それぞれの戦い
「うおおおおお!」
アスタルテはダンジョンへの道のりを全力で駆けていた。
力強い一歩一歩は地面を抉り、林道に轟音を響かせる。
「もっと……もっと限界まで速く…!」
そう言ってより力強く地面を蹴るアスタルテだったが、運悪くその地面がぬかるんでおり足を取られてしまう。
「へっ?」
────ドゴオオオオン!
勢いのままアスタルテは地面を転げ回り、巨大な岩に衝突してしまう。
衝突による衝撃に耐えられなかった岩は亀裂を生み、ついにはアスタルテを巻き込んで崩れる。
………
「だあああ!もうなんなんだこれ!」
のしかかってきた岩を吹き飛ばしてアスタルテは起き上がると、額をさする。
どうやら転んだ拍子に擦りむいてしまったらしい。
「…なんか、久しぶりに痛み感じた気がする…」
額の傷が既に塞がっている事に気づかず、服の砂埃を振り払ったアスタルテは再び走り出した。
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「雑魚が。暇つぶしにもならぬわ」
駆けつけてきた数百もの魔物を一掃したノレスは、あくびをする。
(それにしても…異常事態っていうレベルじゃないのう…)
変異種がここまで増えているのはどう考えても自然現象とは思えない。
誰か裏で操っているヤツがいるのか…
「一度魔界に帰るかの…」
国の事も任せきりだし、一度様子を見に行ったほうが良さそうだ。
「あっれー?ノレス様じゃないですかぁ、なんでこんなところにいるんですぅ?」
語尾を伸ばした聞き覚えのある声が聞こえて上を見上げると、そこには一人の少女がいた。
「…カヤか」
ノレスが名前を呼ぶと、カヤと呼ばれた少女はニカっと笑いノレスの前に降りる。
カヤ───魔王ノレス軍の中でも最上位の魔力を持ち、破壊を好む凶暴な性格をしている子だ。
光を飲み込む漆黒の髪をツインテールにしているのだが何故か毛先が赤く、他の者に殺した人の返り血だと恐れられている。
普段から口角がつり上がっていて口裂け女のような大きな口からは刃物のようなギザギザの歯が覗いており、目の周囲は黒く瞳もぐるぐると渦が巻いていることから何を考えているか全く分からないのだが、案外常識を理解している面もあり、ノレスは割と好きだった。
「カヤ、お主が何故ここにいる?」
「それを言うならノレス様こそなんでここにぃ?」
「我の質問に答えろ」
ノレスが睨むと、カヤは愉快に笑う。
「クシシシ、やっぱ私ノレス様の方が好きだなぁ?ねえねえ、魔王に戻りましょうよぉ?」
その言葉にノレスは引っかかる。
「何を言っておる、魔王を辞めたなんて一言も言っておらぬぞ」
その言葉に、カヤは黙り込む。
「……ノレス様もしかしてぇ、今の状況分かってない感じですぅ?」
「そうじゃな、我がいなくなってから詳しく話せ──」
突然大鎌がノレスのいた場所を引き裂く。
「……なんのつもりだ、カヤ」
後ろへ避けたノレスはカヤに問いかける。
大鎌を突然振るったのはほかの誰でもないカヤだった。
「すみませんノレス様ぁ、私にも一応立場があるんでぇ、私を倒して口を割らせてもらえますかぁ?」
「カヤ、貴様が我と互角に戦えるとでも思っておるのか?」
「クシシ、前の私だと思ってもらっては困りますよぉ!」
カヤの大鎌が高速で振り下ろされ、次元を引き裂く。
そして引き裂かれた次元の裂け目から闇の魔弾が放たれ、一斉にノレスに襲いかかった。
「ふん、甘いな」
