目標
私と先生は診察室の椅子にそれぞれ座った。先生は私の前に鉛筆と真っ白の紙を置いて言った。
「家族の絵を描いてごらん。思い出せるだけでいいよ」
「知ってるわ、これ。心理テストね?」
「よく知ってるね。どこで知ったんだい?」
「他の患者さんから教えてもらったの。庭で知り合った男の子よ。
その子は心が病気なんだって言ってたわ。私もそうなの?」
「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。
だからはっきりさせるためにこうしていくつもの検査をしなきゃいけないんだ」
ふうん、と私は鉛筆を手に取った。
お母さんの絵はすぐに描けた。
会って日も浅いから。
お父さんの絵もなんとなくこうだったかなって想像半分で描けた。
でも、お兄ちゃんだけは描けなかった。
描こうとしたら手が震えて、鉛筆の線が揺れる。
耳鳴りがして頭が痛くなる。どうしてこうなるのかはわからない。
私は鉛筆を置いて手をギチギチと噛んだ。
「東雲ちゃんにはまだ早かったかな」
主治医はそう言ってショウがしてくれたように私の手を握ってくれた。
「私、お兄ちゃんのこと思い出せない」
「うん」
「思い出そうとしたら頭が痛くなって、こうして手を噛みたくなる」
「そうかい」
「苦しい」
「東雲ちゃんが三年前に飛び降りて自殺未遂を図った上に記憶をなくしているのはお兄さんが関係しているのかも知れないね」
「え?」
飛び降り、自殺……?
主治医はしまったという顔をした。
「飛び降りて自殺を図ったことも、覚えていないのかい?」
「覚えて、ないわ……」
「こりゃ参ったな」
主治医はぽりぽりと頭をかいた。
「東雲ちゃんはこの病院の三階から庭に飛び降りたんだ」
頭が真っ白になった。真っ白な頭でたくさんのことを考えようとした。
「私、死のうとしたのね?だったら目を覚まさない方が良かったんじゃ……」
私が飛び降りたその日に私自身が抱いていた感情を知る由は無かった。
きっと先生もそこまでは知らない。
「それは違うよ、東雲ちゃん。君は生きるんだ。
一度は終わってしまった人生を、目覚めたことで第二の人生を送れるんだ。これは奇跡だよ」
先生は私が描いたお母さんとお父さんの絵のそばに「第二の人生」と書いた。
「二度目の人生、何かしたいことはあるかい?」
「うーん……」
私は考えた。
自分が死のうとしていたことを知って頭は混乱していたけど、それでも先生からの質問に答えようと努めた。
「早く家族のことを思い出したい。記憶を取り戻したい。
学校に通いたい。賢くなりたい。普通の十五歳になりたい。普通に生きていたい」
「そうかい、そうかい。それじゃあ全部叶えるために治療を頑張ろうね」
「はい、先生」
私の心に、第二の人生は病気を完治させて自分の希望通りの人生にするという目標ができた。




