◇◆リアンナ・テューリンガ・ブラートウルストの困惑◆◇
本人は希望を持っていますがバッドエンドです。苦手な方はブラウザバックをお願い致します。
可愛い可愛いリアンナ。お姫様の本を読んであげるね。
リアンナは可愛いお姫様。きっと王子様が迎えに来るわね。
可愛いリアはお姫様。素敵なドレスに輝く宝石。お城に住んでてティアラもキラキラ。カッコいい父様と優しい母様、リアの代わりに頑張ってくれる姉様。何でもいう事を聞いてくれる家来達。
リアの姉様はいつも何かをしてる。難しいお勉強をしたり、近衛騎士に混ざって剣を振り回したり、庭師とお庭で土を掘ったり。父様も母様も、姉様に「そんなに頑張らなくても良いんだよ」って言うのに「学ぶ事は楽しいので」と言って止めないから、いつの間にか姉様が好きな事は幾らしても良くなった。
リアは勉強は好きじゃない。母様に言ったら、最低限ダンスと刺繍と綺麗な字を書ければ良いって。でもダンスも刺繍も大変だし、綺麗な字を書くには毎日手が痛くなる位ペンを握らないといけないんだって。リアは頭が良いから思いついたよ。綺麗な字を書ける侍女を雇えば良いんだって。刺繍が上手な侍女はいっぱいいるし、絵本の王女様は綺麗なドレスでダンスしかしていないもん。ピンチになってもページを捲れば王子様が現れるから、それまでキラキラな王女のままでいれば良いと思う。
ダンスの練習で足が痛くなったって先生に言ったら、休憩になって先生がお部屋を出て行ったから、リアも中庭に遊びに出た。マリーとリリーが止めたけど、レディーズメイドの二人は、リアの決定に逆らえない。近侍も邪魔にならない様について来る。ガゼボの方から声がする。
「あっちにいくわよ」
「リリアナ殿下、本日はエレミア殿下にお客様がいらしてますので」
「姉様のお客様ならリアのお客様。ご挨拶しよーっと。リアの体に触って止めたら、リアを叩いたって言うからね」
ふわふわした長い髪、緑色の目、グレーに金の刺繍がされた服。王子様!
「王子様!王子様こんにちは!私はリアです」
まだ上手く出来ないカーテシーをしたら、ふらっとよろめいちゃった。けど、慌てた顔で、王子様が手を伸ばして助けてくれた。凄い凄い、リアの為に姉様が王子様を呼んでくれたんだ。
「リアンナ、こちらはサフィニア・ニュルンベルス卿です。私の婚約者です」
「王子様じゃないの?」
「申し訳有りません、リアンナ殿下。私の家は辺境伯で位は侯爵ですので、王子様ではありません」
「そうなの。でも絵本の王子様と同じ金色の髪と緑の目ね。ええと、サフィ?」
「サフィニアです、殿下」
「ニュルンベルス卿です、リアンナ」
「えー、えっと、ニュルベスキきょーは緑の目の王子様だけど、青い目の王子様もいるのよ。知ってる?」
「そうなんですか、リアンナ殿下は物知りですね」
にっこりと笑ってリアに跪いてくれた王子様は、やっぱり絵本の王子様と一緒。リアはお姫様の笑顔をお返ししてあげた。王子様を見つけたから、リアはもう大丈夫。何があっても王女様を助けてくれる王子様。
婚約っていうのは、大きくなったら結婚しましょうねっていう約束なんですって。だから、王子様は姉様と結婚する?そんなのおかしい。だって、王子様はお淑やかなお姫様の所に来てくれるんだから。姉様もお姫様だけど、剣を振ったり難しい勉強をしたり地図を眺めたり、全然お姫様っぽく無い。
「姉様、ここにあるネックレスは要らないの?」
「それは細工が細かいから、鎖が切れやすいの」
「だったらリアがもらっても良い?」
「母様に頂いたから、勝手に譲る訳にはまいりません」
「じゃあ、貰っても良いか、リアが聞いてくるね。母様が良いって言ったらくれる?」
「勿論良いですわ」
姉様はお姫様のアクセサリーをリアよりたくさん持っている。なのに殆ど使わない。だったらリアがもらっても良いよね。
「姉様がネックレスは壊れちゃうから要らないって」
