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◇◆それからのみんなのお話(前)◆◇

 他国との友好の為に留学生をヴルスト学園に受け入れる事自体は珍しい事では無い。とはいえ、現在は抜きん出る程優秀な学科がある訳でも無いので、大概は他国との政略結婚の前準備だったり、ブラートウルストと取引している他国の商会の子供だったり、他国に嫁いだ者が子供を自分の実家に預かって貰っていたり、それ程活発に行われている訳でも無い。


「で、お前達は私が怖く無いのか?」


 渋面で目の前に座る招かざる客を睥睨するクラティウス・ロイゼル・ブラートウルスト。今は殺気すら感じさせる悪い顔になっているが、平時はブロンドにエメラルドの瞳、若干17歳のふわモテ国王。


 対する四人は一国の王の機嫌の悪さを全く意に介していない様子で相対している。

 ブラートウルストとの外交を担当するゲンヴァルデ第二王子マクシミリアンは『何が?』と言った表情で紅茶を飲んでおり、14歳のリーファは手元に大量のブラートウルストの観光案内を抱えて笑顔であちこちを伺い、13歳のリーフは微笑みを絶やさず優雅に座り、三人の座るソファの後ろに立っているシュトレンが何の為か小さく頷いている。


 リーファ・セーリア・ブルーメン14歳は、6年前より開催されたブルーメンの崖登り祭りの道具無し魔法無し部門で連続優勝し、領民に崖公主と呼ばれて親しまれている。プラチナブロンド、アーモンド型の目にガーネットの瞳を持った美少女で、儀礼的且つフェミニンなデザインの紺色の騎士服を纏っている。

 リーフ・フォルコン・ブルーメン13歳は、大型移動式魔動力武器研究会というゲンヴァルデのちょっと尖った研究家のグループに入って、姉である崖公女を『如何に自然を破壊せず標的だけを転げ落とせるか』という大会を立案。ライラック色のふんわりした髪、丸くて大きな目にガーネットの瞳、紺色のスーツを着て、見た目だけなら息子にしたい選手権優勝と領地のマダム達に支持されている美少年。

 シュトレンはクラティウスの父親の弟であり、本来ならフォルコン側に立たねばならないのだが、元ブラートウルスト、現ゲンヴァルデ領となったニュルンベルスの辺境伯次男だった縁で、リーファ達との付き合いの兼ね合いで今回はこの様な立ち位置となっている。


「何を恐れる必要があるのでしょうか?私達はきちんとした親書を送ったのち、ブラートウルストの返事を待って、今日(こんにち)、こちらにお伺いしたのです。先にお知らせした様に、こちらの二人の留学を打診し受け入れ可能とお返事戴きましたので、日付をお伝えして参った次第です。直接学園の寮に入れる手配であるという事で、問題無かったのではありませんか?」

「お前達が正式な手続きを行って来たのだから、規定に照らし合わせて受け入れとなっただけだ。私が快く受け入れたとでも?」


 コツコツと肘掛けを叩くクラティウスに、リーファが笑顔を向けた。


「ご質問されたので返答させて頂きます。留学するのに何を怖がる必要があるのでしょうか?正式に申し込み受け付けられたのですから、こちらに滞在して危険な目に遭うとすれば、それはヴルスト学園の警備に問題がある事になります。王立学園は大切な未来を担う若者を育てる場所、不手際は無いと信じております」

「有事の際は、自己責任で片付けます。陛下の手を煩わせる事はありませんし、その様な事があれば迷惑を掛けたと帰還を命じられます。私達がヴルスト学園に通学する理由等は既にお伝えしておりますし、言動に問題があれば罰則も受け入れます」

「そうか、それなら良いのだ。ブルーメンからお預かりする大切な客人だ。不満があれば直ぐに対応しよう。では長旅で疲れている所を邪魔した」


 留学生の受け入れについて、本来ならクラティスが行うのは受け入れの最終確認のみだが、流石に因縁のあるブルーメンの姉弟となれば話が変わる。ニュルンベルス奪還戦を仕掛けたのが2年前、戦後補償として領全土がゲンヴァルデに渡り、姉弟の親、ブルーメン辺境伯の直轄地となった。奪還戦の期間は進軍時間を入れなければひと月も掛かっておらず、親征まで行ったクラティウスには未だ大きな痛手となっている。

