表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/17

◇◆リリーアイボリー女将の放談◆◇

 え?ああ、ミアちゃんね。うんうん、よーく知ってるよ。え?ミアちゃんの本当の名前?エレミア・ブルーメン辺境伯様だろ?は?生まれた時の名前?何で私に聞くのさ。そんなのもっと詳しい人がいるだろうよ。あんただって知ってるんじゃないの。ねえ、ツァイトゲンヴァルデの記者さん。

 ん?何で記者だと思うのかって?そんなの当たり前だろ。何年ここで公衆浴場をやってると思ってるんだい。女性のお喋りの力を甘く見ちゃダメだよ。ヴァイツェンの街の情報は端から端まで入ってくるし、朝余所者が入ってくれば昼前にはどこから来た誰なのか調査されてるもんなのさ。

 

 で、ミアちゃんの何を聞きたいの?どうしてこんなとこに下宿してたかって?なんだい、こんなとこって。失敬な男だねえ。は?いや、別に怒っちゃいないさ。こんなとこっていやあ、こんなとこだからねえ。公衆浴場ってぇのは綺麗なお姉さんと仲良くするのが目的な店もあるみたいだからねえ。でもさ、うちの店のお客さんはみんな綺麗だからね、ふふふ。

 どうって事は無いんだよ。うちの店は下宿もやってるからね。正確に言うと、湯治ってやつで長逗留出来る様に個室を用意してるんだよ。ヴァイツェンに住んでるんだから、湯治が何かは知ってるだろ?温泉の効果で体の不具合を良くしようってやつさ。ミアちゃんは温泉が好きでね、武術訓練の後に温泉に入ると回復が早いからって、うちに下宿してたんだよ。

 それにね、うちは基本女性専用だからね。外の掘っ建て小屋の中に男用の浴槽を隔離してあるのさ。女の子が楽しく通えるお店、それがリリーアイボリーの売りだからね。


 王子の紹介?いや、偶然だよ。隣のパン屋があるだろ。そう、プレツェルの美味しい、ヴァイツェンメール。え?ブレッチェン?ああ、記者さんはブレッチェンが一番美味しいと。うん、あれもいいけど、でもねえ、あれの仕込み時間は牛乳屋の可愛い娘さんがまわって来る時間でさ、ヴァイツェンメールの親父さんが立ち話をするのさ。で、女将さんが鬼気迫る顔で捏ねてて、で、親父さんが鼻の下を伸ばして毎日話が長くなるんだけど、ある程度の時間がたつと女将さんが「いい加減に仕事しな。お前も生地に練り込まれてオーブンに入れられたくなければな」って親父さんの脇腹に綿棒をぐりぐり捩じ込み始めるのさ。いつか親父さんもオーブンに詰め込まれそうでねえ、ブレッチェンと一緒に。

 その娘さん、オーブンに突っ込まれる厳つい顔の親父さんと、腕っ節の強い肝っ玉女将さんから生まれた奇跡って一部の失礼な野郎どもが噂してる、可愛い看板娘がゴロツキに絡まれて、それをヴァイツェンに来たばかりのミアちゃんが助けたんだと。で、長逗留出来る所は無いかって聞かれたから、うちを紹介してくれたんだよ。


 初めて見た時は吃驚したよ。綺麗な顔で頭にはぴっちりスカーフを巻いてさ、服装は冒険者みたいで、腕から顔から服からとあちこちに赤紫色の汁で付いてて、カチュアちゃん、ああ、パン屋の娘のカチュアちゃんが「私の恩人です」って言った後に、ミアちゃんがにっこり笑って胸に手を当てて「初めまして、リリーアイボリーのご主人。私はミアと申します。このヴァイツェンに暫く逗留したいのですが、こちらの部屋は空いてますでしょうか」って綺麗な動きで頭を下げながら澄んだ声で聞いてきたんだ。

 いやもう、うちの雇い人もお客さんも大騒ぎだよ。男装の麗人が来たって。で、ミアちゃんを囲もうとした瞬間、ミアちゃんの口から出た言葉で声も動きも一瞬で止まったね。「申し訳ありませんが体に魔獣の血がついているので、近付かない方が良いですよ」ってさ。

 で、ミアちゃんにお風呂案内したら、みんなして大移動しようとしてさ、幾らうちの自慢の風呂場が大きくたって、一度に入れるのは最大二十人ってとこだろ。いきなり大喧嘩だよ。まあ、あたしが一喝してやったけどね。魔獣の血なんてぇもんが人間にどんな影響を与えるか分からないから、誰も入んなって。魔獣と女の敵を退治してくれる様なミアちゃんをさ、私ら女が困らせてどうすんのさって。

 結局、ミアちゃんから鍛錬や討伐があるから一人でゆっくり入りたいって言われて、オープン前とクローズ後に使って貰うことになったんだけどさ。ある意味公平だからね。話ならちゃんと昼間聞いてくれるんだから。


