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◇◆結婚式後の元王女は夫とデートする(前)◆◇

 エレミアとアルフレッドの結婚式はヴァイツェンの小さな教会で行われたのだが、夜になり主役が居なくなっても街中お祭り騒ぎの大盛り上がりで、ブルーメンの英雄を一目見たいと集まった旅行客や地元のおっちゃん達が大通りに出された露天のテーブル席だけでなく、広場に敷物を敷いての徹夜台パーティーに雪崩れ込んだ。


 ヴァイツェンの商人達はこのビッグビジネスチャンスを逃すものかと、本来販売業である者達も簡易宿泊用の部屋を用意したり、限定記念品を増産したりして旅行客を迎え討つ。元ニュルンベルス領の住人であり、ブラートウルスト国民だった者達も分け隔て無く受け入れ、エレミアが未だ王女でサフィニア・ニュルンベルスの婚約者であった時に彼女を『非常識だ』と詰っていた自分達の考え方が、ゲンヴァルデでは通用しないという事を改めて認識した。

 元々、エレミアがサフィニアの婚約者であった間、即ち、地位を剥奪されるまではニュルンベルス侯爵に煙たがられつつも定期的にニュルンベルスを訪れて、治水施設を手直しする指示を与えたり、将来見込みのある事業等に援助したり、後家や孤児の為の救済院を整備し定期的に視察したり、災害の被災時には王家に必要書類を提出し放って置かれる事の多い平民にもきちんと物資が行き渡るように手配したり、暴走した魔獣を退治したりしていた。領民達は何となくそれを受け入れていたのだが、女の癖にでしゃばりな王女が行っている事を余り重要視していなかった。


 当然と言えば当然、しかし彼らにとっては何故か、ある時から援助が無くなり治水施設に小さなトラブルが多発し、事業を始めたくても資金を融通してくれていた金融機関が投資用の資金が全く入って来ないので不可能となったり、救済院のレベルが最低限にもどってしまったり、その他、いままで受けても全く意識していなかったサービスが停止してしまった。


 領主であるニュルンベルス侯爵に陳情しても、「元来領主の仕事はそこまで細かくない。非常時には炊き出しもするし、魔獣の出現や治水も問題が出ればその都度修理している。救済院にまわす資金や投資の資金の余裕は殆ど無い」と言った返答が貰えれば良い方で、大概は私兵に追い返されて終わる。気になって商工会が調べた結果、エレミアが未来の領主の妻として行っていたと分かり、リアンナ王女の義父が治めるニュルンベルス領として改めて同じ待遇を求めたが、やはり資金も手間も無い、やりたければ商工会で資金を集めて民間で何とかする様にと通達された。


 そんなニュルンベルス住民達は、ブルーメン領になってから以前より劣るがそれなりの社会インフラを受けられる様になった。元々領主不在期間があったブルーメンを建て直すのに手間が掛かっていたのと「過剰な補償は住人達の自助努力を鈍らせる」とアルフレッドがエレミアに提言したからで、家庭教師と書物と視察という学習で得た指針で行動していたエレミアは理想が高くなる傾向があった。だから本人のやる事がどんどん増えてしまい、相談相手がいないせいで全てを抱え込む羽目になる。エレミアが領主になってから愛するエレミアの負担を減らすべく、アルフレッドはそれはもうあれこれ頑張った。ちょっぴり、結構、かなり、自分との時間を作ってラブラブーという下心もあったけれど。


 ともあれ、街中が結婚式会場となったヴェイツェンは、現在街の外にずらりと簡易宿泊用のテントが並び、篝火やランタンで煌々と照らされている。テントの周りにも盛り上がる人々がいて、謎のキャンプファイヤーやアウトドア料理も絶賛実施中だ。


 そんなお祝い気分をぶっちぎって兎に角もう結婚とか祝いきったから後はただ楽しくやっちゃうよー的雰囲気の中、主役である、いや、主役であったアルフレッドは領主館の嬉し恥ずかし夫婦の寝室のキングサイズベッドの上にちんまりと座っていた。

