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試験初日

 レイと別れた俺は改めて王都へと歩を運ぶ。

 結果的に騎士団の手柄を横取りした様な形になってしまったので、報奨金の件は一度断ったのだが、レイが最後まで譲ってくれず、仕方なく俺が受け取る事になった。

 諸々の手続きが終わったら学園まで届けてくれるらしいが、そもそも俺が試験に落ちたらどうするつもりなんだろうか。

 『君が試験に落ちるなど万に一つも無い』等とレイは言っていたが、はっきり言って筆記試験に関してはそこまで自信が無いぞ。

 まあ落ちたら落ちたで仕方ないし、その時は改めて身の振り方を考えよう。

 

 レイに教わった道を一刻程進むと、やがて視界の先に今まで見た事も無いような高くそびえ立つ城壁が見えてきた。

 間違いない、あれが王都グランデリオだろう。

 王都に近付くにつれ街道を行き交う人の数も徐々に増えていき、やがて城門にたどり着く頃には、旅人や荷馬車を引いた行商人等、大勢の人々が所狭しと犇めき合っていた。

 村に居た頃には到底見た事も無い人の多さだ。

 俺が右往左往していると、それを見かねたのか門番の一人が俺に声を掛けてきた。

 

「やあ少年、その様子だと王都は初めてかい?」


「あ、ああ。試験で来たんだけど」


「おお、学園の受験生か。もしかして貴族様のご子息かい?」


「いや、俺は平民の息子だよ」


「そうだったのか。身形がしっかししてるからてっきりそうかと」


 今俺が着ている服は、『王都に行くならお洒落をしないと』と、母が用意した物だ。

 母は長い事王都に居ただけあって服のセンスは昔から良かったが、俺が子供の頃は何故か女性物の服ばかり着せられていたので、それは消し去りたい記憶の一つだ。

 

「やっぱり、受験生は貴族が多いのか?」


 「まあ割合で言えばそうだが、平民もそれなりにいるぞ」


「へえ、そうなのか」


 「学園は貴族や平民といった階級差は一切考慮されず、完全に実力主義で評価される。まあこれは陛下の意向によるところも大きい。陛下は貴族だろうが平民だろうが、優秀な人材は重用するお方だからな。君も頑張れば将来は騎士団にだって入れるかもしれないぞ。あっはっは」


「……ああ、そうだな」


 門番が満面の笑みを浮かべながら俺の肩をバシバシと叩いてくる。

 つい先程、副団長殿から直々に勧誘を受けたとはとても言えず、俺はただ苦笑いを返すのみだった。 



---


 門番に別れを告げ城内に入ると、そこは正しく別世界だった。

 絵本でしか見た事の無いような洒落た建物の数々。

 丁寧に舗装された石畳の道は幾重にも枝分かれしており、どこを見渡しても人の波が蠢いているかのようだ。

 月並みではあるが、初めての都会に思わず気持ちが高揚してしまう。

 学園に通う事になったら、俺は毎日をここで過ごす事になるのか。

 王都には誘惑がたくさんあると心配していた母の気持ちが今なら少しわかる気がする。

 

 暫く呆気に取られていた俺だが、そろそろ夕刻に差し掛かろうとしていたので一先ず宿に向かう事にした。 

 別れ際にレイにお勧めの宿を教えてもらったので、今日はそこに泊まるつもりだ。


 広場を抜け西の大通りに入るとそこは露店市の様になっており、道の両側にずらっと露店が並んでいた。

 食料品はもちろん、日用品や骨董品、はたまた怪しい魔道具の様な物まで、様々な物が売られている。


「よう兄ちゃん! 串焼き安いよ!」


「お兄さん、記念にこの置物でもどうだい!」


 数歩進む毎に両側から威勢の良い声がかかる。

 思わず及び腰になりそうくらいの活気の良さだ。

 せっかくだし、飯はこの辺の露店で何か買って済ましても良いかもしれないな。


「何か美味そうな物は……と。ん?」

 

 料理が売ってそうな露店を探していると、前方に一か所だけ流行ってなさそうな露店が見えた。

 その露店の前まで行ってみると、何やら見た事の無い食べ物が売られている。


「あ、あの! 良かったら一つどうですか?」


 店員に声を掛けられたので顔を上げると、そこには俺とそう歳の変わらなそうな女の子が立っていた。

 