ノレスは容易くそれらを打ち消すが、そこにカヤの姿は無かった。
「っ!!」
ノレスは素早く後ろを振り返り、頭上へ振り下ろされる大鎌を魔法のバリアで受け止める。
「ふっ、確かに強くなったな」
バリアを弾けさせカヤを後ろへ飛ばす。
「…まさかこの速さについてこれるとは思いませんでしたよぉ、以前のノレス様ならこれで終わってたはずなんですけどねぇ?」
カヤは驚いた表情を見せつつもニカっと笑う。
「確かに以前のままだったら倒されていたじゃろうな。じゃが、我を超える者を見つけてのう、我とてそのままの実力で満足できなくなったのじゃ」
人は例外を除き、頂点へ立つと強さはストップする。
しかし、ノレスは己を超える者に出会ったのだ。
元々強者を求めていたノレスにとって、自分を超える存在はノレスの中で革命的だった。
そして同時に悔しい、超えたいという気持ちも再び生まれたのだ。
アスタルテと戦った日からノレスはこっそりと己を高めていた。
いつか超えてみせると。
その鍛錬を欠かしたことは一日とて無かった。
「へぇー、ノレス様を超える者なんて信じられませんけどねぇ」
「何を言う、現にお主だって以前の我より強くなってるではないか」
「過去のノレス様を超えたって今のノレス様に勝てなきゃ意味ないですよぉ」
「なら、大人しく情報を渡してもらおうか?」
その言葉を聞いたカヤは再び大鎌を振るう。
「私の事を知っていて言ってるんですかぁ?」
ノレスは大鎌を避けるとニヤリと笑う。
「まぁ、そう上手くいったほうが気味悪いがのう」
「酷いですねぇ?私だって乙女なんですよぉ?」
大鎌と闇の魔法がぶつかり合う中で二人は言葉を投げ合う。
「我とて最近欲求不満でな、お前には悪いが少々発散させてもらうぞ?」
その言葉を聞いたカヤが今日一番の歪んだ笑顔を浮かべる。
「クシシシ!素敵ですねぇ、興奮して濡れてきちゃいますぅ!」
「全く…下品な乙女じゃのう…」
「少しくらい下品な方が受けが良いんですよぉ?」
町に響く戦いの音はしばらく鳴り続くのだった────
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────ぞわっ
町の方から感じるおぞましい魔力に思わずアスタルテは振り返る。
(まさか…ううん、ノレスなら……大丈夫だよね)
「ここだ…」
ダンジョンに着いたアスタルテは、素早く且つ慎重に中へと入る。
中に大きな気配が2つ、小さな気配が大量か…
まぁ、なんとかなるだろう。
「うおおおおお!!」
アスタルテはわざと咆哮を上げ、ゴブリンの集団へ突っ込み暴れまわる。
こうして音を立てれば他の奴らも集まってくると思ったからだ。
中で何が起きているのかはわからないのだが、ロクなことじゃないのは明白だ。
すぐに現場に向かうより、それを中断させた方が早いだろう。
「さあどんどん来い!一匹残らず殲滅してやる!」
アスタルテが叫ぶと、思惑通り奥からゾロゾロとゴブリンが出てきた。
「纏めて燃えて凍り付け!」
アスタルテは手をかざし、フレイムレーザーを前方に放つ。
全ての魔物には命中しなかったが、凍てつく炎は瞬く間に伝染し燃え広がる。
やがて全ての魔物が凍りついたのを確認すると、左足を強く踏み込んで空中にパンチを繰り出す。
────ゴオオオオオ!
パンチから発せられた風がかまいたちとなり、凍った魔物達を粉々に砕く。
「よし、早く行かなきゃ」
今のでダンジョン内の気配が大分減った。
この感じだと手こずる事は少なそうだ…!