 ああ、王子ね。五番目王子さん。ミアちゃんが下宿する様になって、定期的に来る公衆浴場衛生検査官に混ざって来てたよ。で、浴槽の残り湯を見ながら「女神の泉」とか言ってうちのチビ達に「お兄ちゃん、お風呂と泉の区別がつかないの?」って言われてさ。で、私の知らないとこで、ミアちゃんの使った要らなくなったものは無いかって聞いてたらしくて、うちのチビ達がヨレヨレになったタオルをあげてお小遣いを貰っちまって。でもそのタオルはさ、ミアちゃんが可愛がってる隣のパン屋の荷運び用のロバを拭くやつなんだよ。確かに、ミアちゃんの使ったタオルだよ。ミアちゃんが、外の掘っ建て小屋の残り湯で、ロバの汚れを落とした後の仕上げ拭きに使ってたからさ。でも実質、野郎どもの残り湯とロバが使用しました、っていうべきだろ。なのに、うちのチビ達は私に内緒で渡しちまって。

 五番目王子さんが、最近なーんか小汚いタオルをベルトに通してぶら下げてるなーって思ってたたら、チビ達が大通りの高級チョコレートを食べてるから、どうしたって聞いたら五番目王子さんにお小遣いを貰ったって聞いてね。結局教えるに教えられなくて。チョコレートはチビ達の腹ん中だし。

 最終的に、ミアちゃんが辺境軍の寮に引っ越した後も、毎日来てて、ある時「フォルコン様が何故かリリーアイボリーのロバタオル持ってたから、それ私の使ってたロバ仕上げ拭き用だって教えました」って。ミアちゃんから聞いた事だからさ、五番目王子さんがどんな反応してたかは知らないんだけど、まあ、ミアちゃんが笑いながら話してくれたから、それなりに面白い状態だったんだろうね。


 ロバといえば、同じ運ぶでもさ、郵便馬車あるじゃないか。そうそう、ヴァイツェンから隣町に出てるやつ。手紙と小包と、荷車の空いてるとこに商品も載せて週に二回往復してるあれ。空いている日は郵便屋が街の中の荷物の運搬を引き受けてるあの馬をさ、ミアちゃんが偶に借りて朝から出掛けてったりしてただろ、あれ、どこに行ってたか知ってるかい?ああ、やっぱり知らないんだ。今ならもう言っちまっても大丈夫だから教えてあげるけどさ、ニュルンベルスだよ。そう、あの、泣きべそ親子の領地だよ。ミアちゃんに負けて涙目で捕縛されたって有名な親子の領地。

 え?あの時の捕虜はみんな涙目だったって?そりゃそうでしょ。うちのミアちゃんだよ。は?リリーアイボリーのミアちゃんじゃなくて、我らがブルーメンの紫電の姫将軍だって?まあ、それでもいいけどさ。リリーの常連は象牙の百合姫って呼んでるよ。知らなかったのかい?ミアちゃんて色が白いのに、日焼けしちゃってるじゃないか。それをうちの屋号とかけてさ、象牙の百合姫。記者のお兄さんは一生知らないままだろうけど、日焼けしてない場所は抜けるように白いんだよ。正に谷間の白百合って感じだね。あれ?なんで赤くなってんだよ。腕とか脛だよ?やだねえ、直ぐすけべえな想像をする男はさあ。


 で、ミアちゃんの遠乗りの話だ。どうして私がニュルンベルス行きを知ってたかっていうと、お土産を貰ってたからさ。なーんだって顔されてもねえ。出掛けるたびに、ニュルンベルスのチョコレート屋の箱を毎回三箱もくれるんだよ。んで、それをうちのサロンに来たレディ達で食べながらお喋りするのさ。毎回チョコレートが箱の中で大移動してたり、少し溶けたりしてるんだけどね。そこはまあ、仕方が無いよね。体に襷掛けで持ち帰るんだから。一度箱が濡れてて、あ、中は無事だよ。そこはミアちゃんだもん、抜かりないよ。ちゃんと箱を油紙に包んでから、でっかい布で襷掛けするからさ。とにかく、箱も本人も濡れてて、どうしたのか聞いたら、詳しくは教えられないけど緊急事態で堀に飛び込んで泳いだんだって。どこの堀だよって話だけどね。そこはほら乙女の秘密だから。


 暫くは往復してたけど、ある日ぱったりそれをやめてね。「女将さん、やはり女性は可愛げのある方が男性に好かれるのでしょうか?」って言うからさ、「可愛げってぇのは女の数だけあるのさ。全ての女にそれぞれの可愛げがあるんだよ。ミアちゃんにはミアちゃんの可愛さがあって、それを受け取れるか、感じないバカの二択なだけさ」って言ったら、神妙な顔で頷いてたよ。チョコレートの箱上にさ。ニュルンベルスの号外が乗っかってて、例の涙目息子の慶事の特集で。いやまあ、あの息子もあの号外の頃が人生の絶頂だったのかねえ。ザマアミロだよ。


