第⑨話 変態乱舞
雑談をしながら地下へと続くスロープを下りていく。第一フロアの中は空っぽ。ぶっ殺した蟻たちの残骸はどこにもなく、まるで最初からいなかったかのよう。処理軽減のためと、プレイヤーに死骸まみれの場所を歩かせない配慮を兼ねた措置。よくできている。
コンテナの裏に隠れていた蟻の一匹、巨大なアゴがかじり付こうと迫ってくる。ので、ブレードを振り上げて二つに割る。もう隠れてないかな、とセンサーに反応を探すが、熱源、音源どちらにも反応がなかったことを思い出し、目視索敵に意識を切り替える。
「連中センサーで見えないぞ。目視で確認してくれ。不意打ちに注意」
「了解。敵影は……ナシ! クリア!」
『了解。これよりバンカー内へ進入する』
壁のそこかしこに穴があるが、そこから敵が出てくる気配はない。次のフロアへ移動するためにコンソールを探す……あった。警戒しながら近づいて、操作開始。
-突然変異生物の研究データを入手-
なんか拾った。同時に、バゴォ、と爆音と土煙を立てて通路への扉が、向こう側から破られた。機体が縦に二つ、横に三つ並んで通れるような大きな扉から、黒い波がなだれ込んでくる。
視界を埋め尽くす蟻たち……虫は嫌いじゃないが、こうも多いとさすがに気持ち悪い……手筈通りに、ブーストジャンプで飛び上がり、敵を眼下に納めながら後退。
「敵だ!」
「射撃開始ー!」
「撃てー!」
下方を弾幕が通っていき、その向こうに居る蟻の群れを銃弾の嵐で押し止め、押し返し、押しつぶす。マズルフラッシュが地下を明るく照らし、粉砕された蟻の体液が花火のように輝く。味方の後ろに着地、
「!? 被弾!」
そんなところで、前衛で弾幕を張る味方から被弾報告。妙なことだ、敵との接触まではまだ少し距離があるはず。それなのに被弾とはどういうことだ?
ほどなく殲滅が完了し、銃声がやむ。
「被害報告!」
「盾が溶けた!」
「溶けたってなんだよ」
「うわ、マジで溶けてる。どうしたのこれ」
ドロドロに溶けて、穴も開いている。これではもう防御の役割は果たせまい……盾を一発で破壊するなんて、普通じゃありえないな。蟻だけに。蟻だけに。
「テルミットでも被ったか? にしては熱がないな」
「アリだから、蟻酸?」
「ゲームが違うぞ。コラボか?」
「ゲームじゃなくても酸を飛ばす蟻はいるぞ」
「それは知らなかった」
「俺は知りたくなかった」
それぞれ好き放題なことを言いながら通路へ進む。自分が先頭で、後ろ三人は装甲車を中心に三角形の陣形を保って前進。みんな自由にやっているという割には、連携が様になっていて隙がない。
ナメクジ君も彼らに鍛えてもらったのなら、あの成長ぶりも納得だ。
「第二フロアだな。先行する」
通路の先に、また開けた空間があった。しかし入り口から見える範囲に敵の姿はなく、だだっ広い空間にいくつかコンテナが散らばっているだけだった。
「敵影ナシ。罠かもしれない、通路で待機してくれ」
ここは蟻の巣穴の中。いつどこから湧いて出てもおかしくない……もし罠でも、被害を最低限に食い止めるために、あえて一人で行く。注意しながら前進を続け……フロアの半分近くまで進んだところで、ガコン、と後ろの扉が勢いよく閉まった。
「……やっぱり罠だったよ」
そして床と壁に大量の穴が空き、そこから巨大なアリたちが這い出てきた。数は、ざっと数えた感じで二十以上。逃げ場はなく、完全に包囲されている。
天井から降ってきた蟻にカウンターの杭を突き上げる、ぶっとい杭が脳天を貫いて、電流が体を焼き尽くす。アリにこいつはオーバーキルだな。威力は十分、しかし手数がないから効率が悪い。
そこを腕でカバーするのがロマンというものだ。
「おい、大丈夫か!?」
「伏兵が居た。気を付けてくれ」
「いや、大丈夫かって聞いてるんだが」
「まあ、大丈夫じゃないか? やるだけやってみるよ」
しかしキモイ。ノーマルサイズならあらカワイイで済んだかもしれないが、ゾウみたいなサイズがこれだけいると気持ち悪いという感想しか浮かばない。
