伝説の魔狼と魔炎の子猫
人里から離れた深い森の離れ。
薄暗い洞窟内で、美しく巨大な白狼がこんこんと眠り続けていた。
彼、ないし彼女は数ヶ月間もこうして眠りこけており、時々寝息を荒げては寝苦しそうに寝相を変えるが、一向に起きる気配はない。
外の世界の暑さを遮断するひんやりとした洞窟の空気と湿気は、この狼が眠るのに丁度いい温度だ。そのお陰で多少寝床が硬くとも、快適に眠れる。
そもそも、この狼は眠いから眠っているのではない。
数ヶ月前、この洞窟を訪れた超一流の冒険者たちとの戦いで傷ついた肉体と消耗した魔力を回復させるために仕方なく、熊で言うところの冬眠を行っているだけだ。
とは言え、これだけ休んでいれば流石に切り刻まれた全身は癒えるし、魔力も戻った。
体調が戻った白狼は、まだ眠気で重い目蓋をゆっくりと開ける。
「フレイム、フレイム? いるか?」
「はい、只今ここに!」
白狼の低い声が洞窟内で響くと、呼ばれた誰かが姿を見せる。
赤い毛並みの子猫が炎を纏いながら派手な登場をかます。
「フレイムは白狼様の為なら、いつでもなんでも致します!!」
子供特有のキンキンの高い声で忠誠心をアピールするフレイムという名前の子猫。
どうやら彼らは主従関係にあるようだ。
「フレイム、飯を持ってきてくれ。 自分で狩ってこようも思ったが、寝起きで体が動かん」
「はい! ただいまお持ちします!」
元気良く返事をすると、フレイムは転移魔法でその場から姿を消す。
さて、残された白狼と呼ばれた狼が従者の子猫が洞窟の外で適当な魔物か動物でも狩ってくるまでの間、何をするかといえば、二度寝だ。
怠惰。実に怠惰。人には働かせておきながら自分は怠けるクズ………!! だがそれがハクローという狼の傲慢さと怠惰さだ。
そしてフレイムは文句も愚痴も言わない。 それがフレイムという子猫の忠誠心である。
だが長い時間、熟睡していたので二度寝しようにもうとうととした浅い睡眠にしかならない。
「ただいまです!」
そうこうしていると、フレイムが帰還した。
フレイムの周囲には大量の兎の魔物、鹿の魔物、小さいドラゴンなどのご馳走が彼女の風魔法で浮かされている。
ついでに、全身を焼かれた人間の男も。
「白狼様を殺そうとする悪いやつをやっつけました! ほめてください!」
「またここに冒険者連れてきたのか………。良くやったぞフレイム。 速く元居た場所に捨ててきなさい」
「はい、ただいま!」
大好きな主から誉めてもらえてご満悦のフレイムは、音速の速さで転移魔法を発動させて慌ただしく去っていった。
このやり取りは、フレイムを従者にしてからもう数えきれないほどやってきたことだ。
いい加減、フレイムも飽きないのだろうか。
それよりももっと不思議に思うのは、フレイムが自分に忠義を誓い、慕い続けていることだ。
――――猫はもっと自由で勝手だと思っていたが、案外そうでもないのか?
ハクローがこれまで見てきた猫は、皆が風のように自由気ままで我が儘で、それでいて要領よく生きている者ばかりだったからこそ、こうして誰かに尽くすことを喜ぶフレイムは、やはり異質な存在だと思う。
だが異常なら異常でもいい。 だってフレイムは面白いやつだから。
「オレは飯でも食うとするか」
まだ新鮮な温かい血が滴る肉の山があるのだ。
栄養たっぷりの血が抜ける前に、美味しさの秘密である体温が冷たくなる前に食わなければ損だ。
―――そういえばあの冒険者、前にも来てたような?
頭にふと疑問が涌いたが、そんなこともよりも腹が減っていた白狼は夢中で飯を平らげた。
◆
フレイムは死にかけの冒険者を森の広場に捨てにきていた。
その場所には、無数の人骨と黒焦げの焼死体が文字通りの山となって積み重なり、凄まじいまでの死臭を放っていた。
だがフレイムはそんなものモノともせずに、得意の炎魔法でこんがり焼いた黒焦げの冒険者の男だったミディアムレアの人間を、山の頂上辺りに棄てた。
まだ生きていたので、喉を切って止めを刺すことを忘れない。返り血が顔に飛んで嫌な気分になった。
死体山から降りたフレイムは、渓谷の下流を流れる川へ行き、そこで浄化魔法を自分に掛けながら水浴びを済ませる。
猫の魔物ケットシーであるフレイムは、猫らしく水浴びも水遊びも大嫌いだが、主である白狼は狼なだけあって鼻がいい。それも、フェンリルでも最上級に位置する白狼の嗅覚はフレイムの知る他のフェンリル種の誰よりも鋭い。
ウジ虫の集る腐った死体や汚い汚物と血の臭いをつけたまま帰り白狼の気分を害するのは【白狼の忠実なる爪】を自称するフレイムにとっては、多くの人を殺めることよりも許され難い大罪だ。
「うん、もういいかな?」
念入りに体を洗い、臭いが落ちたことを確認してからフレイムは白狼の待つ洞窟に転移する。
「お帰り、フレイム」
「ただいま、白狼様」
いつもの挨拶を済ませ、彼らは再び眠りにつく。
彼らには生きる目的など特にない。
ただこれからも二匹だけで生きていくだけだ。
そのために邪魔する者、害になる者は全てを噛み砕き、切り裂いて骨まで燃やし尽くして灰と化すだけだ。
これは英雄の物語ではない。
英雄が怪物を倒してハッピーエンドになる物語ではない。
二匹の魔物が二匹だけの世界を生きていくだけだ。
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