 様々な思惑から、ブラートウルスト国内で姉弟に危害が加えられる可能性は高いし、人質としての価値も高い。それは分かっている筈なのに、堂々とやって来た上、警護不要と言い切る。何か彼方なりの考えがあるのだろうけれど、勝手な事をされるのは気分が悪い。


「自分達が何とかすると言ったのだ。その通りにして貰おう」


 クラティウスは退出した部屋のドアを睨んで独り言(ひとりご)ちた。


ーーーーーー


 リーファとリーフは自分達がとてもデリケートな立場である事を理解しているのか、していないのか。学園内では奔放に振る舞っている様子が見られた。と言っても、規則は守るし受講している全ての科目に対して真摯に学んでいる。表立った問題は一切無いけれど、生徒達の神経を逆撫でする様な存在になっていた。


 まるで自国の様に、学園と寮の敷地内を悠々と移動し、休日には護衛を一人だけ連れて二人で城下町に遊びに行く。学園内外で襲撃を受けても全くの無傷で撃退し、学園長に対して報告はするものの「事を荒立てて学園に居られないのが一番困る。実際に全く被害を受けていない」と毎回言って事を収めてしまう。

 学食で襲撃された時など、他国からの客人という事で武器の携帯を許されていたにも拘らず、手元のカトラリーのみで応戦撃退。学園の守護騎士達が手出しをする隙が一切無く『ブラートウルストを信用していない』『女が立ちまわるとは慎みが無い』『能力をひけらかしている』といった言った陰口が流れる様になった。


 そんな事はどこ吹く風といった様子の姉弟は、初試験から各学年の首席となり、剣術科の受講では悪意を持った試合を申し込まれる度に、相手が怪我しない様にと気を使いつつ連勝を続け、魔術科の一番年嵩の教師と18年前に在籍していたエレミアが行っていた研究の続きを、持参した資料で再開したりと忙しい日々を送っていた。


 リーファの性格や因縁は兎も角、条件だけ見ればこれだけ好条件を揃えている者は少ない。母親であるエレミアはゲンヴァルデの騎士爵を所持し、ブルーメンと旧ニュルンベルスを合わせた領の領主になっている。それを支えるアルフレッドは婿入りしたとはいえ王子で、現在は一代限りのブルーメン大公と言う地位にある。もし、リーファと結婚すれば、広大な領地の一部、若しくは半分を持参金として得てもおかしく無い。

 鉱山資源豊富な土地、しかも、エレミアが領主となって以来、辺境軍を再編ししっかりとした魔獣対策と、耕地と水路の開発も進み広大な農地で軍を支える兵站資源も増加。国境を示す低いレンガ塀が配置された後も、煉瓦の生産は続け建築資材として有効活用している。


 母親であるエレミアの爵位は現在騎士でしか無いが、ゲンヴァルデに対しての貢献度は非常に高く不戦協定を破り侵攻してきた国の元王女であったとしても、侵攻時は既に地位を剥奪された亡命者であり、母国からの侵攻を退けた第一功労者。再度の侵攻も防ぎ拡大した領土を安定させていっている現状にゲンヴァルデ王も大変満足しており、叙爵されて16年、国内の貴族も彼女の誠意と実力を認めており早晩陸爵されると言われている。

 エレミアとクラティウスは伯母と甥、リアンナは妹であるのは紛れも無い事実であり、王太后と王がブルーメンとエレミアをを蛇蝎の如く嫌悪していても、ブラートウルスト側が全くの無傷で過大な利益を齎す婚姻を結べば陰で『謀反人の娘を受け入れた』という誹りは受けるだろうが、ゲンヴァルデの後ろ盾と多量の財産があれば全く問題は無い。


「あれは、何なんだろうな…」


 クラティウスは真面目な男である。ちょっと高慢で、ちょっと俺様で、多量の歪んだ恨みを吹き込まれて成長した17歳だけれど、15歳という早い即位を迎えてから良き王になる為に研鑽を積んでいる。忙しい中、歳の近い中から能力の高い側近や知己を得る為に、学園に通っている。