「これ カライマンっていう中に辛めの餡が入ってるお饅頭なんだけど、美味しいですよ!」


「カライマン……初めて聞く名だ」


 「これ、お母さんの故郷のお料理なんだけど、この国だとあんまり人気がなくて……でもね、本当に美味しいの!」


 女の子がカライマンについて熱弁してくる。

 少し黄色味がかった見た目で匂いも鼻に刺さる感じがあり、かなり独特な料理ではありそうだ。

 まあ異国の料理なんて中々食べる機会も無いだろうし、話の種として一つ食べてみるか。

 

「うーん、じゃあ一つ貰おうかな」


「……! あ、ありがとうございます!」


 まさか俺が買うとは思わなかったのか、女の子は一瞬驚いた表情を見せたが、直ぐに笑顔になり藁で編んだ皿のような物にカライマンを一つ乗せて俺に渡してきた。

 俺は代金を支払い、早速カライマンを口に運ぶ。


「…………!? こ、これは……」


 口に含んだ瞬間、今まで味わった事の無い風味が鼻腔を一気に突き抜けていく。

 外は柔らかく、中は肉や野菜がたっぷりと入った餡で満たされている。

 味わった事の無い独特な香辛料の辛さはあるが、その辛さもまるで気にならないくらいに美味い。

 後を引く美味さというか、口に含む度に食欲が倍増されていくような感覚だ。


「ど、どうかな?」


「……いや、滅茶苦茶美味い。これは驚いた」


「ほ、本当!? えへへ、良かったぁ……」


 俺が味の感想を伝えると、女の子はほっとした様な笑顔を見せてくる。

 

 結局俺は追加でカライマンを二つ程頼み、少し満たされ過ぎた腹で宿に向かう事になった。

 

 あの露店は今後もちょくちょく利用する事にしよう。


 ちなみにレイに教えてもらった宿は値段の割に綺麗な宿で、とても快適に過ごす事が出来た。


-------


 翌朝、俺は早朝から試験の為に学園へと向かった。

 試験日という事もあってか、周りには受験生であろう同年代の人間が多く歩いている。

 この中には俺と学友になる奴もいるのかもしれないな。

 

 ちなみに試験は初日が選択科目で、二日目が筆記試験だ。

 選択科目は、武術や魔法等、いくつかの科目から自由に一つ選べる。

 もちろん俺は武術を選択するつもりだ。

 武術の試験は冒険者ギルドから上位ランクの冒険者が試験官として派遣されると案内に書いてある。

 俺も試験に受かったら冒険者登録はするつもりだから、王都の上位の冒険者がどの程度の実力なのかも気になるところだな。 

 

「あ、あれ? もしかして昨日の……」


 急に後ろから声がかかり振り返ってみると、そこには見た事のある女の子が立っていた。

 少し褐色がかった肌に、肩の辺りで綺麗に切り揃えられている黒めのショートカット。

 間違いない、昨日のカライマンの露店の女の子だ。

 

「君は昨日の……」


「う、うん! 昨日は買ってくれてありがとうね」


 女の子がぺこりと頭を下げてお礼を言ってくる。

 その仕草の節々から、きっと良い親御さんに育てられたんだろうなという印象を受ける。


「いや、こちらこそ。今日も仕事なのか?」


「ううん。今日はね、学園の試験なの」


 「学園の? へえ、それは奇遇だな。実は俺もそうなんだ」


「そ、そうなんだ! それは本当に、凄い偶然!」


 俺が同じ受験生だという事に対し、女の子は目を丸くして驚いていた。

 俺もまさかとは思ったが、同年代であればそう不思議な事でもないか。

   

「でも学園に通う事になったとして、仕事との両立は大丈夫なのか?」


「普段はね、お母さんが露店を見てるんだ。私はお手伝いでたまにやってるの。それに……」


「それに?」


「私ね、将来は魔道具技師になりたくて。だから勉強しながらお手伝いをして、お小遣いで受験料を貯めてたんだ」

 

 魔道具と聞いてクラウスさんの事が頭を過ぎる。

 恐らく魔道具技師を志す者なら彼の存在を知らない者はいないだろう。 

 俺はふと右手のウェポンリングに目をやる。

 漆黒の剣……チュウニビョウ……。う、頭が……。


「? 大丈夫?」


「あ、ああ。なんでもない。でも受験料だけでいいのか?」


「成績優秀者は特待生になれて、授業料が免除になるんだ。だから、受かっても特待生になれなかったらきっぱり諦めるつもりなの」


 そう言うと女の子は少し寂しそうに笑った。

 この学園で特待生になるのは相当難しい事だろうし、この子も絶対の自信がある訳では無いように見える。

 だが、それでも自分の夢に向け何とか道を切り拓こうとしている彼女に対し、俺は幾ばくかの尊敬の念を覚える。

 

