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僕は保健室で火傷の治療を受けながら考えていた。どうやって新堂たちに復讐をするか。
そもそも僕は新堂が怖くていじめられている。アイツらに逆らえないからいじめを受けている。そんな僕がどうやって復讐すればいいのか。
普通に考えれば、誰かに協力を仰ぐのがいいだろう。まず第一に、僕はいじめられている被害者なのだ。僕の境遇を知れば、きっと誰かが僕を助けようとしてくれる。問題は誰に協力をしてもらうかだ。
最初に候補に上がったのは、やはり親だった。しかし僕の母親は四年前に父親が死んでから僕への興味を失い、今はただ同居している他人としか言えない関係だった。そんな人にいじめられていると訴えても意味はなさそうだ。
次に候補に上がったのは、学校の教師だった。学校でいじめが起きていると知れば、教師という立場なら動かざるを得ないはずだ。そう考えた僕は、昼休みに早速職員室に行こうとした。
「白田ぁ、お前どこ行こうとしてんだ?」
しかしそんな僕を、新堂たちが呼び止めた。こいつらを振り切って職員室に行く勇気は、僕にはなかった。
「え、えっと、ちょっと用事があってさ」
「用事? え、なに? 俺たちが声をかけてるのに、それを振り切ってまで行く用事があるの?」
新堂はニヤニヤと笑いながら僕の首に腕を回してくる。そしてその腕で僕の首を思い切り締めた。
「ぐうううう!」
「白田、もう一度聞くけど、俺たちのことを無視してまで行くような用事がお前にあるの? ないよな?」
「な、ない、です……」
「うん、じゃあ昼休みも俺たちと遊ぼうな」
新堂は僕の首から腕を離す。僕は苦しさのあまり床に倒れてしまった。
「おら、寝てんじゃねえぞ白田。行くぞ」
勝浦が僕を無理矢理起こそうとするが、その時思わぬことが起こった。
「おい、お前ら」
勝浦の肩に手を置きながら、声をかけてきたのは七瀬くんだった。七瀬くんたちが新堂たちに話しかけるのを初めて見た気がする。
「なんだよ七瀬。お前も仲間に入れてほしいの?」
顔をしかめながら釜石が七瀬くんに詰め寄るが、それにもまるで動じずに彼は新堂の前に立つ。
「新堂、お前その辺にしておけ」
「あ?」
「お前の気持ちもわかる。だけどお前はそれ以上……」
「余計なこと言うんじゃねえ!」
七瀬くんが何かを言いかけた時、新堂は彼を殴っていた。
「七瀬ぇ、俺の邪魔するんだったら、お前も俺たちと遊ぶか? あ?」
「その方がまだマシかもしれないな。正直お前がこれ以上堕ちるのを見ていられない」
「知ったふうな口を利くんじゃねえよ! お前は引っ込んでろよ!」
七瀬くんは新堂に突き飛ばされ、壁にもたれかかった。
「勝浦、釜石、もう行くぞ」
「え? 新堂くん、白田はどうすんの?」
「今日はもういいよ。とにかく早く来い」
新堂はなぜか少し焦ったような様子で、勝浦たちを引き連れて教室を出て行った。
一部始終を見ていた僕は、思わず心の中で歓喜していた。やはり、世の中はいじめを放っておくわけがないんだ。みんなが僕を見捨てているわけがない。いじめる側のクズを成敗する正義の使者はやはり現れた。以前は僕に説教してきたけど、やはり七瀬くんはこうしていじめを見過ごせずに、僕を救ってくれたんだ。
「七瀬くん、大丈夫かい?」
僕は新堂たちに勇敢に立ち向かった彼を労おうと、手を差し伸べる。だけど彼の表情はなぜか厳しかった。
「触るんじゃねえよ、白田」
七瀬くんは僕の手を払いのけ、立ち上がりながら服についたホコリを払う。なんだこの態度は。まるで僕を軽蔑しているかのような態度だ。なんでこの僕がそんな態度を取られないとならないんだ。
「な、なんでそんなこと言うの? 僕を助けてくれたんでしょ?」
「……白田、お前がなんで新堂にいじめられてるか、わかるか?」
「は?」
なんで僕が新堂にいじめられているか? そんなの決まっている。
「そんなの……新堂たちが他人をいじめたくて仕方のないような人間だからだよ。あいつらは他人をいじめたいっていう欲を抑えられないから、他人を巻き込んでその欲望を満たそうとしているんだ。そのターゲットがたまたま僕だったんだよ」
「……そうか、たまたまお前、か」
「そうだよ。僕がいじめやすかったからいじめるんだよ。いじめる側の人間の思考回路なんてそんなもんだよ」
「なあ、白田」
七瀬くんはなぜか僕の方を見ずに言った。
「お前は、いじめが悪だと思うか?」
「え?」
いじめが悪かどうかだって? それも決まっているじゃないか。
「いじめは間違いなく悪だよ。そもそも他人をいじめるなんてことは普通に生きていたら有り得ないんだ。そんな有り得ないことをしている時点で、新堂たちは間違いなく悪だよ」
「……そうか」
それを聞いた七瀬くんは、今度は僕を見て言った。
「はっきり言っておくぞ。俺が助けたのはお前じゃない」
「な、なに言ってるの? いじめを見過ごせないから新堂たちを止めてくれたんでしょ?」
「いいや、違う。この前も言ったが、俺はお前が嫌いだ。正直、顔も見たくないほどにな」
「じゃあ、なんで新堂たちを止めたの?」
「……」
七瀬くんは少し沈黙したが、その後に僕を睨む。
「お前のせいだよ」
「僕の…せい?」
「そうだ、お前がいなければ……」
そう言った後、七瀬くんは再び僕から目を離した。
「とにかく、これ以上俺をイライラさせるな」
そして、怒ったような様子で教室を出て行った。