◇◆アルフレッド・フォルコン・ゲンヴァルデの恋(前)◆◇
長くなった為、二分割しました。初恋相手のヒロインを手に入れた王子の話。
【2022.02.19;矛盾点のご指摘いただきました。修正予定です】
アルフレッド・フォルコン・ゲンヴァルデはゲンヴァルデ王国の第五王子。兄が四人、姉が一人の末っ子王子。
生まれつき体が弱かった僕は健康な兄達の訓練について行く事が出来ず、騎士団長が特別に組んでくれた訓練メニューや、侍従長やコック長が考えてくれた健康的なメニュー、規則正しい生活と投薬で10歳になる頃には何とか人並みの体を手に入れた。体が弱い分、王子として政務で父や兄を支えられないかと考え、多方面の知識を学んだ。
15歳になった時、第二王子であるマクシミリアン兄さんと外交団に着いて隣国ブラートウルスト王国を訪れた。
初めての国外視察。兄さん達が王宮に行っている間、僕は城下町を二人の護衛と一緒に歩いていた。大きな本屋に入り、自国には無い本を買い込む。滞在中は城下町にある外交官用の宿を使っているので、本はそこに届けて貰う。
「余り街の中を歩き回らない方が良いですよ。探られていると思われたら困りますからね」
折角だから名物を食べてみたいと言ってもダメと言われて、仕方無く宿に戻ってマックス兄さんの帰りを待とうと歩き出した時、泣いている小さな女の子を見つけた。
どうしたの?と声を掛けようと思った瞬間。
「どうしたの?折角の可愛いお顔が濡れちゃってるけど、あら、お嬢さんのリボン、とても可愛い色ね。どこで買ったのかしら?誰に買っていただいたのかしら?」
ライラック色の髪をした少女が首を傾げて話し掛けた。ライラックの子は騎士の訓練用の服を身につけ、腰に棒を下げ、後ろの護衛らしき騎士が様子を伺っている。どう見ても高貴な家の令嬢だけど、ブラートウルストの貴族は女性に美しさとお淑やかさを求めると聞いている。あんな格好を親が許しているのだろうか?
「リボン可愛い?」
「ええ、とても可愛いわ。私も欲しいから、どこの店で買ったか教えて貰えると嬉しいな。お店の名前を教えてくれる?」
「ええと、母様に買って貰ったの。メリンダの店。いっぱいいっぱいリボンがあるの。それとね、可愛いお菓子!」
「そうなの!素敵なお店ね。ユーリ、メリンダの店に行ってこの子の特徴と状況を話して来て。私達はここから動かないから安心して」
「しかし、お嬢様」
「お願いね」
「わかりました」
「私ね、メリンダのお店の場所を知らないから、お兄さんに探しに行って貰ったの。戻るまでちょっと時間が掛かるけど、可愛いお菓子の話を聞いたら、私もお菓子が食べたくなっちゃったわ。ね、可愛いお嬢さん?」
「リィナだよ、リボンが好きなお姉ちゃんは?」
「ミアよ。そう、リィナちゃんってお名前なのね。お名前まで可愛いなんて素敵だわ。ね、良かったら細工飴を食べて待たない?お姉さんが買ってあげる。何を作って貰おうかしら?うさぎさん?羊さん?」
「猫さん!」
「猫さん!そうしましょう!お揃いの猫さんを作って貰いましょう」
リィナ嬢は5歳程度で、ミア嬢は10歳といった所。どちらも小さな子供と言ってもおかしく無いのに、ミア嬢はリィナ嬢を誘導して、迷子になっている状況を忘れさせた上に、知っている店と名前まで聞き出した。
凄いな。
つい視線を外せないでいたら、周囲を見回した彼女と視線が合った。
可愛い。とても、可愛い。紺碧の瞳は力強く、キリッとした顔つきだけれど、日焼けをしながらも薔薇色の頬をしている。シンプルな訓練用の服がよく似合っていて、小さいのに所作が綺麗だ。
そんな事を考えて、失礼にもつい視線が離せないでいたら、彼女はニコッと微笑んで、ちょいちょいと僕に向かって手招きする。
「初めまして、異国からのお友達。どちらからいらしたのかは詮索しませんが、ブラートウルストにようこそ。滞在が楽しくなりますように。良かったらこちらをどうぞ。お姉さん、猫さんもう一つお願いしますわ」
