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僕は改めて新堂の顔を見る。
確かに新堂の左頬にある傷は、あの時僕が制裁として付けた傷のように見える。だけど僕の知っている中町文也は、髪を金髪に染めたりヒゲを生やしたりするようなイメージではない。もっと根暗で気持ち悪い見た目だった。少なくとも、目の前にいる新堂文也のような不良じみた男ではない。
「新堂、もういいだろ。白田もお前の目的がわかったはずだ」
「よけいなことをしてくれたな、七瀬」
「これでよかったんだ。お前はこれ以上手を汚すな……」
七瀬くんは新堂を諭すように語りかける。
「ど、どういうこと? 和善くんと新堂くんの間に何があったの?」
朋江ちゃんは状況が飲み込めていないようだった。そんな彼女に、七瀬くんが答える。
「……新堂は、小学校の頃に白田にいじめられてたんだよ」
「え!?」
朋江ちゃんは目を丸くして驚く。だけど驚いたのは彼女だけじゃなく、僕もそうだった。
「ちょ、ちょっと待ってよ! なんでそんなデタラメを言うの!?」
「あ?」
七瀬くんと新堂は僕の叫びを理解できないといった顔で、こちらを向いた。
「デタラメって……お前が新堂の顔にあの傷を付けたんだろうが! お前が取り巻きと一緒に新堂をよってたかっていじめたんだろう!」
「違う! 僕は新堂をいじめてなんていない!」
そう、僕は新堂を、中町をいじめてなんていない。
「嘘をつくんじゃねえよ! お前は覚えていないだろうが、俺はお前と同じ小学校だったんだ! その時、新堂が……中町がお前らにいじめられてるのも見てたんだよ!」
「七瀬くんが、見てた?」
「そうだ! 俺はあの時、お前が中町の顔をカッターで傷つけるのを見た! あの時の俺はあまりにお前が怖くて何もできなった! その後に俺は……」
「七瀬、もういいよ」
新堂が七瀬くんを制して、僕に向き直る。
「七瀬の言う通りだよ。俺は中町文也だった……お前のいじめのせいで、親が離婚して名字が変わって、新堂文也になったけどな」
「僕のせいって、なんで離婚が僕のせいになるの?」
「……!」
僕の言葉を聞いた新堂は、なぜか僕に掴みかかろうとして、七瀬くんに止められる。
「よせ、新堂!」
「てめえは! いつだってそうだ! 自分の行動が相手にどんな影響を及ぼすか考えもしねえ! いつも自分ではなく相手が悪いと思ってやがる! だから俺はお前が嫌いなんだよ!」
「だ、だって、君が悪いんだろ? 君がクラスの輪を乱すようなヤツだから、あんなことされたって当然じゃないか」
「てめえ!」
新堂が七瀬くんに止められている間に、僕は朋江ちゃんに近づく。そうだ、朋江ちゃんなら僕のことを信じてくれるはずだ。
「朋江ちゃん! 今のうちに逃げよう!」
しかし朋江ちゃんは、なぜか僕を怯えたような目で見る。
「ま、待って和善くん。七瀬くんの言ってるのって、本当なの?」
「言ったじゃないか、あんなのデタラメだ」
「じゃ、じゃあ和善くんが新堂くんの顔に傷を付けたのもデタラメ?」
「え?」
そう聞かれると、僕はこう答えるしかない。
「それは、本当だよ」
「……!」
僕の返答を聞いて朋江ちゃんは後ずさる。
「ま、待ってよ朋江ちゃん! それは新堂が悪いんだよ」
「し、新堂くんが?」
「当然じゃないか。朋江ちゃんは知らないだろうけど、小学校の頃の新堂って見た目も気持ち悪いし、お父さんが犯罪者だったんだ。だから僕がクラスのみんなを守るために、新堂を排除したんだよ」
「……は?」
朋江ちゃんは僕の言葉を今ひとつ理解できてない様子だった。
