14、古龍たちの会議
ルンルンな気分です。
もうずっと、このままでいい。
「……クロ」
ぎゅっと抱き締めてくるカムラが、自分の匂いを僕へと移していた。そんなにも僕を好きなんだ……と、喜びが湧き上がる。
いいよ、もっと匂いを付けて。
たまごは産めないけど、絶対に幸せにするから、と。愛する伴侶に身を預けた。
「黒龍、そろそろ話を進めても?」
「うん? いいよ、ちゃんと聞いてるから」
愛する人の膝に乗って、全身を包まれる。その心地良さにうっとりとしまう。
「……不安しかありませんねぇ。カムラ、責任重大ですよ」
「分かった。絶対に覚える」
僕のために? 僕のために? ないはずの尻尾が、頭の中でブンブンと揺れた。呆れのような視線を向けられるけど関係ない。
「……恋とは恐ろしい」
バレンティアの呟きも、きれいに横へと流した。
龍は一途。
それは君も知ってるだろ。
仲間想いな親友の独り言に、カムラがぎゅっと拳を握った。表情が険しいけど、照れてるのかな? 違う世界の知り合いたちを思い返して、きっとそうなのだろうと判断する。般若のような顔で殺し合ってた夫妻が、お互いに顔を真っ赤にして子作りに入ったことを懐かしく思う。
きっともう、次の輪廻へと行ってしまってるけど。
見ていて楽しい二人だった。
『……殺すぞ』
『…………ならお前の心臓を取る』
うん、今でもよく分からない会話だったなぁ。奥さんの殺すぞ、って本気だったのだろうか?
「本当に話を聞いてませんね、あなた」
「えっ?」
ふと意識を戻した僕に、バレンティアが深いため息をついた。アレクは静かに笑ってる。「キュウ、キュウ」と鳴くサクラがお腹を鳴らしたので、魔力を食べさせながらカムラを見上げた。
なにを話してたの?
「とても不本意なのだが、俺が王族なのは知ってるか?」
バティリアン王国と、アグナの領域の間。そこにできた新しい国の片方、トキの国。カムラはそこの王族だとアレクが言っていた。なので知ってるよ、と頷けば、顔色が悪くなった。
「……まぁ、生まれは最悪でしょうね」
「うん、私もそう思うよ。なにせ母親のコハルは、彼を産んですぐに殺されてしまったからね。父親は子供ごと魔獣に食われたという嘘を信じてしまって、よりいっそう魔獣狩りに専念してしまった」
「カムラは愚かな正妻によって幽閉されていたというのに、哀れな人ですねぇ」
「……幽閉、か」
なんとなく分かっていたけど、赤子から母を奪うだけではなく、自由すらも与えなかったことを考えると……。
不愉快すぎて腹の底が煮えそうになる。
「ヒュクルト王国、だっけ? 今すぐに滅ぼしてもいいかな?」
頭と腐った部分を取ってしまえば、他の人たちも安心して暮らせるはずだ。コハルという女性の無念も晴らせる。
「それに、カムラは返さないよ。精霊は、誰のものでもない。彼らは彼らの意思で生きるべきなんだ」
不安そうな目をしてるカムラの手を、ぎゅっと握る。アレクが提案した計画もいいけど、偽装とはいえ番を死なせる気はない。
「……なにか、やりたいことがあるのですね?」
「うん。黒龍が戻ってきたことを、そろそろ知らせようかなって思ってる。敵はヒュクルト王国だけじゃない。クロノーズの第一王女も、世界に仇なす存在だ」
「クロノーズの?」
目を細めたバレンティアに、周りが静かになる。精霊たちも気配を薄めて、僕らの会話を聞いていた。
「……それは、どういう意味でしょうか?」
「バレンティは、ウィル・クロノーズっていう子供を知ってる?」
「人形王子のことならば、少しだけ聞いています。なにを見せても関心を持たず、声すらも出さないと」
「その子が黒龍の贄になったことも切ってる?」
「いえ、初耳です。罪を犯したのですか?」
意外そうな顔で聞いてきた白龍に、思わず笑ってしまった。
「うん、そいつね、姉君を殺そうとしたらしいよ。侍女を殺して、止めてと叫ぶ少女に刃を向けたんだってさ」
「なるほど、妖精として生まれましたか」
「忌々しいやつらだ」
「…………カムラ」
「なんだ」
低い声を出した彼は、怒ってるようだった。自分を幽閉していた人間たちに、強い嫌悪感を抱いてるのかもしれない。
アレクを睨んでるカムラの肩に、落ち着いて、と頭を擦り付けた。
