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 僕が小学六年生だった頃、クラスの輪を乱す男子がいた。

 その男子の名前は、中町文也なかまち ふみや。上手く説明できないけど、見るからに気持ち悪かったし、噂ではお父さんが何か悪い仕事をしているらしかった。

 だから僕は、中町をクラスの敵だと判断した。僕のいるクラスには、僕が決めたルールがある。僕がクラスの敵だと判断した人間は、すぐさま排除されなければいけないというルールが。

 それに反抗する子なんていなかった。だって僕は、クラスの輪を保つためにこのルールを決めたんだ。文句を言うヤツはクラスの敵なので排除した。そうしているうちに皆も理解してくれたのか、積極的にクラスの輪を保つようになった。とてもいいことだと思う。

 そして、中町は間違いなくクラスの輪を乱すヤツだ。なんか見た目が気持ち悪いし、女子だって中町の隣に座るのは嫌がっている。女子を問い詰めたらそう答えたので間違いない。だから中町はクラスの輪を保つために排除されるべきだ。僕はそう考えた。

 だからその日のうちに、僕は友達と一緒に中町を校庭に呼び出した。


「白田くん、話ってなに?」


 呼び出した中町を僕と友達で囲むと、すぐに怯えたような声で僕に質問してきた。それがどうにも気に障ったので、僕は中町にこう言った。


「中町、君のお父さんって悪い人なんだろ?」

「え?」

「僕はそう聞いたんだよ。君のお父さんは、人からお金をだまし取って生きているんだろ?」


 実際に中町のお父さんがお金をだまし取っているのかは知らなかったが、中町のような気持ち悪いヤツの親がまともな人間なはずはないので、きっと犯罪紛いのこともやっているはずだ。僕は嘘なんてついていない。


「ということは、お父さんの稼ぎで生きている君も悪い人ってことになるよね?」

「ち、違うよ! お父さんはお金をだまし取ったりなんかしていないよ!」

「じゃあ、君のお父さんって何してるの?」

「そ、それは……」

「言えないってことは、やっぱり悪い人なんだね」


 中町が口を閉ざしたということは、やはり僕の言うことは正しかったんだ。正義は僕の方にある。だから僕は中町を排除するべきなんだ。


「中町、そこに座れよ」

「え? いや、なんで?」

「いいから座れよ!」

「いたっ!」


 中町に蹴りを入れると、その場にうずくまった。僕は友達に、中町を正座させるように言う。


「さあ、中町。君は他人からだまし取ったお金で生きている悪い人だ。もしかしたら僕たちの親からもお金をだまし取っていたかもしれない」

「そ、そんなこと、ないよ……」

「いいや、あるんだ。だから中町、君は僕たちに謝るべきだよね?」

「な、なんで……」

「悪いことしたら、謝る。これ一年生で習うことだよ?」


 僕は周りの友達と一緒に、謝れコールをする。


「あーやまれ、あーやまれ」

「うう……」

「あーやまれ、あーやまれ、あーやまれ」

「す、すみません、でした……」

「ちゃんと頭も下げろよ」


 中町に頭を下げさせた僕は、達成感に満たされていた。

 ああ、僕はまたクラスの輪を乱すヤツを排除したんだ。僕はこのクラスの秩序を守っているんだ。こんなに素晴らしい行いをしている僕は、きっと皆から感謝されているだろう。僕が困っていれば、皆が僕を助けてくれるだろう。そう確信していた。


「じゃ、中町。今日から君は、クラスの掃除とか全部やってね」

「え?」

「だって君は悪い人なんだから、その償いをしなくちゃね」


 そう、悪い人には罰を与えなくてはならない。そして罰を与えるのはこの僕でないとならない。それがクラスのルールだ。



 それからというもの、僕は中町にさまざまな罰を与えた。


「中町、宿題代わりにやっといて」

「え? な、なんで?」

「君は悪い人だからだよ。当然だろ?」

「う、うん……」


 僕の罰を、中町は大人しく受け入れてくれた。まあ当然だ。中町は悪い人なんだから、僕が正してあげないと。

 そしてある日、僕は中町にあることを命令した。


「そういえば、僕は君にお金貸してたよね?」

「は? か、借りてないよ」

「なに言ってるんだよ。君のお父さんが僕の家からお金をだまし取って、そのお金で君は生活しているんだろ? つまり僕は君にお金を貸してるんだよ」

「そ、そんな……」

「だから明日までに、三千円持ってきて」

「三千円なんて、無理だよ」

「だったらお母さんの財布から取ってきなよ。そのお金だって元々は僕のお金なんだから、悪いことじゃないよ」

「い、嫌だよ、そんな……」


 中町が口答えをした時は、容赦なく制裁を加えた。


「あぐっ!」

「あのさ、嫌だとかそういうのは聞いてないわけ。お金を返してって言ってるんだよ僕は」

「だけど、お母さんの財布から盗むなんてできないよ」

「盗めなんて言ってない。僕にお金を返すんだよ。なに、言葉がわからないの?」


 どうも中町が僕の言うことを理解していないようなのだ、僕は更なる制裁を加えることにした。


「みんな、中町をちょっと押さえてて」

「なにするんだよ!」


 友達が数人がかりで中町の動きを封じる。そして僕はその中町の顔に、あるものを近づけた。


「ひっ!」

「うごくなよ中町。これからお前にちょっとした罰を与えるんだから」


 僕が中町に近づけたのは、図工で使ったカッターナイフだった。これで中町の顔をちょっと傷つけてやれば、彼も自分が悪人だと自覚するだろう。


「や、やめて! やめてよ!」

「うるさいなあ、これは君のためにやるんだよ? 僕だってこんなことしたくないんだ。でも君を真人間にするために、ちゃんと罰を与えないといけないんだよ」


 僕の行為はクラスの輪を乱す中町を正すためのものだ。だからみんなは僕を称賛するし、僕はみんなのために動いている。その僕のやることに間違いなんてない。


「ほら、動いちゃダメだよ。はい」

「あ、ぐうううう!!」

「大声出すなよ。まるで僕が悪いみたいじゃないか。それともなに? 君はそう思ってるの? え?」


 僕は中町の頬にカッターナイフを深く刺し、そのまま耳の下あたりまで引いていく。


「い、あ、がああああっ!」


 中町は涙を流しながら、必死に痛みに堪えている。全く、これくらいの怪我で大げさだなあ。

 そして中町の顔に大きな傷が出来たのを確認して、僕はカッターナイフを離した。


「あははははっ! いいねえ中町! 悪人にふさわしい顔になったねえ!」

「うう、ううううっ……」


 中町は顔からだらだらと血を流しながら、尚も泣いている。しかし泣けば済むと思っているのなら浅はかだ。


「じゃ、明日までに三千円。ちゃんと持ってくるんだよ」

「は、はい……」


 満足した僕は、中町を置いて教室に戻った。



 ――しかしその後、中町が突然転校したと先生から知らされた。それきり、中町とは会っていない。


 だけど今。


「新堂が、中町だって言うの?」

「……ちっ」


 あの時と同じ、顔に大きな傷を残した中町が――新堂と名を変えて僕の前に立っていた。

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