ミア嬢は作って貰ったばかりの細工飴を、満面の笑みで僕に差し出している。
「え、ええと、僕に?」
「ええ。どうぞ。このお嬢さんを心配されていた様ですが、大丈夫ですよ」
「あ、ありがとうございます。僕がこの国の人間でないとどうして分かったのですか?」
「服や持ち物でわかります。連れが戻って来ましたので、これで失礼致します。リィナちゃん、ほら、お迎え」
ミア嬢の護衛が連れて来た女性を見て、走り出すリィナ嬢。
「きゃあああ」
「ふふ、大丈夫。気をつけてね」
慌てたせいで躓いたリィナ嬢の腰にミア嬢が手を回し、くるりと一回転、くるっと回ったリィナ嬢が楽しそうに笑い声を上げた。そのまま女性に引き渡して手を振ってから、僕を振り返って軽く頭を下げて歩いていく。
「可愛い。カッコいい。あの子、どこの御令嬢か知ってる?」
ミア嬢の後ろ姿から目が離せない僕の手に握った飴が引っ張られる。
「何すんだよ!」
「アル様、露天の食べ物はお腹を」
「分かったよ!食べないから取っておいても良いだろう」
「砂糖水を温めて固めた飴ですよ?虫が来ます」
「うるさいな。この国の令嬢が歓迎の印でくれたんだ、兄さんに見せる!」
「はあ、仕方ありませんね」
宿に戻った僕はミア嬢の話をマックス兄さんにした。兄さんは笑って飴に魔法を掛けて、食べられなくなるけど虫が寄らず壊れない様にして貰おうと言った。
「つまり、アルはその令嬢に恋をしたんだな」
「恋?僕が?違うよ、ちょっと可愛くてカッコいいなって思っただけで」
「ふーん。多分、アルにプレゼントをくれた令嬢の名前を知ってるけど?」
「誰⁉︎どこの令嬢⁉︎会える⁉︎」
「えー、別にちょっと可愛くてカッコいいって思っただけだろ?」
「うっ!あ、ほら、プレゼントを貰ったままなのは、ゲンヴァルデの王子として良くないだろ!」
「へー、じゃあ、俺が知ってる令嬢に俺から贈り物をしておくよ」
「ああっ!そうじゃなくて!」
僕はマックス兄さんに嫌という程揶揄われた上に、その場で何も教えて貰えず、翌日連れて行かれた宮殿の騎士団訓練場でミア嬢を見つける事が出来た。遥かに大きな相手と練習試合をするミア嬢は、ライラックの髪を纏め、僕の兄達よりも激しい訓練を行っていた。
エレミア・テューリンガ・ブラートウルスト。ブラートウルストの第一王女。現在9歳で騎士団の訓練に参加し、多彩な家庭教師団を招き多方面の学問に励んでいる。街で会った時と違って、必死に鍛錬をするエミリア姫はよそ見をする暇なんて無い。だから僕は姫の綺麗な動きをずっと眺めていられた。
「アル、エレミア姫には3歳の時から婚約者がいるぞ」
僕は初恋をした翌日失恋した。
ーーーーーー
抜刀灰色熊。13歳で王立ヴルスト学園に入学したエレミア姫には、とても失礼な二つ名が付けられている。ブラートウルストとゲンヴァルデを行き来する商会の本店は、ゲンヴァルデにある。他国に支店を持ち、通常その国の国民が知る程度の情報を持ち帰る。平時であれば、機密などを無理に探る事は発覚した時に国同士の関係に亀裂が入るから、大まかな動きに変化があった時に詳しく調べるのが父さんの方針だ。
彼らに頼んで、エレミア姫の情報や噂、絵姿を定期的に手に入れられるのは嬉しいけれど、学園での姫の評判は良くない。ブラートウルストでは男勝りの女性を嫌うけれど、まさか王女に対して失礼な言葉や態度を表したり、噂を流すなんて。それに、エレミア姫は寮住まいをしていると聞く。妹姫は城で多くの侍従に傅かれているのに、エレミア姫はたった二人の使用人がいるだけで、その使用人達もバカにされる主人付きの貧乏くじだと陰で言っているらしい。
許せない事ばかりだ。
「あら、新しい絵姿ね。可愛らしい。エレミア姫が我が国の姫だったら良かったのに。でもそうなると、どうやってもアルとは結婚出来ないわね」
「セシリア姉さん、私を揶揄いに来たんですか?」
「いいええ、ずっと片想いしている可愛い弟の恋路を応援してあげようと思って。最近夫がブラートウルストに訪問したのは知っているでしょ?」
