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◇◆本編後のエレミアとアルフレッド◆◇

 エレミアがゲンヴァルデの騎士となりブルーメンの辺境伯として赴任後、最初に着手したのは国境に高さ一メートル程の壁を作る事だった。取り急ぎ土を盛り上げただけの境界線を作り、順次レンガと入れ替えて行く。ここが国境であるという事が分かれば良いし、小さな魔獣やモンスターをちょっとでも足止め出来れば良いと、爽やかな笑顔で粘土を捏ねるエレミア。


「何で貴女がレンガを作っているのですか?」

「折角だからどれくらい大変か体験しておこうかと思いまして。アルフレッド様もおひとつ如何ですか?」


 まるで「お菓子をおひとつどうぞ」という雰囲気で、もったりした粘土を差し出すエレミア。受け取って捏ね始めるアルフレッド。ちょろい。更に、アルフレッドの護衛達にも粘土を配るエレミア。立っているのなら働け。労働力は見逃さない。


「アルフレッド様にお願いしておりました土地の測量と畑の開墾予定は如何でしょうか?」

「今までの資料とかなり齟齬が出ていますね。やはり領主の不在が痛かった様です。順次改訂して執務室にお届けします」

「人手不足を補っていただいて感謝しております」

「いえ、エレミア嬢のお手伝いなら幾らでも。勿論、手伝いでは無く、これからもずっとお側で支えられたら嬉しいのですが」

「そんな事お願い出来ませんわ。アルフレッド様の帰還を両陛下がお待ちしているでしょうし」

「私は上に仕事の出来る兄達がおりますから、王都に戻るより可愛らしい辺境伯の婿になって、両陛下に可愛いい義娘をお連れする様に言われております」

「アルフレッド様は素敵な孝行心をお持ちですね」

「そうではなく、私がエレミア嬢を「領主さん、レンガの窯開けるぞー!見たがってたよな」」

「はい!」


 親に兄姉に揶揄われ、間の悪い男、それがアルフレッド・フォルコン・ゲンヴァルデ第五王子である。


ーーーーーー


「それは可哀想だよ。ミアちゃんももうちょっと男心をわかっておあげな。王子さんが嫌いな訳じゃ無いんだろ?」

「ええ、それは」

「寧ろ好きよねー。ただちょっとどうしていいか分からないだけで」

「そ、そんな事はっ」

「甘酸っぱいねえ。あたしゃあそんな時期を十年も前に卒業したよ」

「女将さんは三十年ま、ぐええええ」

「過ぎ去った年月の話はご法度だよ!」


 公衆浴場リリーアイボリーのサロンの討論テーマは『ミアと王子さんの今後について』である。リリーアイボリーは淑女と乙女とレディの社交場。ここに上下関係は無い。あるのは、その時のテーマに対してどれだけ有効な意見が出せるかである。元王女、現領主のエレミアも、ここではただの乙女なミアちゃんだ。ちょっとばかり腕っぷしが強いけど。ちょっとばかし腹筋割れてるけど。