 彼の視線の先、中庭の噴水の中央にある正義の女神の像の持つ天秤、その皿に優雅に座り優雅な所作で何かを食べているリーファ。時々何か飲んでいる。問いかけるというよりは呟きに近い言葉に、同学年で側近候補の騎士団長の三男イアン・バークレイが答えた。


「サンドイッチ、では無いでしょうか」

「イアン、そういう意味で言ったんじゃない」

「分かっていますよ。毎日昼食時に入れ替わり立ち替わり求婚者や親友申し込み者が現れて、いい加減嫌になった結果でしょうね。陛下から生徒達に留学に来ているセーリア嬢とブルーメン卿に、用も無く声を掛けない様に通達なさっては如何ですか?」

「あれらは何かあっても自己責任と断言した。頼まれてもいないのに、こちらから態々対策してやる必要が?」

「隣国領主の娘が、留学先の学園で淑女らしからぬ行動を取るのを見逃すものどうかと」

「先の話がある故、些細な事を咎めると思われても気分が悪い。学園長が淑女に相応しく無い言動を注意した際『これはブラートウルストとしての訓告でしょうか?それとも学園の規則でしょうか?』と確認した上で『多少の問題はあるかと思いますが、学びに来ている私としては何かにつけて、付き纏われて迷惑しています。個人的な問題には直接対処して良いとの許可を頂いておりますし、言動に問題があるとおっしゃいましたが、規則違反はしていません』と堂々と答えたからな」

「敷地内の像に登ってはいけないという規則は無いな」


 同じく側近候補の魔術研究大臣の次男、ガイスト・ウインドが苦笑いする。


「父上によると、どちらも魔術科の研究室に入って以前母親が研究していた事を、系統だてて発展させているらしいな。初めは二人を嫌悪していた研究者達も、実力と努力を認めて最近は好意的だそうだ。年寄りの中には複数人、ブルーメン伯の出奔を残念がっていた者もいたから、研究の再開は大歓迎だそうだ」

「我が国の財産が増えるのは喜ばしいな」


 天秤の上にいたリーファは食事を終えたらしく、噴水を囲んで降りて来るのを待っている生徒達を確認した後、立ち上がって暫く経つと小型と言っても十分大きなロック鳥が飛来し、その足をがっしり掴んで校舎の屋上に移動した。


「あれは、バカなのか?」

「あのロック鳥を騎士団で使役出来たら空を高速で移動する手段になりそうですね」

「どうやって意思疎通しているのか、魔術なら研究したいな」

「あれの弟の方は食堂を使っているのだろう?姉弟で揃って利用すれば護衛も楽だろうに」

「姉の方には護衛騎士が一人しか着いていない様ですが、大変有能な様です。父も手合わせした所、あちらの方が上だったとか」

「弟の方は人当たりは良いものの、のらりくらりと言質を与えない話し方で相手の失言を促したり、あちらに有利な交渉を結ばせる方向に誘導してくるらしいぞ。第一弟の方と縁を結ぶより、姉の方が旨みが多いからな。我が国の令嬢があちらの女性進出の風土に合わせるのは難しいだろう。増してや、結婚したら、我が国に恐れられているブルーメン伯が姑になる。幾ら、姉が後継になる可能性があっても、ブラートウルストでは馴染みの薄い考え方だから、先ず婚約を結んで当然多大な持参金と共にブラートウルスト側に迎えるという筋書きに固定されているだろうな」


 ブルーメンの姉弟が留学して暫く様子を見ていたが、突飛な行動は取るものの、一方的に他者に迷惑を掛ける事も無く、絡まれる事はあっても絡んで行く事は無い。母親の事を引き合いに出して挑発されても『言いたいだけで対話する気の無い人と話す暇は無い』と歯牙にも掛けず、失礼だという相手に対しては『では交互に話が出来るなら良いですよ?ここまでって区切るまで話させてくれるなら時間を決めてお話しします』と宣言したのち、相手が姉弟の話の途中で一言でも発言すれば『お約束した通りここまでです』と終わらせてしまう。

 逃げられない様にと物理的な力で止めようとしても姉弟の身体能力は高く、体術若くは魔法を併用してすり抜けられてしまう。後々問題にならない様に、言質も与えず手も出さずという態度も憎らしい。


