◇◆ツァイトゲンヴァルデ新聞社の報道◆◇
【ツァイトゲンヴァルデ新聞社ブルーメン支部:地方記事より】
『魔獣警報発令中』
兼ねてより起きていたヴァイツェン郊外の魔獣発生率が上昇。また、平時と比べて攻撃的な個体が増加しているので、郊外に出る際は注意を怠らぬようにと公的な通達があった。
現在、我が街を含むブルーメンには領主が居らず、ヴァイツェンの住人だけでなくブルーメン全体が不安を抱えているが、当面の対応として王都から辺境軍を率いる師団長が派遣された。ここヴァイツェンが辺境軍の補給基地となるので、住民として歓迎の意を示したい。
魔獣を発見した場合、悪戯に騒がず気付かれる前に静かに遠ざかる事。また、ヴァイツェンに滞在する冒険者の方々も対応してくれるので、警備兵に報告する事。
『隣国ブラートウルスト王立ヴルスト学園の醜聞』
我が街ヴァイツェンは隣国ブラートウルストと領地を接しているが、先日そのブラートウルストの王都にあるヴルスト学園で、通常なら有り得ない醜聞が起きた。学園の武術大会優勝者表彰式にて、街に隣接した隣国のニュルンベルス領の後継、サフィニア・ニュルンベルス卿が、第一王女殿下との婚約撤回を望み、受け入れられたという。
更には、第二王女殿下から第一王女殿下に対して、卿を譲り二人の新たに結ばれる婚約を祝福せよとの強要があったとされる。詳しい内容については不明だが、第一王女は王女の地位を剥奪され、現在行方不明との事。
何故斯様な無理無体な事態となったのかは緘口令が敷かれて不透明となっているが、第一皇女といえば学園卒業後件の卿と婚姻を結ばれ、ニュルンベルスにて新婚生活をされるとなっていた。我が国の学者による見解では第一王女は女性ながらに優秀な麒麟児とされ、不可侵協定を結びながらも不穏な様子を見せるブラートウルストが隣接した土地に第一王女を配する事に危惧を抱いていた。
今回の事態で状況が大きく変わったが、渦中の第一王女の動向如何で様々な均衡が崩れるのでは無いだろうか。
【エレミア第一王女殿下の情報を求めています。謝礼有り。日時関係なく常時受付】
『魔獣討伐参加登録受付中』
多発する魔獣被害に対して一般の討伐参加希望者を募る。試験有り。予備警備兵の扱いとなり基本給と出来高支給。詳しくは、辺境軍本部へ。
【エレミア第一王女殿下の情報を求めています。謝礼有り。日時関係なく常時受付】
『ブルーメン鉱山から今までの記録を塗り替えるエメラルドの原石産出』
第五王子殿下による新しい鉱山採掘法が採用され半年、無事故が続いており坑夫達からも作業効率が上がり重労働が減ったと喜びの声が上がっている。先日、輝石が多く含まれると思われる新たな坑道から国内のエメラルド原石の最大サイズを超える物が発掘された。この快挙に国王陛下も甚くお喜びになり原石を殿下に下賜されたが、鉱山のジオラマと共に王都の博物館に寄付された。
我が新聞社の事情通によると第五王子殿下はエメラルド原石そのものには満足されていらっしゃるが、紺碧色、若しくは濃い紅い輝石を欲している模様。特にスピネルで深い青と濃い紅の同じ大きさの物があればと王都の宝石を扱っている店を順番に訪ねられたり、兄姉殿下に「エメラルドの呪い」と声を掛けられているという。
第五王子殿下が折角の記録更新したエメラルドを寄付したかについては、我が社の女性記者が某公衆浴場のサロンでの話題にした所、瞬時に納得のいく回答が出された。理由について紙面には公表しないが、同じ鉱石の青と赤の色違いを所持され手放しても良いと考えている読者がいれば、我が社に連絡頂けると幸いである。
『ブラートウルストよりの馬車、魔獣の襲撃を受け生存者無し』
ヴァイツェンへ続く街道にで商人の馬車が襲われ無惨な姿で発見された。残された商売許可証や身分証明書によると、ブルーメンの商工会に所属する家族経営の店の馬車であり、二台の馬車に乗っていたのは家族五人と使用人二人、身元不明の女性が一人である。遺体はヴァイツェンの教会に安置され、親族が来るのを待って葬儀を行う予定。詳しくは役所まで。
身元不明の女性について、目立つ持ち物は以下。細工の細かい短刀一振り、質の良いバスタードソード一振り。ブラートウルストの硬貨入りポーチ。アクセサリー複数。藤色の頭髪。心当たりのある方は身分証明書持参の上、役所まで。また女性の遺体の損傷が激しい為、顔の確認は不可能。
先にお知らせしたヴルスト学園の記事内容から、記者としてはは一つの恐ろしい答えが導き出されるのではないかと懸念するのであるが、あくまでも私見であり、詳しい調べと情報を待ちたい。
『支部長の穴埋めコラム』
ヴァイツェンで人気のあ・の・ひ・と、に編集長が直々に交渉、一問一答して貰いました。
Q:好きな食べ物は?