「姉様がドレスは着ないから要らないって」
「姉様が指輪は邪魔だから要らないって」
父様と母様はリアが姉様の要らない物を教えてあげるたび、残念そうな顔をする。父様が姉様に要らない理由を聞いたら「贅沢な物を王女が次々身に付けたら税を納めてくれる方々に申し訳ありません」って答えてた。父様や母様は嬉しくなかったみたい。「エレミアもリアンナみたいに女の子らしかったら良いのに」ってリアの頭を撫でてくれる。
でもその女の子らしくない姉様のおかげで、ドレスもアクセサリーもお菓子も大好きなリアにいっぱいくれる様になった。王子様からの贈り物も、内緒でリアが貰ってもだーれも怒らない。
「姉様、これ何?」
姉様の部屋に大きな箱があったので、宝物かと思って開けたら、中には綺麗な刺繍が入ったハンカチがいっぱい入ってた。たくさんあるから貰っても良いって聞いたら、練習で作ったやつだから自分用にしてるって。リアの刺繍よりとっても綺麗なのに、くれないなんて意地悪だと思う。だから姉様が留守の時、いっぱい貰って来ちゃった。もし怒られたら借りたって言えば良いよね。
そうよ、いっぱいあるんだから、みんなに分けてあげなくちゃ。姉様が言ってたもん。王族はみんなの事を考えて動かなくちゃいけないって。
「父様、母様、ハンカチあげる」
「おお、おお、可愛いリアンナよ。私の為に刺繍をしてくれたのか?」
うーん、姉様が父様の為に刺繍をしたかは知らないけど、姉様はみんなの事を考えてるんだよね。
「そうよ。素敵でしょ?」
「リアンナは何て優しいのかしら。少し贅沢な所があるから心配してたけれど、いつの間にかお姉さんになっていたのね」
「そうだな、よし、父様から褒美をやろう。何が良いかな?」
「ええとね、良いの、だって、みんな事を考えて作ったハンカチだから」
姉様とサフィニア様のお茶会は週に一回のお楽しみ。姉様はあんまりお喋りが好きじゃ無いみたいだから、リアが代わりに話してあげる事にした。本当はリアがサフィニア様を好きだからだけど。
姉様はいつもマナーの事を言うけど、折角のお茶会は楽しみたい。リアが注意されて悲しくなっていたら、サフィニア様が助けてくれて、姉様が悪いって言ってくれた。だから、リアは姉様を許す代わりに、サフィニア様をサフィ兄様って呼んでも良い事にしてもらった。
だっておかしいでしょ?姉様がサフィニア様って呼ぶのに、リアはダメだなんて。それにね、サフィ兄様がリアをリアンナ殿下って呼ぶのもおかしいもん。だからね、リィって呼んでもらう事にしたの。リィはリアが今より小さい頃、自分の名前がうまく言えない時にそう言ってたんだって。リアは愛称だから使う人が何人かいるけど、リィは今使っている人はいない。だから、サフィ兄様だけの特別な呼び方。ふふふ、何だか素敵。
大きくなるにつれで姉様の勉強時間がどんどん増えて、お茶会も短時間で終わる様になった。けど、それは姉様だけで、リアとサフィ兄様は楽しいお話が終わるまで続く。問題は、いつも楽しすぎて終わりを告げる騎士が来るまで気がつかないで、お話しちゃう事。婚約者の姉様がいないのに、仲良く二人で話すのは良くないんですって。
でも、ちゃんと相手をしない姉様がいけないんだと思う。だからそれはちゃーんと姉様に教えてあげた。文句があるなら、ずっと側にいなさいって。そしたら、リアがマナーを守るべきだって言うから、父様にお願いして叱って貰った。婚約者って威張るんなら、最後まで居れば良いんだし、お勉強が遅れるって言うんなら、別の時間に頑張れば良いと思うの。
リアが11歳になった時、姉様とサフィ兄様はヴルスト学園に入学した。姉様が学生寮に引っ越ししたから、姉様の部屋を探検した。以前ハンカチを貰ってから、何回かお留守のお部屋にお邪魔して、ハンカチを貰ったり色々書き込んだ綺麗な本を貰ったりして、サフィ兄様や父様達にプレゼントしていたら、意地悪な姉様は鍵を掛けて入れなくした。父様にお願いしても「部屋の主人がいない時に入ってはいけないよ」と言われてしまったから、リアの刺繍プレゼントは暫くお休みになっていた。