 歳は若いけれど、クラティウスは祖父やその側近から王としての教育をしっかり受けて来た。祖父と自分の間にブラートウルスト王の地位に相応しい者が居らず、若いうちに即位する可能性が高かった為、周囲も本人もそれを正しく意識していた。

 例え母親が、エレミアを極悪非道の大逆人としてクラティウスの耳に入れ続けていても、公平に人を見る目や情報を精査する力を養い続けて来たクラティウスからすれば、リアンナの思いには偏見があり、ブラートウルストの問題の元凶を全てエレミアにする事によって解決したと思い込んでいると感じる。

 もしも、エレミアがリアンナの言う通りの人間であれば、ブルーメン奪還戦の後、ブラートウルスト軍を追撃して更に奥深く侵攻されてもおかしく無いし、ニュルンベルスを奪ったのち裏切ったニュルンベルス家に対する仕返しとしてブルーメンとは差別する事だって出来たのに、実際は善政を敷いてブラートウルストに帰国したいと申し出た者達については、辺境軍の護衛付きで安全にブラートウルスト国境まで送って来た。

 姉弟の言動はブラートウルストにはそぐわないが、決して正道を外れる事はしていない。寧ろ、姉弟に下心を持って近付く者達に対して、失礼にならない様、やんわりお帰り願うか、意表をついたアクロバティックな方法で目の前から去るだけで、その後苦情も言い立てない。先に自分達で処理すると宣言もしていたが、溜め込んでこちらを攻撃するつもりだろうと言った相手に対して『陛下にした約束を(たが)える様な卑怯者になったら母上に合わせる顔が無くなる。天地神明に誓ってあり得ない。大体そんな事したら母上が…』と言葉を濁して遠い目をしていたと言う。


「あ、失礼。態とじゃ無いの。直ぐに出てく…く?いえ、ちょっと宜しいですか?ここ、数値がおかしいです」

「貴様っ!いや、何だと、見せてみろ。……。確かにそうだな」

「ですよね。ここがおかしいから、この先もおかしくなっていて、それで最後はこう。とすると……、やだ、こんなに誤差が」

「誰だ、これを出したやつは⁉︎ああ、あれの息子か。この様な簡単なミスをする程度の息子を、私の側近にと勧めるとは」

「今回だけは再提出で許して差し上げれば、陛下の広い心を打たれてより良い結果になるかも知れませんよ。但し、同じ様な失敗をしたら、厳罰か二度と機会を与えない、と線引きしておくべきですけど」

「ふむ、しかし、それでは周りに示しがつかぬだろう」

「普段はどうなされているのですか?」

「そうだな、厳重注意の上、いつになるか不明だが次の機会を待たせる」

「それだと、空白期間が出来ますから。言い訳を聞く必要は無いとしても、折角の人材を「陛下、公女」あら、ウインド卿、ご機嫌様。ご挨拶が遅れまして、失礼致しました。直ぐに退室居たしますので」

「おいおい、退室って言って窓枠に手を掛けるな」

「ええと、窓から入って来たのにドアを使っても?」


 魅了する様な微笑みを浮かべつつ、先程入って来た視線で窓の外を伺うリーファ。


「淑女は3階の窓から出入りしないと思うがな」

「丁度この下で熱烈なプロポーズを複数人にされたので、屋上経由で移動しようかと思いましたら攻撃魔法を撃たれました。避難しようと開いた窓に飛び込んだら、まさか陛下がいらっしゃるとは思いもよらず、内密な話をしている可能性等も考えず大変失礼を致しました。次からは室内を確認してから、お声を掛けて入るかどうか決めます」

「いえ、そうでは無く、窓から入らないで下さい」

「校舎の壁を移動している時に窓から入らずに何処から?まさか。壁を突き破れと?それは倒壊の危険もありますし」

「壁を登るなって言ってるんだがな。大体、その複数人にプロポーズってどうなってんだ?」

「うむ、留学生であるセーリア嬢を保護する責任があるからな。説明せよ」

「これは個人的な問題なので、陛下の御耳汚しするのも気がひけるのですが」

「他国の公女に壁を登らせる方が問題だ」

「左様ですか。実際大した事では無いのです。編入してから多くの方々に婚約を申し込まれておりまして、私の一存で決められる事ではありませんので、全てお断りしていたのですが、本日今までお話しした事のある方に取り囲まれまして、一人乃至(ないし)数人候補を選べと。本来なら、囲みの隙を抜けるのですが、少々人数が多かったので上に」