 小一時間程前には、魔力コストの大きい転送魔法を惜し気もなく使い末っ子王子を祝うべく勢揃いしたゲンヴァルデ王と王妃、王太子と王太子妃、第二王子と王子妃、第三王子と王子妃、第四王子、第一王女と夫の公爵が王都でのお披露目の予定をいう名目で応接室にひとりぼっちだったアルフレッドを散々揶揄い倒していたのだが、流石に「結婚式当日の夜を邪魔しないで下さい」と流れる様なスライディング土下座で訴える可愛い末っ子王子の望みを叶える事にして撤収して行った。


「帰って来ない。帰って来る。帰って来ない。帰って来る」


 ついつい部屋に飾られた花の花弁をむしり始めるアルフレッド。結婚式で街に多くの人が集まるという事は、気の緩んだ人や留守宅や多額の現金を持ち歩く旅行者を狙う犯罪も多発する。故に警備兵を増員し、常に見回りを行わねばならない。となれば、その一番上であるエレミアが動かない筈が無い。

 式前後はウエディングドレスでお披露目用の馬に横乗りし、スリや暴漢を捕らえ、お披露目のガーデンパーティーが始まってからは女性騎士の式典用の制服に着替え、王家の面々、ブルーメン領内の町長、商工会長、各種組合(ギルド)会長等と歓談する合間に、警備に出る。式前にアルフレッドが「当日の警備は近衛騎士と警備団に任せてね」とお願いし「そうですね」と返答されていたにも関わらず此れである。予想はしていたけれど。


 キィ…。


 小さな音と共に寝室の続きの間となっている居間のドアが開いて、そこからエレミアが顔を半分覗かせた。


「お、遅くなりました」

「い、いえ、お帰りなさい。無事で良かったです」


 手に持っていた花と、周りに落ちていた茎や花びらを高速で床に落とすアルフレッドだが、そろそろと部屋に入って来たエレミアが王妃と王女が大量に選んで送り付けて来た可愛らしい夜着のうちの一枚着ているのに気が付いて硬直した。可愛い、可愛ければ、可愛い時、それはもう目眩くラブラブ…。脳内大混乱。

 幼い頃にはきちんとした夜着を着ていたエレミアだが、辺境領主の妻としての修練を始めた辺りから『夜に有事があっても直ぐに対応する為には外に出ても大丈夫な服で寝る』という習慣になっていたので、かなり恥ずかしい状況だったりする。それでも「専用の騎士を手配するから、夜はちゃんと夜着に着替えてね。可愛い娘(義妹)が折角選んだ服を着てくれないと寂しくって泣いちゃう」という王妃と王女の訴えを受け入れるのが、エレミア的ジャスティス。レディを泣かせる奴は人に在らず。というか、自分もレディなのですが?


「あの、えっと?」

「トナリニドウゾ?」

「失礼します」

「イイエコチラコソ?」


 ちんまりと並んで座る新婚夫婦。ゆっくりと視線を合わせどちらともなく微笑む。


「トテモキレイデス」

「ええと、はい、ありがとうございます?アルフレッド様も素敵でした」

「うっ!」


 頑張れ、負けるな、自分。アルフレッドは己を鼓舞し、片手をエレミアの肩に、もう片手を頬に添えてゆっくりと額に口づけを落とす。そして頬、耳朶、髪、瞼、首筋と唇で触れてから、真っ赤な顔で唇を戦慄かせるエレミアと視線を合わせ、蕩けるような笑みを浮かべてから唇を合わせた。