A:好き嫌いはありません
Q:趣味は?
A:新しい知識を得る事と日々の鍛錬
Q:好きなタイプは?
A:両手剣
Q:いや武器の好みではなく、異性の好みです
A:好きになった相手が好みと言えるのではないでしょうか
Q:プラチナブロンドに深紅の瞳はどうですか?
A:魔族であれば高位ではないかと
Q:いや、そうでなく…。異性の外見がそうだった場合如何ですか?
A:そういう外見の異性だと思います
Q:今欲しいものは何ですか?
A:軽くて錆びず密封性の高い水に浮く非常持ち出し箱、でしょうか
Q:好きな宝石はありますか?
A:高価過ぎす換金性が高い物が良いと思います
Q:今会いたい人はいますか?
A:特定の方はおりませんが、多くの方の笑顔に会える人間でいたいと思います
Q:苦手な物はありますか?
A:作らないようにしていますが、暴風雨の中の戦いは辛かった思い出があります
Q:ええと、もっとこう、身近な苦手な物は?
A:複数で動かす武器です。出来れば一人で動かせる様になりたいと訓練中です
Q:現在の生活に満足していますか?
A:満足してしまえばそこで終わりだと思いますので。ただ毎日楽しくやりがいがあります
Q:それは良かったです。ありがとうございました
A:こちらこそわざわざご足労頂き感謝致します
『無料私塾へ寄付のお願い』
無料私塾参加者増加の為、集会場の増築を行います。資材、現金、労働力の寄付を募っています。完成後の教師も募集。寄付について、完成後公的申請通過後に返却します。資材、労働力については市場価格と同等となります。教師については試験あり。生活に役立つ知識をお持ちの方で、指導員に興味のある方も募集しております。
詳しくはヴァイツェン役所まで。
「殿下、殿下の地域ニュースに対する要求は難しすぎるんですって」
「何がかな?大丈夫、支部長は有能だからね」
「ですからね、彼の方の名前を出さずに活躍だけを取り上げるというのは無理ですよ。街の住人としては彼の方の活躍を読んでスカッとしたい訳で、そうなるとやはり見出しにお名前を出してですね」
「ダメだ。向こうに情報が流れて、万が一彼女の身に何かあったらどうなると思う?」
「連れ戻されて処罰を受けられるかと」
「いや、それは絶対無い。そうなった時は私が連れて逃げる。若しくはそんな保護しようとした私を彼女がぶっちぎって逃亡し、敵も味方も捕捉出来ない恐怖の時間が訪れたのち、敵も味方も関係無く、記憶喪失で保護される、と思う」
「運よく殿下の保護が成功して、連れて逃げる事が出来れば、それはそれで嬉し恥ずかし逃避行なのでは?」
「それは否定しないが…。いや、彼女は正しく認められるべき人だ。大体な、彼女の身に何かあったら、私が泣くぞ」
お前が泣くんかい。ツァイトゲンヴァルデ新聞社ブルーメン支部長は心の中で突っ込んだ。心の中なので、敬称も容赦も無い。勿論、編集長とアルフレッドの会話が聞こえていた編集部の全員も心の中で突っ込んでいる。引くわー、23歳にもなる成人男性が、4歳年下の片思い相手に初恋拗らせてストーカー一歩手前とか、むっさ引くわー、と。
実際の所、ストーカー一歩手前というよりは、ガチストーカー手前と言った方が正しいのだけれど、そこはそれ、ロマンス的創作物に出て来る乙女を守る騎士は何故かどんな時も颯爽と現れて、危機を救い涙を拭わねばならない為、第六感すらも総動員して乙女の動向を察知するものであるというお約束の元に許してやっって頂きたいと思う今日この頃。
新聞社であるツァイトゲンヴァルデとしては、街の人気者ミアの記事をババーンと出したい。読む用、保管用、店等の張り出し用、買えなかった人への譲渡用と、需要が大きい。特に、絵姿を入れれば売れ行きは最高になると思われるのだが、新聞社の理事を務めているアルフレッドが差し止めしている為に出来ない。