「断っているというのにしつこく言い寄られているのであれば余りにも礼儀知らずな行為だ。以前の制約を気にする事はせず、学園長に苦情を出すと良い」

「それはそうなのですが、弟も同じ様な状況の中、私だけ不満を申し立てるのは、勝ち負けで言うと負けなのです。それがブルーメンに知られたら、父になんと言われるか」


 目を細め、唇を尖らせ、何とも言えない表情で遠くの空に視線を向けるリーファ。


「御尊父に何を言われるか、ですか?武勇を誇るのは御母堂とお聞きしておりますが」

「その通りですが?」

「御母堂に失態を責められるのではなく?」

「何故母が私を責めるのでしょうか?」


 心底意味が分からないと言う表情のリーファに、クラティウスとイアンとガイストが顔を見合わせる。


「ブルーメン伯って老若男女問わず、敵を逆さ吊るしにするんじゃないのか?」

「何ですかそれ?どこの怖い悪魔なんですか?ブラートウルストの武闘派貴族は、相手を血祭りにするのが普通なのですか?」

「いやそうじゃ無くて、ブルーメン伯は血も涙も無い悪魔だって言う噂がな」

「ああ、それですか。どの様な誤解でそうなったのか知りませんが、母はとても優しい上に「失礼致します。こちらにブルーメン公女がいらっしゃうますでしょうか。お迎えに上がりました」迎えが来ました。では失礼致します。お部屋にお邪魔したお詫びはのち程」


 満面の笑みを浮かべたリーファが向かったドアの外には、リーファ唯一の護衛騎士トリスタンが立っていた。


「リーファ、あの程度なら壁を登らずに突破して下さい」

「だって、隙間が」

「よく見ていないからです」


 ドアが閉まり、二人の声が聞こえなくなると、誰ともなく三人は嘆息した。

 以前から調べているものの、エレミア元王女についての情報は少なく、憶測と嘘と虚像の産物が真実を歪めているのだとすれば、本来のエレミアは一体どんな人物なのだろう。三人はそれぞれの想像を巡らせる。そしてそれは、決して悪鬼羅刹といったものでは無かった。


ーーーーーー


 ヴルスト学園創立以来、剣術、格闘術、徒手戦闘術等を選考している生徒の一大イベント年に一度の武術大会に、今迄出場した女生徒の数は両手に満たない。高位女性の為に同性の騎士が必要とされた場合でも、武門出身でほんの少しだけ武器に触れた程度の者が形だけの騎士となるのが通例で、主人の危険に怯まず一緒に逃げられる程度でも十分とされる。

 王妃や王女の側使えとなる女性騎士の顔見せ程度の参加で、相手もそれを理解しているので数回剣を交わした所で終わる。


 そんな少ない女生徒の中、規格外だったのがエレミアで、入学以来優勝を続け、6年目にはそれまで優勝者の枠は一名のみであったが、総合優勝と男子優勝という二つの枠が用意された。周囲は配慮が必要な王女エレミアが出場するせいで、本来の優勝者が実力を発揮出来ず準優勝となってしまうという見解であったけれど、実際に戦った男子生徒達の言葉と気持ちが合っていたかは分からない。


 エレミアが18歳で国を出奔して以来、武術大会の表彰は元通り優勝から4位までとなった。男子生徒を下す女生徒どころか、まともな女生徒の参加者が居なくとも、生徒の機会は平等であるという名目はそのまま残った。