「王子さんと結婚したいのかどうかだよ。結局はさ」

「殿下の事どう思ってるの?」

「そうですね。筋力と持久力に難がありますが、太刀筋は一流ですし、格闘センスも優れていると思います」

「それ、違う。そこ、恋愛として見るとこじゃない」

「ええと、判断力も高く、数値から情報を読み取る力も高いと思います」

「それも違う。見方が仕事仲間になってる」

「ミアちゃんと王子さんがお付き合いするとなると、どうしても延長線上に結婚が出て来るからねえ」

「付き合ってみてダメだったら別れたらいいんじゃない?」

「そう簡単に別れられるんなら良いんだけどねえ。あたしらとは立場が違うから」

「簡単にくっついたり離れたり出来無いの?小間物屋のリリアンは運命の恋人を次々取っ替え引っ替えしてるけど」

「リリアンはピンク色の世界で生きてるよねえ。けどさ、ミアちゃんは領主様だから、付き合ったらダメでした、なーんてそう簡単にはいかないんだよねえ」

「領主様は大変だ。ねえねえ、領主様、またチョコレート買って来てよ」

「何言ってんだい。あのチョコレートはニュルンベルス領の店じゃないか。商店の親父に頼むんだね」

「えー、だってさ、こないだ戦争したから、商人はみーんなブラートウルスト行くの怖いって言ってるんだもん」

「だったら余計ミアちゃんに頼むのダメでしょ」

「ミアちゃんだし」

「ミアちゃんだからねー」

「行ってきましょうか?良いですよ。いい運動になるし。あちらの情報を自分の目で確かめる良い機会です」

「あ、冗だ…。行っちゃった」

「早いよねえ。だけどこいつぁまずいよ」

「何で?ミアちゃんがなら平気でしょ」

「ミアちゃんはね」

「「「「「「「あー…」」」」」」」

「失礼します皆様。ブルーメン伯はこちらでしょうか?」

「来たよ」

「やっぱり来た」

「来たわね」


 エレミアの出現場所に、ちょっと遅れてポップアップする(湧く)男。それがアルフレッドであり、結構な頻度で間が悪い男である。


「ニュルンベルスって!何で止めてくれないんですか?」

「あのさあ、何度も言うけど、あたしらか弱いレディ達が、ミアちゃんを止められるとお思いかい?ちゃんと行き先を知ってるだけでもありがたいと思って貰いたいねえ」

「行き先も何も、エレミア嬢にお使いを頼んだのが皆さんでしょうが⁉︎」

「違う、違う。皆んなで頼んで無いから。食べたいって言ったの、惣菜屋のお嬢さんだから」

「あたしあたし!でもどうせ皆んなも食べるんでしょ?」

「勿論。じゃあ、皆さんでも良いわよ。ごめーん」


 ごめーんの大合唱からのてへぺろである。大量のてへぺろ。年嵩のお姉さん達は大人の落ち着きを持っていらっしゃるので、顎やら頬やらこめかみやらに手をあてて『困ったもんだねえ』と明後日の方向を向いているが。


「坊ちゃん、追いかけるなら早くした方が良いかと」

「そうだ、今頃既に国境超えてるんじゃね?」

「崖を飛び降りているかも知れません」


 護衛騎士、トリスタンとアレックスの言葉に顔色が悪くなるアルフレッド。崖は飛び降りるものでも、よじ登るものでも無い。回避する場所、もしくは追い詰められた時ロマンスフラグを立てる所。いや、違うし。


「追いつくと思うか?」

「無理ですね」

「無理でしょ」

「うわあああああああ」


 ちょっとだけ気不味そうなレディ達。何が気不味いって、レディの聖域に野郎どもが居座っているから。頼んだ事は気にしていない。


「ミアちゃんの事だから大丈夫だよ。ほれ、王子さんが前にあげた髪留めあっただろ。あれでちゃーんと黒髪にして潜入してるさ。領主館でいない間のお仕事やって待ってたら大喜びするって」

「そうよ、そうよ。前の戦いで髪留めが壊れちゃったって、ここで半泣きになってたから、うちの父さん、あ、うち、彫金やってんだけどさ、父さんが修理して喜んでたよ」

「愛されてるー」

「やっぱり、殿下を大切に思ってるんだって、ミアちゃんは」

「仕事の出来る恋人って憧れるー」

「殿下のやる事ってあれでしょ?ミアちゃんが帰って来た時、どんな状態でも対応する事でしょ?」

「良いよねー、美味しいご飯とかあったかいお風呂とかあってー」

「そうそう、誰でも出来るちょっとした仕事が終わってたら嬉しいよねー」


 顔面蒼白で頭を抱えていたアルフレッドだが、レディ達の言葉を聞いてしゅたりと片手をあげてサロンのドアに向かう。


「お騒がせした。私にはやらなくてはならない仕事が出来た様だ。二人とも行くぞ」


 ちょろい男である。ちょろい男であるが、恋する男なので仕方が無い。頭を下げるトリスタンと手を合わせるアレックスに、レディ達は手を振った。アルフレッドの護衛騎士はどちらも29歳の独身で、未婚のレディ達の人気を二分しているが、結婚すると漏れなくちょっとあれな主君が付いてくるという事で、直接アタックされる事は殆ど無い。無常。


 その後、領主館にお茶とお風呂と軽食とベッドメイクをしたのち、片付けられる仕事をしながら帰りを待っていたアルフレッドは、遠駆け、隠れながらのチョコレート入手、女騎士皆無の街で不審尋問をされた為、空間を全て駆使して逃亡、水路を泳ぐ、遠距離走、遠駆けという障害物トライアスロン的な帰還をしたエレミアに大喜びされた。