編集長としても事情は良くわかっている。ミア嬢はただの移民では無く、亡命?してきた隣国の元王女殿下であって、幾ら地位を剥奪されたとはいえ、アルフレッドが死亡偽装をしてブラートウルストの追求は止んでいるがものの、生きている事を知られれば色々と面倒になる。ブラートウルストとしては地位を剥奪しただけであって、幾らでも使い道のあるその身柄は抑えておきたいだろうし、第一王女の亡命など国の体面に関わる案件だ。
とはいえ、果たしてミア嬢は亡命者なのか?確かに犯してもいない冤罪を着せられ、あわや幽閉という状況に陥りかけたが、すぐさま身柄を抑えに来た騎士団の包囲網を急所集中攻撃により突破し、か弱き乙女では決して通らない裏道獣道を突き進み、時に崖を登り、時に河を泳ぎ渡り、隣国の街に魔獣の死骸を手土産に入るという行動は、亡命というよりは歴戦の勇者感が漂う。命からがら感は微塵も無い。
亡命とは、もう少し悲壮感というか哀愁というか、とにかくそういう物が漂っているのでは無いだろうか?
仕方が無いので、アルフレッドの活躍を記事にするのだが、それはそれで「ヤラセ感が無いか?」と当人がうるさいのだ。アルフレッドは出来る男だ。剣の腕だって騎士と比べても悪くは無いし、国の運営や領地運営も良く学んでいる。今現在、領主のいないブルーメンを辺境師団の第二隊長の仕事をしながら、表に名前を出さないだけで無難に真面目に務めている。
ブラートウルストにきな臭い動きがある中、辺境を任せる領主を選定するのには色々と課題が多く、アルフレッドはゲンヴァルデ王の期待を裏切らない結果を出している。にも関わらず、直接ミア嬢に良い所を見せたいとは思うけれど、間接的だといじましい感じがするからヤダなどと訳の分からない事をたれ流すのはなんとかしていただきたい。
『毎年恒例レーゲンスブルガー祭り開催』
今年もソーセージとビール祭りを開催!ゲンヴァルデ各地から集まった各種ソーセージとビールの屋台を役所前公園を中心に開店。三日間に渡る祭りの開催を告げるイベント、毎年恒例焼きレーゲンスブルガー大食い大会も実施します。
レーゲンスブルガー大食いイベントのお約束。無理しない。詰め込まないで綺麗に食べる。残したら追加料金発生。他の人に迷惑を掛けない。持ち帰り用品あります。
毎年、大量の泥酔者が出ますが、自分の適量を考え行動して下さい。今年の祭り警備隊長に、辺境軍第二師団副団長が就任されたました。問題行動を起こした者について「吊るす」という大変やる気満々のお言葉を頂いております。副団長の手を煩わせない様、お願いします、また、副団長に対して絡む、掴む、その他問題行動を起こした場合、ヤル気満々の師団長が念入りにすり潰すとの事ですのでご留意下さい。
また、現在第二師団を中心に辺境軍はとても良い連携を行っております。師団員一人に注意されたら、その後ろには三十人いると考えて差し支えありません。無駄な抵抗は止め速やかに警備隊詰め所に移動の上、身内の迎えを待って下さい。
『リリーアイボリーからのお知らせ』
リリーの麗しの女将だよ。レーゲンスブルガー祭りからこっち、変な趣味に走った連中がいる様だが、リリーは淑女と乙女と令嬢の社交場だ。野郎どもはお呼びじゃないんだよ。淑女と乙女と令嬢の社交場に、変態連中を吊るす場所なんて無いんだ。それから、踏まれたいという酔狂な事を抜かす輩については、風呂焚きのボブ爺さんがいつでも急所を踏み抜いたのち竈に突っ込んでやるとご機嫌だ。
リリーアイボリーでの行動はヴァイツェンの淑女、乙女、令嬢に広く知らしめられる辺り、きちんと理解しておくように。それと、やらかしちまった連中について、リリアイボリーに通う淑女と乙女と令嬢の心は広く、甘い物やしょっぱい物は常に募集中だ。誠意と反省は見えないけれど、それを形にする事についてはやぶさかではないと考えているので、よーく考えて行動する様に。これを機会にと更に異物混入事件などを起こした場合、名誉令嬢案件を通り越して、殿下案件になるのでそこをしっかり理解する事。