姉様だってお城のパーティーとかお茶会に出ないといけない事もあるから、ちょっぴりだけドレスやアクセサリーを持っている。あまり可愛くないけど、どれも素敵な生地や宝石を使ってる。置いて行ったんだから、返してって言うまで借りても良いよね?デザインを変えればとっても可愛くなるもんね。
ハンカチの箱も残っていたからリアのお部屋に移動。壁に飾ってあるブラートヴルスト地図のタペストリーには、良く見ると丁寧な字で『穀倉地帯』とか『防衛拠点仮設?』とか『進軍困難』とか『商業開発必須』とか何だか難しい事がいっぱい書き込んである。けど、見た目は綺麗だからリアのお部屋の壁に移動。本棚には難しい本の他に、綺麗な表紙の本がいっぱいあった。これはリアにも読める。侍女達にも人気の恋愛小説っていうやつ。貧乏な平民の娘が王子様と恋に落ちたりするのは、どう考えてもありえないけど、挿絵の王子様がカッコいい。悪い魔女に騙された王女様が王子様に助けられるのは、うん、わかる。挿絵もやっぱりいい。
難しい本は書き込みもいっぱいしてあるから並べておくだけでリアがお勉強を頑張っている様に見えるし、恋愛小説はサフィ兄様と結婚するリアには必要だから、全部リアの部屋に移動する。
「凄いな、リアンナ。いつの間にかこんなに色々考えていたのか」
本の引っ越しの後、リアのガヴァネス達が姉様から借りた本やタペストリーを見て素晴らしいと喜んで、父様に報告してくれた。前に姉様が居る時にお部屋で本やタペストリーを見て「姉様は本や地図が面白いの?」と聞いたら「先人の教えは面白いし、自分の国の事はよく知っておくべきです」と言ったのを思い出して、
「先人の教えは面白いと思います。それと国の事は知っておくと良いみたい」
と父様に言ったら、凄く喜んでくれてパーティーみたいになって、プレゼントをいっぱい貰えた。こんなに喜ばれる事なのに、何で姉様は父様に見せてあげなかったのかな。毎日忙しそうにするより、もっと皆とお話しすれば良いのに。
姉様が寮に入ってから、サフィ兄様が遊びに来てくれなくなったので、母様にお願いして三人でお茶会をする様になった。サフィ兄様はリアの幼馴染で、姉様が居なくて寂しいリアを励ましてくれてるって父様達は思っているけど、別に姉様が居なくても寂しく無い。父様も母様も寂しく無いみたい。
本当は皆、レディなのに体を鍛え剣を振って、難しい勉強を続ける姉様をどうしていいか分からないって話していたのをあちこちで何回も聞いていたから。
姉様のガヴァネス達は皆多めの謝礼を受け取って城から下がって行った。だから、姉様の残していった本やノートをリアが借りて、リアがやった事にしても父様達には分からない。だからリアのガヴァネスに予習しちゃったとノートを見せて「今日の分はこれで良いわよね?部屋でゆっくりしてて良いわよ」と言うと、大喜びする。リアも空いた時間で、新しいドレスやアクセサリーのカタログを見たり。ゆっくりお茶を飲んだり、メイド達とカードゲームをしたり出来た。
13歳になって、ヴルスト学園に入学した私が久しぶりに見た姉様は、何だかかっこいい騎士みたいになっていた。私と同じラベンダー色の髪はクラウンブレイドに纏められ、アイボリーの騎士服の胸には金色に光る剣のブローチが二つ、羽ペンのブローチが二つ、星型のブローチが二つ並んでいる。王女であり、武術大会二連覇、筆記試験二年間学年主席、魔法科二年連続主席、という優秀な生徒だと学園長が紹介した後、生徒代表として在学生の挨拶を任されたのですって。
「あれが抜刀灰色熊の妹殿下って信じられるか?」
講堂から退出する時、こっちをチラチラ見ながら囁いている男子生徒達がいた。ばっとうぐりずりーが何かは分からないけど、私を盗み見するなんて不敬だわ。