ーーーーーー


「一緒に出掛けませんか?」

「何か領内に不具合でも?」

「そうでは無く、エレミア嬢は休日を設けないのに、部下達には正しく休みを取る様にと通達していますよね。やはり、上に立つ者が休みを取らないと、部下としては休みにくいかと」

「成る程。アルフレッド様の仰る事は理にかなっておられます。では、明日、は、新しい肥料の研究結果を確認しなくてはいけませんから、明後日お休みします。アルフレッド様、私の代わりにトラブル対応して頂けますか?」

「そっ、それは…」

「毎日何かしら問題が持ち込まれるのですが、アルフレッド様なら安心してお任せ出来ます」

「私なら?」

「はい。お願い出来ますか?」


 違う。そうじゃない。そうじゃないが、信頼されているのは嬉しい。エレミアの『ね?』と言いたげな首傾げに、危なく了承しかけるアルフレッドだが、一緒にお出掛けという当初の計画を思い出し何とか踏みとどまる。

 休んで欲しいし、頼りにされるのは嬉しい。けれども一緒に出掛けたい。あわよくば良い雰囲気になって、腕を組んだりしてみたい。組み手では無く、こう、カップル的な雰囲気で。


「殿下、今の状況が間違っていると思います」

「スタン、意見があるのか?」

「元々領主不在期間がありましたが、その状況自体異常です」

「そうですね。トリスタン様の仰る通りです」

「辺境軍は軍事と治安維持を担当しておりましたから、不在の間の行政担当者を補佐として取り立てれば解決です」

「確かに、私一人では限界がありますし、ゲンヴァルデを良く知りません。ブルーメンを一緒に発展させていただける方がいらっしゃれば心強いです」

「わ」


 私が一緒に、と言い掛けたアルフレッドの足をぎゅむりと踏むトリスタン。最終的にこの面倒な主君が公私共にエレミアのパートナーになれば部下として安心だが、今ここでそれを言ったら「では明後日よろしくお願いします」と言われてしまうではないか。この拗らせ主君の初恋の瞬間に運悪く居合わせてしまったトリスタンとアレックスは、くっつくなり振られるなりどちらでも良いから、早く蹴りをつけて欲しいと思っていたりする。いい加減面倒だから。


「殿下はどなたが領主代理をしていらしたかご存知ですか?」

「代理…は、ベンジー兄さ、いや、ベンジャミン第四王子です。エレミア嬢とはまだご挨拶をしていませんね。四番目の兄は、と言うか、兄も変わってまして、国内をあちこち渡り歩いて問題があると王都に報告を寄越して来て、個人的にある程度の状況を整理したらまた移動するという様な生活をしています。能力は高いので陛下には信頼されているのですが、見た目と言葉遣いと物腰に難がありまして」

「人は見た目よりも実だと思っております」

「ええ、エレミア嬢が人の表面だけを見て判断される方では無いと分かっているのですが……」

「坊ちゃんは、姫さんが第四王子殿下と仲良くなりすぎて欲しく無いんだよな」

「あ、アレックス!あ、あの、決して私が兄とエレミア嬢をお引き合わせしたくないと思っている訳ではなくてですね」

「はい。色々心配して下さっているのですよね。大丈夫です、私は仕事はそれなりに出来ると思いますので。それから、私は筋を通す人でありたいと思っております。現在私は、アルフレッド様に婚約を打診されておりますし、ブルーメン辺境伯宛に多くの婚約の申し込みをいただいております。この様な状況で仕事でお会いする方と浮ついた感情で話す事はございません」」


 きっぱりと言い切るエレミア。しかしエレミアは初恋に全力投球出来る乙女でもある。嘗て恋に敗れ、ショックの余り武術大会表彰式会場から退出時に邪魔な野郎どもを跳ね飛ばし、身柄を拘束しようとした野郎どもの急所攻撃で沈め、獣道や崖を抜けてここブルーメンに辿り着いた乙女。何といってもあの、リリーアイボリーの女将、自称ヴァイツェン乙女協会会長が認めた乙女である。告白されたら動揺するだろう。

