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僕は新堂を火だるまにするつもりでいた。そのために灯油を購入し、それを隠す場所を探していた。
それなのに。
予定通り、ガソリンスタンドで灯油を購入した僕は、灯油が入ったポリタンクを隠すために学校の隅にあった茂みをかきわけていた。
だけど、そこに現れてしまったのだ。
「よぉ、白田。お前俺に何かするつもりなのかぁ?」
邪悪な笑みをその顔に浮かべた新堂が。
「おいおい、お前の後ろにあるのはなんだよ? もしかしてそれ、ガソリンか何か入ってるのか?」
新堂は僕の後ろにあったポリタンクをめざとく見つける。なんでよりによってここに新堂がいるんだ。もう授業が終わってみんなが下校した時を狙っていたのに。
「なんでここに俺がいるのかって言いたそうだな。教えてやるよ、お前の企みに用心しとけっていう助言をしてくれたヤツがいるんだよ」
助言をしたヤツと聞いて思いついたのは、一人しかいなかった。
「おい! 出てこいよ!」
新堂が声を上げると、その後ろから一人の人物が姿を現した。
「新堂……お前、俺を呼び出したのは、わざわざ白田のマヌケ面を見せるためか?」
「決まってるだろ七瀬。お前のおかげで白田の企みに気づけたんだ。それを知った白田がどんな顔するか興味あるだろ?」
「……」
この場に現れた七瀬くんは、なぜか不機嫌そうな顔をしていた。
「そういうことだ白田。お前の行動なんて俺には筒抜けだってことさ」
「七瀬くん! なんで、なんで新堂にバラしたんだよ! 君も新堂みたいに他人を平気で傷つけるような人間なの!?」
「うるせえぞ!」
「ぐうっ!」
僕の抗議の声は、新堂の鉄拳で腹を殴られたことにより遮られた。
「何が、『他人を平気で傷つけるような人間なの!?』だよ。お前だってそのガソリンか灯油か知らねえが、そいつで俺に火傷でも負わせようとしてたんだろ? お前も『他人を平気で傷つける人間』じゃねえか」
「僕は……僕はお前とは違う!」
「俺とは違う? 確かに俺もお前と同じにされたくはねえかな」
「新堂、もうそれくらいにしておけ」
僕に詰め寄る新堂の肩に手を置き、七瀬くんが制止した。
「もういいだろう。白田の企みは既に失敗した。あとはそのポリタンクをどこかに捨ててしまえば終わりだ。お前がこれ以上手を汚すことはない」
「おいおいおい、七瀬よぉ。俺はこいつに大火傷負わされそうになったんだぜ? それなのに白田がお咎めなしってのはないだろ?」
「お前の気が済まないのはわかる。だけどこれ以上お前が白田をいじめて何になる? お前はもうこんなヤツは放っておくべきだ」
「……放っておけだと?」
七瀬くんのその言葉を聞いた新堂は、なぜか怒りの形相になった。
「お前、こいつが何をしてきたか知ってるよな!? それなのにお前はこいつを放っておけって言うのかよ!? ああ!?」
「そうだ、それを知った上でお前にそう言っている。俺はこれ以上お前が堕ちていくのを見ていられない。ここで踏みとどまれ」
「俺は踏みとどまることなんて望んでねえんだよ! 今もあの時のことを思い出したら、夜も眠れねえ! それなのにこいつは……!」
新堂と七瀬くんの会話の内容はよくわからなかったが、おそらく新堂は僕をいじめることを正当化したいようだ。やはり新堂は他人をいじめることでしか満足できないクズだ。こんなヤツにやり返して何が悪い。
どちらにしろ、今がチャンスだ。新堂と七瀬くんが言い争っているうちに、この灯油をぶちまえてしまえば……
しかし僕がポリタンクに手をかけた時だった。
「なに、してるの……?」
場違いな綺麗な声がその場に響き渡った。その方向を見ると、一人の女子が僕たちを見ている。
「朋江ちゃん?」
そこにいたのは、不思議そうな目で僕たちを見ている朋江ちゃんだった。
「っ!? 夏木!?」
「夏木、お前なんでここに?」
新堂も七瀬くんも思いもよらぬ乱入者に驚いている。
「忘れ物取りに来たら、なんか言い争う声が聞こえたら来たんだけど……新堂くん、七瀬くん。何、してるの? 和善くんに何をしようとしたの?」
「……」
「もしかして、新堂くんが和善くんをいじめてたっていうの、本当なの?」
「待て、夏木。これは……」
新堂よりも、なぜか七瀬くんが焦っている。しかし七瀬くんが近づいたことにより、朋江ちゃんは行動を起こした。
「ちょっと先生呼んでくる!」
朋江ちゃんはその場から走り去ろうとしたが、その前に七瀬くんがその腕を掴んだ。
「待て夏木! 俺の話を聞け!」
「放してよ! 君たち和善くんをいじめてたんでしょ!? そんなの最低だよ!」
「違う! 新堂は……中町は理由もなく他人を傷つけるようなヤツじゃない!」
「おい、七瀬!!」
新堂が七瀬くんに掴みかかるが、七瀬くんはしまったという顔で口を押さえていた。
「……中町?」
その名前を聞いて、僕は記憶を巡らす。そういえば、新堂を初めて見たときから、どこかで見たことがある顔だと思っていた。でも、聞き覚えのない名字だから気のせいだと思っていた。
だけど、だけど……今の中町という名字は……
「君……中町文也なの?」
「……」
目の前にいたのは、僕の小学校の頃のクラスメイト、中町文也だったのだ。