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いざ王都へ

 家族と別れを告げ、俺は一路王都グランデリオへと向かう。


 村を出る際、道場の門下生達が沿道の両端にずらっと並び、野太い声で声援を送ってきたが、あれは中々に異様な光景だった。

 父から馬車で行くかと聞かれたのだが、何となく体が鈍ってしまいそうな気がしたので徒歩で向かう事にした。

 長年修行に明け暮れていたので自然とそういう思考になってしまうのだが、果たしてこれが良いのか悪いのかはわからない。

 

 王都までは徒歩で凡そ三日程度かかる距離らしいので途中で二泊する予定だ。

 良いタイミングで宿場に着ければそこで一泊するつもりだが、最悪野宿でも構わないと思っている。

 学園に通う事になったら、冒険者登録をして生活費を稼ぐつもりでいるので、今の内に野宿の経験もしておいた方が良いと思う。

 まあ山で修業していた際に既に似たような経験はしているから今更あまり抵抗も無い。

 

 しかし長閑な田園風景だな。

 魔王が生きていた時代はこの辺にも当たり前の様に魔物が出没していたと聞いているが、今はそんな気配は全く無い。

 全ての魔物が絶滅した訳ではないが、こういった人通りの多い街道などには殆ど出て来なくなったようだ。

 魔王軍との戦いに戦力を裂く必要が無くなり、その分周辺の警備に人を回せるようになったっていうのも大きいんだろうな。

 

 そんな事を考えつつ、目新しい景色を楽しみながら街道を進むと、ちょうど日の暮れるタイミングで道の先に小さな町が見えてきた。

 道の脇に立ててある少し薄汚れた道案内版に目を向けると、そこにはサルースの町と書いてある。

 簡易的に作られた門を抜けそのまま町の中に入ると、町の中心部では宿や食事処を求めているであろう旅人や商人達でごった返していた。

 村にいた頃は祭りの時くらいでしかこんな人出を目の当たりにした事が無いので、自然と気分が高揚してしまう。

 しかしこの人の多さだと、もしかすると宿を確保出来ない可能性があるな。

 どうしたものかと思索していると、そんな俺の様子を見て察したのか、一人の初老の男が俺に話しかけてきた。

 

「やあお兄さん、もしかして宿をお探しかい?」


「そのつもりだけど、どこか良い宿は知らないか?」


「それならうちに泊まると良い。この様子だと恐らく他はもう埋まっているよ」


 まさに渡りに船だった。

 俺は誘われるがまま初老の男性に後に着いていくと、表通りから少し離れた路地の奥まった場所にその宿はあった。


「うちの宿はこんな場所にあるもんだから、中々部屋が埋まらなくてねえ。それで、どうするかい?」

 

 見た感じは普通の宿なのだが、確かにこんな場所だと旅行者は見つけ難いだろうな。

 そもそもこの辺は治安もあまり良さそうではないから、それも閑散としている原因の一つなのだろう。

 まあ今からの他の宿を探すのも面倒だし、今日はここに泊まるとするか。


「今日はここに泊まるとするよ」 


「本当かい。そりゃありがたい」

 

 男性は揉み手をしながらにへらと笑顔を見せてきた。

 代金を聞くと銀貨三枚との事だったので、俺は革袋から銀貨を取り出し支払いを済そうとするが、その際、ほんの一瞬男の目付きが変わった様な気がした。

 俺の様な子供がこんな大金を持ち歩いている事にでも驚いたのだろうか。

 

「これで丁度だな」


「あ、ああ、毎度。へへ……」

 

 代金の支払いを終えると、初老の男性は部屋の鍵を俺に手渡してきた。

 夕食を食べたい場合は一刻後までに食堂で済ませてくれとの事だった。

 

 用意された部屋は二階の一番奥の部屋で、中に入るとそこは至って普通の客室であった。

 清掃も綺麗に行き届いており、快適に過ごすには十分過ぎるくらいだ。

 

 俺はテーブルに荷物を置き一先ずベッドに横になった。

 野宿も覚悟していたので、一先ず宿にありつけて助かったな。

 

 ふと窓の外に目を向けると、既に陽も暮れて夜になろうとしている。


 今頃家族達はどうしているだろうか。

 いつもならこのくらいの時間になると、母か妹が夕食の支度が出来たと呼びに来てくれていたな。

 今後はこうして一人で夜を過ごす事も、少しずつ慣れていかないといけないのか。

 

 ……いかんいかん、初日からホームシックってやつか?