道中のゴブリン達を砕きつつ降りていくと、人の気配がする部屋に行き着いた。
(ここにレニーが…)
アスタルテは一度深呼吸をすると、ドアを蹴破って中に入る。
「……えっ」
中の光景を見たアスタルテは絶句した。
そこは言うなればカンの町に次ぐ第二の地獄だった。
首の無い死体やバラバラになった手足、泣き叫ぶ少女を一方的に殴りつけるゴブリン。
生きているのか死んでいるのか、意識を失ってもなお身体を弄ばれる者。
手足を切断され傷口を焼かれたのだろうか…ひどい状態の少女もいた。
「うっ…」
部屋に充満する死臭と雄の酷い匂いに、思わず吐き気がこみ上げる。
(突っ立ってる場合じゃない…早く助けないと)
アスタルテが一歩踏み出したその時、右奥からドシンドシンと地を揺らして歩く魔物が現れた。
身長4メートルはあるだろうか…
とてつもなくでかいオークだ。
「オマエ、何処カラ入ッテキタ」
オークは低い声で言葉を話す。
(喋れる魔物なんているのか…まあそんなのはどうでもいい、早く助けないと…!)
アスタルテが構えると、オークは笑い出す。
「何が可笑しい」
「威勢ノ良イ孕ミ袋ハ壊シ甲斐ガアル」
そう言ってオークは何かを投げ捨てた。
身体の向きを固定したままそれを目で追ったアスタルテの顔がまた険しくなる。
オークが投げ捨てたそれは少女だったのだ。
意識は失っており、足の骨が折れているのか歪な向きに曲がっている。
そしてなにより────
お腹が異様に膨れており、股から止めどなく液体が溢れていた。
「てっめぇ…!」
アスタルテは一瞬でオークの下まで移動すると、まだ大きく腫れているソレを掴む。
────そして一気に力を込めてソレを握りつぶした。
「グアアア!グギギィ…」
一瞬の事で何もできなかったオークはその場に膝を付き手で振り払うが、その時にはアスタルテは拳を振りかぶり、オークの顔の前にいた。
「一瞬で死ねる事に感謝しとくんだな」
────パァン!
オークの頭が砕け散り、身体が地面に倒れる。
「ド畜生が…」
アスタルテは地面に着地すると放り投げられた少女の元へ駆け寄る。
かすかに息はあったが弱い…
素早くアイテム取り出しで回復ポーションを取り出すと、少女の口へ注ぐ。
飲んでいるのか食道を通ってるだけなのか、一応流れてはいるみたいだ。
「うぅ…ゲホッ、ゲホ」
なんとか目を覚ましたみたいだ。
「大丈夫?私が見える?」
声をかけると、少女がこちらに顔を向ける。
「ここ…は…わたし…」
「もう大丈夫、助けに来たよ」
「う、うぅぅ…」
少女はポロポロと泣き出してしまった。
(無理もない…こんな状況なら…)
アスタルテはポーションを口に添えて飲ませる。
「これ、回復ポーションだから飲んで?少しずつで大丈夫だからね」
アスタルテは、近くにあった布を足に被せる。
意識がはっきりして足を見たらきっとパニックになってしまうだろう…
ともかく今は見せないほうがいい…
少しずつポーションを飲む少女を見てアスタルテは立ち上がる。
とにかくポーションだけでも皆に飲ませなければ…
素早く皆にポーションを飲ませ、いざレニーを探しに行こうと思ったアスタルテだったが、奥にまだ人の気配を感じた。
開けた空間を少し奥に進むと、少女が一人ガタガタと震えていた。
レニーより少し年上くらいだろうか。
まだあまり手荒なことはされていなかったようで、少しの擦り傷と右頬に殴られた跡があるくらいだった。
「大丈夫?助けに来たよ、とりあえずこのポーションを────」
アスタルテが言い終わる前に手に持つポーションを奪い取ると、少女は一気に飲み干した。
そして立ち上がってアスタルテの方まで来ると、平手でアスタルテの顔をビンタした。
「え、ええっと?」
訳が分からず頭にハテナを浮かべると、少女が叫ぶ。
「助けに来るのが遅いわよ!見てこれ、私殴られてるのよ!?」
えぇ…これでも全力で来たんだけど…
でも、少女達の恐怖の時間と比べたら確かに遅かったかもしれない。
事実、酷い殺され方の子もいた…
「そうだね……ごめん」
これは私の力不足でもあるし、素直にアスタルテは謝った。
しかし、どうやら少女は納得がいってないみたいだ。
「あんたがもっと早く来れば私がこんな怖い思いも顔に傷を付けられる事も無かったのよ!?」
「えっと…うん」
いや、顔に傷って…
奥にいるって事は前にいた少女達が何をされていたか、どういう状態だったか知ってるはずなんだけど…
いやでももし殴られて気絶してる時にここに連れてこられてたら知らないか…
「とにかく!早く私を助けなさいよ!」
「え?あっ、もうここのゴブリン達は倒したけど──」
「はぁ?あんた何言ってんの?安全な所に連れて行きなさいって言ってるのよ!」
「えっと…でもまだ囚われた子達がいるしその子達を探さないと」
「そんなもの後でもいいじゃない!いいから私を安全なところに連れて行きなさいよ!」
…そんなものだって?
