今、伝えたい事
緊急事態宣言が出た後も、コロロンウイルスの感染者数は増え続けている中で、笹山家の食卓では今日もその話題で持ちきりだ。
雪「あー、もうどうなっちゃうのかな? 封鎖と経済、グルグルグルグル同じ事をやり合ってて、まるで卵が先か鶏が先かって感じで取り止めない」
母「そうね。卵と鶏、雪菜はどっちが先だと思う?」
雪「うーん、鶏かな?」
母「でも、卵が無いのにどうして鶏が出来るの?」
そんなやりとりが暫く続いていて、父親は呆れた顔をしながら黙々とご飯を食べている。
お婆ちゃんが口を挟んだ。
「お互い反発しあってばかりいても始まらないね。どっちかがちょっと譲って一緒に考えれば、お互い歩み寄れる事も多いのにね」
雪菜が言った。何か本気の顔になっている。
「社会に不満を持ちながら、社会の為に働く人達がいて。生きる為にお金を稼がなきゃならなくて、その為に命を危険にさらしている人達がいて。変だよね」
「命とお金を天秤にかけたらどっちが大切か。好きな事をやり続ける事と大切な人の命を天秤にかけたらどっちが大切か。皆んな答えは同じじゃないのかな?」
「既にロックダウンしている海外に在住してる日本人のアスリートとかアーティストとかが盛んに発信してくれてるよね。このまま行けば私達の住んでる街が3週間後の日本だって。発信してくれてるのに、何で学ばないで同じ道を辿るんだろ?
好きな事をやって死ぬなら本望と思っている人も居るかもしれないけど、そんな人達に言ってやりたい。貴方が好きな事をして貴方が感染して死ぬのは構わないけど、貴方は感染して発症しないのに、それが貴方の大切な人の命を奪ったり、悲しい思いをさせる事になるかもしれないって事を」
「命と経済、命と好きな事の両立、出来たら苦労しないけど、もう両方取るなんて出来ない所迄来ちゃってるんじゃないのかな?」
「社会や経済の事、私は勉強不足だし、よく解らないけど、お金を出せるなら必要な人にバーンと出してくれたらいいじゃん。出せないならいっその事、お金なんて世の中から無くしちゃえばいいのに。お金の事、私嫌い!」
母親が口を挟む。
「賛成、賛成。お金があるから世の中おかしな事になっちゃうのよね。だって大昔の人達はお金なんか無かったのに皆んなちゃんと暮らしてたでしょ?」
お婆ちゃんも言う。
「働ける人が働いて、全ての人に本当に必要な物は手に入るように、皆んなが助け合って暮らしていければいいのにね」
お金を無くそうという話題で女3人が盛り上がっている中、父親がボソッと行った。
「そんなに簡単に言うな」
それに対して母親が「国会で述べてるワケでも無いのに、思った事口にしちゃいけないの?」と言う。女の集まりは強い。父親はまた黙ってしまった。
雪菜は知っている。お父ちゃんは私達女3人よりも、ずっと社会や経済の事を理解している事を。私達は能天気に言ってるけど、そんな簡単な事じゃない。だから、書く事は難しいんだ。その事を言葉に出した。
「私さ、書きたい事は色々あるけど、社会の事とか経済の事とか無知だし、そういうの考えるとやっぱり書く事出来なくなっちゃうんだよね」
父親が答えた。「専門的な事は専門家に任せておけばいい。無知の人の視点で書けばいい」
雪「バカ丸出しになっちゃうんじゃない?」
父「バカの視点で書けばいい」
雪菜は「うーーーん」と考え込んだ。
父「伝えたい事が大切なんだ」
雪「さっき話していたような事を、そういう言葉じゃなくて、小説の中で何かうまく伝えられないかなって考えてるんだけど難しいんだよね」
珍しく父親が続けた。
「いい小説を書く事も大切だが、時間はないぞ。コロロンは今も繁殖しているのだから、どう書くかよりも伝えたい事を直ぐにでも書け」と。