「鉱石の他に輝石を運んだんでしたっけ?何か変わった事が?」
「貴方の大切なお姫様は、学園の武術大会で優勝して、その褒賞に貰った名馬を婚約者に贈ったらしいわよ」
……。
知ってる。姫は婚約者のニュルンベルス卿を愛している。姫の努力も将来の夫を支える為だ。初めての学園の武術大会で、上級生も下して優勝した姫を、「王女という地位に遠慮してみんな負けた」と実力を認めない言葉を言いつつも、「上級生も倒す怪力抜刀灰色熊」と言ってバカにする矛盾した連中にそのニュルンベルス卿も入っている。
私が姫の婚約者だったら姫に武術で勝てないけれど、バカにする連中を決して許さないのに。
「でね、夫が万が一を狙って、エレミア姫との婚姻で国同士の結び付きを強くしないかと持ちかけたんだけど」
「えっ⁉︎だって、ブラートウルストにはエレミア姫と妹姫しかいないから、他国とのバランスを考えても」
「ええ。あっさり断られたわ」
「だよね。うん、一瞬焦った私が間違ってた」
「エレミア姫には幼い頃からの婚約者がいるし、妹姫はブラートウルスト王の掌中の珠。国内から婿を迎えて息子が生まれたら王太子にする予定みたいね」
万が一で、妹姫との我が国の婚約が整ったらどうするつもりだったんだろう。
大きくため息をついた私の肩を姉さんが叩く。大丈夫、私は姫が幸せならそれで良いし、姫に恥じる事の無い様、私になりに国を支える王子になる。姫は大切な思い出と憧れの女神で、心の支えになっているのだから。
いつか、姫が我が国と隣接したニュルンベルス領に入られた時は、友好交渉で相対したい。姫にとっては私と初めて会った事は覚えてもいない事だろう。けれど、体が弱いとかそんな理由付けをして、兄さん達や姉さんに甘えていた私に大きな目標をくれた。だから、私の自己満足だけど、再会する時は私が信頼して貰える様になっていたい。
「婚約者には勿体無いお姫様なのよね。本当に残念。一応我が国への威嚇もあるのかしら」
姉さんの呟きに、私は大きく頷いた。だからせめて遠くから姫の幸せを祈らせて欲しい。
ーーーーーー
「何やってんだよ!潰す!絶対潰す!すり潰す!」
「ははは、アルは可愛いなあ」
「ヒース兄さん、僕はもう22歳ですよ!」
「そうやって興奮すると僕になるのが可愛いなあ。な、リンディ」
「あらあら、ヒース、私の口からは何とも言えませんわ。でも、女性として、あちらの方々の態度は許せませんわね。うふふ、私も微力ながらお手伝いしますわ」
王太子であるヒース兄さんの隣、王太子妃のリンディお義姉様は国内外の情報収集を担う侯爵家の出身で、普段は控え目で何も知らないと言うけれど、ここぞという時は頼りになる。けど。
「リンディお義姉様、今回の件はぼ、私の個人的な事なので」
「まあまあ、あらあら、そうなの?でもアルフレッド殿下は彼の国の姫君を助けたいのでしょう?それだけならまだしも、保護してあわよくば、ねえ、ふふふ。私はね、妹という存在が大好きなのよ。姫君は強くて凛々しくて愛らしくて聡明なんですって?ヒースと結婚して素敵な義妹が増えたけど、凛々しい義妹も素敵よねえ」
「そうだよな、頼りになる兄さんと義姉さんに任せとけ」
生まれてこの方、ヒース兄さんには揶揄われてばかりだ。リンディお義姉様も面白がっているし。
「何が婚約の白紙撤回だよ!何でその場で姫の妹に婚約を申し込むんだよ⁉︎妹も真実の愛とか頭おかしいだろ!それをあっさり王が認めるとかどうなってるんだよ⁈」
「だよなー、アルなんか七年間、会ってもいないのに恋する乙女みたいな顔で、絵姿に愛を囁いたり触れたりお守りにして持ち歩いているのになー」
「あらヒース、新しい絵姿が届いたら、以前の分は書棚の隠し戸棚に入れて、それも毎晩順番に眺めて愛を囁いてますのよ?」
「な!し?ど?」
「うわー、それは怖いなー、知らない所で熱烈に信仰されてるなんてなー」
「何故知っているか?と聞かれても、ねえ、女には色々秘密がありますのよ」
怖いよ!私の部屋の秘密を当然の様に知っているのが物凄く怖いよ!