護衛騎士に目配せをすると、彼らの腕を捻りあげてその場で制圧する。
「ばっとうが何かは分かりませんが、不躾な視線を向けられるのは気に入りません」
声も出ずカタカタと震える男子生徒達をどうしようかと考えていると、姉様が近付いて来た。
「リアンナ、何があったのです?」
「姉様、この生達が私に不躾な視線を向けた上、何か囁いていたんです。許せません」
「そうなの。貴方達、もうその様な事が無い様、気を付けて下さいね。リアンナ、解放して差し上げなさい」
「でもでも、姉様、妹殿下って言ってたもん。姉様も悪く言ってたに違いないもん」
「そうなの?私の事を心配してくれて嬉しいわ。でもね、学園は色々な立場の者が一緒に生活する事も学ぶ場なのよ。彼らも良く分かった筈でしょう?」
姉様が視線を向けると、こくこくと頷いている。うーん。確かにそんな事をマリー達が言ってたかも。
「分かった、許してあげる。だけど、もう絶対してはダメよ」
この後、姉様に無礼を働いた生徒達が捕まって成敗されかけた所に、通りがかった私が取りなしをした、と言う噂が流れた。ちょっと違う気もしたけど、皆が私を慈愛に満ちた女生徒の鑑と言ってくれるからそれであってるんだと思う。クラスメイトの話を聞いたら、姉様は皆に怖がられてるって言うし。
最初の試験は全然分からなくて、先生に呼び出されてガヴァネスに何を習っていたんだと聞かれたから「試験では護衛が心許なくて不安で力が出せません」と言ったら、ノート提出で済む様になった。だって、本当に試験中は護衛騎士がいると皆が緊張するからとか言って、別室に護衛付きで受けたけど、狭いし、落ち着かない。
普段の授業も難しすぎて、全然意味が分からなくてノートを取っていなかったんだけど、「勉強が難しいのでノートを見せて欲しい」と姉様にお願いしたら、一年生の時のノートを全部貸してくれた。見てもやっぱり分からなかったから、今までのガヴァネスの教え方が悪かったのよね。だから、罰としてノートを写す仕事をさせた。試験までの範囲をノートに写して、先生に渡したら褒められたから、ガヴァネス達を褒めて、ご褒美もあげたよ。
それと、「終わったら返してね」って言われてたから、全部ガヴァネス達に写させてから返した。借りた物はちゃんと返せるんだから。ふっふーん。この方法を使えば、六年間困らないって気がついた私って凄いと思う。
でも入学して一番良かったのは、サフィ兄様と毎日会える事。姉様は学園でも毎日忙しくしているそうで、お昼休みもまともに時間が合わないんですって。婚約者である姉様に放っておかれるなんて、サフィ兄様が可哀想。だから私が代わりに一緒にランチをして、帰りも待ち合わせをして王家の馬車で送って差し上げた。でもね「男が送ってもらって可愛いリィが遅く帰るのは危ない」って心配してくれたから、城で先に馬車を降りて手を振って差し上げた。
ニュルンベルス侯爵から「リアンナ殿下の馬車を使わせて頂くなど恐れ多い」とご連絡を頂いたけど、父様経由で「まだ婚約者のいないリアンナの登下校に、将来の義兄であるサフィニアを護衛とした」と伝えたら、翌朝からサフィ兄様が登城して、登下校どちらも一緒になった。凄く嬉しかったので、父様に抱き付いたら父様も喜んでくれた。ふふふ。
ただ、サフィ兄様と二人きりでランチをするのは良くないと姉様に言われたので、サフィ兄様のお友達も一緒に行動する事にした。上級生のお兄様方に囲まれていると、何だか恋愛物語の愛されるお姫様みたい。
毎日サフィ兄様と一緒に過ごしていたら、ふわふわした気持ちがどきどきに変わっていると気がついた。王子様みたいなサフィ兄様と結婚したい、とずっと思っていたけど、それは絵本のお話しみたいな、王子様とお姫様はずっと幸せに暮らしました、というぼんやりしたものだったのかも知れないって。