 修行で心身共に鍛えてきたつもりだが、まだまだ未熟だな俺は。


「とりあえず、飯を食い……に、いかん、急に眠気が……」 


 初めての遠出で疲れてしまったのか、横になった途端急に眠気が襲ってくる。

 腹も減ってはいるがどうもこの眠気には抗えない様で、俺はそのままゆっくりと意識を手放してしまった。

 

-----


 目を覚ますと見覚えの無い天井の模様が視界に飛び込んできて一瞬何事かと思ったが、先日の記憶を呼び覚まし平穏を得る。 


 暫くすると宿の店員であろう若い男が水の入った桶と布を持ってきてくれたので、それで顔と体を拭う。

 そして身支度を整え一階に降りると、カウンターには先日声を掛けてきた初老の男性が立っていた。


「おはようお兄さん。昨日はゆっくり休めたかい?」


「ああ、いい部屋だったよ」


「へへ、そりゃ良かった。ところでお兄さんはどちらに向かっているので?」


「王都に向かっている。学園の試験があるのでね」


「へえ、王都へね。それだったら次はルイサの町で一泊するといい。弟がやってる宿があるから、そこなら安く出来る」

 

 初老の男性が小さな獣皮紙にサラサラとペンで何かメモを書くと、それを丸めて俺に手渡してきた。

 

 「ルイサの町の中央広場から北側の大通りに入り、二つ目の路地を右に曲がり少し進むと『啄木鳥の止まり木亭』という宿があるから、そこに行ってこれを見せると良い」


「安くしてもらえるのは助かるけど、いいのか?」


「ルイサの町はこの町より宿の数も多いが、その分お客も取り合いみたいでね。空き部屋が出るよりはマシだからって弟に言われているのさ」


「なるほどね」


 当面の生活費の心配もあるので、宿泊費を削れるならそれに越した事は無い。

 そもそも今の手持ちは自分で稼いだ金ではないので、無駄に浪費するつもりも無いが。

 

 「じゃあご厚意に甘えて、そうさせてもらうよ」


 俺は初老の男性が差し出してきた獣皮紙を受け取り、そして宿を後にした。

 

 この日の道中も特に大きな問題も無く、日暮れ前にはルイサの町まで辿り着く事が出来た。

 王都により近い町だけあって、サルースの町に比べると数段栄えている。

 中央広場の市場を軽く見て回った後、初老の男に教えてもらった道順を行くと、やがて視界の先に『啄木鳥の止まり木亭』の看板が見えてきた。

 入口のスウィングドアを押し開け中に入ると、カウンターの中にあの初老の男性によく似た店員が立っていた。


「へい、らっしゃい。今日はお泊りで?」

 

「えっと、これを預かったんだが……」 


「ん、この獣皮紙は……おお、兄貴の紹介か。今日は空室があるんで丁度良かった」


 そう言うと男は俺を一瞥した後ポケットに獣皮紙をしまい、カウンターの引き出しから部屋の鍵を俺に手渡してきた。


「兄貴の紹介だから、今日は四割引きでいいぜ」


「四割引き? 殆ど半額じゃないか。本当にいいのか?」


「もちろんさ。これでお得意さんが増えるかもしれないなら安いもんだ」


 男は屈託のない笑顔で俺にそう言ってきた。

 村を出る際に、父には簡単に他人に気を許すなと言われたが、外の世界は存外良い人間が多いのかもしれない。

 そしてこの日案内された部屋も先日の宿と同様、とても過ごしやすい部屋だった。


 明日はいよいよ王都に到着の予定だ。

 この日夢路をたどるまで、俺はまるで子供の様にまだ見ぬ王都へと思いを巡らせていた。

 

------ 


 翌日、目を覚ますと再び見知らぬ天井の模様が目に飛び込んできたが、さすがに三日目ともなると直ぐに理解が追いつく。

 先日の宿と同様に水の入った桶と布を用意されたので、顔と体を拭い手短に身支度を終わらせ一階のカウンターへと向かう。

 

「おはよう兄ちゃん。そういえば兄貴の手紙に書いてあったが、兄ちゃんは王都へ行くんだろ?」


「ああ、そうだが」


 「それなら町を出て街道沿いに王都方面へ向かうと途中で三叉路にぶつかるから、そこから左の道を進むといい。多少道は悪いが王都まで最短距離で行ける」

 

