1、償いの日
――罪で穢れた体に、純白の服を。贄としての役目を果たすため、その体は縄で強く縛られていた。
かつてこの山には、黒龍がいたと言われている。
儀式を行うための断崖にある祭壇は、黒龍を殺してしまった帝国の子孫が作り上げたものだ。
四百年という長い時間の中で、雨と潮風にやられた柱が地面へと転がっているが。誰もそれを、直そうとはしなかった。
禁域とされるここに入っていいのは。
年に一度ある、償いの日だけ。
鎮魂の儀式を行う時だけ、彼らクロノーズの民は黒龍の魂へと近付く。
先祖が犯した過ちを、償うために。
黒龍の贄に選ばれた少年は、この国の第二王子だった。
人を殺すことに興味を持ってしまった彼は、王の決断によって罪人となり。たった六歳で死ぬことになった。自分の世話をしていた侍女を殺め、姉さえも殺そうとしたことに。王が危機感を抱いたのだ。
生まれ落ちた時から、すべてに無関心だった。
なのに、人を殺すことを覚え。その快感を知ってしまった。このまま大人へと成長すれば、我が国に破滅が訪れてしまうと。我らを呪う黒龍に、捧げることにした。
視界を布で覆われ、突き落とすための台へと乗せられた人形王子は、まったくの無反応だった。
それを見た人々は、本当におぞましい化け物だと囁き。
精霊たちの怒りを買ってしまった。
あまりにも突然の強い風と、荒れ狂った海が天変地異のように彼らを襲った。「ウィル、ウィル!」と叫んでいた彼の姉君も、崩れ落ちていた祭壇の一部によって頭を負傷した。
飛んできた白い瓦礫を、避けることなく受け止めてしまった姉の鈍臭さに。
贄の少年は、呆れた様子で首を振った。
それを見てしまった王が、恐怖を瞳に浮かべて「落とせ!!」と神官たちに命じた。
精霊たちによる攻撃を、少年がやっていると勘違いしたのだろう。
だから少年は、自分から落ちることにした。
ウィル・クロノーズ。産声すらも上げなかった我が子が、崖下へと消え去ったのを見て。王はぽつりと呟いた。
「……大いなる黒龍よ。どうか我らの罪を、許し給え」
祈る声は、彼には届かない。帝国に殺された黒龍は、最初からなにも怒ってなかった。こうなると決まった時から。心の中でずっと思っていたことを、口にした。
「僕が僕の、贄になるの?」
世界の一部である精霊たちの叫びを聞きながら、黒龍は空を見上げて彼らに言った。
――侍女を殺したのは、姉君だよ?