「ウィル、クロ、ノーズ」
「……はっ?」
「あ、なるほど。だから僕、クロって名乗ったのか。黒龍だからコクでもよかったのに」
自分でも気付かなったことに、納得する。
アレクはすごいねぇ、と言ったら「そこから取ったわけじゃないのか」と面白そうに笑みを浮かべて。バレンティの顔が、凍り付いた。
「「…………黒龍、まさか」」
「濡れ衣とはいえ、僕が僕の生贄になるってすごいよね。こんな経験をした龍は、僕だけじゃないかな。……って、どうしたの、二人とも。すごい顔だよ?」
言葉を失ってるバレンティアたちに、首を傾げる。
するとなぜか「「えぇー……」」と言いたげな様子でお互いの顔を見ていた。
「……黒龍は、元からこうなのか?」
「そうですね……。そういえば、こういう龍でした」
「なんか失礼なこと言ってない?」
頭の上で、嘆くような声を出すカムラとバレンティア。そこにサクラの「キュキュ」という鳴き声が合わさって、よく分からない空気になった。
これはもう、笑うしかないな。
「……黒龍。笑いごとではないですよ」
「ははっ、いきなりの爆弾だったね。さすがのアレクも予想外! ……うん、ほんとすごかった」
「そうしみじみ言われても困るよ」
僕としては、爆弾発言をしたつもりはない。生きていればこういうこともあるさ。
でも、ほんと、なんで僕が贄になったんだろ。
贄は海へと落とされる。だから僕は、カムラを探すためにそれを利用した。
精霊たちは古龍を傷付けないため、突き落とされる前に飛び降りた。侍女を殺して僕を追い出す。そのイタズラが、イタズラではないと分かった以上、罰を与えなくてはいけない。どのような理由があろうと、世界を害することは許されない。
「ねぇ、バレンティア。春幸のこと覚えてる?」
「ハルユキ……。それは、どのハルユキですか? 侍? それともアンドロイド? 魔法研究者にもその名前が……」
「転生者」
「…………あの泣き虫ですか」
脳裏へと浮かぶのは、誰も死なせたくない!! こんなゲーム滅べばいい!! と泣き叫ぶ十八歳の少年。
ハルユキは、生前に遊んでいたゲームの主人公に生まれ変わってしまって、これからなにが起きて、どのような結末を迎えるのかを知っていた。だからゲームに登場しない、というか存在しなかった僕らに助けを求めた。
あの世界には神と呼ばれる存在がいて、大きな戦争が起こっていた。
そのため人間たちが玩具のように使われ、彼らを助けようとする精霊も殺された。それに怒ったアグナが神に文句を言いに行ったが、彼らにとって古龍は下等生物という認識だったみたいで。全身から血を流したアグナが、僕らのところへと帰ってきた。
すべての世界は、始まりの龍によって創造された。
彼女の子である僕らに、守護者たちが危害を加えることは許されてない。
カムラの時は、僕が許したので特別。
「……あの世界も最悪でした」
「たぶんだけど、ここでも同じことが起きてるよ」
前例があるため、バレンティアもすぐに理解したみたいだ。
「つまり、あれだと?」
「うん」
「……本気で言ってるんですか?」
「信じたくないのは分かる。でも、聞いたんだよ。ゲームと違うって」
あれは、先を知ってるからこその言葉だ。嫌な記憶が頭を過ぎって顔をしかめる。
「なら、いつから?」
「分からない。だから僕が、表に出る」
黒龍がウィル・クロノーズとして生まれ変わったことを知れば、妖精も人も酷く動揺するはずだ。
でも、彼らの償いはいらない。
信じるという気持ちも必要ない。
本当のことは、仲間たちが知ってる。僕のそばにいてくれる。だから、生き物たちに求めるものはなにもない。
カムラを見上げると、どうかしたか? と首を傾げられた。肉体は弱っているけど、この中では強く命が燃えている。
「……カムラ」
「なんだ、黒りゅ――クロ」
わざわざクロと言ってくれたカムラに、好きだよ、と。この想いを告げたい。
切ないほどに溢れる愛しさを、どうすれば伝えられるのかな?
彼の温もりに包まれて、キュッと喉が鳴る。
さっきよりも近くなった鼓動が、彼の返事みたいだった。
(……そっか。カムラには分かるんだね)
なら、もう少しだけ。
君の優しさに、甘えさせて。