勿論、サフィ兄様は絵本の王子様そっくり。きらきらの髪も、エメラルドみたいな瞳も、私に優しく微笑んでくれて困った時は直ぐに助けてくれる。だけど絵本の王子様は、絵本のお姫様のもの。私の王子様じゃない。けど、サフィ兄様はいつも私の側にいてくれる。
まだ学園に通う前に「姉様にプレゼントをしても身に着けない所かお礼の一つも無い」と落ち込んでいたから「姉様はいつも忙しいから気が付かないだけです」と励ましてあげたら、私にもプレゼントをくれる様になって、嬉しくてお姫様が王子様にやるみたいに頬にキスを贈ったら、すっごく慌てて「レディは不用意にキスを贈ってはいけないよ」と注意された事もあったけど、今思い出すと、随分凄い事をしたと顔中赤くなってしまう。
でもあれは、ちゃんとお礼をしない姉様の代わりに、私が最大の感謝をしただけ。幾ら届いた物を母様の指示で、姉様に知らせず私が受け取っていたとしても、自分に何が届いているか確認するべきだと思う。
私のドキドキは日々大きくなっていって、気が付いたらサフィ兄様と目が合うだけで頬が熱くなったり、手が触れるだけで胸がギュッとしたり、でももっとに居たくなって、入学して一年過ぎて、十四歳になった頃、遂に下校の馬車の中で泣いてしまった。
「私の可愛いリィどうしたの?困った事があるのかな?私が助けられる事かな?相談だけでもしてくれたら嬉しいよ」
心配そうに顔を覗き込むサフィ兄様に、思わずぎゅっと抱き付いて、その勢いで「好きです」って言ってしまった。サフィ兄様も直ぐに「私も好きだよ」って言ってくれたけど、違う好きみたいで。ちゃんと伝えないとダメだって。だから、
「サフィ兄様、姉様の妹じゃなくて、私自身がサフィ兄様を、サフィニア・ニュルンベルス様を愛しています」
と言い切った。抱きついたままぎゅっと目を閉じていたから、兄様の顔は見えなかったけど、兄様の腕が私の背中にまわって優しく撫でてくれて、それから首筋に柔らかく温かいものが当てられ、それが離れて、頸に、頬に、瞼に、額に何度も当てられて、ゆっくりと瞼を開いたら、笑顔のサフィ兄様がゆっくりと私の唇にキスをしてくれた。
「私もリィを愛しているよ。ずっと大切に思っていた。リィが学園に入学してから、婚約者のいないリィが誰かに取られるんじゃないかと、ずっと心配していた。エレミアには悪いけれど、彼女は素晴らしい女性だが、それだけで、本当に大切でずっと守りたいのはリィだけだ」
サフィ兄様の顔も赤くて、私はとても幸せな王女だと思った。
十五歳のデビュタントも、私のエスコートはサフィ兄様だった。父様も母様も将来私の息子に王位を継がせようと考えていて、急いで婚約者を決めるつもりは無いんですって。もし、その前に何かあっても、姉様とサフィ兄様の子供が王位に着けば良いとも言ってるけど、それはダメよ。だって、サフィ兄様は私と結婚するんだもん。
その証拠に、デビュタントした私にプレゼントがあると学園の王家専用サロンを色々な種類のピンク色の花でいっぱいに飾ってくれて、ニュルンベルスで採掘されて最高の細工師が作ったというエメラルドの髪飾りを着けてくれた。
父様と母様は愛し合っているから、私も愛し合っているサフィ兄様と結婚して後継を設けるのが当然で、そうなると姉様が邪魔になってしまう。姉様はサフィ兄様よりも自己鍛錬の方が大切みたいだし、別の相手を見つけてあげれば良いんだけど、王女の婚約撤回は難しいみたい。
あ、でも、学園の武術大会で優勝すれば、父様に何でもお願い出来るって聞いた事がある。姉様は入学してから優勝を続けて、綺麗な剣や強い馬を貰ったのに使わないからサフィ兄様に渡してた。だったら。
「武術大会で優勝したら姉様との婚約を解消して貰えるのよね?」
学園の王族専用サロンでアフタヌーンティーを楽しみながら提案すると、ちょっと困った顔をされてしまった。
「それだけど、私はエレミアには勝てないんだ」