 因みに、女将は自称淑女協会会長兼、令嬢協会会長兼、乙女会長兼、レディ会長兼、不埒者征伐会の代表であったりする。


 ともあれ、アルフレッドはエレミアが自分のプロポーズを真面目に検討してくれていると聞いて喜びつつも、己以外の求婚者は腱鞘炎になり手紙を書けなくなれば良いのに、とも思った。


ーーーーーー


「初めまして、第四王子殿下。私はブルーメン辺境伯を賜りました、騎士のエレミアと申します。どうぞよろしくお願い致します」

「初めまして、騎士エレミア。ベンジャミン・シトリー・ゲンヴァルデだ。今は休憩期間にしているのだが、私のやった仕事は領主館の方に全部資料で残しておいたと思ったが、足りないものがあったのか?」

「いえ、素晴らしい資料をありがとうございます。既に活用させていただいております。私が知りたいのは、資料に入っていなかった事、第四王子殿下がブルーメンの領主代理をなさっていた時に一緒にお仕事をされていた方々の名前です」

「ああ、それね。いいけど余り参考にならないな。適当に街の中にいた連中から選んだから」


 ベンジャミンが書き上げたリストを受け取ったエレミアはにっこりと微笑んだ。


「ありがとうございます。大変有用なリストです」

「何が有用なのか教えてくれるか?」

「リストを見れば皆様全て市井で商売されている専門家だと分かります。本職がありますから恒久的に公務をお願いするのは難しいと思いますが、体制を整えるまでは交代でお仕事をお願い出来そうです。それに、優秀な専門家の方は、後継者や弟子を育てられている事が多いかと。であれば、きちんとした待遇と期限を決めてお願いすれば、その方々にお仕事をお願いする事も出来ます」

「へえ、よく見てるな。流石、ブラートウルストの野郎連中に目の仇にされた能力は伊達じゃないって事か。あいつら、優秀な女性を差別するからな。気に入ったよ、エレミア嬢、とっておきのリストをやる。ブラートウルストの優秀な、けれど、あの国の気風で疎まれている女性のリストだ。ゲンヴァルデにも女性が要職に就く事を嫌がる連中もいるけど、陛下も宰相も実力主義だからな。上手い事このレディ達を迎え入れて領地運営が円滑に進めば、俺としても嬉しい。それで上手くいったら、その中から新しい領主を決めて、エレミア嬢は俺とあちこちをまわる旅をしないか?俺が新しい景色を見せてやる。勿論、未婚の女性を無闇矢鱈と引っ張り回すつもりはないからな、結婚してくれ」


 柔らかく微笑むベンジャミンは、常に外の世界を渡り歩いている為、王子というより冒険者といった感じだが、女性受けする気品ある身のこなしと邪魔にならない様に結んだサラリとしたブロンドに澄んだ薄緑の瞳でエレミアを見つめて、剣を握りなれたと思しきゴツゴツした手を差し出す。


 ぺちっ


「何でアルが叩くんだ?アルがエレミア嬢にプロポーズしたのは知ってるが、順番とか関係無いだろ?いや有名だぞ、ブラートウルスト王都からヴァイツェンまでの奇跡の短期間逃亡劇。今まで俺の移動にまともについて来れそうなパートナーがいなかったからな、見つけたら直ぐに求婚しないと損だろ」

「兄さんにはサリーがいるだろ!」

「サリー?」


 エレミアが目を瞬かせると、ベンジャミンの後ろに立っている護衛騎士のうち唯一の女性騎士がエレミアに向けて口角を上げて首を傾げたのち、頭をゆっくりと下げた。

 成る程、男だけでは手に入らない情報や、向いていない手配を行うのがサリー嬢、と微笑んで頷くエレミア。


「サリー・ブライトと申します。父は別地方の辺境軍で師団を率いている騎士です。未婚の私を無闇矢鱈に引っ張りまわすという非常識なうちの大将が失礼しました。また分からない事があったら、五番殿下に魔法の手紙を託して下さい。私が受け付けますので」

「サリー!サリーギブ!首を絞めるのは止めろ。誰か、止めてくれ!悪かった、サリーは俺の側近だから、色々すまん!」

「ふふふふふふ」

「誰か助けろ!」

「無理っすよ、大将。五番殿下の想い人に手を出したらダメだって、三番殿下が仰ってたじゃねえっすか。嫌ですよ俺、大将止めらんなかったって難癖付けられて、ネチネチ説教されんの。それと、そうなったサリーは止まらねえし。