「あれは参加を取りやめたのでは無いのか?」

「止めたのですが『機会は平等と伺っていたのですが、やはり女生徒には向か無いのですね。考えておきます』との返事でしたので、考えた結果が参加になったのでしょうね」

「弟の方はどうなんだ?」

「一年生の中では一番腕が立つとイアンが言っていましたが、流石に最上級生には勝て無いかと。勿論、セーリア嬢も優勝は無理ですね」

「それならそれで良いのだが、どうもあれらは目立ちすぎる」

「しかし、あの二人が規則は厳守しつつ鷹揚に構えている分、我が国とゲンヴァルデの確執が薄まったと内外に示す事が出来ていますから、目立つのは仕方がありませんね」

「ガイストはあれらをどうみる?」

「そうですね、セーリア嬢は我が国では受け入れられ辛い存在ですが、彼女の能力を好意的に受け入れられる様に出来れば、今後、国力を上げるには女性にも能力のある者がいて、肝心な部分を抑える者がいれば有効に使えるという指針を示す事が出来ると思われます。フォルコン卿は年少者ですが能力が高いので、それを認めつつ油断や驕りなどに陥らないように指導すれば良いでしょう。ですが、お二人はゲンヴァルデの者です。それだけで我が国では嫌悪されますね」

「個人的には二人をどう思う?悪か、善か」

「単純には決められませんね。ゲンヴァルデというだけで悪とする考えもありますし、学園の規則は守っても騒ぎの元凶となるのを悪とも言えます。お二人ともブラートウルストのルールから逸脱しているので悪とも言えますが、ゲンヴァルデでは大変人気のある姉弟だそうです。領民の為に女子供が魔獣を退治する行為は、我が国では出過ぎた真似として嫌がられるでしょうが、あちらでは能力のある者は率先して動き評価されるべきとされています。セレーネ嬢は正義感が強く、困っている生徒がいれば解決に手を貸します。それを鬱陶しいと思う者も多くセレーネ嬢の評判は下がりますが、問題は解決します。フォルコン卿は各教科の研究室の整理作業を教師達に許可を得て行っています。そのままでも問題はありませんが、整理後は色々な面で便利になったそうです。やらなくても良い仕事を増やしたとも言えますし、先んじて動いたとも言えます」


 特別観覧席から競技場を見下ろせば、試合前の運動をしている参加者を一望に出来る。クラティウスがわざわざ探すまでも無く、布鎧(クロースアーマー)の上に金属の胸当て(キュライス)だけを着けた軽装の姉弟が、向かい合って練習用の細剣(フルーレ)で打ち合っている。時々、他の生徒達から偶然を装った邪魔が入るが、ひらひらと踊る様に避けて何事も無かったかの様に練習を続けている。

 本気では無いとはいえ上級生からの攻撃すら避けているのだから、二人の能力が高いのがよく分かる。ふと、貴賓席の一角に目を向ければ、クラティウスが姉弟を見ていたのに気が付いていたらしいアルフレッドと目が合った。アルフレッドの隣には貴婦人が一人と外交担当のマクシミリアンもいて、楽しそうな顔で競技場に目を向けている。

 クラティウスからすれば、視界に入れる所か国内にすら入れたくない二人だ。祖父達からニュルンベルスの一部を奪い、自分から全てを奪った憎い連中。それでも、公平に付き合わねばならない。向こうからすれば、祖父達は侵略者で、自分は戦後補償として引き渡した領地を武力で取り戻そうとした者でしかない。


「遺恨があっても、前提があった、か」

「陛下、何か問題でも?ゲンヴァルデからの来賓については」

「解っている。あの姉弟はゲンヴァルデ王族のお気に入りで、我が国は領土侵略をした国だからな、他国からの賓客に咎められる様な事はしない」


 試合が始まれば、誰もが競技場に目を奪われる。学生の試合といえど、武術系の講義を取っている上級生は既に見習い騎士になっている者、武門の出身で幼い頃から鍛えられている者等、実力の高い者がその力量を見せる為に出場している。当然、試合の水準も高い。

 その中をギリギリで勝ち進む姉弟に対して、会場の空気は当然良くない。今日は学生だけで無く招待客や保護者や一般市民に解放されたエリアもあり、多くの者が略奪者ゲンヴァルデの姉弟が無様に叩きのめされている所を見に来ているのだから。