 数秒後、アルフレッドの体がベッドにふわりと放り出される。


「あのっ、アルフレッド様?息が出来なくて死にます!」

「あ、え、そ、それは、すまなかった」

「良く分からないのですが、もしかして、何か呼吸のコツがあるのですか?」

「ええと、こう、合間で?隙間で?鼻で?」

「成る程、まだまだ知っておくべき事があるのですね」

「エエソウデスネ」


 ラブラブロマンティックは、口を塞がれ呼吸を阻害されたらどう対処すれば良いのか、に変更された。


「では、私は寝ます。おやすみなさいませ」

「おやすみ、私の大切な愛する奥様」

「はうっ!た、大切なだ、旦那様?」

 

 照れて真っ赤になり頭まですっぽりと毛布を被ったエレミアに対して、毛布の端からこぼれるライラックの髪を愛しそうに撫でながら、アフルレッドの胸中は複雑であった。


ーーーーーー


 目を覚ましたアルフレッドの新婚第一日目の感想は『おかしい、色々とおかしい』だった。隣で可愛らしくも美しい寝顔で横になっている筈のエレミアの姿は無く、凹んだシーツには既に体温も感じられない。

 新婚夫婦というものは、それはもうきゃっきゃうふふのちゅっちゅははは、では無かったのか?ドキドキ新婚生活、初めての朝はベッドで2人でコーヒーを飲むのではないのか?それから目を目が合うたび微笑んだり、はにかんだり、ベッドサイドの朝食をあーんで食べさせあったり、夫が入れた紅茶を頬を染めた妻が飲み、隣に座って手を握り、そのままお昼過ぎまで…。

 初恋拗らせ残念王子は、その初恋が実っても新婚拗らせ残念王子である。


「おはよーございまーす。坊ちゃん、あ、結婚したから坊ちゃんはダメかな?でも、別に良いよな?坊ちゃん、厨房から朝飯持って来たんで居間で食べてくださーい」

「アレックス、ミアさん、じゃ無くて、え、エレミア嬢、じゃ無くて…」

「ミアさんでもミア嬢でもエレミア嬢でも良いと思いますけどね、姫さんならトリスタンと出掛けましたよ」

「なっ⁉︎」


 幸せ絶頂の非日常を生きるアルフレッドと異なり、エレミアは絶賛通常運転である。そして、拗らせアルフレッドは若干寂しく思いつつも、これこそが自分が愛した女神だとうっとりする。残念思考は通常運転であった。でもちょっとトリスタンに嫉妬したりもして、アレックスに「だったら起きれば良かったんじゃねえですか?」と言われてしょんぼりした。


 翌日、エレミアは日の出の前に目を覚まし、いつも通り鍛錬を行い街をぐるっと見回る。完徹お祭り騒ぎ組には帰宅して休息を取る様に勧め、街外のテント村に累々と転がる二日酔いゾンビ達に炊き出しの案内をし、自警団や警備兵詰所に顔を出して問題は無いか確認する。その後、リリーアイボリーで入浴し、女将と早起き派の常連レディ達に囲まれて改めてお祝いの言葉を受け、部屋に戻ってからのアルフレッドとの様子を聞かれつつ、パン屋から届けられたサンドイッチを皆んなで囲む。


「新婚さんなのに、こんな時間にこんなとこ来て良いの?」

「何だいこんなとこって。ここはあたしの素敵なお城、レディサロン、リリーアイボリーだよ。でもまあ、こんなとこは置いておいて、昨夜はあれだったんだろ、体は大丈夫かい?あの王子さん、ミアちゃんから離れそうも無いじゃないか」

