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夏の雨

作者: のい

以前にpixivで載せていたものの加筆修正です。

すごく短い。

空に広がっていた白く薄い雲は、あっという間に厚くて黒い雲になり、そのうちに雨が降ってきた。職場の近くのコンビニエンスストアで昼食の弁当を買いにレジに並んでいた頃に、蝉の声のかわりに雨音が響く。そのうちに雷鳴と共に空が光り出した。

いよいよ外を歩くのも厳しいかと思ったので、列を抜け出してレジの近くに置いてあった傘を手にとって、再び列に並び直して会計を済ませた。

「やべーなこりゃ・・・・・・」

横殴りの雨も加わり、このまま歩いたらスラックスとシャツがずぶ濡れになりそうだ。こんな雨に降られて嬉しいのは軒先に並んでいる花壇の枯れかけたアジサイくらいだろう。自動ドアをくぐって傘を広げようとすると、ずぶ濡れになった女性が駆け込むように走ってきた。

(ひでえ格好だ)

女性は俺と同い年くらいだろうか、くたびれていないスーツはぐっしょりと濡れている。せっかくセットしたであろう髪も水を吸ってくたくたになっていた。・・・・・・ちょっと目を逸らしたいが、下着の紐が透けて見えている。いきなりの雨から、自分の体よりも胸に抱えていた鞄にある電子機器や書類を死守したかったらしい。その気持ちは分かる。

その時、俺のバッグからスマートフォンのバイブレーションが響いてきた。あわてて鞄を開くと、

(・・・・・・)

バッグの奥底に折りたたみ傘を発見した。そういえば一昨日、天気予報を見て傘とタオルを自分で入れていたんだった。それをすっかり忘れていて傘を買ってしまったことを悔やんでも遅い。スマートフォンの通知欄はメールが来たことを告げていた。

「・・・・・・あの」

「はい?」

「これ、よかったら使ってください。返さなくていいんで」

思わず女性に買ったばかりのビニール傘とタオルを渡して、折りたたみ傘を開いた。

これが彼女との出会いだった。


「こんにちは。また会いましたね」

翌日、彼女とまた同じコンビニエンスストアで会った。

「どうも」

「この間はありがとうございました。この近くにお勤めなんですか?」

「ええ」

話をすると、どうやら彼女もこの店の近くに勤めているらしい。

その後もたびたび会うようになった。

「こんばんは。お仕事お疲れさまです」

「お疲れさまです・・・・・・俺は今から残業なんですけどね・・・・・・」

決まって彼女はカフェオレを、俺は昼食なり夜食なりのサンドイッチが定番だった。そんなこんなでお互いに連絡先を交換し会うようになり、週末の食事や仕事帰りの居酒屋で席を並べることも今では慣れた。

『お疲れさまです!』

『お疲れさまです』

けれども、最近はうまく話せているだろうか。最初のうちは浮かれて雑談はできていたんだ。いくら疲れていても既読スルーはしていないのだけど、お互い繁忙期に入ると、どんどん言葉が少なくなっていったのは自覚していた。

そして彼女は異動の辞令が入って、地元を離れてはいないけどちょっと物理的な距離ができた。あのコンビニで会うこともなくなってしまい、昨日や一昨日みたいに仕事から直帰して部屋のベッドに突っ伏して朝になって連絡があったことに気がつくのもザラだった。ここ一週間のメッセージの履歴を見ていると、出会ったときよりもどんどんやりとりが少なくなっている。このまま自然消滅するのは、寂しい。

今日も仕事終わりにスマートフォンを見ると、彼女からメッセージが入っていたことに気がつく。俺のメッセージを読んでくれたようだ。

既読22:31『週末暇?どっか行かない?』

『行く!!』22:32


夏というこの季節だから地元の海辺はさぞ人でごった返していると思いきや、蜃気楼越しに道路から見えた砂浜には散歩をしている人がぽつぽつと現れるくらいだった。雲一つない青空に燦然と輝く太陽は眩しくてじりじりと肌を焼くが、車のキンキンとした冷房と相殺している。その間は他愛もない話をしながらカーオーディオから流れるラジオを聞いていた。

『今日の天気です。今日は昼間は晴れますが、午後になると次第に東の空から雲が流れ、ところにより一時雨になるでしょう。お出かけの際は傘を忘れずに・・・・・・』

駐車場に着いて車のラジオごとエンジンを切り、ドアを開けると程良く風が吹いていた。汗ばんだ肌には心地いい。

「暑いね……はいお茶」

そう言って俺にペットボトルを渡すと、彼女はおもむろに服を脱ぎ始めた。白いカッターシャツとジーンズの下は水着で、もう海で遊ぶ気満々らしい。まあ俺もTシャツとチノパンの下には海パンを着ているんだけどね。車の後部座席にはちゃんと俺の着替えとタオルは用意してある。

「ありがとう。これタオル」

ここのところ外回りもせずに本社で事務社業ばかりだったので久し振りの日差しにくらくらしそうだったが、水着一枚は開放感がある。

駐車場から砂浜に駆け出すと、二人してさざ波に足をつっこんだ。

「ひゅう!冷たい!」


こうして二人ではしゃぎ回ったり、海辺を散歩していたりして時間が過ぎていく。青一色の空が西から迫る夕焼けに染まっていくのに気がついたときはすっかりヘトヘトだった。東の空は青空が暗くなっていき、黒い雲が集まっている。

「さすがに疲れたな・・・・・・」

「そうだね。じゃあそろそろ車に戻ろっか。交代で着替えよ」

車の後部座席で着替える彼女を後目に、俺は茶をすする。

「・・・・・・こうやって遊べてよかった」

「うん?」

「なんだか最近さ、あんまり会って話ができてなかったし」

「・・・・・・ああ」

「私さ、このまま会えなくなったらどうしようって、ずっと不安だったの。けど、スマホでそんなことをグチグチ言ったら、ウザいかなって・・・・・・」

彼女も同じように思ってくれていたのか。

「そんなことないよ。思ったことを言ってくれたほうがいい」

「そっか。・・・・・・お待たせ」

そうして彼女は着替え終わり、後部座席から出たときだった。

ぽつ、ぽつと降り出していた雨が、やがて大粒の雨になって、あっという間にバケツをひっくり返したような土砂降りになった。

「ええっ?!!」

あわてて助手席に避難した彼女の着ていたカッターシャツは・・・・・・ひどくずぶ濡れになっていて、中の下着が透けていた。

出会ったあの時と同じだった。


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