「夏木、それが白田の本性だよ」
新堂が落ち着いたところで、七瀬くんが朋江ちゃんと僕の間に割って入ってきた。なんで僕の邪魔をするんだ。
「……当時、俺の親父は失業して職を探していた」
そんな中、落ち着きを取り戻した新堂が俯いたまま話し始めた。
「だけど近所のヤツらに親父が職業安定所に入るところを見られて、妙な噂を立てられたんだ。『中町さんは何か悪いことをして仕事を失ったんじゃないか』ってな」
「じゃ、じゃあ和善くんはその噂を利用して……?」
「そうだ。白田は俺の親父を犯罪者だと決めつけ、俺をクラスの悪人だと決めつけることで、俺をいじめる大義名分を得ていたんだ」
新堂は勝手なことを言い始めるので、僕は思わず反論した。
「何言ってるんだよ。君がクラスの輪を乱すのがいけないんだろ!」
「なんだと?」
「僕の行動はいじめなんかじゃない! 君みたいな悪人のせいで、クラスの皆が迷惑していたんだ! だから僕は皆の意志を代表してお前を排除したんだ!」
「……それが、いじめと何が違う?」
「全然違うに決まってるだろ! お前のいじめはただ単に自分の欲望を満たすだけの下卑た行為で、僕の行動は皆のためを思ってのことだ! それにお前はあの後クラスから逃げたんだから、自分が悪いって認めてたんだろ!?」
「……俺が転校したのは、お前の付けた傷のせいで、父親が原因で俺がいじめられていることが母親にバレて、両親が離婚したからだ」
「じゃあやっぱり、お前のお父さんが悪いんじゃないか!」
新堂のあまりに身勝手な言い分に、僕の怒りがさらに高まる。
「お前みたいな他人をいじめるクズが、クラスの輪を乱すんだ! 小学校の時も、今もそうだろ! 結局お前は今も悪人のままだ! あの時クラスから追い出して正解だったよ!」
「……」
「僕の行動は正当なものなんだ! 僕とお前は決定的に違うんだ! 僕は……」
そう、僕は……
「僕はお前らみたいな、人をいじめるクズとは違う!」
ひとしきり叫んだ僕は、そこで呼吸を整えて、周りを見渡した。
「……ひどい」
そんな僕を、朋江ちゃんが怯えるように見ていた。
「ひどい、ひどすぎるよ和善くん。そんな人だったなんて……」
「え? 朋江ちゃ……」
「近寄らないで!」
声をかけようとした僕を、朋江ちゃんは拒絶した。
「もう無理だよ、和善くん。私、君とはもう付き合えない」
「な、なんで? だって僕は……」
「さようなら、和善くん」
朋江ちゃんは泣きながら、走り去ってしまった。
「な、なんでだよ……」
「白田、お前本気で夏木にフラれた理由がわからないのか?」
七瀬くんが僕に聞いてくるが、そんなの決まっている。
「それは……新堂のせいだ! 新堂が朋江ちゃんにデタラメを吹き込んだからだ!」
「……お前、本当に救いようのないヤツだな」
しかし、その時だった。僕の身体が、突然何かの液体で濡れる。
「うわっ!?」
何かの刺激臭がする液体を全身にかけられたと感じた時にはもう遅かった。
「ああああああああっ!」
その直後、新堂は僕の身体に持っていたライターで火を付けていた。火は僕の身体の全身に回り、一気に僕の身体を焼く。
「ああああっ! 熱い、あついいいいいっ!」
転げ回る僕の耳に、新堂の声が聞こえた。
「……いつかお前が、自分のしたことを後悔する時が来ると思っていた。だけどダメだ。お前は永遠に反省しない」
「あああっ! ああああああああっ!」
「……俺もお前も、他人をいじめるようなクズだ」
「待て! 新堂よせ!」
七瀬くんの叫びが聞こえたが、僕の耳にはその後何も聞こえなかった。