けど、今はそんな事を言ってる場合じゃない。
婚約の白紙撤回情報は商会の緊急連絡用の伝書鳩で届き、直ぐに続報として姫が王籍を剥奪されて身柄の処分を下される前に城を飛び出した事、手練れが追跡したが獣道をも凌駕する崖を山羊の如く登っていって撒かれたとの事。流石に、商会にはこっそり後をつける事は出来ても、崖を登れる店員はいなかったらしい。
最低限の装備で最高の効果といった状態で人間は撒かれたけれど、リンディお義姉様の実家が誇る鳥による偵察隊のおかげで、姫がこちらに向っている事は判った。所在地の特定方法は女の秘密だそうで教えて貰えなかったが、ゲンヴァルデに入ってくれれば何とでもなる。
ほぼ毎日、集まれる家族全員が王族用のパーラーに集合して『エレミア姫をゲンヴァルデに招き保護しよう会』が開催される。正確には、私を揶揄う集まりで、普段、王族として見せない顔、大笑いや談笑が絶えないこの時間は、とても大切なものだと母様は言うけれど、やはり解せない。
「私の可愛い義娘候補ちゃんは愛する元許嫁の領地ニュルンベルスに向っているのね」
「あ」
「母さん、アルがわかりやすく落ち込んでる」
「王女が辺境の坊やを大切にしているのは判ってたじゃない。それだからこそ、アルが尊敬する純粋で一途で努力家の王女なのでしょ?」
「そうよ、アル、どうせ坊やを止めない辺境の連中なんか、私の義妹候補の価値を理解出来ないに決まってるわ」
「これだけ包囲網を掻い潜れるのなら、真っ直ぐニュルンベルスを抜けてくれればこっちのものだな」
「ゲンヴァルデに国外逃亡してくれるかなあ」
「するだろ。端まで逃げてから戻るのは手間だし、王女の地位を剥奪されてるんだぜ。指名手配状態だ。それにな、実は俺が以前から良い仕込みをしているんだよなー。アル知りたい?知りたい?知りたかったら『マックスお兄様大好き。尊敬するお兄様、僕の為にお兄様がしてくれた事を教えて下さい』って言ったら教えてやる」
ニヤニヤ笑うマックス兄さんに、母様が「早く教えてあげなさい」と言ってくれた。けど、ニヤッと笑った兄さんが母様の耳元に口を寄せて、こそこそと囁く。目を瞬いてから微笑む母様は隣に座るリンディお義姉様に耳打ちし、そこからヒース兄さんに……。
「伝言ゲームか⁈しかも私は仲間外れで⁉︎」
「ははははは、さあ!誰もで良いぞ!アルが愛する家族の誰かにちゃんとお願いすれば教えて貰えるぞ!」
結局、誰に聞いても揶揄われるだけなので、愛する家族全員にお願いしますと頭を下げた。満足そうなみんなの顔にイラっとするけれど、不可侵条約を結んでいても、地位を剥奪されたエレミア姫を保護隠蔽しようなんていうのは王家としては悪手だ。こちらに逃げて来たら保護した上で、引き渡さないといけない。だけど、私の愛する家族はエレミア姫を受け入れ保護しようとしてくれている。私のつまらない頭なんて幾らでも下げる。
「温泉だよ。外交担当の俺はブラートウルストに行く度に騎士団の訓練所に寄る様にして、エレミア姫に『我が国は温泉資源が豊富で、疲労回復や怪我の治癒、色々な効果があるんですよ』って売り込んどいた。勉強熱心なお姫様は、効能や利用方法を色々調べたらしくって『一度体験してみたい』って言ってたぞ。次いでに温泉の地図も渡しといた。毎日訓練しているから、浴場は欠かせないんだと」
温泉!浴場!毎日の入浴!