 ん?また第五王子さん?第五王子さんの何が知りたいんだい。記者さんやたらと第五王子を気にするねえ。いや、勿論、ミアちゃんのお相手だからね、わかるけどさ。まさか同性だけどその垣根を超えて王子に恋してるのかい?ははは、冗談だよ。あれだろ、記者さんも、というか、ツァイトゲンヴァルデ自体、第五王子さんから出資を受けてるんだもんねえ。第五王子さんもミアちゃんに直接聞いて満足すればいいのに、切ない男心だねえ。涙目の坊ちゃんが気になって気になって仕方が無いんだね。でもあれだよ、うちに聞き取りしても、余計凹むだけだよ。ミアちゃんは、切り替えの早いある意味賢い女と違って、好きな相手に無碍にされても一途に思える純粋というか、ダメな男に騙されるタイプってやつだから。

 サロンであの男の絵姿を出して眺めてたからねえ。いやあ、あれは本当に涙ぐましい姿だったね。ミアちゃんみたいなタイプは、周りがやいのやいの言ったって何だかんだと男を赦しちまうんだよ。本人がきっぱり踏ん切りをつけないとさ。


 それでさ、その踏ん切りと絵姿なんだけどさ、ミアちゃんらしい終わりを迎えたのさ。あの象牙の百合姫ブルーメンの快勝戦。あの前日にさ、うちに来て「女将さん、竈を貸して下さい」って。目の周り真っ赤にして、確実に泣き腫らしましたって感じで、胸に包みを大事そうに抱えてさ。

 うちの竈じゃなくて、ヴァイツェンメールの竈なんだよ。これはミアちゃんも知ってるけど。だけどね、ヴァイツェンメールの竈はうちとの共通の中庭の端にあるんだ。そっから耐熱レンガで熱を誘導するって訳だ。薪を焚べるのは基本うちの従業員。竈を敷地内に作ったのはヴァイツェンメールでこっちは利用させて貰ってる側だからね、持ちつ持たれつだよ。

 だからまあ、竈を貸せって言われれば中庭に案内するだけだよ。ミアちゃんってば暇な時に薪も割ってくれるからさ、黙って中庭に入って竈を使ってくれても良かったんだけど、少しでも道理に外れた事はしない子だよね。


 で、うちの客とかもぞろぞろ着いてったら、竈に薪をバンバン追加してさ泣きながら包みを開けて、中身を投げ込むのよ。で、それがお貴族様ならオモチャ同然だろうけど、庶民から見たらちょっとしたアクセサリーとかな訳よ。後は綺麗なストールが一枚と、手紙が数通。勿体無いし止めたかったけど、そこはほら、ミアちゃんの決断な訳じゃない。もうね、みんな必死で我慢したよ。「金細工」「ネックレス」「指輪」「ブローチ」「バングル」「ストール」とか呟きながら。

 最後に例の絵姿を放り込んでお終い。火搔き棒でガッツンガッツン殴って、最後火搔き棒が変形して、ミアちゃんが気合一閃で戻してくれたけどさ、その日のうちに新しいの買って来てくれたよ。一回変形したら、変な癖がついてるからって。

 ミアちゃんが中庭を出た瞬間に、わーって竈に集まって、みんなで薪とか使って灰を掻き出したよ。ほら、金属って溶けても冷えたら固まるから。ミアちゃんのアクセサリーに罪はあったかも知れないけど、溶けた金属は唯の金目の物だろ。それを回収して貴金属買取の店に行ってさ、大量のバウムクーヘンとシュネーバルになったよ。カチュアちゃんが半分近くを辺境軍の宿舎に持って行ってさ「リリーアイボリーの有志から差し入れです」って。だから、連中も共犯だよ。


 なんだかんだあってさ、第五王子さんはミアちゃんに認められたんだよ。ミアちゃんはしっかりしてるから、好きな相手以外とは結婚しないさ。ミアちゃんがあの涙目坊ちゃんをずっと好きだったのは事実だけど、それも含めてミアちゃんという子を愛してて、その気持ちが伝わったんだから良いじゃないか。

 ほんと、男って面倒だよねえ。どうやったって変えられない過去をぐちぐちぐちぐち。大丈夫だよ、ミアちゃんと第五王子さんはお似合いだ。このリリーアイボリーの女将と常連のレディ達全員で太鼓判を押してやるよ。その証拠に、二人の結婚式にはみんな大喜びで参加するんだからね。

 記者さん、いい記事書いておくれよ。リリーアイボリーに関わるみんなが、ってこたぁ、街中だ。だって、うちの風呂屋は象牙の百合姫による街中の女性の、いや、助けを求める女性全員の味方で、野郎どもを支えるのは結局レディ達だからね。そんなみんなが幸せになって欲しいミアちゃんの結婚の記事なんだろ?ミアちゃんなら、自力で幾らでも幸せになれると思うけどさ、みんなの願いを聞いてくれて、より強く可愛く綺麗になれる子なんだから。ね?


 最後に、リリーアイボリーとヴァイツェンメールの宣伝、バッチリ入れておいておくれな。え?広告料?ミアちゃんの贔屓の店だよ。こっちが掲載料を貰ったって良いくらいだよ。この取材の謝礼も貰うからね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] おかみさんのキャラがとっても良いので楽しく読んでいたのですが 【悲報?】第五王子、安定の気持ち悪さ という言葉がチラつく……ッ ただ、そこいらのストーカーじゃなくって、アイドルの追っかけの方…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