 特に急いでいる訳でもなかったのだが、万が一道に迷って到着が遅れるのもそれはそれで困る。

 早めに着いたら適当に街中でも見て回って時間を潰せばいいか。


「わかった。色々とありがとう」


「構わないさ。それじゃ良い旅を」


 男はそう言いながら俺に手を振ってくる。

 俺もその様子を一瞥した後、宿を後にした。

 

 

 男に言われた通り、町を出て道なりに真っすぐ進むと三叉路に当たったので、俺は左の道へと歩を進めた。

 最初は補正された道が続いたが、徐々に道が険しくなっていく。

 そして気付いた頃には、もはや目の前はただの獣道となっていた。 

  

「多少道が悪いと言っていたが、これじゃもう殆ど森だな」

 

 まあ山で修業していたのでこの程度の獣道は慣れたものだが。

 

 しかし、進めども進めども、まったく王都に着く気配は無い。

 むしろ、どんどん森の奥深くに迷い込んでいるように思える。

 

「……ってか、さっきから何かいるな」 


 先程から何者かの視線は感じていたのだが、ここに来て明らかに人の気配の数が多くなった。

 そしてその気配は徐々に俺との距離を詰め、やがて木陰から十人程度の盗賊の様な身なりをした男達が俺の目の前に現れた。

 ……どうやら、やはり父の言葉は正しかったと思わざるを得ない状況になりそうだ。 


「おい餓鬼、持ってるモンを全部出せ。大人しく言う事を聞けば、五体満足で奴隷商に売ってやる」 

 

 先頭のリーダーらしき男が俺を見るや否やそんな言葉を投げつけてくる。

 そしてその男の顔をまじまじと見てみると、あの宿屋の兄弟と瓜二つだった。

 

「なるほど、全員グルだった訳だ。どうせあのメモも何かの暗号だったんだろう」


「んー? 何の事だかわからんなぁ」


 「恍けるな。どう見てもお前あいつらの兄弟だろ。あとそっちの二人、宿屋で俺に桶と布を持ってきた奴だな?」


 俺が指摘すると後ろの二人の男が僅かに反応する。

 あの時顔を見たのは一瞬だったが、細かい動きの癖があの時の二人と全く同じだ。

 多分あいつらは伝令役だな。 


「へえ、中々目聡いじゃねえか。お前武術か何かやってるのか?」


「まあ、多少はね」


「ふはは、多少か。それは残念だったな。俺は今まで何人もの熟練冒険者をぶっ殺してきた。多少武術をかじった程度じゃ相手にもならねえぞ」

 

 そう言ってリーダーらしき男が鼻で笑うと、他の仲間達も釣られたように俺を蔑む様な笑みを浮かべてくる。

 

 なるほど、こいつらは歴としたクズの集まりだな。

 早く王都に行きたいところだが、どうやらこのままコイツらを放っておく訳にもいかなそうだ。

 

「はぁ……。まあ、予行練習にはなるか」

 

「は? 予行練習だって? 何を言ってやがる」


「お前らみたいなクズをぶっ倒して日銭を稼ぐ為の予行練習だよ」


「クソガキが! やってみやがれ! 後悔しても知らな……」


 俺は男が言い終わるのを待たず、右足で地面を後方に踏み込む様にして前に飛び出し、男との間合いを一瞬で詰め、その無駄にデカい腹に掌底を見舞った。

 男はそのまま数メートル吹き飛び、背中から木にぶち当たると、ずるずると力なく地面へとへたり込んだ。


「……は? こいつ、今何しやがった!? ぐぎ……!」


「う、嘘だろ! こいつ見えな……ぐぁ!?」

 

 俺は続け様に男達の腹に掌底をぶち込んでいく。

 連中は俺の動きに全く反応出来ておらず、一人、また一人と簡単に数を減らしていった。

 剣術に比べ格闘技はそこまで得意と言える程ではないが、それでも実力の一割程度しか出していない。

 気付けば十人程度いた盗賊らしき連中は、十秒もしない内に全員地面に這いつくばって意識を手放していた。

 見た目だけはそれなりに威圧感のある連中だったが、これはとんだ見掛け倒しだったな。

 

 「全く、準備運動にもならなかったな」


 これなら道場にいた門下生達の方が数段上だ。

 ……いや待てよ、さっき熟練の冒険者を何人も殺したと言っていたな。

 もしかして、うちの門下生達って世間一般的にはかなり強い部類なのか?