ひとまず完全包囲の状況を脱するために、剣を構えて、ブーストを起動、地面から湧いて出た蟻の間をすり抜けながら、すれ違いざまに足を、胴を、頭を切り払い。それでも数は減らない。減った分以上に増えている。湧き水のように湧き続けている。
壁へ衝突する勢いで突進、壁を前にして勢いを落とさず、浮いた足を壁につけローラーダッシュ。垂直に駆け上がり、天井付近で壁に杭を打ち体を固定する。
「……」
広間に居る敵、その数四十。それ以上増える様子はない。
「よし。いくか」
杭を抜き、壁を蹴り、落下を制御。敵の群れの外周へと落下する。
こちらに向けて牙を剥くアリ一匹を杭で貫き潰し。振り返りながら、もう一匹の蟻の牙をブレードで叩き折り。一歩踏み込み返す刀で頭を割る。
そのままローラーで外周を回りながら、一匹一匹丁寧に、切って突いて殴って。また一回切って、杭を構えてブースト突撃、自身を弾と見て、群れをまとめて貫いて、数を一気に減らしにかかる。バッテリーも減っていく。大丈夫、切れる前にはカタがつく。
ビチビチと蟻の体液が機体にかかる。破片を踏みつぶして前へ進む。噛みつきは噛まれる前に殺し、酸は足を止めず。常に四方に敵の死体を作り続け、盾とすることで避ける。一か所に留まれば飲まれる。連中はでかく、前後には素早いが、小回りが利かない上に、知性は据え置き。プレイヤーを相手にすることを考えれば温い。
やがて杭の全弾を撃ち尽くし、一瞬迷ってデッドウェイトをパージする。あとで拾う、一時の別れだ、許せ菊一文字。
重石を捨てたことで殲滅は加速する。ブレードには銘をつけていないが、それでも今はこれだけが頼り。
……自分はあえてパイルバンカーを好んで使ってはいるが。それは決して杭だけしか使えないというわけではない。
重く、射程は短く、刺突でしか有効打を与えられず、連打ができず、目立ち、しかし当たれば一撃必殺というただ一つの長所に浪漫を見出し、魅入られて使っている。愛用の杭に限らず、ロマン武器というのは扱いづらいものだ。それらは使いこなせば最大の武器に化けるが、扱いづらいという本質は変わらない。使いこなすためには技術が必要となる。
パイルバンカーの扱いで身に着けた技術を、同じ格闘武器カテゴリの扱いやすい武器のために使えば。軽量かつ取り回しが良く、攻撃の手数に優れ、パイルには劣るが十分な威力を持つ高周波ブレードを持てば? 活躍できない道理はない。
刺突、斬撃、敵の群れに切り込み、繰り返すこと敵の数だけ。一対四十を剣一本で凌ぐ。その姿は吉岡一門を相手に大立ち回りした剣豪宮本武蔵が如く。
目につく端から、動くものを刻んで刻んで刻んで刻んで刻んで刻んで。
「ラストォ!」
目の前で噴射される酸をブーストで避け、脇から胸と頭の境を切断して終了。時間かかかったが、殲滅は果たした。
そこでようやく扉が開く。
「いえーい。あいあむなんばーわーん」
杭を拾って、ラスト一匹を踏みつけて、ガッツポーズ。飛び込んできた味方を迎える。
『大丈夫か!』
「来るのが遅いぞ。全部終わっちまったよ」
「全部一人でやったのか。半端ねえな」
「さすが変態だな」
「ははは。そんなに褒めないでくれ照れるじゃない……ん? 今変態つったか? ケツには気を付けろよ」
「無事に帰れたら相手してやるよ」
「いいや、補給が終わった後でだ。覚悟しておけ」
『仲がいいのは結構だが、決闘は街に戻ってから頼む』
……リーダー、もといコマンダーの命令なら仕方ない。装甲車のハッチから搭乗し、機体から降りる。
「……ふぅー。さすがに危なかったな」
「どうして死んでないんだ? いや、生きてて嬉しいけど」
「コマンダーまでそんなこと言っちゃいますかー。そうですかー」
「すまん、怒らないでくれ。でも誰でも同じ感想が出ると思う!!」
俺は変態なのか!? いいや、ちょっと人より強いだけ! そう、ちょっとだけおかしいだけだからセーフ。セーフのはず!!