怒りの拳
─────嗚呼、どうして…どうしてこうなってしまったんだ。
目の前に立っていたのは─────
アスタルテ君だった。
なぜアスタルテ君がここにいるんだ…
このままではあいつに殺されてしまう…
私がアスタルテ君の事を想ってしまったからなのか?
私のせいで…
アスタルテ君を逃がさないといけない。
でも、身体がピクリとも動いてくれなかった。
「アスタルテ君…早く…早く逃げるんだ…あいつは…私達三人でも…手に負えなかった…」
なんとか言葉を搾り出し、想いをぶつけた。
しかし、アスタルテ君から出てきたのは予想もできない言葉だった。
「大丈夫です。レーネさん、ここは私に任せてください」
そう言うとノレスに言葉をかける。
「ノレス、三人を回復してあげて欲しい。頼めるかな?」
そうだ、魔王ノレス…!
彼女の力を持ってすれば奴を倒せるかも知れない…!
「先にやつと一戦交えてみたいんじゃがのう…」
「ごめん、今回は私に譲ってくれないかな?」
どういう事だ?
なぜアスタルテ君が戦おうとする…?
彼女のアームレットは銀だ。
つまりBランク冒険者である。
私達Sランクが三人で歯が立たなかったというのに、一人で挑むなんて無謀どころではない…!
「じゃが、中々に面白そうな敵なんじゃがのう、ここは我が…」
ノレスが言いかけていた言葉を止める。
アスタルテの周りに尋常ではないオーラが漂っていたからだ。
それを感じて察したのか、ノレスが身を引く。
「仕方ないのう…思う存分やってくるとよい」
「ごめんね、ありがとう」
アスタルテが歩みを進めた。
ノレスはそれを見送ると、レーネ達に近づいて回復魔法をかける。
「魔王ノレス…なぜ…彼女を見殺しにする気か…!」
それを聞いたノレスは首をかしげた。
「なぜって…そなた、あのオーラを見て何も感じなかったのかや?」
「オーラって…彼女はまだ…Bランクなんだぞ…!」
それを聞いてノレスは嗤う。
「ふっ、中々に面白いことを言うではないか。まあ見ておるとよい、大丈夫じゃ」
レーネは魔王ノレスの事がまるで理解できなかった。
私達と出会った日、彼女はアスタルテ君の事を好きだという態度を見せていた。
その想い人を目の前の死地に送り込んだのだ。
正気の沙汰ではない…
とにかく、回復したら一刻でも早く助けに行かなくてはならない。
結果私が散ることになろうとも、アスタルテ君が目の前で殺されることに比べれば圧倒的にマシだ。
そんな決意を胸に秘めながら、レーネはアスタルテのことを見ていた。
─────頼む、間に合ってくれ…!
「さて、と…」
アスタルテは歩きながら目の前にいる魔物を睨み、状態確認をかける。
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✩名前 - ロックドラゴン(変異種) -
適正冒険者ランク - 不明 -
✩Lv - 61 -
✩ステータス
HP(体力) - 550/550 -
MP(魔力) - 320/320 -
STR(物理攻撃力) - 210 -
INT(魔法攻撃力) - 350 -
DEF(物理防御力) - 500 -
RES(魔法防御力) - 500 -
AGI(素早さ) - 25 -
✩備考
ロックドラゴンの変異種。
突然変異により通常のロックドラゴンを数倍上回るステータスを手に入れた。
魔力の扱いに秀でており、岩などの物質を操ることが出来、高密度な魔力の光線を放つことが出来る。
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(また変異種か…確かさっきのダンジョンにもいたな…)
突然よく現れるようになった変異種に引っ掛かりを覚えつつも、そういえばあれから結構戦ったなとアスタルテは自分のステータスを見る。
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✩Lv - 22 -
✩ステータス
HP(体力) - 1025/1025 -
MP(魔力) - 765/765 -
STR(物理攻撃力) - 610 -
INT(魔法攻撃力) - 542 -
DEF(物理防御力) - 560 -
RES(魔法防御力) - 550 -
AGI(素早さ) - 355 -
LUK(運) - 55 -
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「おぉ…」
思わずアスタルテの口から声が漏れた。
ノレスほどではないにせよ、そろそろ並ぶくらいのところまで来ていたからである。
これなら余裕そうだ…
「アスタルテ君!!」
その時、レーネからどこか危機としたようなアスタルテを呼ぶ声が聞こえた。
「へ?」
アスタルテがステータスから意識を戻すと、目の前にレーザーが迫っていた。
いつの間にかロックドラゴンが撃ったらしい。
アスタルテは右手を振りかぶると、そのレーザーに向かって突き立てた。
するとレーザーは四散し、その場に静寂が訪れる。
「え…?」
レーネの口から疑問が漏れる。
(そういえば、三人の前で力を使ったのはこれが初めてだったっけ…)
アスタルテはレーネの方を向くと、ニカっと笑った。
「大丈夫です、任せてください!」
アスタルテはロックドラゴンの元へと駆け出す。
ロックドラゴンがすかさず岩石を浮かせて飛ばしてきたが、そんな攻撃が通る訳もなく全て拳によって粉砕された。
「よくも……よくもレーネさん達を傷付けたな!!」
アスタルテは一瞬でロックドラゴンの目の前まで移動し、その鱗に右ストレートを叩きつけた!
