俺は私で、私は俺で
─────絶対に許さない。
クエンに猛攻を仕掛けているノレスは、次から次へと武器を変えて目の前の敵に叩きつけていた。
(武器を手にするのはあの時以来か……)
それは初めて彼女と出会った日。
忘れもしない、運命の日だ。
あの日から我の中の世界が大きく変わり、止まっていた時間が動き出した。
ただ魔王城の席に座っているだけで、自分を超える者もいない、そんな窮屈な日々から。
(アスタルテ……)
我の希望であり、太陽である。
彼女はいつも明るい光で我を照らしてくれ、傍にいるだけで暖かく幸せな気持ちにさせてくれる。
ノレスはチラリとアスタルテの方を見る。
レーネ達が現在治療をしているが、状態はかなり危険だ。
一刻も早くこの戦いを終わらせなくてはいけない。
ノレスは目の前のクエンを睨む。
こいつは……
こいつだけは……
絶対に許さない────
ノレスは左右に巨大な刃のついたブーツを両足に出現させ、回し蹴りをクエンに放つ。
「くっ!くそ、なぜ私が後手に回っているのだ!」
クエンの言葉を無視したノレスは体勢を変えると、空中でそのまま一回転し強烈なかかと落としをお見舞いする。
咄嗟に剣で防いだクエンだったが、剣が衝撃に耐えきれず粉砕してしまった。
「お、おのれぇ!」
歯を噛みしめるクエンをノレスが見下ろす。
(こやつ、戦闘の腕はからっきしじゃな。)
薬の影響で相当パワーアップはしているようだが、そもそも戦いの基本がまるでなっていない。
剣の使い方だって素人みたいなものだ。
そんな腕をしておいて、権力だけで力を持たない者がどうとか言っておったのか。
正直、パワーアップしてなかったらカヤとカヨより断然弱いな。
「私が……私が負けるはずないんだ!!カオスボルトオオオ!!」
その時、クエンが右手をこちらに向け、闇属性の魔法を放つ。
しかし、ノレスは片手を振り払っただけでその魔法は消滅してしまった。
「……さっさと失せろ」
ノレスがこの戦闘で初めて言葉を発した瞬間、クエンの周囲にいくつもの武器が展開される。
「なっ……」
クエンがそれに驚いた時には、既にそれらの武器はクエンに向かって飛んでいた。
「か、カオスシールド!!」
慌ててシールドを張るクエンだったが、武器の速度を落とすことすら叶わず一瞬で粉砕されてしまう。
────ドスドスドスドス!
ノレスの放った槍、剣、大剣、ハンマー、その他全てがクエンの身体に突き刺さる。
「く…そ…がぁ……!!」
そのままクエンは意識を失い、地面に向かって落下していったのであった────
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その日、私はいつも通り大学へ通うため家を出た。
駐輪場に停まってるバイクのエンジンを掛け、走り出す。
「ふぁあ…」
昨日はハマっているオンラインゲームのイベント開催日で徹夜してしまい、自然とあくびが出る。
「やばい、眠すぎる…帰って寝たい…」
そうしたいのは山々だったが、前期でサボっていたせいで単位数はギリギリだった。
今はもはや1つ単位を落としただけで卒業はおろか、進級すら危うい状態だったのだ。
「もー、前期の私は何やってたんだよ~…」
そんな事をぼやきながら、赤信号で停車する。
横断歩道の信号が点滅していないのを確認し、ギアをニュートラルに切り替える。
「今日の講義は何しようかなー」
私は講義中、大体アニメかゲームの実況を見ていた。
ちゃんと出席さえしていれば単位をもらえたからである。
勿論すべての講義がそういうわけではなかったが、今日の講義は“単位稼ぎ”と呼ばれる楽なものであった。
「そういえば、今日はアニメの最新話配信日だったっけ…」
今日の予定を組んでいると、信号が青に変わる。
私はバイクのギアを変え、前に向かって走り出す。
そういえば、こうしてバイクに乗るのはかなり久しぶりな気がする。
おかしいな……なにかがおかしい……
歩道を歩くスーツを着たサラリーマン、ランドセルを背負っている小学生、前を進む車。
どれもこれもが当たり前の日常のはずなのに、不思議とどれも懐かしく感じた。
(なんなんだろう、疲れてるのかな…)
日常にある全てのものに奇妙な感覚を覚えた私は、コンビニの駐車場に入り、バイクを停める。
バイクから降りると、ある事に気付いた。
私ってこんなに背が高かったっけ……?
「って待てよ……私ってなんだ、男なんだから“俺”だろう…?」
しかし、口に出した俺という言葉に違和感を覚える。
突然不安な気持ちが押し寄せ気分が悪くなってきた“俺”は、その場にしゃがみ込む。
「──────」
(ん…?なんだ……?)
どこか遠い所から声が聞こえた気がして周りを見渡すが、見える範囲には誰もいなかった。
「──────!」
また声が聞こえてきた。
今度はさっきより近い。
「──────くん!」
(え、何…これ…)
今度は言葉の一部が聞き取れるくらいまで近くで聞こえた。
しかし、やはり周りには誰も見えない。
「まさか、幻聴ってやつ…?」
でも、すごい聞き馴染みのある声のような……
思い出そうとするが、全然出てこない。
なんだか怖くなってきて、思わず耳を塞いで目を閉じる。
「────ルテ君!!」
一体なんなんだ……!