「大将、南の方から手が足りないって言われてるじゃないですか。行きますよ。それでは、第五王子殿下、ブルーメン伯、失礼致します」


 応接室からズルズルと引き摺り出されつつ、はたはたと小さく手を振るベンジャミンを見送るアルフレッドとエレミア。


「ああっ、大変ですわ」

「どうしました?何か不足でもありましたか?今なら簡単に引き止められますが」

「いえあの、一応婚姻を申し込まれた側としては、誠意ある対応をするべきでした」

「誠意あるとは、まさか、ベンジー兄さんのプロポーズを受けると」

「え?どうしてそうなるのですか?」

「いや、あの、ほら、エレミア嬢はニュルンベルスの元許嫁が。それで、元許嫁と髪の色とか似てるかなって、ベンジー兄さんが」

「あら、そうでしたか?そうかも知れませんが、流石に会ったばかりの方にいきなり婚姻を申し込まれてもお断りしますが?ニュルンベルス卿との婚約は王命でしたし、あの頃は絵本の王子様に憧れていましたから。今も嫌いでは無いのです。もっときちんと話していたら、彼にとっての理想とはどういうものであったか聞けていたら、彼を見た目だけで勝手に理想にしていたのではないか、等と考えてしまう事もあります」


 少し潤んだ紺碧の瞳を窓の外に向けるエレミアと、唇を噛み締めるアルフレッド。そんな二人に対してアレックスが大きくため息をつき、その肩をトリスタンがぽんぽんと叩いた。


ーーーーーー


 十日後、エレミア、アルフレッド、トリスタン、アレックスの四人は優秀な女性スカウトの為、ブラートウルストの王都にいた。ブルーメン領主館には、会談後追走捕獲したベンジャミンに肉体言語をちらつかせた所、快く領主代理として滞在してくれている。ちらつかせただけで、実際に手は出していないのが重要だ。婚姻の申し込みについても丁重にお断り出来たのも良かった。


 本来なら国から話を通してから訪問するべきなのだが、幾ら故国で疎まれているとは言え、移民の誘いを堂々とする訳にはいかない。特にブラートウルストにとってエレミアは先のブルーメンの戦いの将軍であり、故国の裏切り者である。はいどうぞ、言われて入国したら大量の暗殺者に日夜狙われる可能性や、有無を言わせず投獄される可能性だってある。

 まあ、大人しく殺されたり捕まる様であれば、抜刀灰色熊(グリズリー)だの、死霊ナッツクラッカーだの呼ばれたりはしないのだが。


 ともあれ、ここに来るまでの間にも数人の女性の勧誘に成功し、強行軍の余りアルフレッドが倒れかけた事以外は順調に事は進んでいる。そんな中でアルフレッドがどうしても城下町のある広場に立ち寄りたいと言い出し、現在広場の見えるカフェのテラスに座っている。


「こちらでしか買えない茶葉と日持ちする菓子を買って帰りましょうか」

「もし私に追手が掛かっても、アル様達が持ち帰って下さるのなら、たくさん買っても安心ですね」

「何故、ミア嬢がお一人で逃走する前提なのですか?」

「私一人なら川でも崖でも逃走路を選べますし」

「確かにそうなのですが。こんな状況で私のわがままに時間を頂き感謝致します」

「いえ、重要な事では無いのですか?合理的なアル様がこの広場に寄りたいと仰ったのですから。ここは年に一度のお祭りで屋台が沢山出る広場の一つなのです。私も良くここに来ましたし、懐かしいです」


 紅茶の香りを確かめる様に目を閉じるエレミアを前に、アルフレッドはぐっと両手を握った。入国してから身元を隠す為に愛称で呼びあうこの嬉しい状況で、何とか思いを伝えるのだ。いや、普段から伝えているけど。

 隣のテーブルには我関せずといった表情のトリスタンと、口元がニマニマと崩れかけたアレックスが、メニューのサンドイッチ全てを頼んで順番に食べながら待機中。初恋拗らせ坊ちゃんの話は長丁場になるのでは?予想によるオーダーだ。


