身に覚えのない理想を抱えて
オープニング、次が実質1話
気が付けば、目の前には闇が広がっていた。
……いや、それは正確ではない。それはただ暗いだけの闇というには、あまりに何も無かった。
まるで星のない宇宙を漂流しているような、重力さえ感じない。というよりは、手足の感覚すらない。これほど無らしい無の感覚を味わったのは、寝ているときに腕を下敷きにしていたときと、真冬の水道水すら暖かく感じるほど手足が冷え切った時くらいだ。
とにかく、意識だけがやたらとはっきりしているのが、異様で不気味で不安だった。もしや、何かしらの事故に遭遇した挙句、全身が動かなくなるほどの後遺症でも残ってしまったのか。今の俺は生命維持装置に繋がれ生かされるだけのモノになってしまったのだろうか。
「そんなことはないので、まずは落ち着いて頂きたい」
声だ。声が聞こえる。俺のものではない、男とも女ともつかない声がする。
「まずはおめでとう。君は人生の最期まで理想を手放すことなく、忘れることなく、その胸に抱き続けたがために、その理想を叶える機会を得た。本当におめでとう」
唐突に何かを祝われた。人生の最期、理想……人生の最期ということは、ここはもしや死後の世界?
「その通り。より正確には死後の世界への入り口。理想を抱きながら死に行くものたちが、その理想を叶える機会を与えられる次の世界。理想郷ネクストワールドの門前だ」
ああ、とんでもない。途方も無いフィクションのような話が俺を襲う。しかし何故だろう。なぜか知らないが、この声が嘘を言っているようには思えない。
「君が今なにも感じず、なにも動かせないのは、なにかを感じ取ったり、動かせる肉体を持たない純然な魂だからだ。そしてこの空間に星のひとつも見えないのは、それこそがいかなる世界でもない狭間であるからだが……それは君にとってなんの関係も無いことだ。この先、この場所に来ることは二度とないだろう。君はただ得られた機会を存分に活かし、自身の理想を成就させる。それ以外にするべきことはないのだから」
ちょっと待って欲しい。理想、理想と何度も繰り返されているが……正直なところ、理想と言われても思い当たるものがない。
そう思っていると、声の主は俺の心を読み取ったのか、俺の疑問に答える。
「この世界は理想世界。理想を抱く者にしか辿り着けない理想郷であり、理想のために試練を与え、成長と成就を促す。もし君が理想を覚えていないというのなら、それもまた意味のあることなのだろう。まずは自分の理想を思い出すところからはじめてみると良いだろう」
そんないい加減な……ちょっと待って欲しい。無重力のような感覚だったのが、徐々に落ちるような、流されていくような感覚がある。
「どうやら時間のようだね。君はこれより転生する。理想の肉体と理想に準じた力を得るだろう。あとは自らの理想を練り上げるのみ、極めてシンプルなルールだ。それでは、健闘を祈っている。良き理想を」