『☆重要☆街道工事のお知らせ』
ヴァイツェンに続く街道のうち、ランイェーガー、シンケン、ケーゼに続く各街道で工事が行われます。暫く通行が出来なくなりますので、各方面に用事がある住人は速やかに済ませる事。また、工事は天候等に左右される為、急遽実施される事もありますので役所の広報窓口や、冒険者案内所、その他、役所の許可を得ているサロン等に問い合わせを願います。
工事中で道が荒れている為、荷物の行き来は最小限に、速やかに行える様ご協力下さい。先にあげた三つの街では、移動不可能になった時の為に宿屋を格安で解放しています。但し、ヴァイツェン住人のみ。身分証明書をお忘れ無く。この機会に小旅行もお勧め。観光案内は冒険者案内所でも行っています。
「避難勧告、きちんと伝わっているかな?」
「お任せ下さい。但し、外部から来た者で知らない者もおりますので、そちらは保証人となれる者が案内しております」
「編集長は残るのかな?」
「それはもう。早めに多くの者が退避したら、あちらに感づかれますし、私には彼の方の活躍を紙面にする仕事がありますので。我が社では、彼の方の戦いを目に焼き付けたいと、多くの社員が残っております。また、診療所には腕に覚えのあるお姉様方が集合可能だとリリーエイボリーの女将から伝言が入っています」
「受け入れ側の街から問題は寄せられていないかな?」
「そちらも大丈夫です。元々、ニュルンベルスの動きがおかしい事は住民も分かっておりましたし、避難時は新聞と広報掲示板で知らせる事も周知されていました。向こうの手の者も結構な数入っておりますが、そちらも彼の方を探っていた時に捜査員を着けられましたから、そちらからかなり絞る事が出来ました。彼らは新聞の表示について知りませんし、住民もこっそり移動準備をして指示通りに少しずつ街を出たので、あちらの動きからすると報告は行っていないかと」
「実際に工事してるしね。リンディお義姉様のお陰で、あちらが大きく兵を動かせば直ぐに連絡が来るし、そうなれば迎え撃つ場所を街からかなり遠ざける事が出来る。今回は避難者も最小限で済むから、経費も少なくて済むね。状況が急変した時は知らせるから緊急避難の号外は準備しておいてくれ」
「手配はしておりますが、皆、彼の方がいらっしゃるので安心している様です」
「あまり安心はして欲しく無いなあ。何があるか分からないからね」
「そうですね、でもこればかりは彼の方の人徳と実力ですので」
この後、ツァイトゲンヴァルデブルーメン支部長と記者達は、ブルーメン辺境軍の大勝を目の当たりにする。その際「最高の角度の絵姿を!」「副師団長の勇姿を間近で感じたい!」と挿絵係と数人の記者が勢い余って戦場に飛び込んでしまい、主力の筈の第一師団に回収された。めちゃくちゃ怒られた。怒られたが、反省はしていない。大量の反省文を書かされたが、全く反省していない。しろ。
危険な行為に罰金刑も適用されたが、【特報号外】『ミア副師団長は実はブラートウルストの元第一王女殿下だった!』『象牙の百合姫戦場でのお姿!』『ブラートウルスト総崩れ!立ち姿威風堂々!』『第二師団から街の皆さんへお知らせ』といった、やたらと分厚い号外と、挿絵係が中心となって発行された特別冊子【象牙の姫将軍絵姿コレクション】が売れに売れ、罰金何それ?美味しいの?こちとらエレミア様効果で美味すぎー!と浮かれ騒いだのである。
その後、エレミアを取り上げた冊子や新聞等で大儲けをしたツァイトゲンヴァルデであるが、ブルーメンの領主となったエレミアに追徴税をがっつり請求された。それすらも『ツァイトゲンヴァルデ、領主様バブルと税金申告漏れの顛末』として報道して領民の耳目を集め収益に繋がったのだけれど。