お兄ちゃん〜その①〜
「お兄ちゃんだったら何て答えてくれるかな?」雪菜は凄く聞きたくてたまらない。
「でも忙しそうだし迷惑だろうな」「絶対返信してくれないだろうな」「そんな事より、まだ仕事行ってるのかな?」「神奈川も緊急事態宣言が出てるのに、あの役所はまだお兄ちゃんを通勤させてるんだろうか?」「本当に大丈夫なのかな?」
考えれば考える程気になってくる。「返信来なくても、既読マーク付けは生存確認出来るし、出しちゃえ」と思って、朝、雪菜は兄の透にLINEした。生存確認だなんて笑われるかもしれないけど、雪菜は真剣だ。まあ、何かあればヘルパーさんから連絡はあるはずだけど、雪菜には兄がギリギリの所で頑張っているように思えてならなかった。
透はあまり携帯を見ないのか、既読マークが付くのがいつもえらく遅い。それはわかっているのだけど、雪菜はいつも何回も確認してしまう。
お昼ご飯時、いつものように笹山家は4人で食事をしながら、会話が弾んでいた。
雪菜はしきりに携帯を確認している。
「ねー、この前からの質問、お兄ちゃんにもしたくてLINE入れたんだけど、まだ既読マーク付かないんだけど。まあさ、忙しいから仕方ないと思うけど、お昼休みとか携帯見ないのかな? こっちは心配してるのにさ。既読マークだけでも付けば何か安心出来るのになー」
「その点、友也君なんかメッセージ入れるといっつもすぐ返信くれるよ。忙しい時は『ごめん、今忙しいから後でメッセする』って。で、あとからちゃんと返信してくれる。めっちゃやりやすい」
母親が笑っている。「いっつも暇なんじゃないの。携帯ばっかり見てるとか。
透はね、忙しいのよ。そんないちいち携帯とか気にしてたら大変よ。透はひとつひとつの動作に私達より何倍も時間かけなきゃならない事が多いんだから、1日24時間じゃ全然時間が足りないはずなのに、その中でよくやってるわ」
雪菜は「まあ、そりゃそうだけど」とほっぺたを膨らませている。「でも友也君は忙しい人なの。仕事バリバリしてるし、忙しいはずなのに皆んなが喜ぶような投稿いっぱいしてくれて、凄いんだから」
母「もしかして彼氏なの?」
雪「そんなわけないじゃん。ただのFB友達で、会った事もない」
母「え?会った事も無いのに友達なの?」
雪「そう。随分前に輪子が友也君の投稿をシェアしててさ。凄く共感したからコメント入れたら、友也君が友達リクエストくれたの。で、友達になったってわけ。でもそんな簡単に誰とでも友達になっちゃう事なんてないよ。会った事ないのに繋がってる人は3人位だけだよ」
母「ふーん」
お婆ちゃんが口を挟んだ。
「なんだか楽しそうでいいじゃない。そんな時代なんだね」と。
雪菜は真顔になった。
「そんな事はどうでも良くって、お兄ちゃんの事なんだけど。心配じゃないの? あんな所で働いてて大丈夫なのかな? 職場の人達は気を使ってくれないのかな? せめて在宅勤務にしてくれるとかさ。お兄ちゃんだって自分から言えばいいのに」
母「そりゃ、お母ちゃんだって心配よ。心配で仕方ない。お父ちゃんもお婆ちゃんも心配で仕方ないけど、透を信じて任せているわ。
だって社会に出る為にあんなに頑張ってリハビリしてきたのよ。自分で必死になって掴んだ仕事でしょ? 仕事を任されて、それを頑張ってやってる。それを止める事なんで出来ないと思わない?」
雪「だけどさ。そうだけどさ。コロロンにやられちゃったらどうするの? 仕事無くなったとしても元気だったら他に何でも出来るじゃん。それにさ、役所なんだから、お兄ちゃんの仕事を安全に出来るように考えてくれるのが普通じゃないの?」
「もっとさ。職場だけじゃなくってさ。世の中の人がもっと気遣ってくれればいいのにって、いっつも思うよ。コロロンが蔓延している中で、お兄ちゃんみたいな人を気にしてくれる人って全然いないような気がする」
母「そうね。でも、私達だって、透が事故に会ってなかったら、そういう人達の事を考えてもみなかったんじゃないかなって思うの」
雪「んー……確かに……」
父親がボソッと言った。
「透はバカじゃない。ちゃんと考えてる」
少し沈黙が続いた。
気まずい雰囲気にならないようにと、雪菜が話を戻した。「返信してくれるかな〜。私が10回LINE出して、そのうち1回返信がくれればいい方だからな〜」
母親が笑った。「透はどうでもいい事には返信しないんでしょ」
雪菜はまたほっぺたを膨らませた。「どうでもよくなんかないのに〜」
母「いざとなった時には頼りになる子よ」
父「オレの子だからな」
表情を変えずにいつも真顔でボソッと言う父親を見て、お婆ちゃんとお母ちゃんと雪菜は顔を見合わせて笑った。