「ちょっとした昔話を聞いていただけますか?」

「ええ」

「私がまだ15歳の時、マックス兄さんとこちらに訪問したのです」

「そうなのですか?他国の賓客訪問があれば、私もご挨拶をしていたかと思いますが、大変失礼ですがご挨拶した記憶がありません」

「はい、兄とその護衛しか登城していませんから」

「そうなのですね。それでこちらに?」

「ええ、自国とは違う城下町を見たくて。その時、私はミア嬢にお会いしました」

「私に?ここで?」

「ミア嬢が仰っていたお祭りが開かれていて、私が混雑の中歩いていると、少しな離れた所で小さな女の子が迷子になって泣いていました。助けないと動こうとした時、ミア嬢が女の子に声を掛けられて、問題を解決なさったのです」

「そうでしたか。迷子は良く保護しておりましたけど、見られていたのは恥ずかしいです。偉そうにお姉さんっぶっていたのでは?」

「いえ、とても可愛らしかったです。その上、不躾に眺めていた私にご挨拶くださった上にお土産まで頂きました。猫の形の飴でした」


 『初めまして、異国からのお友達。どちらからいらしたのかは詮索しませんが、ブラートウルストにようこそ。滞在が楽しくなりますように』


 エレミアの脳裏に記憶が蘇った。ごった返す広場。小さな女の子。細工飴。プラチナブロンドの男の子。その後ろには男の子の護衛騎士と思しき二人の青年。


「ああ!あの時の、殺気は無いけれど手練れと思しきお二人が、スタン様とアレク様だったのですね!覚えていますわ。お若いのに素晴らしい身のこなしと、視線配り。異国の服装の男の子を守りつつ、周囲に違和感を感じさせない態度。素晴らしい騎士様方だと思いましたもの」


 そこか!覚えていたのが後ろの二人…。

 少しだけ、否、結構凹んだアルフレッドだが、話を止めてはいけないと自分を叱咤する。例え愛するエレミアの記憶の中で、護衛騎士達のおまけ的立ち位置でも覚えて貰えていたのだから。


「その時、私は女神を見つけたと思いました。幼い頃から体が弱く、初めて訪問した他国で自分より小さな女の子が、守るべきものの気持ちを慮り、泣き顔を笑顔に変えた上に最後まで責任を持って見守り、それを不躾に眺めていた見知らぬ他国の私を歓迎して下さったのです」

「そんな大袈裟な」

「貴女の素性を知ってから、私は常に努力し続ける貴女に恥ずかしくない者に成りたいと思う事が出来ました。勝手に貴女の言動を目標にして、貴女の幸せを思い生活していたのです」

「そ、そんなアル様に目標とされる程立派な者では」

「いいえ、私は自分の体が弱かったから仕方が無いとずるい言い訳をしていたのです。貴女の事を知って、自分が王子として恥ずかしいと思いました。気持ち悪いですよね、知らない所でこんな事を考えていたなんて」

「いえ、そんな事はありませんわ。ご自分を見つめ努力出来る方は尊敬します」


「いや、姫さん優しすぎというか心広すぎ、普通気持ち悪いだろ」とエレミア達には聞こえない程小さな声で呟くアレックスにトリスタンが頷く。


「幼少の頃から常に研鑽されて来た貴女には全く及びもしませんが」

「お褒めいただきありがとうございます。ですがこちらでの女性としては正しい姿ではありませんでした」

「努力の何がいけないのですか?初恋の相手の為に努力する事を否定されてしまいますと、私自身の大切な思い出や気持ちも間違っている事になってしまいます。私はそうは思いません。私はあの時から貴女に憧れ色々な経験を積む事が出来ました。そんな良い影響を与えて下さった貴女に再会するまでの七年間、何の繋がりも無く一方的に思い続けていたのですが」


 何故そこで言葉を止めるのか。護衛騎士達は空を仰ぐ。もし此処にアルフレッドの兄姉がいたら「ですが何だ?最後まで言え」と突っ込んでいただろうが、残念ながら騎士が王子に突っ込みを入れる訳にはいかない。