「サフィ兄様は優しいから、姉様に遠慮しちゃってるのね。えっと、じゃあ、別の方法を考えたら良いんだけど。えっと、姉様が一位を独占しちゃってるから、姉様は優勝しちゃダメっていうのはどうかしら?」
「リアンナ殿下、それは無理です。優勝者を無効にしては生徒の士気が下がりますから」
「そうですよ。でも、ちょっと待って下さい。これなら、あるいは」
サフィ兄様のお友達がクスッと笑って、うんうんと頷いた。
「リアンナ殿下から陛下にお願いして下さればサフィも優勝出来ます」
「そうなの?何て言えば良いの?」
「国の為に武術にも力を入れているエレミア殿下が毎年武術大会の優勝をされていますが、やはり王女殿下が出場されていては生徒達が遠慮してしまい、優秀な生徒が活躍しづらくなってしまいます。ですので新たに男子の部としての優勝者を決めて欲しい。といった所でしょうか」
「んー、ちょっと長くて覚えられないかも」
サフィ兄様とお友達達はちょっと意地悪な笑顔になりながらも、父様に伝える内容を綺麗な便箋に書いてくれた。これなら安心ね。後は、姉様が私とサフィ兄様が新たに婚約を結ぶお願いすれば完璧。姉様なりにサフィ兄様を大切にしているのは分かるから、ちょっとだけ姉様より私が良いっていう証拠を用意した方が良いかも。
私はクラスメイトやサフィ兄様のお友達に、姉様の評判を集めて貰った。大体内容としては、『武術科で力加減をせず、怪我人を出している』『試験を一人で受けていて不正があると思われる』『低級魔法しか使えないのに魔法科の成績が良いのはおかしい』『王女であり学生代表として教師達と癒着しているのではないか』『学生寮に入りながら夜中に出入りしていると思われる』『城下町で平民と付き合いがある様だ』『粗暴で王女として尊敬出来ない』等々、結構集まったので可愛いリボンで纏めた。
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武術大会の表彰式で、姉様とサフィ兄様の婚約は白紙撤回され、姉様がその場から逃げちゃって大騒ぎになったけど、数日してから私とサフィ兄様は婚約する事が出来た。私の纏めた資料はとっても役に立ったし、今まで姉様にされたり言われた事を父様に話したら、怒って姉様を庶民に落としてくれた。
そこまで姉様を貶めるつもりは無かったんだけど、私が姉様のハンカチを配ったりアクセサリーを借りると「せめて断って欲しい」って叱ってくるし、ノートを写して提出しているのを聞いて「参考にするのではなく丸写ししてはいけない」と意地悪を言うし、ちょっとした事で「王女としての矜持を持ちなさい」と訳のわからない事をいう。だから父様に「姉様は私が貸して欲しいとお願いしても叱ってばかりで、頭が悪いって意地悪を言って、説明もしないでダメって言ってばかりでどうして良いか分からない」「姉様は小さい頃から暴力的な事をして私が止めると振り払った」とか事実を言ったら、やっぱり私は悪くなくて、姉様が酷いって父様が言ってくれたから安心した。
婚約者になったサフィ兄様は、今までよりも近い立場で私をエスコートしてくれ、たくさんのプレゼントを贈ってくれた。将来、王女配として城に入るので、父様や母様を交えたお茶会を定期的に開き、学園のサロンや私の私室で勉強も指導して貰う事が決まり、サフィ兄様の卒業後は私の部屋の隣に兄様の私室を設えた。
そして初めて学園のサロンに二人きりになった時、サフィ兄様が私の手を取って、「兄様じゃなくて、もうリィの婚約者のサフィニアだよ」と囁いてくれた。頬に暖かい手を添えられ、たくさんのキスを贈られて、それからそれから、私の全部をサフィに、サフィの全部を私に、贈りあった。
今までは姉様の婚約者だったサフィと完全に二人きりになる事は出来なかったけれど、その分の時間を取り戻す様に、私とサフィは愛し合い、愛しみあった。