「どう…いう事だ…」
ゼルが言葉を漏らした。
あれだけフルパワーで攻撃しても傷一つ無かったロックドラゴンの鱗が粉砕したのである。
「レーネさん、ゼルさん、コトハさん…彼女達は大切な恩人であり、仲間なんだ!!」
アスタルテが手から青く燃える氷の炎を放つ。
フレイムだ。
「……無…詠唱…?」
それを見たコトハが信じられないといったような声を上げた。
なんせ、この世には詠唱を短縮できる事を可能とする魔術師は存在するものの、無詠唱で魔法スキルを唱える所まで到達した者はいなかったからである。
そこからは一方的な力による圧倒的な蹂躙だった。
燃え盛る絶対零度の炎がロックドラゴンを包み込み、その炎の中アスタルテは拳の雨を降らせる。
1つの拳が下されるたびに絶対的な防御力を誇る鱗が砕け、その身体に亀裂を生ませる。
時間にして2分もかからず、ロックドラゴンは砕け散った。
文字通り、粉々である。
「アスタルテ君…君は一体…」
目を丸くしたレーネがアスタルテに問いかける。
「こう見えて私、結構強いんですよ?」
アスタルテは満面の笑みを浮かべた。
「だから言ったじゃろう、大丈夫じゃと」
ノレスがアスタルテの頭に手を置く。
「あんな石ころに手こずるこやつではない」
「ウチも謎だらけだが、こりゃ神器に認められんのも納得だな」
ゼルが頭を掻きながら立ち上がった。
「…アスタルテ…無詠唱…すごい…私にも魔法…教えて欲しい…」
コトハはコトハで別のことに興味を示していた。
レーネはその様子に呆然としていたが、やがて強引に納得した。
「まだまだこの世界は分からない事だらけだな…なんにせよ、ありがとう。君達が来なかったら私達は今頃死んでいた。本当に感謝する」
レーネは頭を下げると、ここに来た経緯をアスタルテ達に話した。
謎の地震がここを中心に頻発していたこと、そしてその調査を任せられたこと…
「なるほど…そんな事があったんですね…」
話を聞いたアスタルテは納得すると同時にギルド長とやらに怒りを覚えた。
どういう意図があったのかは分からないが、言ってしまえば捨て駒のような扱いだったからだ。
「ノレス?」
アスタルテはノレスに声をかけた。
なにやらさっきから考え込んでいたからだ。
「どうも引っかかるな…」
「なにが?」
「さっきお主にも言ったが、変異種というものは魔力量や環境によって希に生まれる存在じゃ。そう安々と生まれてはバランスが崩れる…」
「偶然…とかじゃなくて?」
「まあ、偶然だったら良いがの」
「考えるのは後にしよう。とりあえずギルドへ報告に行こうではないか」
レーネがそう言い、一行は出口へと向かう。
最後にアスタルテはちらりとロックドラゴンの残骸を見た。
(偶然…じゃないのかな…)
なんだか嫌な予感を感じたが、それを振り払うようにその場を後にした。
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「ロックドラゴンの変異種が、何者かによって倒されました」
漆黒に包まれた部屋に声が響く。
その知らせを受けた者が、僅かに眉を動かした。
「想定よりかなり早いが…まぁいい。予定通りに進めろ」
重い声が部屋に響き渡る。
それは聞いただけで寿命が縮まりそうな声だった。
「はっ、仰せのままに…」
報告をした者が部屋から出ると、椅子から立ち上がり窓に向かう。
外を見るとそこには夜のように暗い闇に覆われた大地があった。
「待っていろ…人間共、そしてノレス…必ず滅ぼしてやる…」
暗い部屋の中、殺意の篭った瞳が静かに輝くのであった。




