3、それの罪
「クロはバレンティアを探してるの? なら私たちも協力するよ。仲間を助けてくれた恩人だもん!」
冒険者パーティー、フェアリー。そのリーダーをしてるシズに、全員が頷いた。
「……いや、僕は大丈夫だよ」
これでも一応、最強の黒龍だから。それにバレンティアを探す仲間は、サクラだけ十分だった。
精霊だと勘違いされたまま、なんとか別れようとしたら。
右腕をシズ、左腕をアーリャに掴まれてしまった。
「精霊様。どうか私たちに、ご恩を返す機会をお与えください」
「お願いお願いお願い! 絶対に見つけるから!」
なんでこんなにも同行したいんだろ。アーリャは、彼女たちが大事なんだろ? 恩を返すためだとしても、頷けない。バレンティアたちの反応が、まったく分からないんだ。
下手したら、シズたちも殺されてしまうかもしれない。
遠い過去の親友を思う。白龍は、人間大好きな古龍だったけど。僕がいなくなったことでどんな変化をしたのか、まったく想像できないんだよね。
僕を殺した帝国を、たった一夜で滅ぼしたらしいけど。もし人間大嫌いな古龍になってたら……。
かなり、危険だ。
でも、ちょっと分が悪かった。
六歳の子供(黒龍)の一人旅は、周りの人たちから見るとかなり不審な行動で。下手したら冤罪をかけられて、牢屋に入れられてしまう可能性があるそうだ。
もしそんなことになったら、カムラに会えない。
『ワタシもブチ切れますよ?』
頭に浮かんだバレンティアを払って、シズたちに同行をお願いした。
「うん、任せて! 絶対に会わせてあげるから!」
「キュ?」
「あ、可愛い!」
服から出てきたサクラに、シズが駆け寄った。いきなりのことに驚いたのか、ビクッと震えて服の中に戻った。キュウ、と鳴いてるサクラを、服の上から撫でる。
「……フェリシアに、似てる。でも色が違う」
「うん。色が違うせいで親に捨てられた子なんだ。今は、僕の猫だよ。そういえば、フェアリーって今どの色なの?」
四百年前と変わってないのなら、彼らの階級は色の名前になってるはずだ。
「冒険者はみんな、大地の黄色から始まり。太陽の赤、空の青、星の白、そして夜の黒へと上がっていく……って聞いたんだけど」
「うん、そうだよ。私たちは青の資格を持ってる」
これが証拠だよ、と。
青いペンダントを見せてくれた。
「アティおばちゃん。すごく、喜んでた」
「次は星の白だね!」
「……白龍を探すのは、依頼が終わったあとだな」
ボソッと呟いたルアルに、シズが「そうだ、依頼!」と叫んだ。
この子たち、なんか不安だな。穏やかな黄昏色の髪へと視線を向けて、ふと気付いた。
そういえば、黒髪なの僕だけ?
シズは見ての通り、黄昏の色。ルアルは月明かりみたいな銀髪で。アーリャは金髪。……サクラは、桜色だね。
「キュウ?」
こちらを見上げたサクラに、おやつをあげた。たくさん魔力を食べて、元気に育ってね。
「シズたちは、どんな依頼を受けたの?」
「この先にある村の調査よ。数日前から、変な臭いがするんだって」
「……黒龍様の呪いで、みんな忙しいの」
フードを深く被るアーリャに、僕はちょっとだけ微妙な顔になった。新しい仲間を増やして、森の中を進んでいく。
あと少しで、目的の村だよ。
そう教えてくれたシズの横で、精霊たちが騒いだ。
「あれ? 今、なんか言った?」
こちらを振り返ったシズに、ルアルが首を振る。精霊たちが危険だと教えてくれてるのに、彼らにはなにも伝わってなかった。
僕に目を貸してくれる精霊たちは、この世界の一部であり。空気のように、決まった形を持たない。魔力を透明にしたようなものだから、守り人という特殊な精霊しか人の目には映らなかった。僕も、その声をはっきりとは聞けない。
カムラだったら、正確に聞き取れるのかな?
「……止まって」
アーリャの声に、全員が足を止めた。
「どうした?」
「……この感じ、呪いかも」
顔色を悪くした彼女に、ルアルが見てくると走り出した。残された僕は、アーリャを心配するシズの後ろへと移動した。
「彼女は呪いに敏感なの?」
「うん、そうだよ。呪いを感じると、すぐに体調が悪くなるの。だから本当は、ゆっくりさせたかったんだけど……」
忙しい人たちに依頼を押し付けられた、ってことかな? ルアルが向かった先へと顔を向ける。たぶん、あれだろうな。
精霊たちの騒ぎ方に覚えがあった。
それに、シズも言っていた。
腐敗の霧が出る、と。
初めてこの世界に来た時、ここは呪いに満ちていた。
あれから千年以上の時が流れても。まだ、駄目なんだね。僕が死んだせいでもあるのかな?
戻ってきたルアルは、険しい顔をしていた。
「腐敗の霧だ。……村が、飲み込まれてる」
そしてたぶん、生存者はいない。
精霊の目を借りて、霧に包まれた村を見た。大地は黒く染まり、家屋が腐って崩壊していた。ぐちゅぐちゅになってしまってるものを最後に、意識を体へと戻した。
シズたちの、これからどうするかという話し合いを聞きながら。呪いのことを軽く見ていたことを反省した。
「一度、引き返そう。ギルドに報告して、みんなで考えた方がいい」
ここはまだ大丈夫だけど、呪いの影響は人にも出る。さっきの魔獣みたいに、狂った個体も現れるはずだ。
「……そうね、クロの言う通りだわ。ここで話してても、霧の中には行けない。国に報告しないと」
「精霊様の冒険者登録も必要」
「えっ、なんで?」
守り人は、そんなのなくても平気だよね?
「シズたちとの同行に必要なの?」
「同行ならなくても大丈夫。精霊様が行けない場所なんてない。でも、冒険者は楽しい」
なにかを思い出すように、アーリャの表情が幸せそうになった。
「……楽しい、か」
彼女がここまで言うのだから、本当に楽しいのだろう。
これは、カムラへの思い出話に使えるかもしれない。人として生まれ落ちた僕は、人形王子としてずっと意識を外に向けていた。だから家族のことも、そんなに知ってるわけじゃない。
彼の転生を待った六百年間も、そんなに楽しくなかった。
アグナたちの馬鹿話は、おそらく酒を飲んだ彼らが自分で言ってしまうので。カムラに教える話は、自分で見つけなきゃ。
「うん。僕も冒険者になるよ。資格を取るコツとかあったら教えて!」
「キュウ!」
――バティリアン王国の外れにある森。そこで僕は、冒険者になることを決めた。
「……ムイは、無意味な命なのです」
灰色に薄い青が混ざった霧の中で、少女はぽつりと呟いた。彼が無事に戻ったことは嬉しい。精霊たちも喜んでいた。だけど、欲張ってはいけない。
「始まりの魔法使いは、言いました。……だから、駄目なのです」
無表情な顔に、少しだけ悲しみの色を滲ませて。白いローブをぎゅっと握った。