「姉様が死んだ?」
そんな幸せな日々の中、訃報が飛び込んで来た。サフィに愛されなかった哀れな姉様は、愛するサフィの領地ニュルンベルスに逃亡したけれど、指名手配されていて、そのまま隣国に亡命しようとして最悪な事に魔獣に襲われたらしい。
流石に父様も母様も悲しみに沈んだけれど、私達の愛の結晶が宿っている事が分かって、本来は私が学園を卒業してから結婚式をする予定だったのだけど、前倒ししてお祝いした。他国にも招待状を出して、ゲンヴァルデからやって来たマクシミリアン王子に姉様がゲンヴァルデ内で魔獣に襲撃された事を謝罪された。
父様が襲撃される以前に、姉様はブラートウルストの王女では無くなっているので気にしないで欲しいと答えて、何だか不思議な感じがした。だって、王女じゃなくなっても、姉様は私の姉様だし、父様は姉様の父様だから。不思議に思ってサフィに聞くと「陛下はブラートウルストの王だからね。リィも私より国を選ぶ事が来るかもしれないよ」と微笑んだ。そんな事無いのに。
お義父様のニュルンベルス辺境伯と義弟のシュトレンが登城して来て、大臣達やサフィも一緒に毎日遅くまで会議する様になったと思ったら、ゲンヴァルデに攻め込むって言われた。
「サフィ、戦争なんて危ないよ。私達の可愛いクラティだって生まれたばっかりなのに」
サティが可愛いと言ってくれる頬を膨らませた顔をすれば、優しく指で突いて微笑む。私の腕の中のクラティの頬も同じ指で優しく撫でる。
「ニュルンベルスに鉱山が複数あるのは知っているよね。隣のブルーメンにも鉱山が複数あって、特に宝石鉱山から産出される輝石は質が良いんだ。今、ブルーメンには領主がいないから守備兵の統率力が低い。ブルーメンを取れば、将来王になるクラティウスに多くの宝石と鋼の武器を持たせられるよ。勿論、私の宝石であるリィに最高級のアクセサリーを捧げたいしね」
難しい事は分からないけど、サフィや父様達が決めたんだから間違ってる筈が無いもん。
なのに。
サフィ達が戦いに負けて、捕まっちゃって、しかも相手の兵士の中に姉様が居たって逃げて来た人から報告があった。吃驚した私はそのまま倒れて、サフィが帰って来るまでベッドから離れる事が出来なかった。だって、出発前には皆直ぐに勝って帰って来るって言ってたのに。
だけどサフィは怪我もしないで帰って来た。捕虜になると拷問とかされるとか小説にも書かれてたんだけど、そういう事はしちゃいけないんだって。サフィに姉様の事を聞いたんだけど、戦っている時にちょっと見ただけで、捕まっている時に呼んでも意地悪されて会えなかったんだって。
今まで周りの人達はみーんな私を褒めてくれたのに、サフィ達がゲンヴァルデに負けてから「彼の方を追放したのは間違いだったのではないか」とか「彼の方がニュルンベルス卿と結婚していたらブルーメンを落とせた」とか「結婚と出産のお祝いが近くて幸運を使い切ったのでは」とか「王女配は彼の方に勝てた事がありませんよね」とか、嫌味を言って来る。
しかも、ゲンヴァルデは卑怯にも人質を盾にして、ニュルンベルスの土地と鉱山を脅し取ったんですって。私とクラティの宝石を奪うなんて酷い。その人質にサフィやお義父様が入っていて、それも「大変でしたね」って面白そうな顔をして話しかけて来る人もいる。ブラートウルストの貴族のくせに、何で不幸を面白がるのかしら。全員父様にお願いして、罰金を払わせたけど。
可愛いクラティを父様達に預けて、私とサフィはブルーメンに向かった。ゲンヴァルデはブラートウルストを裏切った姉様をブルーメン辺境伯にした。すっごくバカにしてると思う。けど、私は賢いから直ぐにそれを利用する方法を思いついた。