「健康そのものですわ。ここに寄る前に街の見回りも詰所に顔出しもしましたし、アルフレッド様はゆっくりおやすみでした」

「え?寝てるのを置いて来ちゃったの?」

「はい。結婚前も起床時間が違いましたし」

「で、でも、昨日の夜はあれだったんだろ?お互いの気持ちを確認しあったんだろ?」


 女将達の追及に頬を染めるエレミア。やだ、うちの領主可愛い。細マッチョだけど可愛い。女将達が小動物を愛でる瞳に変わった。


「き、キスをしました」

「うんうん!」

「それで⁉︎」

「あの、く、唇に」

「うん、それから⁉︎」

「息が苦しくなったので、どうしたら良いか聞いて、寝ました」

「「「「「「「「「はあああああああ⁉︎」」」」」」」」」」


 女将達は天を仰いだり、額に手を当てたり、テーブルに突っ伏したり、思い思いの格好で思い思いの格好で『王子さん』に対して心の中で手を合わせた。あれ程、リリーアイボリーで揶揄われながらも、両思いアドバイスを受けて、やっと結ばれたというのに、リリーアイボリーのレディ達の叡智を結集して応援したのに、どうしてどうしてこうなった⁉︎

 ヘタれたのか?やはりヘタれたのか?女将達の心に一つの仮定が浮かび上がった。初恋を拗らせると両思いになっても、幸せすぎる現実に手が出せなくなるという、残念純情ルートがある事を女将達は知っている。ここは一つ、我々がサポートしなくては!そう、我々は見たい!ミアちゃんがふわふわ可愛い服を着て、ヘタレ残念であるとはいえ見た目は満点王子と街中でイチャイチャする所を!

 我々は見たい!2人の確実に可愛いであろう子供を!出来れば男女どちらも!何だったら二桁人数でも大歓迎!


「あ、あのね、ミアちゃん、結婚式でもキスしてたよね?」

「は、はい。ひ、額に」


 そうだった。額だった。王子と辺境伯の公式な結婚式であるからして、儀式としてのキスだった。とはいえ、あの王子なので、ヘタレて額にしたのかも知れない。

 つまり2人の初ちゅーは昨晩だった訳だ。女将達の眉間に皺が寄る。可愛いジュニア大作戦はいきなり暗礁に乗り上げた。


「ミアちゃんは子供欲しく無いの?」

「欲しいですが、育児には余り自信がありません。あ、でも、リリーアイボリーのお姉様方に色々お聞きすれば大丈夫ですよね。問題は、お腹に赤ちゃんがいる間に仕事が滞る可能性がありますわ。ですが、創意工夫をすれば乗り越えられますね。そうです、今すぐ赤ちゃんが来ても大丈夫ですわ。もしかすると既にお腹に小さな赤ちゃんが?楽しみです」


 もしかしなくても、もしかしない。初ちゅう乙女エレミア。

 胸の前で両手をギュッと握るエレミアに対して、素早く視線を交わす女将達。目は口程に物を言う。女将達は以心伝心の仲なのだ。さあどうしようと目配せをし合う女将達の中から、1人の女性が口火を切った。


「ミアちゃん、閨教育って言葉、知っているかしら?」


 セクシーな魅力を持つ年齢不詳の美女、高級娼館ローザアジュールの女将だ。流石、お姉様、そんなプライベートな所に斬り込むなんて!そこに痺れる、真似出来ない!


「姐や教育ですか?侍女やコンパニオンやシャペロンといった方々の教育ですか?」

「成る程、理解したわ。ミアちゃんは子供ってどうしたらやって来ると思う?」

「よく分かりませんが、私の読んだ恋愛小説では男性のリードにより愛の結晶が、という表現が多かったかと思います」

「そうね、合っているわ。情熱的なアプローチ、愛のあるふれあい、男性の優しいリード、大丈夫、ミアちゃんは遠からず可愛い赤ちゃんを授かれるわ」

「そうですか?お姉様方にそうおっしゃっていただけると嬉しいです。今日は夕方にまた来ますので、何か相談事のある方がいらしたらそうお伝え下さい。では、午前の政務に向かいます」


