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結局、僕は昼休みに先生に助けを求めることはできなかった。
それもこれも、全ては新堂たちと七瀬くんのせいだ。七瀬くんがおかしなことを言ったからだ。
『お前のせいだよ』
七瀬くんは僕のことを嫌いだと言っていたが、僕は彼に対して何かをした記憶は無い。むしろ彼は僕がいじめられているのに気づきながら、それを見て見ぬふりをしているような悪人だ。そんな人間にどうして怒られないとならないんだ。
どちらにしろ、七瀬くんに協力を求めるのは無理だろう。そうなるとやはり先生に助けを求めるしかない。こうなったら放課後にでも職員室に行こう。
そして、授業が終わり放課後になった。
僕は新堂たちに呼び止められる前に走って職員室に向かう。担任である高木先生にいじめの話をするためだ。教室で相談しても、新堂が介入してしまっては上手く話ができない。だから職員室に行く必要があった。
しばらくすると、高木先生が職員室の前にやってきた。頭髪が薄く、くたびれた見た目をしたおじさんである印象が強いけど、さすがに自分のクラスでいじめが起こっているとなれば、真剣に対処してくれるだろう。
「高木先生、すみません」
僕が声をかけると、高木先生は少し疲れたような顔で僕を見る。
「なんだ白田?」
「あの、ちょっとお時間よろしいですか? 相談したいことが……」
「悪いが、俺はこれから会議があるんだ。後にしてくれ」
「え? でも、今すぐに相談したいんですけど」
「あのな、俺だって一人の生徒に時間をかけていられないんだ。受け持っている生徒が何人いると思ってる? わかったらもう帰れ」
「あ……」
まるで突き放すように言いながら、高木先生は職員室の中に消えていってしまった。
どうしよう。まさか先生にも協力を断られるとは思っていなかった。だけど一人で新堂たちに立ち向かうなんて不可能だ。なにせ相手は三人もいる。
というか、先生も先生だ。僕がこんなに悩んでいるのだから、むしろ自分から僕に話を聞こうとするべきではないのだろうか。そうすれば僕がこんなに手詰まりになることなんてなかったはずだ。
そもそも先生だけじゃない。他のクラスメイトたちもどうして僕を助けてくれないんだ。いくら新堂たちが怖いからといっても、クラス全員で新堂たちを責め立てればとっくにいじめは終わっていた。彼らがしっかりしてくれていれば、僕がこんな目に遭わなくても済んだはずだ。
そう考えると、だんだん腹が立ってきた。そうだ、僕がこんなつらい思いをしているのは、新堂たちだけのせいじゃない。僕の周りの人間たちがみんな非協力的だからだ。いじめに立ち向かう勇気が無いからだ。それなら、僕の復讐対象は新堂たちだけじゃない。あのクラスにいる全員だ。
「和善くん?」
しかし、せっかく考えがまとまりかけていたところに声をかけられたので、僕はすこし苛立ってしまった。そのため、刺々しい声で返答してしまう。
「なに!?」
「あっ、ご、ごめん……取り込み中だった?」
声の主――朋江ちゃんは僕の返事に驚いた顔をしていた。しまった、ちょっと今のは感じ悪かったかな。
「あ、いや。大丈夫だよ」
「あれ? 和善くん、顔に怪我したの?」
「こ、これは……」
新堂に火傷を負わされたことを言うわけにもいかなかったので、適当にごまかすしかなかった。
「ちょっと擦りむいただけだよ。気にしないで」
「そ、それならよかった。あのさ、悪いんだけど、今日は一緒に帰れないんだ。それを伝えようと思ってたんだけど……」
「え? そうなの?」
「ごめんね。友達との約束が入っちゃってさ」
「そうなんだ……」
友達との約束? 朋江ちゃん、僕と一緒に帰るより、友達との約束を優先するんだろうか。
「と、ところでさ。和善くん、この間のその、指輪、気に入らなかったかな?」
「え? あ……」
朋江ちゃんは僕の手を見ながら、恐る恐る聞いてくる。だけどもう、僕はあの指輪を付けることはできない。
「が、学校でつけるわけにもいかないからさ。家に置いてあるよ」
「そ、そうだよね! ごめんね、私ったらそんなことにも気づかなくて」
「あのさ、朋江ちゃん」
「それじゃあね、また明日ね!」
そう言って、朋江ちゃんはそそくさと走り去ってしまった。
……どうしよう。もしかしたら、僕があの指輪を気に入らなくて身に付けてないものだと思っているのかもしれない。思い返してみれば、朋江ちゃんの様子も少しおかしかった気がする。
それもこれも、みんな新堂たちのせいだ。あいつらが僕の大切なものを全て奪ったんだ。だったら僕はもう容赦する必要なんてない。
そうだ、他人をいじめるようなヤツに未来なんて必要ない。だったら僕は、どんな手段を使ってもあいつらの未来を壊してやる。
例えそれが、法に反する手段であったとしても。
大丈夫だ。いじめという犯罪に立ち向かうためなんだから、僕が犯罪を犯したとしても誰も責める事なんてない。僕は新堂たちのように快楽で人を傷つけるわけじゃない。新堂たちがこれ以上他人を傷つけることがないように、信念を持って傷つけるんだ。あいつらとは違う。
そう考えながら、学校を出た僕の目に、あるものが映る。
「……これって」
その建物をいつもは意識していなかったが、今の僕には現状を打破するための素晴らしいものに映った。
これがあれば、新堂たちの未来を潰せる。このガソリンスタンドで売ってる、灯油を使えば……