 唯一の味方である、アルフレッド達は会場の空気も自分達に向けられる冷たい視線も全く意に解さず、悠々とした態度を取り続け不躾な視線に対しては極上の笑顔で返礼する。それが余計周囲の気分を損ねるのだが、彼らにとってそれもどうでも良い事、否、寧ろそうであればあるだけ、優位になると考えている。協定を無視された側で撃退しただけであり、追撃もしていない。領土を奪ったのでは無く、戦勝国として正当な補償を受けただけ。

 そんなちょっぴりイヂワルな大人達に向かって、時々無邪気に手を振る姉弟への視線に感情が力となって宿るのなら、ゲンヴァルデ陣はあっという間に消滅していたに違いない。が、性格が色々あれなので、反射して周囲が消滅していたかも知れない。


『『『ヴルルルルルゥ!!!』』』


 試合も進み中盤も超えた頃、軋む様な唸り声と共に、競技場の中心に複数のキメラが、上空に複数のワイバーンが出現した。


「なっ⁉︎騎士団と魔術師は魔獣の制圧を!近衛騎士団は避難誘導を!我が勇壮なるブラートウルストの者達、弱き者達を守り迎撃せよ!」

「陛下、避難を!」

「いや、私がここを離れるのは王としてあり得ぬ!ガイスト、奴らを倒すまで私と一緒に!」

「畏まりました。事の首謀者も突き止めましょう!手の空いている近衛騎士は集めた避難者を学園の安全な場所に誘導し、誰も外に出すな!」

「陛下!ガイスト!」

「父上!殿下は避難されない様です!」

「うむ、私もここで陛下をお守りする。魔術省向けの緊急信号魔法を既に展開した!直ぐに援軍が来るからな!」


 混乱の最中、一般席の中からマントを羽織りスカーフを被った人物が競技場に飛び込んだ。


「あああああああああああああっ!!!!!」


 魔獣達の咆哮を超える声で一喝。震える空気に、魔獣達がそれを攻撃対象として捉える。それが腰から一本の棒を取り出して右手で大きく振るうと、棒が青白く光った。魔獣達が一斉に襲いかかるも、体の大きな魔獣がたった一人に攻撃出来る筈も無く、最初に到達したキメラの鼻先を棒で押し下げる様に突いた勢いで、上空斜め前に飛び、そこにいたワイバーンの鉤爪を左手でいなす様に払って着地する。

 引きちぎる様にスカーフを脱ぎ、飛来して来たワイバーンに被せて棒で薙ぎ払う。スカーフの下はブレイドクラウンにした紫の髪。


「母様!」「母上!」「私の女神があああああああああああああ!」


 リーファ、リーフ、アルフレッドが同時に叫び、全員の視線が『それ』に集中した。


「お前達の相手は私ですわよ!それとっ!皆様は戦うなり!逃げるなり!判断して動いて下さいっ!」


「「「「「「「抜刀グリズリーだあああああああああ!!!!!!」」」」」」

「馬鹿者ーっ!ブルーメン卿は味方だああ!逃げるなあああああ!」

「蘇りし幽鬼ですよっ!逃げないと!」

「バカを言うなっ!非戦闘員を守れっ!」


 中央で魔獣達を惹きつけながら戦うエレミアが、表情を歪めた。


「ブラートウルストの兵はこんなものでは無いのでしょう⁉︎大切なものを守れないのなら!とっととお逃げなさい!私が全て片付けて差し上げる!けれど!情けない者は端から、思い知らせて差し上げますわ!」


「「「「「「「潰されるううううううう!」」」」」」」

「「「「「「「気合いだ!気合を見せろ!」」」」」」」

「「「「「「「召喚者を探せ!怪しい者を逃すな!」」」」」」」


「母様!私も戦いますっ!」

「リーファとリーフはリンディ様を守りなさい!」

「えー!」

「分りました!姉上、行きましょう!僕らはまだ母上と並べない!」

「ううっ!母様ご武運を!」


 走り出す姉弟を見る事も無く、口角を上げつつ魔獣を叩き伏せ、叩き落とし、時々叫んで魔獣達の注意を惹きつけ、出奔以来会っていない者達の記憶を呼び起こし、奪還戦に参加した者達の思い出を補完し、あの頃のエレミアを知らなかった者達に強烈な印象を与え、エレミアは懐かしい競技場の中心で、魔獣の最後の一匹を打ち倒すまで戦い続けた。

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