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2、おとぎ話の続き

 ――遠い、昔。まだこの世界に、古龍が三体いた時代。彼らは大きな翼を広げて、自由に空を飛んでいた。

 青龍のアグナは、守り人である精霊たちを導き。白龍のバレンティアは、人の暮らしを支え。名を持たなかった黒龍は――力を失っていた自然に、生きるための力を注いだ。


 そしてたまに、力比べもしていた。


 黒龍の番となったカムラも、僕に挑んだ戦士だった。

 今でもはっきりと思い出せる。たった一本の剣で、僕のブレスや爪、尻尾による攻撃すらも弾いて。

 この僕の首に、初めて刃を当てたんだ。


『俺が勝者だ。だから俺の……嫁に、なってほしい』


 カムラにそう言われた時、まったく意味が分からなかった。

 この世界の求婚は、殺し合いだったっけ? お互いに魔力切れを起こしていたので、傷薬を塗ってもらいながら『なんで嫁になってほしいの?』とカムラに聞いたら。

 顔を真っ赤にして、一目惚れだと言われた。

 好きになってしまったから、誰かに取られてしまう前に。殺し合いに勝って奪う、という考えになったそうだ。


 自分が運命だと思っても、同じ性別で片想いとなると。番になるのはかなり難しい。僕も、相手がカムラじゃなかったら。子供を望めない関係にはならないはずだ。

 この黒龍を倒し、嫁になれと言った精霊だよ? こんなにも必死に、死ぬかもしれない戦いに挑んだんだ。


 ――いいよ。僕の恋をあげる。


 僕ら古龍は、すべての生命を愛してるけど。そんな生き物でも、たった一つの特別がある。

 たとえ、この命が終わってしまっても。僕らの番は決して変わらない。何度でも転生を繰り返して、数多の世界を駆け巡る。愛しき片割れと再会するために。


 僕はカムラを、己の番と認めた。だから返事を待っていた彼に、そう言おうとしたんだ。なのに空気を読まない人間たちのせいで、番になれないまま片割れを失ってしまった。

 ずっと、待ってたよ。

 君が生まれ変わる日を、ずっと待っていた。

 だけどもう、それは終わりにするよ。

 君が死んだ六百年後に、僕も殺されてしまった。生まれ変わるのに四百年も無駄にした。


 だから今度は、僕が探しに行く。


 この身は黒龍の生まれ変わり。誰も知らない物語の続きを、ここから始めよう。



 ……なぜか僕が、僕の生贄になったけどね。







 自分から海に落ちた僕は、魔獣の助けを借りて。クロノーズ王国から離れた。人間として生まれ落ちた時から、僕はずっと精霊たちの目を借りていた。意識を飛ばしてる間は、本体が無防備になるけど。王族として生まれたので、大丈夫だと判断した。

 姉君のイタズラで罪人になってしまったが、こうしてカムラを探しに行けるので気にしない。


 砂浜へと下りた僕は、背中に乗せてくれた魔獣にお礼を言って。海に帰っていく彼を見送った。


「さて、どこに行こうかな」


 この世界にはたくさんの村と街が存在していて、多くの人たちが旅をしてる。夫婦の契りをしてない彼を見つけるのはかなり大変だが、彼のにおいは今も覚えてる。

 直感で進みながら、見つけるしかないかな。とにかく、たくさん歩くことにしよう。

 そう思った僕の耳に、子供の鳴き声が届いた。

(なんだろ。かなり弱ってる)

 今にも消えてしまいそうな声を探して、当たりを見回す。森……ではないね。どちらかというと、岩場あたり。そっと覗き込んでみた。


 予想と違って、かなり幼い生き物だった。


 森の妖精と呼ばれることが多い魔獣――フェリシア。の、突然変異かな? 普通は青い猫なのに、目の前にいるそれはピンク色だった。まるで嘘のような存在だと笑みを浮かべる。


「おいで。魔力をあげよう」


 精霊たちとの繋がりが強い魔獣は、人間に関わることを嫌う。だから少しだけ、不安になったけど。


「……キュウ」


 差し出した手のひらに、フェリシアの口が触れた。僕が黒龍だということに気付いてくれたみたいだ。でもやっぱり、上手く吸えてない。お腹が空いたと悲しげな目をする赤ちゃんに、ゆっくりと魔力を注いだ。