耳をふさいでいるはずなのに、声がよりハッキリと聞こえてきた。
それと同時に、頭がぼーっとするような感覚に襲われる。
(こんなことになるなら、昨日ちゃんと寝てくれば良かった……)
バイクに背を預け、足を引き寄せて体育座りをし膝におでこを付けた俺は、そのまま仮眠しようとする。
「アスタルテ君!!!」
しかし、今までで一番大きく、それも真上から声がハッキリと聞こえ、慌てて俺は目を開けた。
「ああ、良かった…!意識が戻ったんだね……!」
目の前にいる人、そうだ…この人は……
「レーネ…さん…」
レーネさん、泣いてる……
どうして……?
その時、バチっとした衝撃が頭に走り、思わず顔をしかめる。
「っ!!大丈夫かい!?今、マギルカさんとコトハが治療をしている、私を見るんだ!眠ってはいけない!!」
マギルカさん……コトハさん……
そうだ、俺は……いや、私は……!!
全てを思い出したアスタルテは、慌てて身体を起こそうとする。
しかし、手足に力が入らない……
それどころか、感覚がまるでない。
あるのは地面の感触と、後頭部に感じるのはレーネさんの膝だろうか、その柔らかい感触だけだ。
「……状況は…どんな感じ…ですか…?」
思うように声が出ず、途切れ途切れで言葉を繋げる。
「えっと…それなんだけどね、ノレスがかなり優勢……いや、圧勝って所かな」
「ノレスが……圧勝…?」
レーネの言葉が信じられず、思わずアスタルテは復唱する。
「うん、まさかノレスにあんな力があるなんてね……自己強化スキルを使ったんだろう」
「自己強化……ですか……?」
ノレスって自己強化スキルなんて持ってたんだ……
思えば、ノレスが敵対関係の時しか状態確認してないからスキルとか見てなかったな……
「うん。確か……覚醒?って言ってたかな……聞いたこともないスキルだけど…」
覚醒…?
なにか引っかかりを覚えたアスタルテは、状態確認を使う。
(ええと…確か戦闘スキルの……)
アスタルテはスキルの一覧から、一つのスキルを見つける。
<・覚醒 HPが30を下回った際に全MPを消費して発動 ▽一時的にステータスが大幅に上昇し、専用スキルが出現する。>
(これだ……今まで使う機会がなくて、結局1回も使ってないスキル…)
ノレスはこれを使って強くなったんだ……
でも、ノレスっていつの間に瀕死に……?
もしかして、人によって条件があるのかな…
確か、初めて会って戦った時も使ってなかったはず……
(いや、そんなこと今はどうでもいい)
条件を満たしているのかと、アスタルテはステータスの欄を見て驚愕した。
魔力が増え続けているのに対し、体力が下がり続けているのだ。
コトハさんとマギルカさんの魔法のおかげでたまに増えるが、基本的に下降し続けている。
(HPは今55……30を切ったタイミングに合わせてこれを使えば……)
「レーネ……さん…」
「どうしたんだい?大丈夫、二人の回復魔法のおかげで大分良くなってきている。私も量は少ないが魔力を流している、魔力の補給さえ終わってしまえば体力の減りも無くなるはずだ」
なるほど、体力が減り続けているのは魔力に変換してるからなんだ……
って、そうじゃなくて……
「治療を……止めてください…」
「なっ!?何を言っているんだ君は!大丈夫だ、君は助かる!だから諦めちゃ駄目だ!」
「いえ……私に…秘策が……あります……」
突然声を荒らげたレーネに、マギルカとコトハがこちらを見る。
「秘策って……でも、ノレスがかなり押しているんだ、大丈夫さ」
「でも……砲撃が…また来たら……まずいです…」
「それは!そうかもしれないけど……でも、治療を止めるわけにはいかない」
「お願いです……信じて…ください…」
アスタルテの必死さを見て、レーネが唸る。
その言葉を聞いていたマギルカとコトハも、お互いに顔を見合わせて困惑している。
「……その秘策は、絶対大丈夫なのかい?」
「大丈夫……です……」
正直絶対大丈夫とは言い切れないけど……
でも、もしノレスの戦闘中にもう1回砲撃が来たら……そうなったら、きっとノレスだけじゃ防げない。
「絶対だね?絶対、大丈夫だと言いきれるんだね?」
「……はい…」
「私は……いや、私だけじゃない……皆、君が大切なんだ。君がいなくなったら駄目なんだ。もう君のいない日々なんて考えられないんだ……」
「レーネさん……」
「だから、最後にもう1回聞くよ。その秘策は、治療を止めて体力が減り続けることを踏まえた上で、絶対に大丈夫だと……言えるんだね?」
「はい……大丈夫…です…」
アスタルテの言葉を聞いたレーネは数秒間アスタルテを見つめ、やがて小さくため息を吐いた。
「……分かった。信じるよ」
「ほ、本当に治療を止めるんですの!?」
レーネの言葉に、今度はマギルカが声を荒らげる。
「はい、アスタルテ君を信じます」
「もしその秘策が駄目だったら、もうここまで持ってくるのは不可能ですわよ!?」
「……私も…魔力が…限界……」
二人共ポーションを大量に飲んでずっと魔法を使い続けているせいで、顔色がかなり悪くなってきている。
「大丈夫です。彼女は、嘘を吐くような子ではありません」
まっすぐと見つめる瞳に、マギルカはため息をつく。
「はぁ……分かりましたわ。ただ、もしも危ないようでしたら直ちに治療を再開しますわ、いいですわね?」
「……問答…無用…だからね…」
(二人共…もう限界だろうに…)
アスタルテは二人の意思に涙ぐみながらも、コクリと頷く。
それを見た二人は、回復魔法の使用を中断した。
その瞬間、急激に体温が下がり始め、強烈な眠気がアスタルテを襲う。
(意識を集中させないと!……46……35…31…今だ…!)
「……かく…せい…!!」
アスタルテがスキルを唱えたその瞬間、彼女達は眩い光に包み込まれた────