その言葉にアスタルテは引っ掛かりを覚えたが、ここで時間を食うわけにはいかない。
ここの広間にレニーはいなかったのだ、探しに行かなければ…
「それに、君は見てないかもしれないけど、前の方には足が折れてる子とかもいて…」
「知ってるわよ?けど、どうせもう助からないでしょうね。」
「いや、ポーションで徐々に回復してるし──」
「なら放っておいていいじゃない、早く私を助けなさいよ」
なんだこの子、それしか言えないのか…?
それにあの惨状を見たのに自分だけ優先して助かろうとしてるって…
(いやいや落ち着くんだ私、この子だって被害者なわけなんだし…)
「そうだ、レニーっていう獣人の子知らないかな?あと、他の子がどこにいるとか分かる?」
「……知らないわね、なんせ私が最後にここに連れてこられたんだもの。だからここにいる人で全員よ」
アスタルテはめまいがした。
ここにいる人で全員…?
それじゃレニーはどこに…?
まさかあの死体の中にレニーが…?
「分かったなら早く私をここから連れ出して!」
少女が叫ぶが、今のアスタルテの耳には届かなかった。
いや、待てよ?
確かダンジョン内にあった大きな気配は2つ…
1つはさっきのオークだとすると、もう一匹どこかにいるはずだ。
となると、この少女がいたところとは別に囚われた場所があってもおかしくないはずだ…!
アスタルテは後ろを向くと、広間の入口を目指して走り出す。
「ちょっと、どこに行くつもりよ!」
「ごめん!他の場所も見てくる、ここは本当に安全だから!」
後ろで少女がなにやら叫んでいたが、アスタルテには届かない。
レニーがまだどこかにいるはずだ、急がないと…!
しかし、走り出して間もなくアスタルテの目に牢屋が飛び込んできた。
(あれ…?なんかすぐ近くに牢屋があるけど…)
疑問を浮かべたまま牢屋を覗く。
そこには寝ている少女が8人ほどと、こちらに背中を向けて座り込む狼の耳の生えた少女がいた。
まさか…
「レニー?」
その問い掛けに反応したのか、身体がピクリと震えた。
「レニー!!」
しっかりと聞こえるよう、少し声を張って呼んでみる。
すると、少女はゆっくりとこちらに振り返った。
それは、アスタルテが必死になって探していた張本人だった。
「アス…タルテ…さんっ…」
レニーはアスタルテの姿を見るや否や、大粒の涙を流し始める。
「レニー!」
アスタルテは牢屋の鉄格子を歪めて中に入ると、一目散にレニーに飛びつく。
「良かった…無事で…本当に良かった…」
「うぅ…アスタルテさん…アスタルテさぁん…」
泣きじゃくるレニーをなだめつつ、アスタルテはこの後について考える。
ダンジョン内の安全の確保、そして弱っている少女達を一刻も早く医療所に届けなければ…
町の方に感じたおぞましい魔力も気になる。
ノレスに限ってやられるなんて事はないと思うけど…
アスタルテはやることをまとめると、準備に取り掛かるのだった。




