◇◆エピローグ◆◇
でっぷりあんなは、不健康と少々不健康の間をふらふらしていたが、何も無い所で転倒したり目眩や手足の痺れを感じるに至り、侍女に入手させて隠していた酒肴甘味類をサフィニアが回収、厳しい監視による個人での入手不可能にされ、クラティウスが手配した介護を会得した腰元達による毎日の軽い運動やストレッチ指導を受け、駄々を捏ねる度にキツい言葉を投げ掛けられた上に、決まった運動量と王太后として最低限の仕事をこなさないと食事も出ないと言うリアンナ的に『塗炭の苦しみ』『地獄でもここまで酷い目には遭わない』『悪辣非道行為』を受けた。
我慢がならないと死んでやる詐欺を働くも、死ぬ気が無いのはバレバレなのでちょっと位怪我をしても誰も助けてくれないという状況に気がついたリアンナは、遂に屈むのも大変なむっちりとした膝を屈した。ちょっぴりの怪我で大騒ぎして、運動をサボろうとした結果が『ソウデスネ。オオケガデスネ。大怪我で運動出来ないので食事は一週間うっすいおかゆにしますね』とやられたのが一番効いたらしい。
それでも、サフィニアと出掛けたり、ゆっくりだけれどダンスを楽しめる様になったり、政治的駆け引きの要らない引退した老婦人達とのお茶会をしているうちに、リアンナは可愛らしい王太后になっていった。
「リアンナから手紙が届きましたわ。最近は身体も少し健康になったから、今度はゆっくりと勉強を進めたいそうです。16歳で結婚した時に、学園を中退してしまいましたから、今からだとより大変だとは思いますけれど、やる事があるのは素敵な事ですよね」
「君が嬉しそうで本当に良かったです。私としては、妹君はもう少し苦労しても良いと思うのですが」
「苦労はしなくて済むのならしない方が良いと思いますよ?努力してそれが自信になるのなら良いですけれど、私でも努力は致しますが、わざわざ不要な苦労はしませんもの」
「そうですか?君の人生は苦労が多いと思っていましたが」
「あら、アールにはそう見えますの?私は今迄苦労した事はありませんけれど?」
「努力を正当に評価されなかった事は?妹君に陥れられ婚約者を奪われた事は?誤解され貶められてブラートウルストを追われた事は?王女という立場を失った事は?危険な職に就かなくてはいけなくなった事は?同窓の者達と戦う羽目になった事は?」
まだまだあると続けようとするアルフレッドの口を右手で塞ぎ、エレミアは握った左手を自分の口元に当てるとクスッと笑いを漏らした。
「努力は他者に評価される為では無く自分の力を伸ばす為で、ゲンヴァルデに来てからは素敵な出会いがいっぱいありましたし、王女で無くなった代わりに自由が増えました。魔獣を倒すのは元々やっていましたし、正当な理由無く攻めてくる相手を撃退する事に躊躇いはありませんから、どれも苦労にはあたりません」
一旦話を切って両手で口元を隠す。
「それに、私はゲンヴァルデに来たからこそ貴方に逢えたのですが、アールに好かれる事って苦労でしたの?」
「なっ⁉︎ それは、あの、いや。貴女は、どれだけ私を、いえ、素晴らしいです。愛しています」
「私も愛しています。そういえば、お伝えしないといけない事があったのですけれど、驚かないで下さいね?」
「何か問題でも⁉︎ 貴女を苦しめる何かがあるのなら、私が全て取り除きます!武力はありませんが」
「そうですわね、苦しむかも知れませんが_」
「誰ですか⁉︎ 何ですか⁉︎ 潰しましょう!擦り潰しましょう!」
「擂り潰すとアールも私も辛くなるかと思うのですが……」
「難しい問題なのですか⁉︎ 兄さん達を全員集めて潰しましょう。あ、いえ、潰すのはダメなのですよね。ではどうしてやりましょうか」
「いえ、そうではなくて、問題が無ければ来年には家族が増えるそうです」
「……?ああ、家族に縁の無い優秀な子供を養子として迎え入れるという提案ですね」
「実子ですが?」
「新しい孤児院の建設を実施するのですか?」
「アールの実子ですが?私とアールの。謎の力が生じて奇跡的な出来事によって、私に子供が出来たので無ければ、ですが」
「なっ⁉︎ い、今直ぐ全ての仕事を休んで下さい。後は全部私が、は、無理ですから、リーファとリーフの力を、ああっ、あの子達はブラートウルストに行っているんだった。居ないお陰で私がミアを独占出来るのは良かったが、こうなると不便に」
喜びと戸惑いと心配と動揺がない混ぜになり、奇妙な動きをするアルフレッドを見ながら、エレミアが声をあげて笑うと「兎に角、この嬉しさと愛をどう表して良いのかわかりません!」と笑うエレミアを未だ成功率ゼロの抱え上げを実行しようとしたアルフレッドが下敷きになって潰れる。
「「「エレミア様大丈夫ですか⁉︎ 」」」
「「「エレミア様おめでとうございます!」」」
「男の子かしら、女の子かしら?」
「どっちでも嬉しいですよ!」
「私が剣術を教えます」
「先ずは安静になさいませ」
「殿下なんか下敷きにしていたら、お体に触りますよ」
「そうですよ、大切な時に持ち上げようとするなんて」
「お前達、確かに、私よりミアの方が百倍も一千倍も万倍も、いや、天地以上に大切だが、必要以上に私を貶すのはやめてくれないか?」
「良いんですよ、殿下は」
「男親なんてそんなものですよ」
「新聞社に伝えないと」
「待って、エレミア様なら大丈夫でしょうけれど、万が一があるもの。出産までは秘密に決まってるでしょ!」
「じゃあ、リリーアイボリーの女将さん達には?」
「あそこに知らせたら、新聞の特報よりも早く国中に伝わるでしょうが!」
「王宮には知らせないと恨まれますよ」
「お前達、父親の私を無視して話を進めるな!」
「坊ちゃん、何を言ってるんだ?みんなの子供だぞ」
「リーファ様やリーフ様もみんなの大切な子供ですよ」
また一つ幸せが増えると自分を取り囲む大切な人達の真ん中でエレミアは心から幸せを感じて、ふんわりと微笑んだ。