 死した命は、戻せない。

 輪廻へと戻る邪魔をしてはいけない。

 そう、決めていたから。この子が生きようとしてくれたことに、感謝した。


「本当に、ありがとう」

「……クキュ」


 お腹いっぱいになって、スヤスヤと寝てしまった赤ちゃんを抱っこする。

 このまま置いていく気はなかった。


「僕と一緒に、カムラを探そう」


 旅の仲間を抱えて、森の中へと入った。この子の名前は……サクラにしようかな。ここではない世界で見た、きれいな花を思い出して。ぐっすりと寝てるサクラの頭を撫でた。

 フェリシアは、長い尻尾を三つに分けた、猫のような生き物だ。

 魔力を糧とする、精霊に近い存在だと。アグナたちに聞いた気がする。今は片手ほどの大きさしかないけど、成長すれば両腕で抱えるほどになるはずだ。……龍の姿なら、小指の爪くらいかな?

 生前の体を思い出して、首を傾げる。


 そんな僕に、精霊たちが危険を知らせてくれた。


 精霊たちの目を借りて、状況を把握する。三人の男女が、大きな魔獣と戦っていた。硬い鱗に覆われ、海の近くに生息する魔獣は。禍々しい気配を放っていた。


 ――呪いに染まり、狂ってしまった魔獣だ。


 さすがに、四百年は長すぎたか。

 痛みを与えないように、一撃で殺した。


「精霊、様?」


 精霊じゃないけど、黙っておこうかな。抱えてるサクラへと視線を落として、気付く。なぜか服が、真っ黒だった。

(……あー、なるほど。僕の魔力か)

 それなりに強い魔法を使ったから、染まってしまったのかもしれない。加護を与えた衣服のようになってた。贄の装束なのに。


「アーリャ! 大丈夫!?」

「シズ」


 剣を持った少女が、座り込んでしまった彼女に駆け寄った。

 その後ろには、静かな殺意を見せる青年がいた。

 ただの子供が魔獣を殺したんだ。仲間を守ろうとするのは当然の行為なので、気にしないことにした。

 

「よかったよかったよかった! 絶対に無理だと思っちゃったよ!」


 半泣きで仲間の無事を喜ぶシズに、アーリャは「ごめん、ちょっと離して」と言って、僕に頭を下げた。


「あの、ありがとうございました。まさかこんなところで、精霊様に会えるとは思わず。なにも、差し出せるものがなくて」

「気にしないで。僕はただ、森を守っただけだよ」


 気配を残す呪いたちを風で霧散させる。自由気ままに旅をする予定だったけど、バレンティアたちと合流する必要が出てしまったな。


「……黒龍様の呪い、強くなってる?」

「ん?」


 僕の呪い? なにそれ。


「あ、えっと。もしかして知らない? 生まれたばかり?」

「シズ」


 失礼だよ、と言いたげなアーリャを見て。シズはごめんなさいと頭を下げてきた。別に、怒ってないんだけど……。

 どう接すればいいのか分からなくて、青年へと視線を向けた。

 そしたら彼も、頭が痛そうな顔をしてた。


「……ルアル。双剣使いだ」

「あっ、自己紹介!」

「大丈夫。君がシズで、彼女がアーリャでしょ? 僕は……クロだよ」


 自分の服を見て、そう名乗った。余計に生まれたての精霊に見えるかもだけど、人間は魔法を使えない。黒龍であることも、言わないほうがよさそうだ。


「呪いって、なに?」

「えっとね。昔、四百年くらい前に。黒龍っていうすごい古龍がいたの。おとぎ話とかで語り継がれてるんだけど。その龍には番がいて、死んでしまった夫を六百年も待ち続けた。でも人は、その想いを利用して彼女を殺してしまった」


 ……黒龍は雄だよ。

 そう言いたかったけど、ちゃんと飲み飲んだ。


「夫に再会できず、人に殺された黒龍はすべての生き物を憎んで。この世界に、とても恐ろしい呪いをかけたの。呪いは魔獣を凶暴化させて、街を腐敗させる霧を作るから。ほんとに怖いの」

「クロノーズ王国が年に一回、生贄を差し出してるけど。完全には消えない」

「そういえば、今日が償いの日だよね?」

「黒龍様は、夫に会いたいの。関係ない人間が来ても意味がない。おとぎ話は、今も続いてる」


 アーリャの言葉に、僕は頷いた。黒龍の物語は、まだ終わってない。カムラと再会したあとも。


 このおとぎ話は、続いていくだろうね。



なるべく一週間に一話投稿できるよう、頑張ります。

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