 まあ、それはさておき……。


「それで、お前達はどうするんだ?」


 俺は少し離れた場所の木陰の辺りに向けて声をかける。

 実は森に入った辺りから目の前に倒れてる奴らとは別の視線を感じてはいたのだが、そっちは中々場所を特定する事が出来なかった。

 だが戦いが始まると、何故かそいつらの気配の乱れの様なものを感じ、それで漸く場所を割り出す事が出来た。


「こいつらの仲間か? 出て来ないならこちらから行くが……」


 最終通告のつもりで俺がそう言うと、観念した様に木陰からいくつかの人影がその姿を見せた。


 「いや、まさか気付かれるとはな。隠密行動には多少自信があったのだが」


 そう言いながらリーダーらしき人物が俺の眼前へと歩を進めてくる。

 よく見るとその人物は女性であった。

 母よりは歳下の様に見えるが、恐らくは二十半ばくらいだろうか。

 丁寧に手入れがされているであろうブロンドのロングヘアーを靡かせながら颯爽と歩くその姿は、まるで絵本に出てくる姫騎士宛らだ。

 綺麗に磨かれた軽鎧に身を包んでおり、造りの良さそうなロングソードを腰に帯びている。

 これはどう見ても盗賊の類では無いな。

 もしかして王国の関係者か?


「我々はグランデ王国の騎士団所属だ。決して怪しい者ではない」

 

 その女性は剣鞘に施された王国の紋章を俺に見せてきた。

 

 いや、まさかの騎士団かよ!

 と言うか何でこんな森の中にいるんだ?

 そんな事より、ここは一応敬語を使っておいた方がいいのだろうか。

 先程啖呵を切ってしまったし、最早手遅れか……?

 

「ど、どうも……?」


「別に改まる必要はないさ。普段通りでいい」


「……それは助かる」

 

「それでいい。ところで君は何故こんな所に?」


 それは俺が聞きたいところではあったが、一先ず俺は学園の試験の為に王都に向かっている事と、道中で起きた出来事を全て説明した。

 もちろんグルになっていた宿屋の事も含めてだ。


「なるほど……宿屋と繋がっていた訳か。貴重な情報の提供感謝する。宿屋には直ぐに部下を向かわせよう。それで、報奨金についてだが……」


「報奨金?」


「ああそうか、君は知らなかったのか。こいつらはそこそこ名のある賞金首でね。冒険者ギルドに討伐依頼を出していたのだが、何度も返り討ちにされてしまったので、今回我々が直接出張ったという訳さ」

 

「この程度の奴らが名のある賞金首?」


 思わず俺がそう言葉を返すと女性は一瞬驚いたような表情を見せたが、直ぐにくつくつと笑い出した。


「ふふ、百人殺しのゴロワーズをこの程度扱いか。成程、今年の学園は大いに荒れそうだな。どうだ少年、卒業したら騎士団に入らないか? 私の権限なら入隊試験免除で入れてやれるぞ?」


 ……何だか急に獲物を狙う狩人の様な目になったぞこの人。

 『この程度』とは流石に軽率な発言だったか?

 別に騎士団が嫌という訳ではないが、今の段階では選択肢に無いし、とりあえずここは適当に往なしておくか……。


「……考えておくよ」


「ふふ、今はそれでいい。君のような逸材と誼を得られただけでも良しとしよう」


 眼前の女性はそう言うと、非常に洗練された動きで俺の前に手を差し出しだしてきた。


「改めて、私は白翼騎士団副団長のレイ・ラーウィルクだ。君の名は?」


 いや待て、まさかの副団長かよ!

 やっぱり敬語を使った方がいいんじゃないだろうか……。


「俺はリエル……だ」


「リエルか、良い名だ。しかと心に刻んでおくぞ」


 いや刻むって……別にそこまでしなくてもいいんだが。

 この人なんか恐い。

 

 俺が一呼吸置いた後に差し出された手を握り返すと、レイはとても満足そうな笑みを浮かべていた。

 それはまるで、『もう逃がさない』と言わんばかりの満面の笑みに見えた。

 

 その後俺が手を放そうとしても全く離してもらえず、初対面の女性と一分近くも握手をする羽目になってしまった。

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