 満面の笑みでリリーアイボリーを出て行くエレミアを、同じく笑顔で見送る女将達。サロンのドアが閉まった瞬間、ローザアジュールの女将に視線が集まる。


「何であそこまで斬り込んどいて教えてあげなかったんだい?」

「うふふ、朝から話す内容では無いでしょう?」

「にしても、何でミアちゃん知らないのかな。王女様だったら政略結婚とかもあるし、デリケートな内容ではあるけど家庭教師に習うんじゃないの?」

「ミアちゃんって、自分の興味のある事、必要な事を自分でピックアップして家庭教師を呼んで貰ってたんじゃ無かったっけ?」


 じゃあ、教わってないか…。

 王女なのになー。


「でもでも、学校に行ってたんだから、女友達とちょっぴりおませな会話とかしたり、友達のお姉さんとかに聞かされて、きゃーっていう経験とかがあっても良いわよね」

「ミアちゃんって、お友達も作らず実直勤勉に文武両道を極めたって聞いたかも」


 お友達…いなかったのか…。

 いや、過去のお友達関連の事は本人が気にしていないみたいだから良いけど、これからは私達全員がお友達で親友で可愛がっちゃうんだから!


「だからさ、ローザの、今教えなくても後で教えるとかさ、あるだろうさ」

「確かに、女性もきちんと自分を大切にする為にも必要な事ではあるけれど」


 ふふふ、と蠱惑的に微笑み唇に指を添えるローザアジュールの女将。


「私のお店は紳士に夢を見させるお店だけれど、可愛いお店の女の子達を大切にするお店でもあるのよ。紳士側も努力をしなくてはいけないの。考えてみて、ミアちゃんの夫はミアちゃんにベタ惚れの王子様なのよ?ちゃんとミアちゃんを大切にするに決まっているわ」

「それはそうだけどさ、あれだと可愛い赤ちゃんが出来るまで何年掛かる事やら。下手すると死ぬまで無理かも」

「ふふふ、流石にそれは無いわよ。それにねえ、あの王子様に頼まれてもいないのにこちらからはいどうぞって準備してあげる義理は無いわよ?それに、ちょっと見てみたくない?愛するミアちゃんと結ばれる為に苦労する王子様を」


 見たい。みんなの心が一つになる。そうだ、我らの可愛いミアちゃんを結婚という形で独占したのだから、ミアちゃんの為に苦労すべきだ。あの好きすぎて拒まれるのが怖いという螺旋階段拗らせ王子様は、そのくせ年上の余裕と包容力をアピールしたいという矛盾生物なので、見ているお姉様方からすればウザ面白い。


「頭を下げてきたらちょっとは助けてあげても良いけれど、ね?」


ーーーーーー


「デートしませんか?」


 アルフレッドは考えた。領主の配偶者として多くの政務を引き受けているのだが、外回りの多いエレミアに比べ机上作業が多いアルフレッドは、仕事の合間に一生懸命考えた。エレミアは自分に好意を持ってくれているけれど、婚約者と妹に裏切られた傷は深く、アルフレッドを愛しているかといえば未だはっきりしていない。結婚したのだって、王子である自分と辺境伯であるエレミアの縁は国として望ましい事であり、王女だったエレミアからすれば政略結婚として受け入れる事が出来る。

 実際結婚式で自分も言ったではないか。お互いを理解し、高めあう、と。であれば、先ずは距離を縮めて好意をもっと大きくして貰うべきだ。多少時間がかかっても遠回りでも、8年越しの恋が叶ったのだ。後数年掛かろうが、何だったら死ぬまで掛かろうが構わない。いや死ぬまで掛かるのはダメだ。

 そんな脳内1人会議の結果、捻り出されたのが「デートしませんか?」である。


「デート、ですか?良く2人で出掛けておりますが」

「仕事は一切関係無しに出掛けるのです」

「仕事を滞らせる気はありませんので。一緒に食事を取ったり、視察に出掛けるのはダメなのですか?」

「私とエレミアさんは恋人としての時間が足りなかったと思うのです。私ばかり貴女に恋焦がれて、立場上断り辛く選択肢の少ないエレミアさんに結婚を押し付けてしまった所もあるかと」

