで、きっと光はないんだと思った。


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