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目覚め

それはまるで目覚まし時計のように、しかし音は小さく、細かく一定のテンポで電子音が聞こえ、私は夢から覚めた。


ずいぶん長く眠っていたようで、目はなかなか開かず、何度か目を擦った。


最初に見たものは殺風景な柄の板の集合体ーー病室の天井で、次に見たものは自分の体に繋がれているたくさんの管とモニターだった。


「堅田さん……?」


側で点滴を触っていた看護師さんが信じられないといった顔で呟く。


ああ、確かに私は「堅田さん」だわ。看護師さんは「先生!」と早足で病室を後にした。


ややあって医師らしき人が急いでやって来て私の様子を見た。


「信じられない……これは奇跡だ」


お医者さんはそんなことを呟いた。看護師さんも感動したような顔で口元を両手で隠していた。


「お名前、言えますか?」


お医者さんは訊いた。


「……堅田東雲」


「歳は?」


「十二歳」


先生は驚いた顔をした後、にっこり笑って「大丈夫。少し混乱するかもしれないけど大丈夫だから。親御さんに連絡するね」と言って病室を出て行った。


一人になって私は自分の手のひらをまじまじと見た。


思っていたよりも手のひらは大きく、指はすらっと長く、大人みたいな手はまるで自分のものではないような気がする。


腰まで伸びた髪の毛が眠っていた期間の長さを物語っていた。


腕から伸びる管の先も見た。


モニターにはいくつかの数字と算数で習った折れ線グラフみたいな線が消えては表示されてを繰り返していた。


側にあるテレビ台つきのテーブルに置いてあった入院のしおりを手に取って読もうとしたけど読めない漢字がたくさんあって諦めた。


自分の右側には大きな窓があって、日に照らされている庭が見えた。


庭には何人かの人が散歩しているのが見えた。ここはどこの病院だろう、私はどうしてここにいるんだろう、たくさんの疑問が浮かんだ。


「しの!」


バタバタと大きな足音を立てて女の人が病室に入って来た。


「お母さん、お静かにお願いします」


「す、すみません」


女の人はひどく心配したような顔をして私に近づいた。


「し、しの……?」


女の人は持っていたバッグを床に落とし、その震えた手が私の頰に触れた。


「大丈夫なの?生きているのね?ああ、良かったーー」


女の人の目から流れた頬を伝う一筋の涙を目で追った。


「だぁれ?」


純粋な疑問だった。私がそう言った瞬間、時が止まった。


先生と看護師さんの顔は引きつり、女の人の手はすっと私から離れた。


「しの、私が分からないの?」


女の人はとても悲しげな顔をしたかと思えば、唇をわなわなと震わせて叫んだ。


「あなたのために!この三年間!三年間も!したくない仕事もして!あなたが意識を取り戻すとそう信じて生きてきたのに!意識を取り戻しても私のことが分からないなんて、そんな、そんな仕打ちないわよ!ひどいわ!あんまりよ!私はあなたのお母さんなのに!」


「お母さん、落ち着いてください。東雲さんは記憶を取り戻すのに時間が必要なようです」


「時間ってどれくらいよ!」


「落ち着いてください。ゆっくり気長に待ちましょう。それしかありません」


先生になだめられた女の人ーーお母さんは乱暴に髪をかきあげて溜息を吐いた。


「これから長い治療が始まります。いいですね?」


先生はそう言った。


私はお母さんをぼんやりと見ながら小さな声で「はい」と答えた。


それから私の「治療」が始まった。


「自分のこと、何か思い出せることはあるかい?無理に思い出そうとしなくていいから、頭に浮かんだことをゆっくり教えて欲しいんだ」


主治医の先生と担当の看護師さんはそれぞれ同じ質問を私にした。


主治医の先生からは「面談」の時に、看護師さんからは点滴の交換の時に。


「何も、思い出せません……」


私の答えはいつもそうだった。


本当は何度も何度も見たあの夢の記憶はあった。


何かに追われて崖に追い詰められて海へ飛び込んだあの夢は。


けど話す気にはならなかった。そんなに重要な記憶でもない気がした。




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