姉様はサフィを好きで、サフィは譲ってはあげられないけど、私とサフィの子供、未来のブラートウルスト王になるクラティを守る王女騎士になりたがる筈。それに辺境伯って事はブルーメンを守っているのよね。ブルーメンには領主がいないって聞いたから、今ブルーメンを守っている姉様が一番偉くて、だったらブルーメンは姉様のもの。姉様のものは私がお願いしたら当然譲って貰えるもの。大体、死んだって私を悲しませたんだから、それも謝って貰わなくちゃ。
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ブルーメンの古臭い領主館の応接室に通されると、プラチナブロンドにガーネットの瞳の意地悪そうな人がいて、ゲンヴァルデのアルフレッド第五王子だって名乗った。アルフレッド様は性格も意地悪だった。難しい事ばっかり言って、私の話を聞いてくれないし、姉様にも会わせてくれない。姉様がブルーメンの辺境伯だけでなく、領主になったって聞いて私が喜んだらまた難しい言葉で姉様に会いたい気持ちを否定して、最後は無理やり追い出された。
国境を越えるまで私の馬車をゲンヴァルデの辺境軍が囲んでいて嫌な感じだし、越えた後は街道とその周辺を警戒して、私の馬車が戻らないか見張ってて気持ち悪い。
帰国後、何度手紙を出しても、開封もしないで差し戻され、十通を超えた所で父様に二度と手紙を書くなと私が叱られた。これ以上出すと、ニュルンベルス全部を取られちゃうかも知れないんだって。なんでそんなずるい事が出来るんだろう。
サフィも父様も母様も優しいけど、私をバカにする貴族達を止めてくれないし、クラティの為にブルーメンを手に入れて欲しいとお願いしても聞いてくれない。何でよ!父様とサフィは私の為に国を大きくしないといけないのよ!私は可愛くて綺麗なお姫様なんだから、幸せに幸せに暮らさないといけないのに!
せめて、お城の中で快適に過ごそうと思って、豪華な夜会の提案をしたら、ゲンヴァルデに鉱山を取られたから国のお金が減って、備蓄食料も無くなったから戦闘どころか防衛も難しくて、今は食料生産と保存とか、新しい資源を見つけないといけないとか、よく分からない理由でばっかり言って結局出来ないって言われるし、新しいドレスもアクセサリーも買ってくれない。
難しいお仕事は全部父様とサフィがやってくれるって言ってたのに!王女様の私は可愛く綺麗でいれば良いって言ってたのに!難しい事は知らなくて良いって言ってたのに!出来ない事があると難しい事を言って誤魔化して!ずるい!ずるい!ずるい!
母様も我慢してて可哀想だから、ちゃんと責任を取って貰おうと思って御前会議に乗り込んだ。父様と宰相と大臣達が失敗したから、私と母様とクラティが困ってる。責任を取って、ゲンヴァルデでも他の国でも良いから、お金と領地を手に入れてってお願いしたら追い出された。
私達の離宮に帰って来たサフィが、戦っちゃいけない約束なのに戦ったから、他の国から嫌われちゃってて、色々大変で一生懸命会議してるから、邪魔しちゃダメなんだって。そんなの知らない。戦っちゃいけないのに戦ったって何?勝てば嫌われなかったの?勝っても嫌われたけど、宝石がいっぱい採れるから良くなるの?
父様に姉様があの意地悪な王子と結婚したというお手紙が届いた。何で?何で結婚式に招待してくれないの?もしかして意地悪な王子様に騙されてるのかも。助けてって言って来たらいつでも助けてあげるんだけどな。
よーく考えたけど、サフィは王子様みたいだけど本当の王子様じゃないから、いけないのかも知れない。それでも私はサフィを愛してる。サフィと私は真実の愛で結ばれてる。
今のブラートウルストが大変なら、時間が経って本当の王子様のクラティが大きくなれば、ブルーメンを取り戻してくれるよね。そしたら姉様が戻って来るから、幸せなあの頃と同じになる。
ねえ、私の王子様、クラティウス・ロイゼル・ブラートウルスト。意地悪な悪い国からブルーメンとニュルンベルスと姉様を取り戻してね。そしたら王女の私はいつまでもいつまでも幸せに暮らせるんだから。