「あ、はい。あ、いえ、あの、私もアルフレッド様となら幸せになれると思って結婚しましたし、押し付けられたとは思っておりませんよ?」

「勿論、誰よりも貴女を愛しておりますし、私の全てを掛けて幸せにする誓いをたてております」


 領主館の執務室で書類を広げたテーブルに向かい合い二人掛かりで高速で処理しながら会話する夫婦。アルフレッドから漏れまくる甘々な言葉に、頬を染めつつも仕事優先のエレミア。そんなエレミアを『可愛すぎる、神ですか?天使ですか?いいえ、女神です』と脳内に桃色ぺんぺん草を増殖させるアルフレッド。うちの坊ちゃんアホだなと見守りつつ、筋トレに励む護衛騎士アレックス。


「我々が仕事を抱え込むのは正しくありません。もし我々が政務が出来ない状況になった時、緊急案件を他の者が片付けられないのでは領民が困ります。今まで領地内の街や村の代表、組合長、商工会長、その他の方が受け持っていた事を精査し、よりスムーズに進む様にするべきです。それに、領民の教育機関を整備し能力の高い者を適材適所に配置する事によって、自治運営もより良い形になり、雇用も進みます」

「それはそうですね」

「既に、学校や治療院をより良くする為の施策はしておられますよね」

「今は私の考えだけで展開していますので、アルフレッド様や第四王子殿下から改善案を頂ければ嬉しいです」

「はい。それでですね、他の街の視察や聞き取りを兼ねて、デートしましょう。ヴァイツェンには辺境軍の師団長も多く住んでおりますし、代わりに政務を任せられる方も多いかと」

「他の街は早駆けで視察しておりますわ」

「お一人で、ですよね」

「ええ。基本休息無しの早駆けですので、自分の都合で動けますもの。それに私の愛馬はとても早いんですのよ。着いて来られる方は余りおられませんわ」


 馬を駆る女神、凄い女神感。うっとりするアルフレッドは続く言葉に硬直した。


「でも、流石に護衛無しは危ないという事で、ラウゲンシュ団長やトール様やトリスタン様が一緒に移動して下さる事も多いですわ。後から追いかけて来て下さったり」


 ラウゲンシュ団長は知っている。辺境軍の総師団長で騎士の位を持つベンジャミン・ラウゲンシュ団長だ。平民から武勇と智略に優れ騎士になった壮年の団長。トリスタンは当然護衛騎士のトリスタンだろう。というか、何で婚約者だった私が着いて行っていないのに、私の護衛騎士であるトリスタンが私に断りも無くお出かけしているのかな?うん、私の馬術が平均レベルだからね、トリスタンなら信用出来るからね。でも一言言ってくれても良いのに、のに、のに。で、トールって誰?どこの何方?敵なのかな?私の女神に忍び寄る不埒な無法者かな?棺桶を発注した方が良いよね?女神の光に集る物体は潰した方が良いよね?


「坊ちゃん、悪い顔になっているけどさ、トールってトール・ラウゲンシュだぞ。坊ちゃんと同じ歳でラウゲンシュ団長の息子の」

「ラウゲンシュ団長には親子で助けて頂いておりますわ」

「ソウデスカ。それは安心ですね。で、でもですね、早駆けは出来ませんが私と一緒に視察をして頂ければ、私なりの献策が出来ます。少々時間が掛かりますが、一緒に出掛けて頂けませんか」

「確かに、アルフレッド様のお考えは素晴らしいものですわ」


 手を止めて手元のグラスに入った果実水で喉を潤してから、口元に指を添えて首を傾げるエレミア。じっと見守るアルフレッド。可愛い、可愛すぎる、今すぐこのテーブルを消滅させて抱き寄せたい。無理だけど。


「分りました、調整して一緒にお出かけしましょう」


 エレミアはふんわりと微笑んだ。

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