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12、言葉にできない気持ち

 古龍は、世界から世界へと渡る救済装置。そのことを知っているものは少なく、どの世界からも必要とされていた。


「なぁ、マジでここにいるの?」

「いるしかないでしょうが。黒龍がそう決めたのだから」


 仲がいいとは言えないバレンティアの言葉に、ちょっとだけイラついたアグナはそのまま口を閉じた。

 住み慣れた土地を離れ、次の旅へと出た彼らが降り立ったそこは、本当に酷すぎるところだった。自分だけここに残って、違う場所へ逃がそうと思ったのに。ほんと嫌なやつだよな、白龍は。

(ハゲればいいのに)

 頭の鱗だけが落ちて、みっともない姿になったバレンティアを想像して、吹き出した。


「……なにやら屈辱的なものを感じるのですが」


 バレンティアからの殺気に、一瞬で愉快さが消し飛んだ。


「うん? どうしたの?」


 いきなり後ろへと飛んできたアグナに、黒龍は首を傾げた。きっとまた白龍を怒らせたんだなと気にしないことにして、死にかけている星を反転させていく。根本的な解決にはならないが、なにもやらないよりはマシだった。


「黒龍。後ろにいる馬鹿をもらっても?」

「……こ、黒龍」


 尻尾を足の間へと入れて、完全に怯えてしまってるアグナに。「ワタシは、許すつもりはありませんよ」と、それは笑っていた。後日、邪龍のようだったと口にしたアグナの姿が三日ほど消えたが……おそらく大丈夫だろう。

 青ざめた顔で戻って来たから、気にしてはいけない。黒龍は、空気を読める雄だった。









 ✡ ✡ ✡









「……黒龍、に?」

「ああ。だから悪い。しばらくの間、お前が守ってくれ」


 カディムは驚いた顔のまま、「それは大丈夫だが……」とまったく気にしてない様子で、本当に挑むのか? と目で聞いてきた。

 彼は穏やかという言葉をそのまま精霊にしたような男だが、俺の次に強い守り人だ。何度か代わろうか? と言ってくれた友なので、なんの不安もなく任せることができる。


「死ぬつもりはない。黒龍も、そこだけはしっかりとしてるはずだからな。素晴らしい手合わせついでに、愛を叫ぶだけだ」

「……そうか。なら、止めるわけにはいかないな」


 にこりと笑った彼が、「頑張ってね」と言ってくれた。

 破滅を破壊する、抑止の仕事。それがどれだけ過酷なものなのかを知っていながら、自分のために友へと押し付けた。

 その我儘を……。


「……怒らないのか?」

「うん? それは、どうして? 同胞が素敵な人……いや、龍かな? 自分の運命を見つけて、一緒になりたいと願ってるのに。どうして怒る必要があるんだ? こんなにも嬉しいのに」


 一瞬だけきょとんとしたカディムの、温かな祝福に。俺は深く、頭を下げた。


「カムラ、負けるなよ」

「ああ。絶対に、勝ってみせる。これでも、殺戮の王だからな」


 拳をぶつけ合って、精霊の国を出た。

 きっと彼は、ものすごく強い。

 俺なんかに勝ちを譲るような龍ではないはずだから、全力で挑みたい。

 最強へと届く一撃を、死ぬ気で出したいと思った。


 ――我ら精霊が守る存在、黒龍。その姿を見たあの日のことは、今もはっきりと思い出せる。初めて感じた気持ちに、心が震えて。美しすぎるその姿に、嫌なものがすべて洗い流された。

 自由に空を飛ぶ。ただそれだけのことが、美しすぎるほどに神秘的で。ずっとそこにあってほしかった。

 たった一度だけの奇跡。明日も見たいと思ってしまった俺を、彼は愛してくれるだろうか?