「学園などでお話し出来ていたら、有意義な意見交換も出来ましたでしょうし、より親しくお付き合い出来て、先の様な問題も回避出来たかもしれませんね」

「そうですね」

「はい」

「……。いえあの、そうですが、そうでなく」

「はい?」

「初めてお会い出来た時からずっと憧れていました。こちらを訪問した兄さん達に貴女の話を聞く度に好きという気持ちが募って行きました。純粋で優しく聡明な貴女を心から愛しています。どうか私の気持ちを受け入れていただけませんか?」

「ええと…」


 そこから一気に行くんだ…。と思う二人。 


「断られる覚悟も出来ています。私は貴女を幸せにしたいし、一番貴女の側にいたいけれど、私以外の者であっても、貴女一人でいる選択をしても、貴女が一番幸せになれるのであれば、それが一番良いと思っています。七年前にここで貴女を好きになって、ここで終わるならそれで納得出来ます。例え断られても貴女の補佐は続けますからご安心して下さい」

「あうぅ」

「あの、今すぐお返事いただかなくても構いません。勝手な私の都合で話しただけですから。少し私が焦っただけで。余りにも、貴女に求婚する者が多くて。ええと、立場上断りにくい者については、私が母上に相談しますので、それも安心して下さい。何があっても私は友人として貴女の味方です」


 焦って血の気が引いていくアルフレッドに対し、どんどん顔が赤くなっていくエレミア。護衛騎士達は『甘酸っぺえな』と思いつつ、紅茶で喉を潤す。砂糖を全く入れていないのに、それすらも甘く感じるのがキツい。


「あの、ですね、私はアル様を信頼しておりますし、人として好きです。けれど、私もずっと好きな人がいて、その気持ちを完全に整理したつもりですが、まだ引っ掛かる物がありまして、もう少しその辺を意識しないでいたいのです」

「そう、ですか」

「大変失礼な事を言っているのは分かっているのですが」

「いえ、人として好かれているのであれば充分です。分かりました、母上に頼んで、鬱陶しい求婚者を蹴散らしてやります?いや、意外とその中にミア嬢に合う相手がいる可能性も捨てきれません?とすると、リンディお義姉様に頼んで全員の身元と性格を洗い出して確認した方が良いですね」


 トリスタンは片手で目を覆い、アレックスはこめかみをぐりぐりと拳で押した。やはりダメだったか。変な方に思考が展開している。


「アル様、二つお伝えしたい事があります」

「何でしょうか?」

「一つは、私、アル様の好意を嬉しいと感じております。この気持ちがはっきりするまでもう少し大切なお友達としての時間を頂けませんか?」

「勿論です!」

「もう一つですけど」


 テーブルにハンカチを置いてから代金分のコインをのせ、辺りを伺うエレミア。


「私の様子を伺っている方々がいらっしゃいますので、先に失礼させていただきますね。明日の昼、例の崖でお会いしましょう」


 消失。エレミア安定の消失。残されたアルフレッドはハンカチを握りしめて乙女の如く頬を染めてニヨニヨしていたが、「坊ちゃん、大切な女神が護衛無しの単独行動になっている件は宜しいのでしょうか?」と声を掛けられ、勢いよく立ち上がってテーブルに太腿を殴打。暫くの間、しゃがみ込んで呻く生き物と化した。

 というか、例の崖で通じる会話もどうかと思うが。


 翌日、例の崖で落ち合うまで「ブジデーブジデー」と呟きつつじわじわと弱るアルフレッドだったが、崖の途中に引っ掛かる様にして待っていたエレミアを発見した途端、今にも泣き出しそうな笑みというアクロバティックな表情を浮かべつつ「私が!私が死んでしまうので!一緒に帰って頂けませんか?」と某愛を乞うモンターギュんとこの16歳の坊主的ポーズを決めた。


 結果、か弱き?乙女であるエレミアが、普段は優秀な王子であるアルフレッドの護衛を引き受けるという謎の現象が生じたが、きっちり付き添われたアルフレッドの心は澄み切った青空の如き浮かれポンチ状態で、護衛騎士達も『まあ幸せならいいよな』と楽しい道程を過ごす事が出来た。

 

 こうして、アルフレッドの小っ恥ずかしい初恋暴露と女神エレミア全肯定という、側から見たら双方罰ゲーム的状況があったのにも関わらず、ちょっとだけ二人の距離が縮まった。まだまだ周囲のヤキモキは続くけれど。

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