この後、私はちょっと、本当にほんのちょっとだけ、浮かんだ邪な想像が全員にバレて、揶揄われ倒した。
ーーーーーー
それから私は、現在領主がいない上に魔獣襲撃というトラブルを抱えたブルーメン地区に駐在している王国辺境軍師団第二師団長を父上から拝命して、辺境軍の駐留している国境の街ヴァイツェンに入った。連絡によると既にエレミア姫は街に入り、街の女性達に信頼を寄せられつつあるという。
会いたいけど、まだやらないといけない事がある。それに、折角再会するのだから、失敗は許されない。
「トリスタン、魔獣が襲撃した商人達を保護したら、そこにエレミア嬢が同行してた様に偽装してくれ」
「畏まりました」
「アレックス、ブラートウルストがエレミア嬢の事を探りに来たら、死んだという情報を流してくれ。但し、街の住人には知らせるな。信用のおける冒険者組合長や、宿屋や店舗の主人、教会の神官長ら数人が知っている状態にして欲しい。国としては魔獣の襲撃で住民を驚かせない為に情報統制を」
「判ってるよ。早くやっちまおうぜ、坊ちゃんがあの可愛い猫の飴をくれたお姫様と再会して拗らせてる初恋にケリをつけるんだろ?」
「なっ⁉︎アレックス、私ももう22歳だ、坊ちゃんて呼ぶな。それと初恋を拗らせてなどいない!」
「俺もトリスタンも、坊ちゃんが恋に落ちたとこを目撃してるからなー。トリスタンに飴取り上げられて半泣きだったじゃん」
「は、半泣きなどしていない!」
「可愛かったお姫様はこの街のちょっとガラの悪い野郎どもの顔面を握り潰してるんだろ?」
「アレックス、軽口を叩かず動け。陛下と妃殿下が我々の成果に期待されておられる」
エレミア姫が何の身分証明も無いままヴァイツェンの街に入れたのは、郊外で薬草採取をしていた住民が魔獣に襲われ、通りがかった姫が魔獣を倒し、命の恩人だと喜ぶ住民に連れられ、街の門を潜り警備兵詰所に魔獣の死骸を引き渡したんだとか。
倒した魔獣の死骸はエレミア姫が片手で引き摺って来たそうで、その生々しいというか荒々しいというか、衝撃的な姿は住人に様々な思いを抱かせた。
見たかった。魔獣を引き摺る凛々しい姿を見たかった。
その後、やはり国籍等に問題のある姫は一番手軽な身分証明である冒険者登録も行えず、女性に絡んでいた遊び人の顔面を掴んで宙吊りにし、その縁で有料浴場の貸部屋に下宿中。女性の悩み相談を受けたり、暴力的な配偶者を叩きのめして更生させたり、無学の住民達に日常的に使える文字や計算を教えたりと大活躍をしている。
私も教えて貰いたい。何だったら宙吊りにされてもいい。
いや、落ち着くんだ自分。憧れの女神を支えたいと苦手な剣術も頑張ってきたじゃないか。戦いの場で役に立つ様に用兵や地形や天候について学んで来たじゃないか。宙吊りはダメだ。一瞬感動出来るだろうが、私の体力なら確実に死ぬ。
それと、魔獣襲撃が頻発している状況で宙吊りにされている余裕なんか無い。街を、延いては国を守る為にも原因をはっきりさせないといけない。今入っている情報から、ここ領主のいないブルーメンをニュルンベルスが狙っていて、その策として行われていると考えられるが、実際に魔獣を調教するとなると手が掛かる。その確認と証拠が取れれば、不可侵条約を破ったブラートウルストの瑕疵となり、エレミア姫を保護する際のカードとなる。
頑張ろう。でも、ちょっと見に行っても良いよね?ほんのちょっとなら良いよね?