 あの黒に触りたい。俺のそばにいてほしい。


 ――殺戮の王。おそらくこの名前は、彼の興味を引くはずだ。黒龍は力比べを楽しむと聞いた。

 ならばきっと、俺と戦ってくれる。


 彼に勝つことができれば――。


「精霊が来るなんて珍しいね。お話かい?」

「殺し合いを望みたい」


 ……もっと他に、言い方があった気がする。なぜこの口は愛を紡げないんだ。

 いや、でも、戦いに来たのは本当だ。

 嘘ではないから、大丈夫。焦ってしまう自分を深呼吸で落ち着けると。石造りの塔に座っていた黒龍が降りて来た。


「いいよ。それじゃあ、本気の力比べをしよう!」


 嬉々とした様子で咆哮をする彼に、気付けば俺も笑っていた。


 自分よりも遥かに大きい、最強の古龍。漆黒の鱗に覆われた体は太陽の光に触れ、この世のものとは思えないほどの美しさを見せていた。

 きっとあの日も、今と同じように輝いていたはずだ。

(――ああ、すべてが愛しい)

 本能が死を感じて肉体の動きを制限しても、熱く燃え上がった魂がその恐怖を打ち消した。


「今のを避けるか。すごいな」

(しなやかな尾。きっと手触りもいいはずだ)


 止まらない。もっと俺を感じてほしい。

 衝動に身を任せて、黒龍に切り込む。生きるということの意味を感じるように、ブレスへと剣を振るった。黒い炎を一振で消し飛ばした俺に、黒龍が驚いた。

 目を丸くしてる姿も愛らしくて、甘すぎるほどに胸の中が震える。


 これが、この感情が。

 恋と呼ばれるものなのか!


 魔法を使い分けることで相手の動きを止め、傷を負わないようにした。治癒する魔力も、時間も、無駄でしかないからだ。黒龍が笑ってる。楽しんでくれてる。もっと、いろんな表情を見たくて――。戦うことにすべてを注いだ。

 その時の気持ちは、ずっと忘れていたものだった。

 忌々しい生き物に殺戮の王と呼ばれ、殺しに狂った精霊だと貶められた俺は、いつしか戦うことが嫌になっていた。

 人間たちが犯した、数多の罪。その後始末をしなかったら、もっと多くの被害が出て。黒龍たちにまで害が及ぶ可能性がある。だから俺は、嫌でも抑止力で在り続けた。


 俺は、戦うことが好きなんだ。殺すことよりも、自分のすべてを使って勝利へと駆け抜けるのが大好きだから。ずっと、剣の鍛錬をしてきた。


「楽しそうだね、カムラ」

「……ああ」


 ようやく、本当の自分になれた気がした。黒龍、俺はお前がほしい。たとえお前に番がいたとしても、俺は諦めたくない。刃を届かせるために、何度も踏み込んだ。

 黒龍の爪が肩へと突き刺さったが、剣を強く握りしめた。


(悪いが、俺が勝つ!)


 こちらへと飛んできた尻尾を弾いて、体を捻る。これならばもう、逃げれないはずだ。魔法を放つ様子もない黒龍に、鈍い銀色を突き付けた。これでようやく、好きだと言える。


「俺が勝者だ。だから俺の……嫁に、なってほしい」


 ……頼む。なぜ俺は、そういうことしか言えないんだ。

 嫁になってほしいのは本当だし、なにも間違ってないのだが……。もう少し、違う言い方があったはずなんだ。





「……誤解されそう」

「うん? なにをですか?」


 夢から起きた俺の、過去の後悔。

 なんとか愛してることを黒龍に言えたが、やっぱり言葉が悪すぎた。


「なんでもない……」

「そうですか。ならさっさと、行きますよ」

「どこに?」


 いつの間にか立ち上がっていた白龍に、首を傾げる。龍の姿で、フルリと体を揺らした彼は、不思議そうな顔で俺を見た。


「黒龍が見つかったので、今から会いに行きますよ。言ってませんでしたっけ?」


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