「そうか……受かるといいな」


「う、うん! ありがとう……! あ、私の名前ね、アイシャっていうの。良かったら君のお名前も教えてほしいな」


「俺はリエルだ」


「リエル君ね! えへへ、同年代の知り合いって少ないから、何だか嬉しいな」


 アイシャは屈託のない笑顔でそんな事を言ってくる。

 その笑顔を見て俺は思わずドキッとしてしまった。

 ……思ったよりも女子に耐性が無いんだな俺は。

 

「立ち話もなんだし、学園まで一緒に行くか。遅刻しても大変だしな」 


「う、うん! 私方向音痴だから、一緒に行ってくれると嬉しいな」


 その後俺達はお互いの事や他愛の無い話をしながら、学園へと向かった。

 そして暫く歩くと、視界の先に洒落たデザインの鉄製の柵で囲われた広い敷地が見えてきた。

 敷地の奥には、綺麗な芝生の上に、まるで上級貴族の邸宅と思われるような、白を基調とした建物がずらりと並んでいる。

 これが王都随一の教育機関、グランデリオ第一学園か。

 まさに圧巻の一言だな。

 

「うわぁ、凄い人だね! 何だか緊張してきちゃった……」


「確かにこの人の多さは想像以上だな」


 大きな学園ではあるにしろ、これは相当倍率が高そうだな。

 ただ同じ選択科目でも平民と貴族でまた試験会場が違うみたいだから、一概には言えないだろうけども。

 

「じゃあリエル君、私はこっちだから、お互い頑張ろうね!」


「ああ、またな」


 俺は武術の試験、アイシャは魔法工学の試験なので、試験会場は別だ。

 アイシャは俺に手を振った後、一人で試験会場へと向かって行った。


「さて、まだ少し時間はあるな。軽く体をほぐしておくか」


 俺は広場の端に空いてるスペースを見つけ、準備運動を始める。

 どんな時も入念に、準備を怠るな、とは父の教えだ。

 武術の試験に関しては多少自信はあるとは言え、慢心で望む事は決してしない。


 一刻程入念にストレッチを済ませた後、俺は平民用の武術の試験会場へと向かう。

 試験内容は試験官に一任されていると案内には書いてあったが、一体どういった試験なのだろうか。

 型を見るのか、それとも実戦形式なのか。

 まあ何にせよ全力で臨むまでだ。 


 しかし試験会場に着くと、予想だにしていなかった光景が目に飛び込んできた。


「……なんだこれは」

 

 会場の至る所に受験生らしき人達が倒れている。  

 明らかに軽傷では無いような者、中には腕や足があらぬ方向に曲がってしまっているような者までいる。


「うう……腕が……」


「い、痛いよう……」

 

「なんだおい、平民側の受験生は大した事ねえな」


 野太い声の主の方に視線を向けると、試験官であろう大男が倒れている受験生達を見下しながら下衆な笑いを浮かべていた。


 「何を夢みて学園に通おうとしてるのか知らねえが、平民なんてのはどこまでいっても平民だ。てめえらみてえな生温いガキ共にはしっかり現実を見てもらわねえとなぁ」


 明らかに受験生を侮蔑しているかの様な発言だった。

 これは最早ただの暴力であって、試験の域を超えている。

 

「さて次の相手は……お、可愛い嬢ちゃんじゃねえか」


「ひ、ひい……」


 驚く事に、試験官の目の前には先程別れたはずのアイシャの姿があった。

 魔法工学の試験会場に向かったはずだが、何故こんな場所にいるのだろうか。

 方向音痴だとは言っていたが、まさか迷ってここまで来てしまったのか?

 

「そうだなぁ嬢ちゃん。今夜俺の相手をしてくれるってんなら手加減してやってもいいが、どうだ? ぐひひ……」


「い、嫌ぁ……」

 

 彼女は明確に拒絶の意を示す。

 彼女の性格からして首を縦に振る事は無いだろうが、それは即ち、彼女の夢がそこで潰えてしまうという事でもある。


 そう思った途端、次の行動を考える前に体が勝手に動いてしまった。

 気付けば俺は二人の間に割って入り、試験官の腕を思いっきり掴んでいた。 

 もしかしてこれって規約違反で不合格になったりするのか?

 まあいい、こうなったらもう腹を括るしか無い。

 後の事は後で考えよう。


「おい、おっさん。その子は試験会場を間違えただけだ。次は俺の番にしろ」


 俺は試験官を睨みつけながら、そう啖呵を切った。

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